ある日の夜空、一体の鬼が夜空を飛んでいた。
宙に浮く血鬼術を使い、更に蝙蝠のように翼へと変じた腕を羽ばたかせることで飛行している。
彼は安堵の息をついた。
先程まで鬼狩りに追われていたが、なんとか逃げ切ったからである。
一目見て分かった、その鬼狩りが自分よりも強いと。
相手の力量差を理解した途端、彼は一目散に逃げた。
ここまでやったらもう一安心だ。振り切ったのも同然である。
空は彼にとっての安全圏。
いくらどんなに強い鬼狩りも、人間である以上空は飛べない。
せいぜい地上の上を少し跳ねる程度であり、空高く舞い上がる自分に届く筈がない。
この鬼はこの血鬼術を使って天敵から逃れてきた。
鬼狩りと戦うなんてとんでもない。逃げるが勝ち。どんな手段でも生き残った者が勝者なのだ。
あれから大体半刻程だろうか。
大体一里ほど離れた今ならばそろそろ陸に降りてもいいだろう。
そう考えて高度を下げた瞬間………。
パァンと。彼の胴体に銃弾が決まった。
「!?!?!?」
途端に沸き上がる激痛。
撃たれた箇所から何かが身体中に拡がり、蝕む感覚。
その激痛に悶えて彼はバランスを崩し、空から落ちて行った。
何だ、一体何をされた? 俺の身体に何が……!?
パァン。
もう一発、頭にぶち込まれる。
今度こそ、その鬼は息絶えることになった。
「よし、ビンゴ」
真夜中の山奥、俺は
なるほど、適当な箇所に撃っても毒は効くが、一番効くのは頭か心臓といったところか。これはいいデータが取れた。しのぶに報告だな。
「うわッ、本当に当てやがった。お前本当に何でも出来るな、八幡」
俺の隣で双眼鏡を覗いている錆兎が驚きの声をあげる。
別に難しいことはしてない300mほど離れたここから狙い撃った。ただそれだけだ。
無論、銃弾では鬼は死なない。普通の銃弾ならな。
今回使ったこの銃の弾丸。
コレはただの銃弾ではなく、しのぶが開発している藤の毒弾の試作品だ。
鬼殺隊でマトモに狙撃が出来るのが俺だけしかいなかったので、こうして俺が実験台になっている。
「一発目は分かるが、二発目は落ちている途中だぞ。なのに正確に頭を撃ち抜くとか……。八幡、お前何でそんなに銃の扱いが上手いんだ? そんな暇あるならもっと剣の修行をしろ」
「うっせえ。そのスキルがこうして役立ったからいいだろ」
俺は付き人の錆兎に言い返す。
先日の柱合会議から、俺以外の柱の内の誰か一人が付き人になった。
上弦に狙われている俺を守るという名目だが、実際は上弦が釣れたら付き人の柱とペアになってボコるといったものだ。
本日の当番は錆兎。けどそろそろ夜明けが近づいている為、交代の時間だ。
次の相手はカナエ。蝶屋敷で待ち合わせしており、しのぶに報告する序でに錆兎と代わる予定である。
「しっかし村田の奴、鬼を逃すなんて間抜けな奴だ」
「そう言うな錆兎。流石に飛べる鬼を追えるわけがない」
相変わらず錆兎を窘めていたその時だった……。
「カァー! 上弦ノ鬼出現! 現在、花柱胡蝶カナエト交戦中! 大至急応援ニ向カエ!!カァァァァ!」
カナエの鴉が慌ただしく伝える。
途端、俺の身体は無意識に動き出した。
遅れて、八雲が俺の肩に、錆兎の鎹烏が錆兎の肩に止まる。
「八幡、話は聞いたな?」
「ああ、案内を頼めるか?」
「承知した!」
「ゲホッ…カハッ…」
カナエは膝を着き、口から血咳を吐いていた。
日輪刀は折れ、全集中の呼吸も肺の中にある異物が阻害。
もう彼女には、戦う力どころか、立ち上がる力すら残されていなかった。
「ああ、可哀そうに……」
カナエの容態を痛々しそうに嘆く一人の男。
その青年は異質な存在感を放っていた。
頭から血をかぶったような模様をした白橡色の長髪に、虹色の瞳。その瞳には左右各々に“上弦”の“弐”と刻まれている。
そう、この青年こそ上弦の弐、童磨。
カナエをこのような状態に下張本人である。
彼はにこにこと穏やかな笑みを浮かべて優しく喋る。
しかしその笑顔は若干ズレていた。
「俺は感動した! 無駄だと分かっていながら戦う君の勇気に! だけど叶わない夢を見るのは何よりも辛い筈だ! だから今、俺が苦しみから解放してあげよう!」
救済。
先程から童磨がよく口にする単語。
鬼が言うにしては耳触りが良いが、その内容は常軌を逸していた。
この鬼にとっての救済とは死。
生きることを無駄とほざき、何かを成し遂げる行為を無駄と宣う。
ふざけている。温厚なカナエでも彼の考えは受け入れがたいものであった。
しかし、拒絶する力など今の彼女にはどこにもない。
「(まさか……上弦ノ弐に会ってしまうなんて……)」
歯が立たなかった。
鍛え上げた型が通じなかった。
培ってきた実力が全く通じなかった。
この鬼はカナエの柱としての力全てを否定した。
強い。
全てが規格外の強さ。
他の鬼とは比べること自体が烏滸がましい程の力。
ソレほどまでに童磨との実力差は絶望的なものであった。
「(あの人なら、こんなことにはならなかったのかな?)」
カナエの脳裏に一人の剣士の姿が浮かぶ。
上弦を二体も倒し、その参もまた撃退した男。
彼ならば、彼と一緒ならば、このようにはならなかったのではないか。
「(……いや、そんなこと考えても無駄ね)」
そんな仮定の話をしても意味はない。
カナエは死ぬ。
今日、ここで。
鬼に殺されて散るのだ。
「じゃあね」
童磨が鉄扇を振るう。
「(ごめんね…しのぶ、カナヲ)」
一言すら発せない。
代わりに出るのは血を含む咳。
もう無理だ。カナエは諦め悲しみの涙を流す。
そのまま彼女は目を閉じて……。
パァン!
一発の銃弾が、童磨の鉄扇を弾き飛ばした。
「え?」
突然の事に困惑する童磨。
否、この鬼にそんな感情などない。
機械がトラブルでエラーになったようなもの。
原因を解明すればすぐさま再起動し、反撃にかかる。
だが、銃弾を放った相手は、動く事すら許さなかった。
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
突如、強烈な雷鳴が、童磨の首目掛けて飛んで行った。