糸の波を突破して、八幡がその姿を……ズタズタに切り刻まれた上着を放り捨てて、鍛えられた肉体を顕わにする。
身体中に刻まれた龍のような痣。
四肢には東西南北を示す四龍が、背中には龍の王である応龍が、胸には四獣を総べる黄龍が、頬には龍を現す紋章が刻まれている。
痣者。
鬼殺の猛者である柱の中でも更に極みへと至った者の証である。
「さあ、続きと行こうじゃねえか」
痣者―――八幡は獰猛な笑みを浮かべて苦累に向かった。
「な、舐めるな! 少し見た目が変わった程度で!」
小さな蜘蛛が大量の糸を放つ。
月や星の光を反射させながら、並の隊士なら対処は至難の血鬼術が八幡へと迫る。
数十もの血鬼術はしかし、八幡の操る鎖によってあっという間に叩き落された。
同時、銃を引き抜いて牽制射撃によって苦累の動きを止めようと試みる。
【血鬼術 黒縄棘弦】
【血鬼術 流水弦・渦潮】
前回同様に血鬼術を合成させた糸で、八幡の銃撃を赤黒い糸で弾き飛ばす。
それだけにとどまらず、斬糸の竜巻は勢いを増しながら八幡に襲い掛かる。
【天の呼吸 雲の型 流れ雲】
ソレを受け流す八幡。
鎖を片手で打繰り寄せ、一瞬で手元に戻す。
キャッチしたと同時に日輪刀の中腹で糸の竜巻を受け止め、そっと撫でるかのように力を加えることで、力のバランスを崩す。
結果、糸の勢いが暴走し、近くに待機していた苦累の子蜘蛛を切り刻んだ。
「なら、これならどうだ!?」
苦累が再び複数の子蜘蛛に血鬼術の指示を出す。
八幡は無意識的に勘に任せて回避行動を取る。
直後、八幡がいた場所には糸の雨と見紛うほどの銀閃が穿たれた。
【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】
再び血鬼術の雨が降り注ぐ中、八幡が斬撃を飛ばす。
いくつかが苦累に直撃するも、傷を刻むだけ留まり、すぐ再生した。
再び、周囲を飛び回る子蜘蛛から血鬼術が放たれる。
上下左右、全方位から放たれるシャワーのような血鬼術に対して八幡は縦横無尽に駆け抜け、時として刀を切り払いながら切り抜ける。
雨の中を散歩しているかのように悠々としているかと思えば、時には嵐の中を掛けるかのように激しく。緩急を自在に変えて八幡は突き進んだ。
【血鬼術 刻死輪転】
矢のようにもぐりこんだ苦累が、待ち受けるように血鬼術を繰り出す。
八幡は捻り込むようにして躱し、お返しとばかりに強烈な一撃を叩き込む。
だが、苦累は自身の腕に血鬼術の赤縄巻き付け、盾にすることで回避した。
腕を斬り落とされたが問題ない。上弦の鬼なら瞬時に生え変わる。鬼にとって首以外のダメージなど無いも同然だ。
むしろ問題なのは近づかれた事。鬼狩りの接近を止められない事の方が痛かった。
「おおおおおおおおおおおお!!!」
遂に、八幡が苦累に接近した。
刀が当たる距離。ここが俺の領域だと言わんばかりに、彼は猛攻を仕掛ける。
「………ック!」
【血鬼術 八つ蜘蛛】
負けじと累も反撃する。
背中から蜘蛛のような八本の脚を生やし、先端にある毒爪で迎撃。
二本の腕と八本の腕から糸の斬撃を繰り出し、八幡の斬撃を相殺。
派手に金属音と火花を飛び散らしながら、鎬を削り合う。
八幡は技巧によって、苦累は手数によって。
八幡は距離を詰めて、苦累は距離を放して。
八幡は首を斬る為に、苦累は身を守る為に。
両者は互いにやりたいことをやる為に戦う。
【血鬼術 流水弦・渦潮】
「ッチ!」
刀で苦累の爪を逸らすが、苦累の蜘蛛の脚に隠れていた小蜘蛛によって血鬼術を繰り出される。
八幡は咄嗟に身を捻って避けるも、そのせいで手が一瞬だけ止まってしまった。
無論、苦累への警戒を解くことはないし、止まったのもほんのコンマ数秒程度。だが、子蜘蛛たちに指示を送るには事足りる隙だった。
【血鬼術 流水弦・五月雨】
子蜘蛛たちが一斉に八幡目掛けて血鬼術を発射。
雨霰の如く降り注ぐ糸の斬撃が主人である苦累をも巻き込む形で八幡に迫り来る。
「うぐッ……!」
「ッチ」
苦累は銀の雨を浴びながら距離を取り、八幡は苦累の身体を盾にしつつ漏れた糸を刀で防ぐ。
ダメージこそ大きく受けたが、こんな傷は鬼ならすぐ治る。おかげで苦累は再び遠方から血鬼術を行使できる距離を手にした。
これで再び優位性を得た。この距離から一方的に……。
「!?」
突如、八幡が日輪刀を苦累に投げつけた。
鬼殺隊にとって命といってもいい日輪刀。
道倫刀無しでは鬼と戦えないというのに。
その答えを知ることはそう遅くなかった。
【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】
八幡はもう一本の刀で迎撃した。
何処からか取り出した予備の刀で苦累の血鬼術を叩き落し、再び接近を試みる。
「次から次へと……お前は奇術師か!?」
「似たようなものだな」
縦横無尽に、あらゆる方向から降り注ぐ血鬼術の雨。
八幡は日輪刀の柄頭に紐を手品師のように一瞬で巻き付け、鎖鎌のように振り回して鋼糸の刃を叩き落す。
「な……!?」
突然、紐が苦累の脚に絡まりった。
八幡が刀をハンマー投げのように投げる事で、勢いの付いた紐が苦累を捕らえたのだ。
加速をつける必要はない。嵐影湖光で糸を迎撃した勢いによって既に加速は済んでいた。よって一予備動作なく投擲する事に成功したのだ。
無論、この程度の紐なんて一秒もかからず千切れる。そんなことは八幡も承知済み。だがソレで充分。八幡にとっては十分付け入れる隙になる。
「この……!」
縛られても苦累は冷静だった。
焦る事無く、瞬時に子蜘蛛への指示を選択。
八幡を相手にする以上、このような手は予測済みだ。
むしろ、今は日輪刀を手放している。さっきのように余計なことは考えない。一気に畳みかける!
