空を、一匹の龍が昇っていた。
雲に乗って、雪と雨が降る中、嵐と雷を纏って。
赤鬼と悪魔を側に従えながら、龍は更なる
上る、登る、昇る。
龍は更なる高みを目指して、天から宙を目指して駆ける。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
成層圏を突破し、その存在を誇示した。
燃えているかのように、赤く染まった牙を見せつけて。
【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】
猗窩座の拳が流された。
積る雪のように深く、雲のように掴み所の無い動き。
ソレは猗窩座の攻撃を流すだけでなく、その勢いを返す事でその腕と拳を破壊。
猗窩座はその瞬間、積もった雪に手を突っ込み、その重みで腕が潰れるような錯覚を覚えた。
しかし、猗窩座は焦らない。上弦、益してパワーアップした彼にとって複雑骨折だろうと瞬時に再生する。
気にすることなく腕を再生させながら、猗窩座は反対の腕で殴りかかった。
【天の呼吸 雲の型―――】
拳が当たろうとした途端、八幡が雲と化した。
無論、人間である八幡が雲に変身出来るわけがない。
そのように見える動きで拳を避けてみせた。
全集中の呼吸による型が、雷や炎を幻視させるのと同じ原理である。
けど、ソレでも。剣士自身がそのように見えることはない。
だが、ソレが何だというのだ?
「(何が起こったか分からんが…食らえ!!)」
急に避けられるようになったのは確かに面食らったが、そんなものは力で潰せばいい。
攻撃を流されたのもマグレのようなものだ。今の彼には気の糸が視えている……。
「(!!?)」
糸が、見えなくなっていた。
見えないのは糸だけではない。
先程まで感じていたはずの気。
八幡が発していたはずの、至高の領域に近い気。
闘気、殺気、覇気。
それらが織り交ざった独特の気が全て消えていた。
そこにいる筈なのに、存在感がない。まるで幽霊のようだ。
「……!」
ユラリと、八幡が動く。
相変わらず気は感じられず、羅針も作動しない。
猗窩座は一掃警戒心を高め、構えていた。
「(……いや、ここは先手を取られる訳にはいかない!)」
【破壊殺―――】
【天の呼吸 雨の型―――】
八幡が何かをする前に、猗窩座は動き出す。
が、しかし。八幡の方が早かった。
雷と成りて懐に詰め、刀を振るう。
【―――春霖雨・花腐し】
途端、斬撃の雨が降り注いだ。
猗窩座はソレらを闘気による探知に頼らず、己の技巧と勘のみで対応する。
が、しかし。斬撃の雨はソレを先読みして猗窩座の行動を全て潰す。
剣戟だけでなく、八幡自身も雨になったかのような動き。
その前に、猗窩座は戦慄した。
「この!?」
ダメージ覚悟で猗窩座は行動に出た。
全身を切り刻まれているが問題は無い。
首以外なら斬られようが抉られようが瞬時に再生する。
雨の中を潜り抜け、胴を貫かんと踏み込め―――なかった。
【天の呼吸 雨晴の型 長雨・五月晴れ】
強烈な斬撃によって、足を斬られた。
長い雨の後、急に晴れた日の日差しのように強烈な一撃。
ソレによって猗窩座の腕が斬られた。
まだまだ猗窩座への理不尽は続く。
【天の呼吸 雲の型―――】
ある時は雲となって猗窩座の前から姿を消し……。
【天の呼吸 雨の型―――】
またある時は雨となって猗窩座に斬撃を降らし……。
【天の呼吸 雷の型―――】
またまたある時は、雷となって猗窩座を貫く。
端的に言えば、猗窩座は再び追い詰められていた。
闘気を発さず、強力な斬撃を繰り出す八幡の前に。
呼吸によって、天災と化した八幡の剣戟によって。
この短い時間に八幡は至った。
己が武を行使するのではなく、己が武へと。
技を使うのではない。
技そのものへと変貌する。
これぞ、無我の境地。
猗窩座が追い求めたものに他ならない。
【天の呼吸―――】
刀を掲げる八幡。
赤く熱せられた刀。
何度も技を行使した結果生まれた熱。
