雷の如き速度と勢い。
ソレは童磨の顎から上を切り飛ばした。
勢いを一切殺さぬままカナエを抱き抱え、童磨の攻撃範囲外まで瞬時に離脱。
「(………え?)」
ゆっくりと、カナエは目を開ける。
童磨から庇うように立つのは、一人の剣士。
腰まで伸ばした黒髪に、背中に龍が描かれた派手な羽織。
虹色と黒色の刀の根元には『悪鬼滅殺』の文字が刻まれている。
「比企谷、さん……」
「悪い、遅くなった」
天柱、比企谷八幡。
力が抜け、倒れ込むカナエをゆっくりと地面に降ろす、
「あっ……。取られちゃった」
頭を再生させながら、童磨は嘆きの表情を顔に浮かべる。
首を斬るつもりが、童磨が体勢を崩したせいで狙いを誤ってしまった。
敵の行動を正確に予測し、次々と先手を打つ八幡にしては珍しいミスである。
「へー、君が玉壺殿と苦累くんを倒し、猗窩座殿を追い詰めた剣士か」
品定めするかのような不躾な視線に対し、八幡も同様の目で返す。
「なるほど、話通り……いや、それ以上に強い」
ボトリと、童磨の右肘から上が落下。ゴトッと地面に落ちた腕は鉄扇ごと消滅した。
斬られたのだ。顎から上を切り裂く前に。目にも止まらぬどころか、斬ったことを気付かせない程の速さで。
「俺は上弦の弐、童磨。もっとゆっくり話したいけど、俺は君を殺さなくちゃいけないんだ。あの方からの命だからね」
「俺は天柱、比企谷八幡。俺もお前を殺さなきゃいけない。上司からの命令だからな」
対峙する八幡と童磨の間を、風に飛ばされた枯葉が通り抜ける。
【血鬼術 蓮葉氷】
【天の呼吸 雷の型 早鳴り】
二人が互いに武器を振るったのは、全くの同時だった。
虹色と黒色の雷と、冷たい氷がぶつかり合う。
コレを火蓋に、戦いは始まった。
【血鬼術 散り蓮華】
【天の呼吸 晴の型 雨過天晴】
扇子を振るい、蓮華の花びら状の氷が散弾の如く広範囲にばら撒かれる。
ソレを八幡は日の輝の如き強烈な踏み込みによって吹っ飛ばした。
「(俺の血鬼術を一撃で? なるほど、ほかの柱じゃ出来ない芸当だ)」
八幡の技を冷静に分析する童磨。
上弦としての誇りなど持ち合わせていない童磨は、人間風情に己の術を破られたことに思う所は無い。
寧ろ逆。新しい玩具でも見つけたかのような目でその頬を緩ませた。
少し術を破った程度では上弦の弐の余裕は崩せない。
【血鬼術 冬ざれ氷柱】
【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】
降り注ぐ無数の鋭く尖った巨大な氷柱。
八幡はソレを大雪に耐える柳の如きしなやかな剣技で受け流す。
「(!? あの動き、雷の呼吸と違う? 彼、鳴柱じゃなかったの?)」
今度は水の呼吸に誓う動き。
童磨自身に武の心得はないが、今まで数々の柱を屠ってきた実績からわかる。
最初、あの雷のような剣戟のせいで雷柱だと思ったが違う。この柱は複数の呼吸を使い、尚且つその呼吸すべてが柱クラス以上だと。
【血鬼術 蔓蓮華】
【天の呼吸 雨の型 走り雨】
氷の蓮華が四方八方から八幡を捉えようと、氷の蔓を伸ばす。
八幡は駆け抜けながら迎撃。蔓の妨害を切り抜けて突き進む。
「(また違う動き? そういればさっきも炎の呼吸に近かった。まさか、違う呼吸を使う……) !!?」
考察を続けながら戦う童磨だが、ながら作業で倒せるほど八幡は弱くない。
いつの間にか接近し、刀の射程距離へと飛び込んでいた。
【血鬼術 寒烈の白姫】
【天の呼吸 雲の型 曇天】
作り出された二体の氷像。
八幡はソレを無視。その間をすり抜けて童磨に切り掛かる。
【血鬼術 枯園垂り】
【天の呼吸 雷の型 雷鳴轟轟】
雷鳴のごとき凄まじい連撃を冷気を纏う鉄扇の連撃が迎え撃つ。
その軌跡は凍てつき、氷刃となって襲い掛かる。
が、しかし。その勝者は雷の方であった。
刃先が頬を掠った途端、童磨の目が驚きに見開かれる。
叩き込まれる五連斬撃。
刹那の極僅かな合間に繰り広げられた人外同士の打ち合い。
一振り二振りで、両の鉄扇を弾き、三撃目と四撃目で両腕をそれぞれ切断。その際に頬が掠り、続けて五撃目で童磨の首を半分ほど切り裂く。
続けて七撃目で首を切り落とそうとした途端、童磨が次の手を打った。
【血鬼術 凍て曇】
童磨きの口から、冷気の煙幕が発生。
触れた先から凍てつく冷気が吐き出され、八幡は地面を蹴って後方へと跳んだ。
コレが童磨の狙い。間合いに入らなければ、刀しか攻撃手段のない鬼殺隊など恐れるに足らず。
いくら速かろうと、いくら強かろうと、頸を落とされる心配は無い。
今のうちに両腕を瞬時に再生させ、己の肉体で再び鉄扇を生成。
また別の血鬼術を行使……。
【天の呼吸 嵐の型 扇嵐・薙ぎ払い】
嵐が童磨の冷気を吹き飛ばした。
剣薙ぎによる風圧によって当たりの冷気を換気。
視界を取り戻した八幡が再び接近しようとしたところで……。
バンバンバン!