だが、その考えもまた八幡に読まれていたことを、苦累は知ることになる。
バンバンバンッ!
八幡は子蜘蛛たちを二丁銃で迎撃。
最初から持っていたかのように、両手に銃を持って子蜘蛛を撃ち落とした。
合計十二発。両手のリボルバー式拳銃を全て使い切った頃に苦累は紐を千切り、再び攻撃を開始…。
バンッ!
不意打ちのヘッドショット。
振り向く事無く、銃を逆に持って親指で引き金を引く。
予想どころか常識外れの射撃に面食らい、苦累は動きを止めてしまった。
何故だ、弾は全て使いきった筈だろ。なのに何故残っている?どんな手品を使ったんだ。その答えを知る術を、彼は持ちえない。
苦累には見えなかったが、八幡は一発だけ装填に成功した。
口と舌を器用に使い、苦累からは見えない角度で。
こんなこと誰にも予想出来るわけがない。
「こ・・・の!!」
頭を再生させながら、苦累は血鬼術を無茶苦茶に行使。
手から、蜘蛛の脚から、眷属の子蜘蛛から……。
booooooooooon!!!
途端、爆発が起きた。
八幡の手榴弾。左手で取り出し、口でピンを抜く。
ソレを敵の子蜘蛛目掛けて投げ、血鬼術を迎撃してみせた。
だが問題ない、先程の血鬼術は時間稼ぎにすぎない。本番はこれかだ。
【血鬼術―――】
苦累が血鬼術を放つ。
指先から、蜘蛛の脚の爪先から、子蜘蛛たちから、
昔話にある妖怪のようにあらゆる血鬼術を用いて、八幡を殺さんと迫る。
【天の呼吸―――】
八幡が技を繰り出す。
刀を振るい、小太刀を取り出し、銃を撃ち、鎖を用いて。
伝記にある英雄のように様々な武技と武器を用いて、苦累を討伐せんとする。
雷の如き轟音が空気を震わせる。
金属を引き裂くような音が響く。
戦闘の熱が夜の空気を熱くする。
飛び散る火花が夜の闇を照らす。
両者の戦いは苛烈さを増していった。
「ッグ!」
「(勝った!)」
敗者は八幡。
糸の斬撃によって刀を手放し、致命的な隙を晒してしまう。
ソレを見た途端、苦累は勝利を確信し、遂に準備してきた大技を繰り出す。
「勝ったぞ! 僕の勝ちだ! 天柱、比企谷八幡!!」
【血鬼術 流水弦・氾濫】
【血鬼術 流水弦・豪雨】
【血鬼術 流水弦・双嵐】
災害が起きた。
前方には洪水の如き糸の奔流が。
上方からは豪雨の如き斬撃が降り注ぎ。
側面には台風のように巨大な糸の渦が。
三つの災厄が八幡の逃げ場を潰すよう、空気を裂きながら接近。
そのまま彼を飲み込もうとした瞬間…。
「……なんだよ、ソッチも準備してたのか」
【天の呼吸 嵐の型 荒神・大狂嵐】
途端、三つの龍の首が災厄を食い破った。
嵐を纏う龍の顎が畝りながら災厄に牙を剥き、かみ砕く。
洪水も、豪雨も、二つの竜巻も。荒れ狂う嵐龍は三つの首で噛みつき、振り回しながら砕いた。
「そ、そんな……」
自身の大技が三つ同時に砕かれたことに苦累は唖然とする。
何故だ、奴は刀を持ってない。確かに手放していた。隙を晒していた。なのに……なのに何故!?
「!?」
混乱している中、彼は嵐竜から飛び出す八幡の影を捉えた。
左手に、右手に、そして口に、それぞれ刀を持つ八幡の姿を。
三刀流。これこそ苦累の血鬼術を破った三頭の龍の正体である。
「く…クソ!!」
何故刀を持っている? 最初から三つもあったか? 三つの刀を同時に使えるものか?
様々な疑問が頭の中に浮かび上がるも、ソレを一切無視。迎撃に集中する。
余計なことを考える暇は無い。考えさせられるな。ただ敵を倒す事に集中しろ。さもなくば、撒けるのは自分である。
【血鬼―――】
ブンッ!
八幡が両手に持った刀をブーメランの如く放り投げた。
勢いよく投げられた日輪刀は高速回転して空を裂き、苦累目掛けて飛ぶ。
先程苛烈な戦闘を繰り広げていたせいか、熱を帯びて赤く発光しながら。
結果、八幡の二つの日輪刀は苦累の血鬼術を妨害だけに留まらず、両腕と蜘蛛の脚を豆腐のように易々と切り裂いた。
「(な……投げた刀だってのに、こんな簡単に!?)」
ソレだけではない。
再生させようと腕に力を入れるが、直りが鈍い。
どういう事だ、そんな疑問が浮かび上がる前に……。
【天の呼吸 嵐の型 太刀風・烈風】
赤い熱風が苦累の首を刎ねた。