寝静まった夜の町
誰もいない脇道を一人の男が佇んでいた。
そんな彼の目の前に突然壺が一つ現れる。
不自然に現れた壺を訝しみ、様子を確認するために近づく……。
「ッ!?」
瞬間、彼目掛けて壺から手が伸びた。
捕まれる寸前、軽く体を捻りながら前に跳躍。
なんの危なげなく危機から脱し、着地と同時に構える。
「ヒョッヒョッヒョ、なかなか活きのイイ材料だ。コレは捕まえるのが面倒そうだ。いや、それもまたよし」
壺の中から現れたのは異形の鬼。
蛇やミミズのように長細い体でグネグネと不気味にうねり、気味の悪い笑い声をあげる。
額と口に目玉があり、元のがあったであろう目の窪みには口が二つ。
その上下に並ぶ鬼の瞳にはそれぞれ『上弦』『伍』と刻まれている。
上弦ノ伍、玉壺。
対に上弦の鬼が姿を現した。
「十二鬼月……しかも上弦!?」
「ヒョヒョッ! 何故ソレを知っているのかは疑問ですがどうでもいい事ですね、とりあえず…死んで我が作品となれ!」
玉壺が血鬼術を繰り出す。
身体から生える小さな手に握られた小さな壺から、人食い怪魚が無数に飛び出して身を抉ろうと飛び掛かってきた。
男は着物を脱ぎ捨て怪魚目掛けて放り投げるが、そんなものが防波堤代わりになるなんてことはない。楽々突破して男の肉を抉り……。
「何ィ!? いない!?」
抉る事はなかった。
着物を突破した先には、既に男はいない。
一体何処に行った。玉壺はきょろきょろと辺りを見渡す……。
「ッヒョ!?」
バンバンバン!
玉壺目掛け、銃が連射される。
咄嗟に玉壺は銃弾を避けるために壺へと身体を引っ込ませて難を逃れた……。
「よっと」
その隙を狙って、男は木へと飛び移り、枝に掛かっていた長物を引っ張り出す。
玉壺は、また別の壺から現れてその様子を見ていた。
背中に龍が描かれた派手な羽織。その下には鬼殺隊の隊服。
比企谷八幡。先程の男は彼が変装したものであった。
「へ、変装!? バカな!? 明らかに体格と身丈に合ってない!?」
「歩き方や姿勢で意外と誤魔化せるぞ」
上弦の鬼と相対しながらも、恐れることなく悠々とした態度の八幡。
「ヒョヒョッ、鬼の変化と遜色ない程の変装の腕前の剣士。私の作品にちょうどいい!」
「作品……?」
玉壺の口からでた作品という単語に嫌な予感を覚える八幡。
その予感は的中した。
玉壺は何もない空間から壺を出し、その中からおぞましいモノを見せる。
「そうです! これが私の作品! いかがでしょうか?」
「……ッチ!」
ソレを見た途端、八幡は顔を顰めて舌打ちした。
先日、行方不明になった一家。その遺体を加工してつなぎ合わせて作られた悪趣味なオブジェ。
あまりのことに言葉を失う八幡に目もくれず、玉壺は誇らしげに自身の作品について解説をし始めた。
「名付けて“家族団らん”でございます! 一家の死体をふんだんに使った贅沢な作品なのです」
「………」
相手が無駄話をしてくれるのは八幡にとって有難かった。
彼は既に目配りで八雲を飛ばしている。後は増援が来るまで足止めをすればいい。
相手は上弦の鬼。単独で倒せるなんて思い上がりなど、八幡にあるはずがない……。
バンッ!
