炭治郎が鱗滝さんにやられたあの罠、普通なら死んでますし。
まあ、選別の段階で大半が死ぬような職場なんで仕方ないと言っちゃ仕方ないんですが……。
【雷の呼吸 壱の型―――】
稲妻のような轟音が鳴り響いた。
自然現象ではなく、人為的なもの。
強い踏み込みによって鳴らされたものである。
【―――霹靂一閃】
同時に繰り出される絶技。
真っすぐに、猛スピードで。文字通り雷の如き突進。
ソレは砲弾のように天満の元へと向かう。
「っふ!」
天満はソレを受け止めてみせた。
ギャリギャリと金属音を立てて、稲妻のように派手な火花を飛び散らせながら、砲弾のような突進を受け止める。
拮抗時間はほんの数秒程。天満は受け止めた八幡の刀を流し、刀を翻して八幡に切り掛かる。
八幡もまたソレを受け流し、再び反撃に回った。
そこから始まる剣戟。受け、流し、止め。
時には反撃を、フェイントを混ぜ、緩急を付けて、あらゆる角度に回って。
両者共に、稲妻の如き激しさで剣戟の勢いを増していった。
「ッシュ!」
八幡の足払い。
天満はソレを軽く跳んで避け、同時に八幡の首めがけて刀を振るう。
ソレを八幡は半歩下がる事で間一髪避けた。
たらりと、八幡の首筋に赤い水滴が垂れる。
【雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷】
追撃。
瞬速の切り上げが八幡に迫り来る。
八幡は刀の中腹をもう片方の手で押さえて力を込め、天満の剣技を上から止める。
続けて刀を研ぐように自身の刀を上に滑らせて流し、鍔に当たる直前で天満の首めがけて抜刀するかのように振った。
しかし、ソレは天満によって避けられた。
上半身を後ろに逸らすことで八幡の斬撃を回避。
天満の鼻の上をスレスレで刃が通る。
もし一歩遅ければ首を刎ねられていたであろう。
「セイ!」
天満は刀を手放して八幡の裾に手をかけ、一気に投げ飛ばした。が、八幡は力ずくで背負い投げを阻止する。
投げられている最中、呼吸の力で底上げされた身体能力で無理矢理振りほどいたのだ。
その勢いによって天満が逆に弾き飛ばされる。
対する八幡は受け身を取りつつ、勢いを利用して起立。しかも刀は握ったままである。
倒れている天満に接近し、その刀を突き付けようとした瞬間……。
「甘いわ!」
八幡の視界が反転。
いつの間にか刀を奪われ、地面に倒された。
更に、八幡の上に体重をかけて伸し掛かり、メキメキと嫌な音を立たせながら腕を拘束。早く脱出しなければ八幡の腕が折れてしまう。
「シィ~……………ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
呼吸の力で無理矢理脱出。
一旦チャージしてから一気に解放。
爆発的な力によって拘束を一瞬だけ逃れ、その隙にすり抜けた。
「うらぁ!!」
すぐさま刀を拾って立ち上がり、振り向き様に刀を振るう。
天満はソレを掻い潜るかのようによけ、いつの間にか拾った刀で抜刀。
右わき腹から左肩へと、八幡を逆袈裟に斬った。
「……う、あ……」
八幡は傷を押さえて蹲った。
「何故技を出さなかった?」
訓練が終わり、お手伝いさんからの治療を受けていると、ジジイからそんなことを聞かれた。
「あの時、技を使える隙は十分にあった。なのに何故使わなかった?なんのための全集中の呼吸だと思っておる?敵を殺すためのモンじゃろうが」
全集中の呼吸。
鬼殺隊が超越生物でる鬼と戦うために使用する技術。
特殊な呼吸によって身体能力などを引き上げ、対応する呼吸と型に沿った剣技を繰り出す事で、天敵である鬼と渡り合える事が可能になる。
習得するためには血の滲むような努力と鍛錬が必要なのだが、俺はソレを元から使っていたそうだ。
確かにあの鬼と戦っていた際、俺は特殊な呼吸を使っていた。何故使えるのかは俺にも分からないが。
「……普通ならそうだけど、俺は使える型に限りがあるんで」
「……確かにお前は雷の呼吸の技を2つしか使えんな」
雷の呼吸。
俺がこのジジイから習っている呼吸法だ。
全ての呼吸の基礎となっている五代流派の一つであり、速度と踏み込みを重視している。
基本型は全部で六つあるが、他の流派に比べ習得難易度が高いらしく、他の五代流派と比べて習得者は少ないらしい。
俺が覚えているのは二つ。壱の型の霹靂一閃と、肆ノ型の遠雷だけである。
「じゃが、お前ならこの二つを駆使して儂を殺せたはずじゃ」
「……マジで殺したら意味ないだろ」
本当にこのジジイはこういった面に鋭い。
確かに、型を使えばジジイを斬れる場面はあったが、技を手加減する技術は今の俺にはない。
車が急に止まれないのと同じで、一度技のモーションに入ったら止まらない。
ジジイを殺すか、俺が死ぬかの賭けになってしまう。
「……ダメじゃな。お前の剣には殺気がない」
「いや、訓練で殺す気でいちゃマズいだろ」
「バカ者め。実戦では鬼はあらゆる方法で殺しにくるのじゃぞ。一秒でも早く殺す気概でいる必要がある、これはその訓練じゃ。何のために命懸けてやっていると思ってる?」
「………」
正直に言うと、俺はこのジジイを殺したい。
コイツの訓練は何時も命懸けだ。
さっきの組手なんてまだ優しい方。何度マジで死にかけた事か……。
このままじゃ何時か本当に命を落としかねない。早くこのジジイを殺さない限り。
だが、この世界で生きる術がない俺には、その手段はとれない。
「(今に見てろよ……!)」
さっさと剣技をマスターして、この家を出て、鬼殺隊に入って金をある程度稼いだら辞めてやる。
「ダメじゃな」
訓練で疲弊した八幡が休憩している際中、天満は自室に籠り八幡について悩んでいた。
八幡の腕に問題はない。
既に呼吸も戦い方も憶え、実戦もある程度はこなせる。そこらの雑魚鬼なら危な気なく狩れる程度には強くなっている。
型は二つしか使えないがそんものは些細な事。呼吸を使いこなせるのなら問題なく鬼を殺せる。
では、何が問題なのか。
「……早く殺しを覚えさせねば」
彼の剣には殺気がない。
どんなにきれいごとを言っても刀は殺しのための道具であり、剣技は殺すための技術。
敵―――鬼を殺せない剣に価値など存在しない。鬼を殺してこそ鬼殺隊なのだ。
八幡の刀を血で染めなくてはならない。
そのための力を身に着けようとしているのだから。
「…ゴホッゴホッ!」
突然、口を押えて咳をする天満。
一回二回では止まらず、数分間一切止まずに咳が出る。
やっと落ち着いたところで彼は布を拾って手と口周りを拭いた。
「……もう時間がない、か」
血がべっとりついた布を囲炉裏に捨てながら、天満は忌々しそうに嘆いた。