結局、俺は何の情報も得られなかった。
当たり前だ、ついこの間までただの中学生だった俺が、効率的に何かの情報を得られるわけがない。
一応この街や周囲の地図みたいなものを作ったが、これが役に立つかどうかは正直言って疑問だ。
こんな調子で本当に元の世界へ帰れるのか?
「……もう夕暮れか」
そんな事をしているうちに今日も終わってしまった。
日は沈み、人間の時間が終わる。
早く戻らないと。
ただでさえ稀血の俺は鬼に狙われやすいのだから。
町を出て山の麓に入ると、小さな集落があった。
この集落にはジジイと付き合いがあり、食料とかの物資を届けたり、風呂の準備とかをしてくれる。
ジジイの家には金がないからどこで支払ってるのかは疑問だが、おそらく銀行みたいなとこで引き下ろしているんだろう。
あと、俺は村人とあまり話したことはない。ジジイが村人に話しかけるなと言いつけているようだ。
俺もわざわざ他人に話しかける必要を感じてないけど。というか修行でクタクタで話す余裕がない。
「(……いや、そうでもないか)」
声こそかけないが、お手伝いさん達は良くしてくれている。
ジジイの過度な修行でボロボロになった俺を懸命に治療してくれて、風呂や食事を出してくれる。
傷だらけ痣だらけ、時には裂傷や骨折などを負った俺を心配そうな、けど何かを期待している目で見ながら。
一体、お手伝いさん達はどういった思いで目を向けてるんだろうな。
「……!?」
突然、イヤな気配を感じた。
憶えのある気配。けど知らない奴の気配だ。
あんな目に遭ったのだから忘れる筈がない。
「……鬼!」
村から鬼の気配がビンビンしていた。
駆ける。
鍛えられた足腰で。
山道をものとせず、風の如き速度で八幡は走り抜いた。
木々を抜けて村が見える距離まで接近した。
村で鬼らしきものが暴れ、幼い少女を喰おうと手を伸ばしていた。
少女は腰が抜けたのか、その場で座り込んで小さく悲鳴を漏らす。
ソレを見た瞬間、八幡は全集中の呼吸を使って一気に加速。鬼に切り掛かった。
【雷の呼吸 壱ノ型・崩し 雷閃】
強い踏み込みから繰り出される雷光の如き加速。
鬼の死角から繰り出されたソレは、吸い込まれるかのように鬼の首へ…。
「っきゃ!?」
鬼の首を斬るのではなく、少女を抱き上げて離脱した。
霹靂一閃の亜種である雷閃は、あくまでも加速のための技。
八幡は鬼の首を刎ねる筈の技を、少女の命を助けるために即席で別の技にしてしまった。
「ここに隠れてろ」
「……え? あ、はい」
八幡はその背後にあった店舗の中へと連れ込んだ。
「逃げろ!俺がやる!」
八幡は大声でパニック状態の村人たちに言った。
村の家屋は何件か破壊されているが、死体は見当たらない。
どうやら比較的早く駆け付けた事で、村人に被害は出なかったようだ。
「お…鬼狩り様!?」
「皆、鬼殺隊の方が来てくれたぞ!」
「い、今のうちに逃げるぞ!」
八幡の登場でパニックから立ち直った村人たちは一斉に山の方へと逃げていった。
その間、八幡は鬼を睨みつけて牽制……いや、彼にそういった意図はない。
目線を外せばやられる。無意識に理解した彼は全集中の呼吸を行い、臨戦態勢に入った。
「なんだ、テメエ?もしかして鬼狩りか?」
「………」
何も言わず剣を構える。
灰色の肌にボロ布を纏った痩せた男。
正直言ってあまり強そうには見えない。
しかし、相手は鬼。人間の天敵である。
たとえどんな姿をしていようとも油断は出来ない。
そして何よりも……。
「(おいおい、逃げるなよ、俺の身体・・・)」
自身に打ち勝たなくてはいけない。
恐怖という感情に。
怖い。
相手は鬼、人間の天敵。喰われる事に恐怖しない生物など存在しない
命のやり取り。殺し合い。殺される事に恐怖しない人間など存在しない。
彼はつい数か月までただの中学生だった。
春休みが終われば高校生活を満喫できるとウキウキしていただけの子供。
生きるか死ぬかの状況は勿論、怪我をするような喧嘩すらしたことがない。
そんな子供が天敵と対峙して恐怖を抱かないはずが無い。
「ヒヒヒ! オメエ怖がってるのか?」
ニヤニヤと見下す鬼。
八幡はソレを無視……いや、反応する余裕などなかった。
今の彼は、己が恐怖と対面する事で手一杯なのだから。
「(落ち着け、俺。ここで逃げても後ろから喰われるだけだ)」
相手は鬼、自分は稀血。絶好の獲物。よって逃がしてくれるはずが無い。
呼吸の力を逃げに回せば逃げ切れるが、その場合は後ろに隠れている少女が狙われる。
生憎、八幡は誰かを生贄にして生き延びるような精神はない。その罪に押しつぶされてしまう。
逃げるのがダメなら戦うしかない。
草食獣も逃げの選択肢が無くなれば即座に戦闘を選ぶ。
押しても引いても諦めてもダメなら、押し通すしか選択肢はない。
「シィィィィィ……」
呼吸で無理矢理感情を落ち着かせる。
大丈夫だ、俺ならいける。
信じろ、自分を。虚勢でもいいから自分を信じろ。騙す材料はちゃんとある。
才能はある。型は二つしか使えないが、呼吸は割とすんなりマスター出来た。
知識はある。鬼を倒すための手段はジジイに文字通り死ぬほど叩き込まれた。
実績はある。あまりはっきりとは憶えてないが、一度は鬼を撃退してみせた。
やれる、やれるんだ。
俺は戦える!