八幡は壺目掛けて銃撃した。
放たれた弾丸は壺を粉々に破壊し、中にあった気色悪いオブジェがゴロゴロと地面に転がる。
「き…貴様ぁぁぁぁぁ!! わ、私の作品をォォォォォォォ!!?」
「喧しい。外見も趣味も悪ければ声も悪いんだな」
玉壺の怒気を浴びても、八幡は毅然とした態度を崩さない。
むしろ逆。彼の闘気はより強く、より激しく昂っていた。
「来なよ芸術家気取りのサイコが。細切れにしてやる」
「芸術を理解出来ん猿風情が……! これでも食らえ!」
【血鬼術―――】
玉壺が血鬼術を発動させる前に八幡は動いた。
右へ転がって移動し、敵の攻撃が来る前に射程外へ脱出。
立ち上がると同時、攻撃へと移行する。その結果………。
【―――千本針 魚殺】
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
後出して繰り出した筈の技が、相手とほぼ同じタイミングに重なった。
雷の如き速度で接近しながら、 自身が前居た場に無数の針が横目で確認。敵目掛けて抜刀する。
「ッヒョ!?」
切り落としたのは玉壺の右腕。
壺を持つ手を壺ごと破壊。
続けて首を狙うが……。
ヒョコッ。
切り落とされる寸前に壺の中へ引っ込んだ。
八幡は玉壺の入った壺をかかと落としで粉砕。
すぐさま左手で銃を引き抜き、次の標的へと銃口を向ける。
「ヒョアッ!?」
発砲。
玉壺が次の壺に移って姿を現した途端。待ち伏せしていたかのように弾丸が発せられた。
壺から出たと同時に血鬼術を使おうとしていた玉壺はソレに反応出来ず、銃弾を食らって壺を持つ手を吹っ飛ばされた。バリンと、壺が落ちて割れる。
「(ま、まずい!)」
咄嗟に他の壺へ移動する玉壺。
このまま留まっていれば、首を斬られると判断したからだ。
その決断は正しい。もしあのまま止まっていれば、八幡に首を斬られて終わり。故、ここは一旦引くのが正解。
だが、八幡の方が一枚上手であった。
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
「ヒィ!?」
別の壺に移動して顔を出した途端、斬撃によって壺ごと頭部を破壊された。
幸い、咄嗟に首を引っ込めた後すぐに別の壺に移動したので首を斬られることはなかったが、もし少しでもタイミングが遅ければ、八幡によって首を刎ねられていたであろう。
【天の呼吸 雷の型 早鳴】
再び壺が破壊される。
だが、その中に玉壺はいなかった。
「(クソ、身代わりか!)」
その中にあったのは、魚だった。
血鬼術によって作られた眷属である魚介類。
玉壺は八幡の目を欺くために、自身の気配と似た眷属を身代わりにしたのだ。
「(あ、危なかった……! もしあのまま眷属を身代わりにしなければ、あの猿は私の居場所を見つけて首を斬っていた!)」
壺から壺へと移動しながら、玉壺は息を整えて状況を整理する。
「(あの剣士、やはり柱だ! しかもその中でも上位の柱! でなくては、上弦である私にここまでやり合える説明がつかん!)」
「(間違いない、あの柱は私の動きが見えている! 私の血鬼術が発動する兆候を読んでいる! 私がどの壺にいるのか分かっている!)」
「(未来が見えているのか? それとも私の頭の中を覗いているのか!? ええい、人間の分際で気味が悪い! こんな気色悪い奴は私の作品に相応しくない! さっさとと殺してやりたい!)」
「(だが、奴が強いのは事実! 普通にやっても勝ち目はない! よってここは……)」
壺から壺へと、いくつかの眷属と自分をシャッフルするよう移動しながら、玉壺はどうするべき考える。
しかしそうしている間にも壺は破壊され、逃げ遅れた眷属が倒され、身代わりの数は減ってきている。
直ぐに手を打つべき。さもなくば、次に倒されのは本体の方だ。
【血鬼術 千本針 魚殺】
「ッ!?」
突如、壺が八幡の眼前に現れ、その中から金魚が飛び出る。
金魚は八幡目掛け、無数の毒針を吐き出した。
【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】
放たれた毒針を、八幡は危なげなく迎撃。
一度は見た技。対処法は既に編み出している。柱なら当然だ。
【血鬼術 水獄鉢】
今度は大量の水があふれ出た。
浸かる前に八幡はその場を跳躍。
水は檻となって八幡がいた場を囲むが、既にその場に八幡はいない。
