駆ける。
八幡の元へと。
一瞬でも速く辿り着く為に。
「(八幡……無事でいてくれ!)」
錆兎は脇目も振らず夜道を駆け抜けていた。
本来なら、八幡と一緒に上弦と戦うはずだった。
そのために柱を八幡の傍に置いていたのだから。
しかし、予定は少し外れてしまった。
襲われたのは上弦に狙われている筈の八幡ではなく、花柱カナエだった。
急きょ援軍に向かったものの、既にカナエは死に体。戦う事はおろか、生存も危うい状況。よって、二人がかりで上弦を相手取るのではなく、一旦錆兎が負傷したカナエを治療出来る安全圏まで運ぶ事になった。
戦闘不能の重傷者を守りながら戦うなど、格上相手には愚策。どちらか一方が連れて一旦退くしかなかった。
けどソレも終わった。カナエはしのぶに預けて治療を受けている。もうこれで心配はない。
八幡と合流し、上弦の弐を討伐する……。
「ん?」
ふと、人影が見えた。
黒い着物を着た男が立っている。
こんなところで何を? いつの間にここに?
様々な疑問が錆兎に浮かぶがソレよりも気になるのはその存在感だった。何故か、目を離せない。これほどまでに急いでいるのに、つい足を止めてしまった。
「……嘘、だろ?」
存在感の正体に気付いた途端、錆兎は震えた。
全てが終わってしまったかのような、絶望にも近い悪寒。
「………上弦の、壱!?」
「これは…奇妙な光景だ…。柱とはいえ…上弦の弐を…下すとは」
ズリ、ズリ。
草鞋で砂利を踏む音が響く。
こんな微かな音が聞こえる程、その場は静まり返っていた。
「童磨…。貴様は、下がれ…。…集まってくる柱を…迎え撃て」
「え、でも黒死牟殿? 俺は……」
「……下がれ。そして、柱を…迎え撃て。二度、言わせるな……」
凄まじい圧を受けた童磨はそれ以上何も言わずその場を去った。
「これで…ゆっくと、話が出来る、な……」
「………」
八幡は何も言わない。
刀を構え、何時でも動ける状態にとどまる。
「……錆兎はどうした? お前のきた方角ならすれ違う筈だが?」
「錆兎? ……ああ、あの柱のこと、か…。奴は…もう戦えない」
「……ソレは、お前が“かわいがった”ということか?」
「概ね…そのような、意味だ…。だが、殺しは…してない。トドメをさす前に…あの方から、指令を…頂いた」
「天柱、比企谷八幡を…殺せ。それ以外は…捨て置けと」
【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】
【天の呼吸 雷の型 早鳴り】
二人の剣士は同時に動き出した。
放たれる月刃を雷鳴が撃ち落とす。
「…ほう、私の技に…付いて、来れるのか…。なら、これはどうだ?」
【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】
【天の呼吸 雲の型 曇天】
迫り来る三つの巨大な斬撃を受け流す……ではなく、避けるに変更。しかもかなりオーバーに距離を取って。
受け流すと選択した瞬間、自身が切り刻まれる姿を予知した。
あの斬撃波には何かある。その何かを、八幡は直ぐ気づいた。
「(ああ、なるほどね。斬撃波は“一つ”じゃねえんだ)」
不規則に揺らめく刃の数々。
放たれた斬撃波は空間に残り続けて月が満ち欠けするように効果範囲が不規則に揺らぎ、更にその周囲には三日月型の細かい刃が無数に付いており、こちらも効果範囲や形状が常に不規則に揺らいでいる。
成る程、これは普通に受け止めては駄目だ。そのままシュレッダーのように切り刻まれる。
コレは普通に避けるだけでは不十分。充分以上の回避行動を取らざるを得ない。
【―――月の呼吸】
【―――天の呼吸】
次々と間髪いれず繰り出される月の斬撃波に対処しながら、八幡は敵を観察した。
【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】
一振り無数の斬撃を乱れ撃ち。
瞬時に広範囲へと放たれるこの斬撃を、見切る事はおろか間合いの外に出る事すら困難。
【天の呼吸 晴の型 炎天の日照り】
八幡はそんな絶技を強い踏み込みから放つ強烈な一撃によって突破口を築き上げた。
いくら不規則に揺らごうとも、八幡ならば問題ない。
一瞬で斬撃の密度が薄い点を見極め、一瞬で斬撃が変化する瞬間を見極め、一瞬でこの絶技を打ち破れる技を繰り出す。これら全てを兼ね備え、全てのタイミング合わせられる彼ならば。
切り拓いた道を突き進む八幡。
が、しかし。ソレを待ち伏せていたかのように次の斬撃が飛んできた。
【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】
【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】
飛び出した斬撃を受け流す八幡。
ギャリギャリと、斬撃の周囲を飛ぶ刃が襲い掛かるも、ソレもなんとか受け流す。
流された刃はドミノ倒しのように他の刃を巻き込んで軌道上から暴走。
八幡の肌や服を掠りながら、見当違いな方向へ飛んで行った。
「これも…防ぐか…。なら、これは…どうだ?」
【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】
【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】
切り上げによって三連の斬撃波が発生し、八幡を取り囲む。
八幡はソレらを剣戟によって迎撃。自身が嵐と成る事で全てを薙ぎ払った。
更に、剣戟による勢いを殺すことなく次の技に繋げるために突き進む。
【月の呼吸 壱の型―――】
【天の呼吸 雷の型 晴天霹靂】
黒死牟が技を繰り出す前に、稲妻となって突っ込んだ。
雷鳴の如き踏み込みは、嵐の如き剣戟の勢いによって更に強化。
風を纏う雷のエフェクトとなって黒死牟へと切り掛かる。
「たあっ!」
「むんっ!」
ガキィン!
