「………」
廊下を歩く八幡を、鬼が見下ろしていた。
毛虫のような外見の鬼。
しかし今はその醜い姿を視認できない。
鬼術によって天井と同化しているせいだ。
不意打ちの絶好チャンス。鬼の下を通り過ぎた瞬間、血鬼術を解除して襲い掛かり……。
スパンッ。
ソレに合わせて八幡がその首を斬った。
「ったく、気配消しても臭いでバレバレか」
八幡はため息を付きながら刀を鞘に戻した。
最悪だ。
あの鬼の血鬼術、まだ残っていやがる。
おかげでいくら気配を消しても臭いで俺の位置がバレバレ。不意打ちどころか隠れることすら出来ない。
救いといえば、縄が解除されて普段通りに動けるといったところか。
けどまあ……。
「(別にいっか。鬼の位置なんて元から分かるし)」
こちらの位置はバレバレだが、ソレは相手も同じ事。
俺の鼻と耳なら、たとえどれだけ気配を隠しても正確に相手を捉えられる。
奇襲不意打ち作戦は封じられたが、何もやり口はソレだけではないのだ。
真正面での戦闘も苦手というワケじゃない。むしろ得意だ。
ソレに、最近は不意打ちばっかりの上に、柱稽古もやる時間が碌に取れていない。
そろそろ腕が訛らないよう実戦するべきだと思っていたところだ。
「おっと」
また別の鬼が襲い掛かって来た。
壁から飛び出て来た毛虫みたいな鬼。
口全体に牙が乱杭歯状に生え、全身の毛は針のように鋭く、そして長い。
なるほど、こんなのがいきなり死角から飛び出したら普通は対処が遅れるな。
しかも飛び出してくるのは壁や天井。こんなもの、普通なら防ぎようがない。
【水の呼吸 壱の型 水面斬り】
俺はその鬼の首をカウンターで斬り落とした。
相手が悪かったな。
俺は最初から臭いで位置を、音で飛び出すタイミングが分かっていたんだよ。
まあ、そんなことしなくても、中級隊士なら気配と殺気ですぐに分かると思うが……そうだよね? ちゃんと分かるよね? 俺でもその時期で出来たんだから。
「これで三匹目。一体何体居やがるんだ?」
つい独り言が漏れてしまったが答えは分かり切っている。
コイツらは正確に言えば鬼じゃない。血鬼術の気配はするが、鬼の気配がしないのがその証拠だ。
おそらく血鬼術によって作られた分身か手下だろう。何度かそういった血鬼術を使う鬼と戦った事がある。
そして、この分身共はここの家主が作ったものだろう。血鬼術の臭いと気配がまんま一緒だ。
「(自分の空間を作る血鬼術に分身。なかなかに厄介だな)」
鬼が使用する血鬼術が一種類とは限らない。
中には全く関連性のない複数の血鬼術を使う鬼も存在する。
本当に理不尽な話だ。能力は一人一つ、複数あるとしても関連したものというのがお約束だろうが。……まあ、今に始まったことじゃないか。
「……ここか」
扉越しに人の気配がした。
数は二人。
一人は負傷している。稀血の臭いじゃない事から隊士だろう。
もう一人は怪我こそしてないが稀血の臭いがする。臭いの質からして多分幼い女の子だな。
そして更に、鬼の気配が二つある。
幸い、二つともこの屋敷の主のものではないが、それなりに強そうだ。
よし、不意打ちするか。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
俺は壁をぶち抜いて侵入し、一体目の鬼に切り掛かった。
@
「………ッグ!」
廃屋に作られた異空間の一室。
煉獄杏寿郎は膝を付いて前方を見渡す。
彼の背後には小さな少女。
ぐったりとした様子から、気絶している事がかる。
いや、むしろその方がいいのかもしれない。
なにせ、今この場は鬼という化物との殺し合いの場なのだから。
「(これは……まずいな!)」
苦々しい表情で煉獄は再び立ち上がる。
眼前にいる毛虫のような外見の鬼が数体。
この鬼たちによって煉獄は追い込まれていた。
一人だけなら勝てたであろう。
相手はソレほど強い鬼ではない。
複数で掛かれるのは厄介だが、背後を取られなかったらやれる事はまずないであろう。
しかし、今回は背後には守るべき対象である稀血の少女がいる。
ソレが足かせとなって苦戦を強いられることになってしまった。
煉獄家は代々続く炎柱の家系。