「それじゃあ、さっさと死ねぇ!」
「!?」
突如、八幡目掛けて紫色の弾丸が撃ち出された。
八幡が動かないのをチャンスと判断し、先制攻撃したのだ。
当然である、今は実戦中なのだ。
鬼はこちらの事情など考慮してくれない。
八幡が己を鼓舞している隙を逃してくれるなんてありえないのだ。
【雷の呼吸 壱ノ型・崩し 轟雷】
咄嗟に刀を振るう八幡。
強い踏み込みによって繰り出された剣戟。
ソレは容易く撃ち出された弾丸を迎撃してみせた。
壱ノ型・崩し 轟雷。
これも雷閃同様に霹靂一閃の亜種であり、移動速度を剣の威力に変化したものである。
「……それがお前の血鬼術か」
血鬼術。
人を一定以上食らった鬼が目覚める超能力。
物理法則を無視した術の行使が可能であり、その種類は鬼の数だけ存在する。
剣を振るう事しか出来ない鬼殺隊にとって、これ以上ない理不尽の塊であり、現に大半の隊士がコレによって破れている。
「……ズルいよな、鬼は。俺らの武器はコレしかないのに、お前らはチートみたいな身体スペックと、チートみたいな超能力を使える。不公平だろ」
「あ?横文字を使うなよハイカラぶりやがって。……ただまあズルいってところは同意してやるぜ。かわいそうだなぁ人間はよぉ」
鬼はニヤニヤと嗤う。
「この弾は人間の身体なんて簡単に粉砕出来る!こんな風になぁ!」
そう言って鬼は近くの家屋を口から出した光線で破壊した。
「ッハ、随分ベラベラ話すな。お前の方が怖がってるんじゃないのか?」
「………」
返答は、言葉でなく暴力によって返された。
発射されたビームは、無意識に命中しやすい的に、胴体部分に向けて放たれる。
光弾の威力は凄まじく、家屋を簡単に破壊できる程。人体一つを破壊するためにわざわざ急所を狙う必要などない。
だが、例外が存在する。
鬼殺隊の剣士。
彼らの振るう剣技の前には、生中な攻撃が通用しない。
先程、八幡に迎撃されたのをもう忘れたのだろか。
上段に構えて刀を振り下ろして。八幡は光弾を打ち落としながら進む。
光弾の一撃が足に向けられた。
ソレを予測していたかの様に、八幡は軽く跳んで避ける。
瞬間、鬼は内心ほくそ笑んだ。
上半身の攻撃は全て迎撃していたというのに、下半身のソレは避けた。つまり、そこなら通る。
そう考えた鬼は、次弾を発射するために力を溜め、再び光弾を飛ばそうとしたその瞬間……。
【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】
首を刎ねられていた。
一体何が起こった、そう思う前に、鬼は灰に変わった。
鬼は誘導されたのだ。
別に、八幡には下半身の攻撃を防げないという制約はない。
しかし、敢えてやらない事で隙だと誤解させ、ソコを突くよう誘導したのだ。
来る場所、来るタイミング、当てられる箇所さえ分かっていれば、合わせるのは簡単である。
カウンター。
八幡は臭いで鬼の感情を読み取り、音で来るタイミングを察知。
鬼が攻撃しようとした瞬間に動き出し、光弾を避けながら首を刎ねたのだ。
「……スゥ~」
深呼吸しながら、八幡は刀を収める。
実力、知略、胆力、そして勝負。
全てにおいて彼は勝利したのだ。