【血鬼術 流水弦・濫舞】
突如、津波が起きた。
3㎜程の剛縄を、一本、十本、百本と重ね続けた結果生まれた糸による波。
前方、後方、頭上、足下と、全方位から八幡を飲み込まんと迫り来る。
まさしく津波と表現するに相応しいその一撃を前にしても、八幡は進撃を止めなかった。
【天の呼吸 雷の型―――】
全ての勢いを乗せ、津波目掛けて飛びこんだ。
基本動作は霹靂一閃と同じ。
強烈な踏み込みによる突撃から放つ居合斬りの筈だが……。
【――
雷の応龍が、波を突き破った。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
大雷神。
天の呼吸雷の型晴天霹靂と水の呼吸拾の型生生流転の合わせ技。
回転で高まった威力を晴天霹靂に全て乗せて放つ一回限りの大技である。
威力も速度も共に霹靂一閃及びその発展技の比ではなく、通常の生生流転でもここまで威力を高める事は不可能。
二つの呼吸を使い、尚且つ熟練した剣士にしか許されない必殺技である。
習得条件の至難さ故、その効果も絶大。
生み出される雷龍の王は文字通り悪鬼を喰い尽くす。
「―――な」
スパンッ。
八幡の日輪刀が、累の首を切断した。
「あの野郎……また逃げられた!」
真夜中の山、俺は寝転がった状態で地団駄んだ。
まただ、また逃げられた。
確かに俺の刀は奴の首を取った。
奴が首を自分で切るより早く、奴の首を切断して落とした・・・筈だった。
「あの野郎……首をすり替えていやがったな!?」
ダミーの首。
あの野郎は予め首を別の位置に移動し、首のあった部位に見せかけの首を付けていやがった。
こういった鬼は時々いる。
鬼は身体がバラバラになろうがミンチになろうが生きている珍妙生物だ。首の位置を弄るなんて簡単に出来るだろう。
現にそういった鬼はいた。亀みたいに首を引っ込めたり、身体を分裂させたり。この間倒した十二鬼月は血鬼術に同化して分裂していたからな。
気づいた時にはもう遅かった。
斬った瞬間に違和感を覚え、気配がまだしていることに嵌められたと気づき、臭いで本当の首の位置を特定したが、時すでに遅し。奴は次の手を打った。
あの野郎、自爆しやがった。
首だけの状態で遠隔操作を行い、自分の肉体を糸に変換。
いくら激闘を繰り広げた後に大技を使って消耗したとはいえ、身体に残る鬼因子全てを利用した血鬼術はかなり強力。俺も咄嗟に天の呼吸で防御したが、全てを受け流す事は出来なかった。
おかげで大ダメージ。なんとか動けるが、全力で逃げるアイツを追いかけるような体力はもう俺にはない。
なにせこっちもかなり消耗しているんだからな。
天の呼吸 奥義・壱 鬼身。
コイツを思いついたのは漫画の知識によるものだ。
漫画とバカにすることなかれ。全集中の呼吸だって漫画みたいなトンデモ理屈だ。
鬼身も全集中の呼吸と似たような原理だし、もしかしたらいけるのではないかとやったらマジで出来た。
ただ、その特性上、長時間使用は出来ない。
無理やり血圧を上げているのだ。心臓や血管に掛かる負担はかなり大きい。
常人ならコレを使った時点で即心臓破裂。柱である俺も呼吸によって強化された体だから耐えられるものの、決して反動は無視できない。
あと、性格も狂暴になる。
血圧増加によって脳に負担が掛かっているせいだと思うのだが、コレを使うと何か粗暴になってしまう。
宇随曰く猛獣、義勇や錆兎からは『鬼みたいだ』と言う始末である。本当に失礼な奴らだ。
別に、この状態の俺が素の状態の俺というわけじゃないと思う。
普段は隠しているだけで、理性の仮面を取っ払ったこの状態こそ本当の俺だというつもりはない。
人間は理性やら感情やらがあってこそ人間なんだ。ソレがなくなってしまったら人間じゃない。いや、獣ですらない。本物の鬼だ。
『うっらあああああああああああ!!!』
「………」
そうだ、俺は……鬼なんかじゃない。
「けどなあ、楽しかったのは事実なんだよな……」
戦っている時の、命のやり取りをしている時の。
あのピンと張った細い糸の上を渡り歩くようなギリギリの感覚が心地いいんだよな……。
「おい八幡、何寝てるんだ」
「……八雲か。ちょっとしばらくこのままにしてくれ」
「ダメだ、次の仕事があるんだからな」
「え?」
ちょっと待って、今俺結構消耗してるんだよ?
「甘えるな。柱ならたとえ骨が折れようとも内出血しようとも戦うんだ。ほら行くぞ」
「え~………」
ああ、本当に鬼殺隊は鬼だらけだ。
「(ああ、そういえば………)」
俺って、痣なんて無いよな?
「クソクソクソ! また負けた!」
とある洞窟、累はパチンコで有り金を使ったかのように怒り喚いていた。
身体は既に再生しているが、中身の方―――力の方はほとんど回復していない。
八幡との戦い、大技の使用、そして逃げるために胴体を自爆させたせいですっからかんの状態になってしまった。よって、回復するには食事と休息が必要になる。
またソレは、しばらくはこの屈辱を味会わなくてはいけないことを意味する。
「クソクソクソ! 今度会ったら次こそは……」
次の夜が来るまで、累はその場で八幡をどう倒すか、その手段を脳内で摸索する。
どう戦うか、どんな血鬼術を使うか、次はどんな場や状況だと優位になるか……。
「アハハハハッ…。次会うのが楽しみだよ……」
その時の累の顔は、まるで友達と遊ぶ約束をした子供のようだった。