その血を引き継ぐ煉獄杏寿郎もまた柱となる剣士の才能を有している。
しかし、まだ彼は柱のレベルに届いていない。
数年後すれば柱となり、たとえ敵が複数だろうと勝てたであろう。
だが、それはあくまで未来の話。今の彼はまだ新人。とても二体同時にやれる程ではない。
しかしだからといって、逃げる理由にはならない。
彼には責務がある。
自身の手が届くものは何が何でも生かして帰すという使命が。
一人だけなら屈辱を甘んじて受け、逃げ帰っただろう。
だが、守るべきものがいるのなら、決して逃げることはない。
たとえ、相手が勝てない相手であろうとも。
「シャア!」
「!?」
一体の鬼の突進を起点に、両者は動きだした。
【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎】
【炎の呼吸 気炎万象】
煉獄は型を連続で使用して迎え撃つ。
猛火の如き勢いで刀を下から上に向けて1体目の鬼の首を切り上げ、続けて上から下に振り下ろして2体目の首を刎ね落とした。
【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】
渦巻く炎のように前方を薙ぎ払う。
前面を覆う斬撃の障壁。
煉獄は次々と迫り来る鬼の首を刎ね飛ばしていく。
しかし、そのせいで後ろへの注意が散漫になってしまった。
「!? まずい!」
煉獄が前面の敵に集中している間に、鬼が稀血の少女に接近した。
ソレを見た煉獄は理解を置き去りにしてすぐさま行動に移す。
【炎の呼吸 壱の型 不知火】
爆発の如き力強い踏み込みで間合いを詰め、斬撃を繰り出した。
燃えるような勢いの袈裟斬り。
少女に手……いや、口を出す前に鬼の首を刎ねた。
こうして煉獄は少女を鬼から守って見せたが……。
「ッグ!?」
だが、自身に迫る危機には鈍感になってしまった。
天井から煉獄目掛けて牙を剥く毛虫の鬼。
集中しすぎてソレに気づかず、煉獄はその牙を食らってしまった。
「はなれろ!」
力づくで振りほどき、反対の手で刀を振るう。
空中に放り投げられ無防備になった鬼は刀を避けるどころか防ぐことも出来ず、楽に首を斬られて消滅した。
だが、置き土産はしっかりと遺してる。
「く・・・これきし!」
毒である。
毛虫といえば毛の毒針。
煉獄に噛みついた際、その毒針が数本ほど刺さってしまった。
結果、煉獄の身体に痺れが起こり、疲労を蓄積している身体が更に動き辛くなる。
「(不甲斐ない! 何時もならばこのような失態を犯さないというのに!)」
彼の言う通り、普段ならこのような事態にならなかった。
鍛錬通りに、想定通りに動ければ、このような相手など問題なかった。
だが、実戦とは道理に沿って進行するものではない。
鬼との戦闘は理不尽の連続である。
不死性や血鬼術に苦しむのは勿論、今回のように足手まといや人質を抱えて戦う事もある。
いや、本当によくやるよ。なんでこんなクソ不利な状況で鬼殺隊滅んでないの? なんでこんなに有利なのに鬼は勝ってないの?
話を戻す。このように人間は常に劣勢に立たされており、ソレを気合や精神面でなんとかせざるを得ないのが現状である。
だからこそ、鬼殺隊は強力な支えが必要としている。
柱という一騎当千の猛者を。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃 八連】
ゴロゴロゴロン!
雷鳴の如き轟音を立てながら、壁を突破して何かが突っ込んで来た。
姿はよく見えない。
壊された壁の一部が土煙となって漂い、周囲を覆い隠しているせいである。
だが、その技だけはしかと煉獄の目に焼き付いていた。
「(あ、あれは……霹靂一閃!? いやしかし続けて出せない筈……)」
煉獄はその技の完成度に目を奪われた。
連続で鳴り響く雷鳴のごとき踏み込み音。
床を、壁を、天井を。
部屋全てを立体的に利用し、縦横無尽に稲妻が走る。
これ程の剣劇、並の剣士では不可能。よって考えられる可能性は一つ……。
「成る程、こっちに集まっていやがったか」
鬼殺を支える一柱、天柱がその姿を表した。