とある真夜中のだだっ広い野原。
腰の高さ程に生い茂るススキが夜風に靡く中、一体の鬼が歩みを進めていた。
甲虫類に似た鎧武者のような鬼。
左腕には蛍の背を模した楯を身に着け、右手には甲虫の角を模した太刀を握っている。
鬼の周囲を数匹の蛍が鬼火のように浮遊しており、場の空気も相まってより一層に不気味さを醸し出す。
この鬼を甲鬼とでも仮名を付けよう。
彼は自宅に向かっていた。
町外れにあるやくざ者の事務所が彼の家。
何者かに襲撃を受け、今現在燃やされていると部下から報告を受け、急いでいるところである。
そんなときであった。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
いきなり何者かの襲撃を受けたのは。
突如、雷の如き速度で茂みから飛び出す影。
影の正体である鬼殺隊員は刀を抜刀し、鬼の首を刎ねようとするが……。
「!?」
鬼狩り……八幡の霹靂一閃を、甲鬼は楯で受け止めようと構える。
最初から何処から来るのか分かっていたかのような、絶妙なタイミングと動作。
八幡は一瞬驚きながら技を中断。刀を無理やり体を回転させながら引っ込める事でギリギリ楯に当たることなく飛び越えた。
楯と太刀から感じる圧。
鬼の臭いも濃いことから何かしらの血鬼術が仕掛けられているのは明白。
迂闊に触るのは危険と八幡は判断した。
もっとも、もう粗方どういった血鬼術か八幡は予想付いたのだが。
「……なるほど、その楯と剣自体がお前の血鬼術か」
「!!?」
いきなり八幡が血鬼術を当てた事に甲鬼は驚愕した。
「その反応を見るに正解か。賭け(ギャンブル)のつもりで言ったが案外当たるもんだな」
「……何故、俺の血鬼術、反射甲板が分かった?」
「賭けだと言ったろ?俺って意外と博打強いんだぜ」
口ではこう言っているが、彼が気づいた根拠はしっかりとある。
最初の違和感は鬼の楯と刀の空気の流れ。
何故がその周囲だけは反発するかのような流れを八幡は感知した。
だが、ソレだけでは風や振動を操るタイプの可能性もある。よって、鎌をかけたのだがどうやら正解のようだ。
このように、鬼との戦いでは相手の血鬼術を見破ることが勝敗を決する。
敵を観察し、僅かな手がかりから能力を推察。
どれだけ理不尽で非常識な力だろうとも、どれだけ想定外が起きようとも。
焦らず、動揺せず、恐怖に囚われる事無く、冷静に敵を見極める。
そして、そこから作戦を立て、大胆かつ慎重に実行する。
ソレが出来るものだけが鬼との戦いで生き残れる。
「「……」」
無言でにらみ合う両者。
八幡は刀を上段に構え、甲鬼は楯を翳す。
【血鬼術 雷光蛍】
【天の呼吸 雨の型 夕立のにわか雨】
甲鬼の周囲を漂った蛍が八幡目掛けて襲い掛かる。
バチバチと、雷光を発するソレを、八幡はジグザグに避けながら接近。甲鬼目掛け斬撃を繰り出す。
「(もらった!)」
楯を構えた甲鬼は勝利を確信した。
八幡の予想通り、彼の楯と剣には反射の血鬼術が掛けられている。
楯はあらゆる攻撃を跳ね返し、剣には敵のあらゆる衝撃を跳ね返して逆にダメージを与える機能がある。
接近戦においては破格の能力。鬼との戦いや血鬼術合戦でもかなり有効な血鬼術。コレが有る限り、鬼狩りに負ける事はない……。
スカッ。
楯に当たりそうになった刀が軌道を変えた。
八幡は腰を落としながら、逆袈裟の構えに急変更。
一気に下降して楯を掻い潜り、甲鬼の右足を切断した。
フェイント。
刀をわざと大げさに構える事で相手の行動を誘発。
そして、切ったのは鎧の隙間。守られていない部位である
結果、足を斬り落とされ、体勢を崩して隙を晒す事になった。
「(もらった……!!?」
トドメを刺そうと刀を掲げて力を溜める。
しかしその途中で何かを察知したのか、八幡は咄嗟に下がった。
【血鬼術 火炎放射】
鬼が口から火を吐いたのだ。
一瞬で辺りを照らす火柱。
あと数秒程遅れていたら八幡は炎を食らっていたであろう。
しかし所詮は無駄な足掻き。
八幡は下がりながらも構えを解いてない。
地に足が付くと同時に斬撃を繰り出……。
「!!?」
繰り出さなかった。
突如、後方に意識を向ける。
そこには、一体の鬼が空を飛んでいた。
蚊のような羽と口と脚をした異形の鬼。
ブーンとこれまた蚊のように不快な羽音を立てながら飛んでいる。
「(? 妙だな。なんで俺はこんな過剰に……!?」
背後から殺気を感じてその場を転がって避ける。
途端、八幡のいた地点に剣が振り下ろされていた。
咄嗟に避けたからよかったものの、もう少し遅ければ八幡の身体は真っ二つにされているところだった。
「(ああ、そういう血鬼術か)」
種は分かった。
どうやら既に八幡は敵の血鬼術攻撃を受けているらしい。
あの蚊のような鬼の血鬼術はおそらく注目或いは集中。
意識を自身の羽音へ強制的に向けさせるものであろう。
そのせいで八幡は眼前に鬼がいるというのにその存在を忘れる程にあの鬼へ注目してしまったのだ。
一瞬でこんな分かりづらい血鬼術を看破するとは、流石は柱といったところか。
「(なら、こうするか)」
バンバン!