【血鬼術 一万滑空粘魚】
八幡を取り囲むかのように、10個の壺が突如現れる。
そこかられぞれ合計一万匹もサンマのような魚が放出された。
空を飛びながら毒を撒き散らす怪魚たち。しかもこの毒は経皮毒であり、口から吸い込まなくても皮膚から毒を吸収してしまう恐れがある。
「!? クソ!」
【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】
それら全てを八幡は迎撃する。
毒の匂いをかぎ取ったのか、それとも直感によるものか、或いは経験によるものか。八幡はサンマのような怪魚の毒を見抜き、直接触れないよう細心の注意を払って迎撃。周囲を薙ぎ払うように、尚且つ繊細な技術で怪魚たちを切り裂いた。
更に、それだけでは終わらない。
「ヒョアッ!?」
迎撃によって怪魚の数が少なくなった瞬間、八幡は玉壺目掛けて刀を投擲した。
鬼殺の象徴であり、鬼を殺せる唯一の武器を手放すとは予想すらしていなかった玉壺は動揺し、対処が遅れる。
その隙に八幡は次の手へと移った。
狙うは怪魚を出し続ける壺。
羽織りの懐の一つに手を突っ込み、中からなにかを出して投擲した。
十本の棒手裏剣。
ほぼ同時に投げられたソレは全ての壺に命中して粉々に砕いた。
八幡の羽織りには幾つもの暗器があ、棒手裏剣もその一つである。
特に、手裏剣などは教師がよかったおかげか、暗器の中でも扱いがうまい。
「(な……なんだと!? あの大量の私の可愛い魚たちを無傷で捌いただと!? な、なんという対応力だ!? だが、ソレもよし! )」
八幡の強さに恐れを覚えながらも、玉壺は焦らなかった。
何故なら、彼には打開策があるから。
先程の投擲によって、八幡は日輪刀を手放している。
剣のない剣士など恐れるに足らず。刀を回収される前に、対処すればいい。
今が勝機。一気に畳み掛ければ押しきれるかもしれない。そう考えた玉壺は血鬼術を発動させようとする……。
瞬間、ジャラリと鎖の音が聞こえた。
「!!?」
嫌な予感がした玉壺は咄嗟に振り向く。
だが、ソレがいけなかった……。
「ヒョオオオオオ!!?」
振り向いたと同時、首を斬られた。
切り落とされてはいないが、半分ほど切り込みが入る。
一体なぜ。何がどうなっている。何故私の首が斬られかけている!?
その答えは直ぐに知ることになった。
先程投げた刀。その柄頭には鎖が繋がれていた。
八幡は玉壺に見えないようコレを足で手繰り寄せる事で引き戻し、玉壺の首を斬ろうとしたのだ。
だが、上弦の首は八幡以上に硬かった。
下弦なら切り落とせる威力だったが、上弦には届かなかった。
しかしソレで充分。彼の狙いは首を斬り落とす事ではないのだから。
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
玉壺が動揺している隙を見て接近。
予備動作を見せる事無いその急加速は、傍から見れば瞬間移動のよう。
結果、玉壺は八幡の接近に気づく事無く、懐へ飛び込むのを許してしまった……。
【血鬼術―――】
が、その寸前に運悪く玉壺の血鬼術が発動した。
【―――蛸壺地獄】
【天の呼吸 雷の型 轟雷】
鎖による不意打ちで手放した壺から、巨大な蛸の足が現れた。
八幡は斬撃を中断し、その迎撃に移行。本来、玉壺の首に繰り出す筈だった技を急きょ蛸足に変更する。
「今だ! よくも私の首を斬ろうとしなた! 下等な猿が!!」
【血鬼術 水獄鉢】
「ガポ……!」
水の牢獄によって閉じ込められる八幡。ソレを見て玉壺は勝利を確信したが……。
【天の呼吸 晴の型 雨過天晴】
水の牢獄は、凄まじい衝撃によって破壊された。
強い踏み込みによる浸透勁。
ソレによって発生した衝撃で八幡は水の牢獄を壊したのだ。
「ば、バカな……!?」
水しぶきが舞う中、玉壺は唖然とする。
破られた。
今まで一度も突破されたことのなかったはずの技が。
いくら柱でも、呼吸が力の源である以上、ソレを封印するこの血鬼術は天敵の筈。
現に、玉壺は何人もの柱をこの血鬼術で呼吸を封じ、時には嬲り殺してきた。
だというのに、あっさりと破られてしまった。
これは、本格的にまずいのではないか?
そのことに気づいた頃には既に遅かった。
「やっと捉えたぜ」
【天の呼吸 雷の型 轟雷】
轟く雷鳴が、玉壺の首目掛けて振り下ろされた。