とある草原、二体の鬼と二人の剣士が対峙していた。
剣士の方は満身創痍。全身がボロボロで今にも倒れそう。
対する鬼の方は無傷。隊士達を見下すように立っている。
「どうした鬼狩り、もう終わりか!?」
「………クソが!」
隊士―――不死川実弥は悪態をついた。
彼の眼前に立ちはだかる鬼。下弦の弐とその配下である。
下弦の弐が使用する血鬼術は空気の圧縮。
自身の周囲を空気の壁によって防御し、空気の塊を相手に放つ事等、利用法は多岐に渡る。
只の空気と侮るなかれ。圧縮した空気の壁の堅牢度は鋼にも匹敵し、空気の銃弾の威力はこの時代の銃撃と大差ない。
攻撃や防御だけではなない。空気を固めて空中に足場を形成したり、敵の周囲の空気を固めて道を塞ぐ等、応用力はかなり高い。
配下の鬼の血鬼術は毒性の霧の発生及び散布。
対象物を腐食或いは燃焼させる有毒ガスを周囲に拡散させるものである。
十分強力であり、接近戦しか出来ない鬼殺隊にとっては相性の悪い鬼。
その上、この鬼は下弦の弐と連携する事で更なる効果を発揮できる。
「ほら、もう一発食らえ!」
下弦の弐が圧縮した空気弾―――毒ガスを圧縮したものを放った。
そう、これが実弥ともう一人の隊士、粂野匡近が彼らに追い詰められた要因の一つである。
配下の鬼が毒ガスを発生させ、下弦の弐がソレを砲弾のように固めて遠距離から投げる。
ソレを避けたとしても血鬼術を解除すれば毒ガスが蔓延。すぐさまその場から逃げなくてはならない。
迎撃など以ての外。切った瞬間に毒ガスが飛び散る。
そして、鬼達は空中に足場を作って見下ろしている。
刀どころか実弥の切り札すら届かない。
攻撃と防御を兼ね備え、尚且つ隙の無い血鬼術。更に、限定的とはいえ飛行能力も携えている。
いくら二人が甲とはいえ、荷が重い。すぐさま立ち去るべきなのだが……。
「く…くそ!」
鞘を杖にして、ボロボロになった肉体に鞭を打って立ち上がる。
敵の血鬼術は攻撃防御共に完璧。
遠距離から一方的に毒ガスを撒き散らかされ、こちらは攻撃出来ない。
万が一距離を詰めて攻撃しても空気の壁によって斬撃を防がれ、続けて攻撃する前に空気の階段を作られて逃げられる。
ならばダメージ覚悟で無理やり突破するか。……それも不可能だ。
ボロボロなのは実弥本人だけではない。刀も服も同様だった。
隊服は毒ガスによって所々焦げ、金属部は既に錆びついている。
日輪刀も同様。緑色に輝いているはずの峰が錆色に染まり、光を反射する刃も所々欠けている。
これでは実弥より先に刀と服の方が持たない。
敵わないならば撤退すればいい。
いくら鬼殺隊がブラック企業とはいえ、敵わないなら可能な限り情報を持ち帰って逃げることも許される。
鬼殺隊は鬼を殺し人々を救う事だけが仕事ではない。生きて帰って情報を伝えるのも仕事の一つだ。
だが、今回ばかりはそうするわけにはいかなかった。
ふと実弥が後ろを振り返る。
「に……逃げ、るんだ…実弥!」
そこには、重傷で動けない粂野匡近がいた。
実弥を庇って戦闘不能な程に重傷を負ってしまった。
もし逃げれば、彼が犠牲になるのは目に見えている。故に実弥はこの場から逃げることが出来なかった。
「(どうすれば……どうすればいい!!?)」
もし、彼が一年でも長く戦っていれば……柱になっていれば話は別だったであろう。
しかしそんな仮の話など無意味。今ある事実はただ一つ、実弥はこの鬼への対抗手段がないということである、
だが、それでも彼は諦めない。
彼は刀を握る手に力を入れ、戦意を示す……。
「なあ、アイツの血鬼術教えてくれないか?」
「!?」
突然、声を掛けられた実弥は驚いて隣に振り向く。
そこには、髪の長い青年が立っていた。
背中に龍が描かれた羽織を着ているせいでよく見えないが、下には隊服を着ていることが分かる。
そして何よりも目を引くのは、男の持っている刀。峰が虹色に光るその刀からは、妖刀のような妖しい輝きが宿っている。
「だ、誰だお前……!?」
突然現れた男に動揺しながらも、実弥は冷静さを保とうとする。
いきなり気配もなく現れた点は不気味だが、隊服と日輪刀を持っていることからして仲間であることに違いはない。
故、怪しみながらも出来る限り友好的に接しようとした。
「比企谷八幡。柱だ」
「(ひ…比企谷!? じゃあ、コイツがあの天柱か!?)」
天柱。最強の柱である岩柱と双柱を成す最強格の一人。最強と呼ばれるのに対し、最優と呼ばれている柱。
成程、ソレなら甲である実弥に気づかれる事無くここまで接近したのも理解出来る。
「な…なんだお前は!?」
「なあ、早く教えてくれ」
八幡の登場に実弥だけでなく鬼も慌てる。
しかし八幡はそれらを無視して実弥の話を聞いていた。
「アイツらは下弦の弐とその金魚のフンだ! 下弦の弐は空気を固め、金魚のフンは毒の霧を出す!」
「了解」