銃声が三つなる。
そのうちの二つは後方へと発砲したもの。
後方から接近する寒烈の白姫を撃ち落としたものである。
「ああ、気づかれちゃったか。じゃあこれはどうかな?」
【血鬼術 結晶ノ御子】
両腕を振るい、二体の分身を作り出す。
【血鬼術 散り蓮華】
【血鬼術 冬ざれ氷柱】
分身が同時に血鬼術を発動させた。
どちらも広範囲に攻撃する術。
対応するために止まった瞬間、本体が空かさず集中的に血鬼術を発動させるつもりだ。
【天の呼吸 雷の型 千火万雷】
が、しかし。童磨の目論みは潰えた。
千と万の雷が全て斬り払い、容易く御子ごと血鬼術を無効化した。
「……どうやら、俺と君とは相性が悪いみたいだ」
粉凍り。
童磨の戦術の基礎となる技。
微細な氷をばら撒き、これを吸った者は呼吸器官が凍り付き、ズタズタにされて。壊死する。
通常は扇を用いて周囲に散布するのだが、先程のように口から吐き出したり、他の血鬼術を出す勢いでもまき散らせる。
初見殺しもいいところであり、コレによってカナエは全集中の呼吸を封じられてしまった。
仮に知っていたとしても防ぐ手立てに乏しく、全集中の呼吸に制限をかける非常に厄介な技である。
しかし、八幡にはソレが通じない。
粉凍りが彼の技によって飛ばされてしまうのだ。
天の呼吸嵐の型がその代表である。
なるほど、そう考えると確かに厄介だ。
大半の剣士には有利に働く血鬼術だが、八幡という剣士にのみ、通じない。
いやソレだけではない。八幡の厄介さはまだまだある。
全ての呼吸をマスターしたかのように豊富な技、視覚外だというのに寒烈の白姫の接近に気付いた勘の良さ、そしてノールックでソレを迎撃したしゃげきの腕前。
これまでの柱とは何もかもが違う。
強敵。これは久々に手古摺りそうな相手である。
なるほど、猗窩座が敗れたのもコレなら頷ける。
「なら、手数でいこうかな」
扇を合わせ、再び分身を作り出す。
その数は三体。自分とコレらなら優位に戦えるだろう。
「………そうか。なら俺も本気を出させてもらう」
【天の呼吸 奥義・壱 鬼身】
【天の呼吸 奥義・弐 魔感】
瞬間、八幡の心拍が急上昇。
体温が著しく上がり、その心拍音が童磨まで聞こえてくる。
皮膚が赤みを帯び、蒸気のような汗をかきながら、龍のような痣が浮かびあがる。
ソレだけではない、彼の視界がモノクロへと変じ、全てがスローモーションへと変化。今の彼には、世界が止まって見えている。
鬼の如き敏捷な肉体と悪魔の如き冴えわたる感覚。そして龍の痣がそれらを更に引き上げる。
いける。これなら上弦の弐だろうが屠れる。今度は逃がさん!
