俺の鬼狩りは間違ってない   作:大枝豆もやし

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柱稽古

 

 この世界で八幡が手にしたマイホーム、天屋敷。

 豪邸とも言えるような屋敷の庭で二人の男が睨み合っていた。

 一人はこの屋敷の主である天柱、比企谷八幡。

 対するは岩柱こと悲鳴嶼行冥である。

 八幡は身の丈程はある大太刀を、行冥は愛用の日輪刀に近いもの使用している。

 もっとも、二人とも使っているのは訓練用の木製だが。

 

「「………」」

 

 

【天の呼吸 雨の型 春霖雨・花腐し】

 

 八幡が木刀を振り上げ、無数の斬撃を繰り出す。

 雨霰の如く降り注ぐ剣戟。視認範囲全てを襲う刃。

 例え斬り払っても、続けて流れる斬撃で細斬りにされる。

 並の隊士では迎撃も回避も許さない。ソレを……。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

 剣戟の雨霰を、岩柱は悉く撃ち払った。

 

「流石ですね」

 

 笑った。

 獰猛な笑みを浮かべる。

 人間離れした業を目の当たりにして、八幡は打ち震えた。

 

 やはり違う。

 目の前の男は、他の柱とは違う。

 最強の鬼狩り。その名に嘘偽りなど存在しなかった。

 

「ふん!」

 

 八幡目掛け、木斧を振るう。

 ソレを八幡は右に僅かに跳んで回避。

 同時に行冥の背後へと回り、大太木刀を掲げた瞬間……。

 

「ッ!?」

 

 八幡の死角から攻撃が飛んできた。

 岩柱の手から伸びている鎖。

 何時の間に。確認する間も無く八幡は身を捻る。

 直感背後から飛来した木斧を避けた。 

 

「ッ!」

 

 流れるように岩柱は次の攻撃に移る。

 いや、既に終えていた。

 木斧と入れ違いで、今度は木球が飛んでくる。

 いくら木製とて、斬り払える速度ではない。故、コレは逃げの一手に限る。……普通なら。

 

 

【天の呼吸 雲の型 流れ雲】

 

 

 木球を木刀で流す。

 完全に威力を受け流し、身体を弛緩させて衝撃を吸収し、攻撃を無力化。

 所謂消力と呼ばれるもの。八幡は拳法の極意を瞬時に実現してみせた。

 

 

【岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極】

 

 

 木球が戻って来たと同時、木斧と木球の両方を錐揉み回転させつつ同時に八幡へ放つ。

 文字通り蛇の如く自在にうねりながら、大気を引き裂く木斧と木球。

 岩の如く豪快な双撃が八幡が捉えようとした途端……。

 

 

【天の呼吸 雲の型 消雲風流】

 

 

 挟撃を八幡は受け流した。

 鎖部分に大太刀の木刀を添え、加重して力の流れを乱す。

 途端、木斧と木球の勢いが乱れ、見当違いな方向へと飛んで行った。

 

 消雲風流。

 相手の動きを見極め、タイミングを合わせて少しだけ敵の動作に力を加える事で、力の流れを乱て相手の攻撃を逸らし、尚且つ体勢を崩させる柔の技。

 使いこなすには力の流れを見切るだけの優れた動体視力と、敵の動作からどう動くか予見する観察眼、そして敵の動作と自分の動作を合わせるタイミング能力。この三つが必要になる。

「…見事。流石は最優の剣士」

 

 木球と木斧を再び構えながら、行冥は感嘆の声を上げる。

 

「天の呼吸…か。複数の呼吸を複合し尚且つ長所のみを引き出す。更に一つの動作に特化した型を幾つも作り出すとは。鬼殺隊の歴史でも為し得なかった偉業だ」

「そりゃどうも」

 

 二人は構え直して呼吸を整えた。

 

 ゴウゴウと、重低音が響く。

 行冥から発される呼吸音だ。

 まるで、大型トラックやタンクローリーのエンジン音のよう。

 一歩、また一歩と。大岩の如き巨躯が、溢れんばかりの圧を掛けて近づいて来る。

 

「フンッ!」

 

 避ける。

 渾身の力で投擲された木斧を、八幡は最小限に身体を捻って避けた。

 手は出さない。これは次の攻撃に繋げるための一手。下手に藪蛇は突かない。

 

 

【岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き】

 

 

「だろうな」

 

 頭上から降り落ちた木球を横に跳んで避ける。

 縛ろうとする鎖もその下に掻い潜って回避した。

 

 

【岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部】

 

 

 いつの間にか宙に跳んだ行冥が、死角から木斧と木球を連続で投げている。

 それも最初から読んでいた。

 

 

