たっぷりと絞られました。
いや~、やっぱり胡蝶姉妹が滅茶苦茶怒ってたわ。
無理するなだの、勝手に鬼と戦うなだの、予想通りの内容だった。
実際、累との戦闘では負傷したり毒のダメージ負ったからな。普段は無傷で任務を終わらせている分、余計に無茶な戦闘に見えたんだろう。
この程度は必要経費と俺は割り切っているが、アイツらはそうじゃなかったらしい。
怒ったのは胡蝶姉妹だけじゃない。宇随や錆兎、更にあの口下手な義勇まで怒って来た。
いや、お前らの方が俺よりもよっぽど無茶してるだろ。この間、ボロボロになって壱週間ぐらい入院していただろ。ソレに比べたら俺の傷はかなり軽傷だろ。
俺は決して無理しに行ったわけじゃない。ちゃんと勝算があり、一人で戦ってこそ意味があると確信したから一人で戦ったんだ。じゃなきゃ連絡なしに行くかよ。
「よし、完全復活だ」
軽く体を動かす。
傷跡も痛みもない。毒も完全に抜けきっている。
普段通りに動ける。いや、むしろ万全の状態だ。
今すぐにでも任務に行けるが、今日くらいは安静にしろと言われている。
だから久々に遊んでみようかな。
まあ、その前に柱合会議に参加しなくちゃいけないが。
「嫌だなあ、会議に召集されんの」
絶対小言言われる。
特に悲鳴嶋さんのが面倒くさそうだ。
あの人いい人だけど、もう二十歳超えてる俺の事を未だにガキ扱いするからな。
心配してくれるのはありがたいが、ソレが嫌なんだよ。
まあ、報告は今日じゃないし、ゆっくり休んでからでもいいと言われてるから、今のうちに言い訳考えておくか。
他の柱達も上弦の情報を直ぐに知りたかっただろうに、俺が回復するまで待ってくれるらしい。
多少はしのぶからも聞いてはいるだろうが、やはり戦った本人から聞きたいのだろう。
まあ、もう既に回復してるけどな!
「で、お前が見張りか、アオイ」
「そういうことです天柱様」
俺は振り返って監視員に目をやった。
「貴方は昔から独断行動が目立ちます。いつもうまく行っているのは流石だと思いますが、少しは振り回される周りの気持ちも考えて下さい」
「大丈夫だ心配するな。俺がやることは必ずうまくいく」
「そこまでの過程が問題なんですよ! 最終的に上手く行っても、見ているこっちはいつもハラハラします!」
「……へいへい」
「なんですかその返事は!? そんなのだから柱になるのに五年も掛ったんですよ!?」
いや、五年がデフォだから。というか、柱になれる時点ですげえと俺は思ってるんだけど。
「とにかく、私が見張り役である以上、勝手な行動は許しません!」
「お前も鬼にならないか?」
で、なんでこんなことになったんだっけ?
「ありがとうございます比企谷さん、わざわざ荷物を持っていただいて」
「別にいいよこれぐらい」
その日、八幡とアオイは町へ買い物へと行っていた。
蝶屋敷は一目を忍ぶために町から離れており、買い物は一苦労。
普段は担当の人間がいるのだが、今日は患者が一気に入院したせいで人不足となり、人手が割かれている。
しかも、この買い物は専用の知識や目利きがいる上に、売り場が遠い。
よって、買い出しにいける人間がアオイだけになり、監視対象である八幡は付いて行かざるを得なかった。
「じゃあ帰るぞ。乗りな」
「はい」
荷物を車に詰め込み、発進させる。
運転手は八幡。
現代人だったおかげか、八幡は運転が上手い。
とある任務で戦闘機を奪い、初めて乗ったというのに乗りこなした程だ。
その後、お館様から暴れ過ぎとお叱りを受けて謹慎処分を食らったが。
「……けっこう揺れますね」
「こんなものだろう」
自動車でデコボコ道を走る。
運転は上手いのだが、流石にこの時代の車と道路で揺れずに走るというのが無理である。
酔いそうになったのでアオイは外の景色を眺めた。
帰り道の途中の小さな村。
村人の住居が密集し、五十人に満たない程度の人がほそぼそと生活を送る小村。
山の麓にいくつかの田んぼがあるだけの、何の変哲も無いはずの場所。
もし、今回のような遠出でなければよる事すらしなかった。
だから、コレは運が悪かっただけなのだろう。
「助けてください!助けてください!」
必死で逃げ続ける女に出会ったのは10分程前のこと。
日中ではあるが曇天の下で自動車を走らせていると、突然八幡が車を停止させた。