【血鬼術 散り蓮華】
【血鬼術 蔓蓮華】
【血鬼術 冬ざれ氷柱】
広範囲に繰り出される血鬼術。
ソレらを増幅された感覚で見切り、増幅された運動性で回避、更に増幅された技術で叩き割る。
ソレにしてもなんて非効率な術の使い方だ。
恐らくあの氷人形に大した知能は無い。目の前にいたら攻撃、攻撃されたら迎撃、ソレ以外は待機といった単純な動作しか出来ないらしい。八幡の直感もそう言っている。
しかし、それが複数いるなら話は変わる。
隙無く降り注ぐ高威力かつ広範囲の血鬼術。
息をつく暇も無い。雨霰の如く飛んでくる術に対応し、これ以上動かれないよう牽制し、更に常時本体である童磨に注意を向け続ける。
無理ゲーにも程がある。
一歩間違えば全てが崩れる無茶ぶり。
なんとか凌ぎ切れているのは、八幡もまた常軌を逸した剣士だから。
怪物。上弦の弐。武術を極めた猗窩座とは別方向の、血鬼術を極めた到達点。
【血鬼術 寒烈の白姫】
【血鬼術 冬ざれ氷柱】
【血鬼術 蓮葉氷】
【天の呼吸 雲の型 霧隠れ】
【天の呼吸 嵐の型 扇嵐・薙ぎ払い】
次々と繰り出される血鬼術を、独特の歩法ですり抜ける。
途中、飛び散る粉凍りも剣戟で吹き飛ばしながら、接近した。
【血鬼術 蔓蓮華】
【血鬼術 散り蓮華】
別の二体からの追撃。
童磨が御子を追加したのだ。
これで計五体。童磨を入れたら六体を相手にしなくてはならなくなった。
【血鬼術 凍て雲】
【血鬼術 枯園垂り】
【天の呼吸 深積雪・返り花】
接近してきた二体を切り捨てる。
速さも技術も八幡が上。一体目の斬撃を受け流し、その勢いを利用して二体目を破壊。続けて勢いを殺さず一体目を破壊。
まき散らされた粉凍りも風圧によって吹き飛ばす。
だがそれだけ。どれだけ氷人形を斬ったところで意味は無い。
本体である童磨を倒さなければ無限に生えてくる上に、一度使った技は学ばれ、対策される。
形勢は不利。なんとかしてひっくり返さなくては何れ負ける。
【血鬼術 結晶ノ御子】
童磨が新たな人形を三体生み出した。
これで計六体。戦況はさらに厳しくなった。
しかし、打破する手段を八幡は既に持っている。
深く呼吸を研ぎ澄まし、意識を集中させる。
切り刻む。吹き飛ばす。嵐のように、一撃で全てを。
【天の呼吸 嵐の型―――】
【血鬼術―――】
童磨とその分身が一斉に血鬼術を行使した瞬間……。
【―――荒神・大狂嵐】
嵐が全てを吹き飛ばした。
「・・・え?」
呆けたようように固まる童磨。
紛うことなき隙。見逃すわけがない。
技の勢いを乗せて強く踏み込み、一気に解放。
一瞬で距離を詰め、そのまま首へと刀を振るい……。
【血鬼術 爆蓮華】
【天の呼吸 雲の型 流れ雲】
己の腕を氷化させ、爆発させた。
自爆技。
流石の八幡もコレは予想出来なかった。
出来た事といえば、咄嗟に刀で防御し、そのダメージを限りなくゼロに受け流した程度。勢いは殺しきれず後ろに下がってしまい、童磨も爆風に吹っ飛ばされ下がってしまった。
「これも反応出来るんだね」
「当たり前だ」
突然、童磨の視線と声が鋭くなる。
びりびりと肌に伝わる強烈な敵意。
この瞬間、童磨は八幡を対等かそれ以上とみなした。
「さっき、俺の血鬼術と結晶の御子だけじゃなく、粉凍りも全部吹き飛ばしたよね? 他にも強い技を隠しているの?」
「さあな。試してみたらどうだ?」
童磨が八幡の技を見て学ぼうとしていたように、八幡も童磨を観察して学んでいた。
既に、童磨への攻略法が八幡の中で完成している。
「…確かに、とても危険だね。他の柱なんかよりよっぽど」
童磨の表情が変わる。
柔らかい微笑みから、鉄仮面のような無表情へ。
「ここからは本気でやるよ」
瞬間、童磨の周囲に凄まじい冷気が集まり、凍りついていく。
同時に嫌な予感。首筋にチリチリと痺れが走る。
だが今は、ソレが心地よい……。
【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】
童磨の背後に、絶望が這い上がった。