【天の呼吸 雲の型 入道雲】

 

 

 八幡目掛けて木斧が命中……しなかった。

 

「(ッ!? 手応えが無い!? ……まさか!?)」

 

 ゾワッと、行冥に悪寒が走った。

 理由は本人にも分からない。しかし行冥の肉体は己の直感に従って反射的に行動。即座に攻撃を中断して防御していた。

 

 

【岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚】

 

 

 自身の周囲に木斧と木球を振り回す。

 コレによって、行冥は死角に潜り込んだ八幡の侵攻妨害に成功した

 後に気づく事になったが、八幡は気配をズラす事で行冥を欺いたのだ。

 

 

【岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・速征】

 

 

 迎撃行動に繋げて、次の技を繰り出す。

 縦横無尽に繰り出される木斧と木球は、まさしく嵐の如き乱舞。

 更に、行冥の剣戟によって砂埃が舞う。その光景も相まって砂嵐のようであった。

 

 

【天の呼吸 嵐の型 天飆・大狂嵐】

 

【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】

 

 

 迎え撃つは天高く吹き荒れる嵐。

 八幡は鬼人の身へと転じながら空中で斬撃の猛攻を繰り出す。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 両者全力で互いの武器をぶつける。

 天上からは八幡が、地上からは行冥が。

 二人の攻防はより激化して行き………。

 

 ボキッ。

 

「「………あ」」

 

 二人の得物が粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また腕を上げたな、八幡」

 

 縁側で弁当を食っていると、行冥さんが猫を撫でながらそう言ってきた。

 

「ありがとうございます、悲鳴嶋さん」

「……お前なら、上弦を倒せるかのしれないな」

 

 瞳の無い目で悲鳴嶋さんは少し笑顔になる。

 

「八幡、お前は私より強い。稽古では互角になったが、本来ならお前が勝っていた」

「買いかぶり過ぎですよ、悲鳴嶋さん。本物の日輪刀使ったら、あんたの方が強いですよ」

 

 いやいや、そんなことねえよ。

 稽古では日輪刀を使わないから受け流せたが、もし本物の鉄球と手斧を使われたら潰されたと思う。

 

「ソレは違う。稽古では殺さないよう加減をするが、本気で殺し合うのならお前は誰よりも強い」

「いや、稽古だから本気出せないとか、そんな言い訳みたいな事を言う気はありませんよ?」

 

 ルールがあるから負けた。実戦じゃ俺の方が強い。そんな言い訳をするような奴に限って実戦じゃ役に立たないんだ。

 

「いや、お前の武器は卓越した状況把握能力と目的達成能力、そして桁違いに多い手札だ。状況と目的が違えば、動きは全く違うものになる」

「そんなモンですかね?」

 

 あまり意識してないが、この人がここまで言うならそうなんだろう。

 

「例えば格闘戦。もし実戦なら、得物が無くなった後にお前は私の身体を呼吸による格闘技で破壊した筈だ」

「いや、力は悲鳴嶋さんが上でしょ?」

「関係ない。お前は力を流すのが異様に上手い。力で向かっても逆に利用されるのは目に見えている。ソレに、雷の呼吸を用いた一撃は鬼でも耐えられん」

 

 ああ、うん。確かに俺って剣技以外にも格闘技けっこう使うね。震脚とか発勁とか合気とか消力とか。

 

「隠し武器も恐ろしい。お前の懐にある数々の暗器。ソレを使われていれば私は負けていた。他にも不意打ちの技術や変装技術等、お前は私が対応出来ない武器を持っている」

「……俺には特化したモンがないんで」

 

 最優の柱。あらゆる状況や任務に対応できる万能の柱。

 万能タイプと言えば聞こえはいいが、要は器用貧乏だ。一つのことが極められないから手数を多くする必要がある。

 俺は極めるのが面倒だから楽するために、色んな技術を憶えるのが楽しいからこうなったんだ。あんたらみたいな強い志でやったんじゃない。

 

「そう卑下するな。一つのことを極めるのも至難だが、多数の手札を手にし、使いこなすのも至難の業。お前は間違いなく最優に相応しい」

「……ありがとうございます」

 

 とりあえず礼は言っておこう。否定しても面倒なだけだし。

 

「八幡、任務の時間だ。行くぞ」

 

 障子を器用に翼で開きながら、鎹烏の八雲が縁側に現れた。

 

「え?今日って休日だよね?」

「ああ、だが緊急の仕事だ。お前にしか出来ないとお館様は仰っている」

「……そうか」

 

 お館サマ直々のご指名か。こりゃ何かあるな。

 

「じゃあ行ってきます」

「うむ、行ってこい八幡」

 


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