だって、本当に透視なら目の見えない悲鳴嶋さんが見えるわけないし。
星の海を一匹の龍が泳いでいた。
闇の中で輝く星々を眺め、龍は楽し気に口元を歪ませる。
この星たちは運命を描いている。龍はその律動を観察する事で、未来を読み解こうとしていた。
一つの星に目が行く。その星は氷惑星。氷に覆われ、氷の衛星を従えていた。
龍はその軌道を読み解く。その星の未来を予測し、潰すことで更なる高みへと至るために。
【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】
童磨の背後から現れた巨大な菩薩の氷像。
ソレは口から冷気を吹き、周囲ごと八幡を凍り付くさんとする。
巨大な氷像から吐き出されるソレはまるで吹雪。ピキピキと、その軌道を氷に変えながら迫り来る。
【天の呼吸 嵐の呼吸 扇嵐・薙ぎ払い】
迎え撃つは剣圧の嵐。
連撃によって発生した強風は吹雪を逆に吹き飛ばした。
しかし童磨は動じない。冷気を跳ね返されたのは想定済み。次の手は既に打ってある。
【天の呼吸 雷の型 昇り雷】
真上から振り下ろされる巨大な手刀を迎え撃つ。
氷像の腕を弾くことに成功し、傷を作ったものの、即座に修復された。
結晶ノ御子とは質が違う。この氷像は、上弦或いは本体並の回復能力を持っている。
【天の呼吸 雲の型 流れ雲】
間髪入れず、反対の手が横に振るわれる。
圧倒的な物量を伴った強大な威力だが問題ない。
八幡は絶技によって氷像の掌底を受け流し、その勢いを暴走させて表情の腕を捩じった。
しかし、完全には受け流せなった。本人には大したダメージはないが、宙に投げ出されて足場が無くなる。
そして、その隙を童磨が見逃す筈が無い。
【血鬼術 結晶ノ御子】
睡蓮菩薩の肩に乗った童磨が新たに分身を作り出す。
その数三体。生み出された氷人形たちはすぐさま己の役目を実行した。
【血鬼術 凍て雲】
【血鬼術 蔓蓮華】
【血鬼術 冬ざれ氷柱】
【天の呼吸 雲の型 流れ雲】
宙を舞う八幡目掛けて血鬼術が集中砲火された。
三方向から飛び交い、牙を剥く氷の凶撃。
八幡はソレらを刀だけでなく四肢全てをフル活用して受け流し、他の術へとぶつける。
自身を狙う氷の襲撃を、逆に防御として利用したのだ。
八幡は童磨の驚く顔を見上げ、着地しながらほくそ笑む。
「え……?」
あまりに人外染みた動き。
感情を持ち合わせていない童磨もコレには
しかし本体は止まっても氷像と氷人形達は動作し続ける。睡蓮菩薩は腕を、氷人形たちは扇を振って追撃をかける。
むしろこっちが本命。八幡は身を捻り、回避し、受け流し、刀で防御し、相殺していった。
「(俺の技を利用した? つまりこの物量差でも付いていけているってこと? ……まずいな、もっと物量を追加するしかない)」
【天の呼吸―――】
【血鬼術―――】
八幡の相手を氷像たちにやらせながら、童磨は次の手を打つ。
【血鬼術 結晶ノ御子】
再び氷人形が追加された。
その数三体。計六体。童磨と睡蓮菩薩を入れて八体である。
かなりの大所帯。一人を相手にするには過剰戦力どころか同士討ちの可能性すらある。
だが、それでも。眼前の脅威を殲滅するためには必要なことだと童磨は判断した。
【―――血鬼術】
氷像が、氷人形が、本体が。
八幡目掛けて氷と冷気の嵐が吹き荒れる。
辺り一面が白に塗り潰されるその光景は正しく絶望の一言。
ここまで来れば、もう災害の領域。一人の人間相手には過剰であり、生還不可能……。
【天の呼吸 奥義・参 常世心地】
しかし、その相手もまた天災であった。
八幡は瞬時に血鬼術の密度が薄い点を見抜き切り拓いて突破口を潜り抜けた!
「………嘘」
あまりの無茶苦茶な行動に童磨は言葉を失う。
言ってみれば、吹雪の中を突破するようなもの。
そんなこと、たとえ上弦でも出来るわけがない。
だが、ソレを可能とした人間が今、目の前に現れた!