熱と光を乗せた日輪刀を、天高く翳す。
ソレを見た途端、猗窩座は一つの幻を見た。
赤く燃える刀。
血に刻まれた無惨の記憶。
かつて、無惨を追い詰めた剣士の姿を。
【―――晴の型 日暈の龍】
その姿が今、重なった。
「……比企谷さん」
胡蝶カナエは森の中を駆けていた。
此処まで全速力で訪れたせいで、僅かに疲弊しているが仕方がない。
直ぐにでも戦っているあの人を援護しなければならない。
「(でもまあ、あの人だし……もう終わってるんじゃない?)」
八幡は既に上弦を単体で二体も屠っている。
両方とも同じ伍だが、ソレでも十二分の成果。
しかも、二つとも自分たちが来た頃に終わらせていた。
今回もそうかもしれない。前回同様、付いた途端に「遅い」と文句を言われるかもしれない
だが、その方がいい。そうに決まっている。誰が好き好んでボロボロに傷ついた同僚の姿を望むものか。
森の中の、不自然に開けた場へと出た。
折れ曲がった木が至る所に転がり、不自然な切り株がちらほらと見える。
おそらく、戦いの余波でこうなったのであろう。
太陽が僅かに昇っているが、日差しは未だ。
鬼がまだ活動出来るが、寝床に戻る微妙な時間帯。
ソコで、カナエは見覚えのある後ろ姿を目にした。
日輪刀を地面に突き刺し、ソレを支えにして膝立ちしている八幡。
後ろ姿だから表情は分からないが、微妙に動いていることから生きていることは分かる。
そして、そんな彼の背後には、紅梅色の短髪の鬼―――猗窩座が両手で己の首を支えて蹲っていた。
「………!」
ソレを見た途端、カナエは気付いた。
あの鬼こそ上弦の参であると。
ゆっくりと、鬼は立ち上がった。
切り口からはまだ血が流れだしており、再生仕切っていない。
今なら勝機あり。再生する前に奇襲を仕掛ければ、勝てるかもしれない……。
「!?」
猗窩座はカナエの存在に気付いた途端、森の奥へと走っていった。
「……どうして?」
確かに時間は迫っていただろう。
だが、十分に二人を殺す時間はあった。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「比企谷さん!」
未だに日輪刀を握りしめたままの様子を伺う。
気を失っている様子だった。
五体満足で生きている。
目立った外傷もない。せいぜい所々に見える痣くらいだ。
「本当に……規格外ね」
上弦討伐というだけで鬼殺隊初の大手柄だというのに、更に上弦の参まで撃退したというのか。
一体、どれだけ伝説を生み出せば気が炭のだろうか。
「――すまない、遅くなった」
「比企谷さんはどうなった!?」
遅れてやってきた冨岡義勇と不死川実弥。
カナエはソレをジト目で見る。
「上弦は逃げていきました。比企谷さんは……ほぼ無傷ですね」
傷こそないが、無事だと断言は出来なかった。
もしかしたら、血鬼術を掛けられたかもしれない。
戻ってちゃんとした検査をするまで安心はできないだろう。
八幡を背負うのは冨岡に任せ、その場を後にした。
「無様だな、猗窩座」
パラパラと本のページをめくりながら、子供の姿をした無惨は淡々と告げる。
「上弦の参という地位でありながら、貴様は高が柱の一人も殺せないのか」
「……返す言葉も…ありま、せん」
「誰が口を開いて良と言った?」
「…………」
メキメキと身体の内部から圧し潰され、猗窩座の口から血が漏れる。
「猗窩座、お前には失望した。……下がれ」
「………」
無言でトボトボとその場を去る猗窩座。
無惨はその姿を眺めながらため息を漏らした。
忌々しい。
黒と虹色の刀を使う柱。
奴の動き、まるであの化物のようではないか。
流石に、強さはあの化け物程ではないが、成長速度は目に張るものがある。
先程はきつく当たったが、無惨自身は猗窩座が柱より劣るとは思ってない。
あの柱が強すぎるんだ。現に、玉壺と苦累をたった一人で倒す程の実力がある。
日の呼吸の使い手ではないが、ソレに近いのは間違いない。
「今度は黒死牟にやらせるか」