彼曰く、嫌な悪寒がする。血の匂いと破壊音がすると。
最初はアオイも訝しんだが、八幡の勘の良さは知っていた。よって八幡の指示通り車を降りて近場の村へ向かう。
その道中だった、この女性と出会ったのは。
「何が?」
「男が……男が村人を殺して回っているんです…!家を殴り壊して、村の人を殴り殺て……!」
女はその場に泣き崩れた。
家を拳で破壊し、拳で人を殺す。
八幡はコレを鬼の所業だと判断した。
「わかりました。助けます」
「お願いします…。主人が……皆が、まだ村に残っているんです」
「分かった、すぐ行く」
「ま、待ってください!」
向かおうとする八幡をアオイは止めた。
「今の八幡さんは任務を禁止されています! ソレに、日輪刀もないのにどうやって!?」
「ここにある」
八幡は刀を取り出した。
常に日輪刀の持ち歩きは当たり前。
羽織の中にも既にいくらかの武器を仕込んである。
「アオイ、お前は車で先に戻ってくれ。俺が鬼を倒す」
「け、けど……!」
「緊急事態だ。それともお前はこの人たちを見捨てるのか?」
「~~~~! 分かりました、すぐに戻って皆さんを連れて参ります!」
アオイは迷うも八幡と別行動をとることを選んだ。
監視の役目を放棄するのは心苦しいが、自分がいては足手まといになる。
第一、今まさに襲われている村人たちを放っておくわけにはいかない。
アオイは車に飛び乗り、八幡の見様見真似で発進させた。
ソレを見送った八幡も動き出す。
全力で駆ける。
風のように疾く、雷のように迅速に。
先程と同じように、逃走する女性や子供と何度かすれ違った。
何故女性や子供ばかりなのか。そんな疑問が浮かぶが、速度を緩めることはなかった。
辿り着いた村には、誰一人として生き残りはいなかった。
辺り一面に転がる命だったもの。
探す必要はない。ここには、もう生存者はいない。
村中を濃厚な死の匂いが包み込んでいる。
もし、この場に生存者がいるとするなら、ソレは人間ではないだろう。
「……テメエがやったのか?」
八幡がゆっくりと振り返る。
そこには一人の青年……いや、一体の鬼がいた。
灰色の肌に紅梅色の短髪、同細身ながらも筋肉質な体格の若者。
上は素肌に直接袖のない羽織、下は砂色のズボン状の道着。
顔を含め全身に藍色の線の紋様が浮かんで8おり、黄色い瞳には各々に“上弦“と”参”の文字が刻まれている。
上弦の参。
その事実を認識した途端、八幡の手が僅かに震えた。
震えを無理やり抑えようとするも、止まることはない。むしろ、認識すればするほどに、その実感が湧いてくる。ソレほどに、参という数字は重く圧し掛かった。
「背中に龍が描かれた羽織に長い髪。……お前が苦累を殺した柱だな」
「……だったら何だ?」
「お前を殺せと命を受けている。だがその前にお前の名を聞きたい」
「……天柱、比企谷八幡」
「俺は猗窩座。見ての通り上弦の参だ。……八幡。お前に素晴らしい提案がある」
「――お前も鬼にならないか?」
「…………は?」
意外すぎる誘いに八幡はキョトンとした。
動揺も気にせず、猗窩座は言葉を続ける。
「お前の強さは見れば分かる。隠してはいるが今にも飛び掛かりそうな勢いの闘気と殺気。まるで獣……いや、妖獣のようだ。闘気は兎も角、其処まで練り上げられている殺気は見た事がない」
「………」
「だが人間には限界がある。寿命に縛られる限り、至高の領域に辿り着くことは出来ないだろう。だから八幡、鬼になろう。鬼なら永遠に鍛錬が続けられる」
「……鬼の力、か。確かに魅力的な提案だ」
八幡の言葉に猗窩座はパァといった笑みを浮かべた。
「今度は俺が質問する番だ。……村人を殺したのはお前だな?」
「そうだ。柱なら、こうすれば必ず来るだろうと思っていた」
「……俺をおびき寄せるためだけに、殺したのか」
「そうだ」
その返答を聞いて、八幡の柄を握る手に力が入った。
「何を怒る。お前が鬼を殺すように、俺は人を殺す。強者が弱者を狩るのは当然の理屈だろう」
「……そうだな、弱いものは喰われる。動物も人間も……鬼もな」
「お前の提案は却下だ。さっさと俺に食われろ」
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
雷の如き一撃が、上弦の参目掛けて飛び掛った。