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
途端、八幡の姿が消えた。
否、鬼目掛けて跳び掛ったのだ。
予備動作を一切見せない急加速。
しかも気配を消した上での行動。
その動作に鬼だけでなく目前で見ていた実弥すら騙された。
「な!? ど、何処行きやがった!?」
突然消えた八幡の探す配下の鬼。
だがもう遅い。八幡は一度見逃してしまえば、見つけるのは不可能。
少なくとも下弦程度には不可能。次、彼を見るときは、既に死んだ時ぐらいだ。
「く…クソ!!」
異変に気付いた下弦の鬼が毒ガスを詰めた爆弾を撒き散らかす。
狙いは定めない。既に八幡を見逃した以上、もう捉えられない。
【天の呼吸 嵐の型 扇嵐・薙ぎ払い】
ばら撒かれた弾丸を、八幡は吹き飛ばした。
薙ぎ払われた爆弾は見当違いな方角に飛んで行って爆発。
更に視界が悪くなり、余計に見えなくなった。
「く…クソ!」
もう見つけるのは無理だと諦めた配下の鬼が毒ガスをばら撒く。
毒ガスで姿を隠し、更にその意図を察知した下弦の弐が毒ガスを固めてバリアケートを形成した。
煙幕、毒ガス、空気の防壁の三段構え。通常なら決して突破出来ないのだが……。
【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】
天柱は普通とは遠く離れた剣士であった。
刀を一振りして斬撃を飛ばし、毒ガスの防壁を切り裂く。
切り開いた道から、毒ガスを剣戟で換気しながら接近する八幡が現れる。
「お…おのれ!」
配下の鬼が先走って毒ガスを吹きかけようと口内にガスを溜めこむ。
だが、八幡の方が上手だった。
ソレを吐き出される前に、八幡が懐から取り出した鎖付き小太刀を投擲。
今まさにガスを吹き出そうとした瞬間にソレは配下の鬼の首を切断。攻撃する前に鬼を灰化させた。
グルンッ。
八幡の攻撃は終わらない。
鎖を手探って方向転換。今度は下弦の弐に小太刀が向かった。
「ッグぅ!?」
しかし咄嗟に空気の壁を作って防御。
突破されて腕を失ったが、首を守ることには成功した。
鬼は自身の腕を再生させながら、漏れたガスに飛び込む。
たとえ鬼でもガスのダメージは受けるが、すぐに再生する以上、致死傷にはならない。
下弦の弐は気道やら肌やら眼球を焼かれながらも、逃げる事に徹した。
「(い…今が好機だ!)」
ガスの煙幕の中、下弦の弐は空気の階段を作ってその場から逃げる。
先程、八幡が大技を使ったおかげで凡その位置を掴めた。
ソレを頼りにして下弦の弐は逃げる。
「(も、もう大丈夫だ!人間は飛べないし、空気の上を歩けない! 俺の勝ちだ!)
空気の足場を作り、居場所を察知されないよう某配管工のように跳び回る下弦の弐。
これでもう逃げられると彼は思ったのだが……。
「ぐげえぇぇぇ!!?」
足を撃たれて動きを止められた。
何故だ、何故付いてこれた?
こっちは空を歩いているのに……!?
「な!?」
振り向いた瞬間、下弦の弐は言葉を失った。
下弦の弐同様に、空を八幡が歩いていた。
何だ、一体何が起きている?
何で、人間が空を歩いている?
一体、どうやってこんな真似を……。
「(ま、まさかアイツ…俺の階段を使っているのか!?)」
この考え当たりである。
空気の階段は消えるのに少し時間が掛かる。
その間に階段を渡る事で八幡は空気の上を歩いていたのだ。
では、何故下弦の弐がそのことにすぐ気づかなかったのか。
「(バカな!? あの階段は俺しか気づかねえ筈だ!? なのに何で!?)」
こういう事である。
この鬼が作り出した空気の壁や階段は目に見えない。
当然である、なにせ見えない筈の空気で作ったものだから。
じっくり目を凝らせば光の屈折でそこに何かあるか分かるが、戦闘中にそんな余裕などあるわけがない。
この鬼が自分で作った壁や階段を感知できるのは、自分の血鬼術だから。見えてはいないが、なんとなくそこにあるのが分かるのだ。
では、見えない筈の階段をどうやって八幡は使っているのか。……匂いと勘である。
匂いで血鬼術の存在に気づいたら十分。後は直感に従って歩いていれば大体当たる。
この世界では磨かれた直感が案外モノをいうのだ。
「ふ…ふざけんな! そんなインチキで……!?」
いつの間にか八幡がすぐ目の前まで接近。
獰猛な笑みを浮かべ、
「お、おのれ!」
鬼は咄嗟に血鬼術を使用した。
自身の周囲の空気を限界まで固める。
命の危機からか、今までの最大出力を超えて限界突破。
まさしく鉄壁の防壁となったが……。
【天の呼吸 雷の型 雷獣】
ズパン!
轟く雷鳴の牙は、鉄壁を易々と切り裂いた。
「つ、強ぇ。あれが、柱……」
その様を、実弥―――1週間後に
鬼殺隊の中では、岩柱と天柱は同格扱いです。
柱稽古では一番戦績があり、岩柱も何度か勝ったり負けたりしてます。
ちなみに岩柱戦で決め手になったのは鬼身です。まあ、二度と岩柱相手には使いませんが。