八幡は銃で蚊鬼を牽制した。
銃を懐から取り出し、照準を合わせて撃つまでの時間、僅か0.2秒。
スムーズ且つスピーディ且つスマート。見事な動作の早撃ちである。
こうして八幡は蚊鬼の羽音を封じ、一時的に血鬼術から脱却。
その間に甲鬼との決着を付ける為に切り札を少しだけ出した。
ドクンッ
八幡の心臓が大きく高鳴り……。
【天の呼吸 奥義壱 鬼身】
2体の鬼は、瞬く間に鬼神によって蹂躙された。
「あ~、やっと終わった」
やっと仕事が全部終わった。
最初に出された仕事が3件、追加で出された仕事が2件、緊急任務が1件。合計で六件もの鬼狩り任務を抱える羽目になった。
一つ一つは大したことない。どれもこれも無傷で倒せる鬼ばかりであり、油断せず真面目にやったら倒せるものばかり。
しかも、今回は情報収集や事後処理をしなくてもいいものばかり。全部倒したら終わりというものだった。
これはかなり助かる。普段は戦うようりも情報に関する仕事の方が多いんだよな。俺って隠じゃないのに。
今回、きつかった事を強いて言えば緊急任務だ。
あと一件で最後、しかも仕込みを事前にしていたせいで時間に余裕がなかったというのに、いきなり呼び出されたせいで大変だった。
しかも、その緊急任務では回避不可の血鬼術に掛けられたせいで不意打ち奇襲を禁じられ、真正面から戦う羽目に。おかげで時間を予想以上に食ってしまい、最後の仕事に間に合ったのもかなりギリギリになってしまった。
いやまあ、ちゃんと間に合った上に犠牲者もいなかったから良かったけど。
「良かねえよ八幡。お前の仕込み……ヤクザ者の事務所を放火したせいで怪我人が出たんだぞ」
「放火は俺じゃねえよ」
失礼な事をほざく八雲に弁解する。
俺がした仕込み。ソレは鬼をここに呼び寄せるために、鬼の所属するヤクザ者たちに少し情報操作をした事だ。
最後の仕事で狩る予定だった鬼は人間の頃からヤクザをしており、鬼に成ってからはその力で敵対する組の人間を始末して地位を上げて来たらしい。
で、俺はその組を利用してコイツをここにおびき寄せたということだ。
「お前……じゃあ、鬼を狩るために一般人利用したということか?」
「一般人じゃねえよ。相手はやくざ者だ」
「けど、そのせいでコイツの組は抗争で燃やされてるらしいぞ?」
「知らん。燃やしたのは俺じゃないし」
「……」
おい八雲、何だその目は。
俺は決して悪い事はしてない。
確かに対立は煽ったが、俺でも火の立たないとこを煽っても炎上は出来ないぞ。
遅かれ早かれこうなったんだ。なら世のため人のため俺の為に少し被害を被ってもらってもいいじゃないか。死人も出てないし。
「じゃ、帰るか」
明日は久々の休みだ。
一週間に一日は休みを入れるようにしているのだが、柱という地位はこの基本的な休みも与えてくれない。
神様だって世界を作るために一日は休んだんだぞ? なら、今週に入って六徹した俺は特別休暇を一週間ぐらい貰ってもバチは当たらないだろ。
休日もちゃんと休めた日はあまりない。連日の疲れでずっと寝込むか、鍛錬や新しい技の習得とかで休日が潰れてしまう。
マトモな休日は鱗滝さん家に行って柱就任を報告後、パーティした日ぐらいだな。
「は~、ちゃんとした休み欲しいな~」
これが、天柱こと比企谷八幡の一日である。