童磨が再起動したのは、ミシッと何かが軋む音が聞こえてからだった。
瞬間、嫌な悪寒が童磨に走る。細胞の奥底に刻まれたかのような、原始的な悪寒。
ソレが何なのか分からない。ただ、今すぐに逃げろと、アラームのように鳴り立てているのだけは理解した。
【天の呼吸 雷の型 八雷神】
途端、雷の龍が吠えた。
吹雪を突破して顕れた雷龍の顎。
鋭い牙を睡蓮菩薩目掛け振り下ろし、自身の右腕も肩から先が切断されていた。
「ッ!? くッ!」
宙に跳びながら、右肩を押さえる。
危なかった。もし、アラームに従って咄嗟に避けていなければ、頭ごと真っ二つに斬られ、空かさず首を刎ねられていた。
予兆も無く飛んできたのはそれ程の技だった。
地面に着地し、すぐに状況を確認する。睡蓮菩薩も結晶ノ御子も無くなった。
雷の龍によの斬撃を浴びて消滅した。その証拠に、残骸とその欠片が辺りに飛び散り、舞っている。
ソレらを振り払って、燃えるように赤くなった刀を握る八幡が現れた。
ミシミシミシ。
軋む音が鳴り響く。
八幡の刀、正確には刀の柄部分から。
音に連動して、彼の刀がさらに赤く染まっていく。
八幡の赤い刀を目にした途端、童磨の悪寒は更に強くなった。
ビリビリと、刀や八幡自身から発せられる圧。
この圧力、この覇気を、かつて童磨は感じたことがある。
上弦の壱との血戦で感じたような、圧倒的な力を前にした圧力を。
【血鬼術 結晶ノ御子】
再び御子を五体生み出し、本体は回復に集中する。
早く傷を治さなくては。何故か未だに修復しない右腕を治さなくては。
【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】
再び睡蓮菩薩を生み出しながら、自分の傷口に目をやる。
肩口の切断面が赤く焼け焦げていた。恐らくこれが、修復を阻害しているのだろう。睡蓮菩薩が消滅したのも同じ理由の筈。
どういった理屈かは知らないが、八幡は血鬼術を焼き斬っている。これは脅威だ。
上弦の回復力も血鬼術も無効化できるとなれば、自身に勝ち目はなくなってしまう。
早くケリを付けねば。さもなくば、やられるのは自分の方である。
「終わりだ」
一斉に氷人形と氷像が動き出す。
狙いはあの人間の形をした龍。
奴を人間扱いしない。ここで徹底的に叩く!
バンバンバン!
八幡は刀を放り投げ、二丁銃を引き抜いて発砲。
瞬時に放たれた銃弾は計六発。全て結晶ノ御子へと命中、破壊した。
「(!? しまった!)」
忘れていた、八幡は刀だけでなく銃も使うという事に。
今まで見せつけていた化物のような剣技と体捌きに着目しすぎてしまい、銃の存在を忘れていた。
これも八幡の狙い通りである。
【血鬼術 結晶ノ御子】
睡蓮菩薩に八幡の相手をさせながら、再度氷人形を作り出す。
数は六体。彼が作り出せる最大数である。
その間に睡蓮菩薩は爆弾か何かで爆破され、切り刻まれたが問題ない。氷人形たちに相手させている間に再び睡蓮菩薩を作り出す。
今度は、ワイヤーが飛んできた。
血鬼術を使おうとしている氷人形にワイヤーを投げ、絡め取って照準を狂わせる。
結果、誤って放たれた血鬼術が他の氷人形にぶち当たり、同士討ちとなってしまった。
一つ二つではない。全てに、同時に、正確に。ワイヤーを駆使する事で跳び回り、血鬼術を誤射させ、氷人形たちを破壊していった。
【天の呼吸―――】
睡蓮菩薩が、バラバラにされた。
ワイヤーを駆使して宙を飛び、ワイヤーを駆使して進路変更。
本当に飛んでいるかのように縦横無尽に飛び交う八幡に追いつけず、いつの間にか二刀流となった八幡に解体された。
【血鬼術 結晶ノ御子】
【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】
再び結晶ノ御子と睡蓮菩薩を投入する。
もう時間稼ぎにしかならない作業。だが、少しでも回復する時間を確保し、作戦を立てる為にも不可欠の事……。
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
間に合わなかった。
遂に八幡が童磨の懐へと追いついた。
熱したかのように赤く早く刀を掲げ、童磨に振り下ろす。
「(何故、こうも効率的に動ける? こんな未来でも見えているかのように)」
童磨の考えは正しかった。
八幡は透き通る世界を通り越して未来が見えているのだ。
本来ならば相手の骨格、筋肉、内臓などの器官が透けて見えて、その動きで相手の攻撃や動作のパターンを瞬時に見切って先んじて回避及び反撃をするものだが、八幡はその先を行った。
異様に鋭い五感と、天の呼吸奥義・弐 魔感。この二つが透き通る世界と合わさり、透視だけに留まらず未来視へと至ったのだ。
まあ、透き通る世界同様、実際に未来が見えているわけではないが。
「(ああ、もう無理だな)」
避けても無駄。
すぐさま追撃で首を刎ねられる。
詰み。次の瞬間に、自分の首が飛ぶ光景が思い浮かぶ。
だが、それでも、恐怖は感じなかった。
どうすれば勝てたのか、外にも技を隠し持っていたのか。そういった疑問はあった。
しかし思うのはそれだけ。悲しいとか、悔しいとか、そういう人らしい感情は一切ない。
いや、一つだけ言う事があった……。
「………おめでとう。君の勝ちだ」
最期に、彼は笑った。
恐るべき剣士の健闘と御業と、そして勝利を祝福して。
【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】