八幡の斬撃を刀で受け止める黒死牟
互いに刀を交差させたまま、鍔迫り合いへともつれ込む。ジリジリと、前進と後退を繰り返す両者。
「このッ!」
黒死牟の下腹部を蹴り飛ばし、すかさず赤く光る日輪刀による斬撃を叩き込む。
だがソレは、黒死牟の持つ刀、虚哭神去によって容易く受け流される。
しかし八幡も黙っていない。すぐさま刀を翻して切り返す。
そしてまた受け止め流し、また切り返す。
ソレを合図に激しい打ち合いが始まった。
「「おおおおおお!!」」
咆哮を上げながら繰り出される剣戟の嵐。
互角。
速さも、技量も、経験も。ほぼ全てが互角であった。
強いて言うなら、力は鬼である黒死牟が上だが、八幡は天の呼吸による独特な歩法によって上手く衝撃を逃している。
それはまるで戦闘ではなく、一つの演舞――そんな風に見えるかもしれないというほど両者の実力は拮抗していた。
このまま決着が付かず交戦が続くと思われたが・・・。
「(!? やはり赫刀を受けるのは無理か)」
突如、八幡の斬撃を受けた箇所に罅が入った。
虚哭神去は黒死牟の肉体から形成されたもの。
よって、赫刀の影響を大きく受ける。
「らぁ!!」
八幡の刀が黒死牟を逆袈裟に切り上げようとする。
刀に罅が入ったせいで隙を見せてしまった。
ほんの僅かな時間だが、八幡にとっては付け入れるに十分。
黒死牟は己の迂闊さを呪いながらソレを咄嗟に刀で受ける。
バンッ!
瞬間、発砲音が鳴った。
「ッグ!」
そのまま鍔競り合いに持ち込もうとしたその時、八幡が銃撃を浴びせかけたのだ。
至近距離からの銃撃に吹き飛ぶ黒死牟。
「(今だ! ……!?)」
八幡は勝機とみて一気に決めようとした瞬間、自身が切り刻まれる未来の姿を幻視。自身の感覚に従ってすぐさま行動を切り替える。攻撃をキャンセルして後方へ大きく飛び退いて間合いを開いた。
【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍】
瞬間、何処からか無数の斬撃波が発生。八幡がいた場を埋め尽くした。
飛び退いたのは正解である。もしそうしなければ、八幡はあの場で微塵切りにされていたであろう。本当に危なかった。
「…見事、だ。柱とて大抵の者は…コレで終わったのだが……」
ボロボロになった刀を捨て、新たな刀を生み出す黒死牟。
一見すれば隙に見えるが、先程のように刀を振らずに斬撃波が出せると分かった以上、迂闊に飛び込むわけにはいかない。
「……素晴らしい。強い剣士は今まで見てきたが…お前のような…剣士は、初めてだ」
「………」
八幡は何も言わない。
刀を構え、増幅され、冴え渡った感覚で相手を注意深く観察する。
「日の呼吸を…基礎として、複数の呼吸を…掛け合わせた…独特の呼吸…。このような偉業は…お前が、初めてだ…」
「呼吸の併わせ技は…様々な剣士達が…試してきた…。しかし、成功した例は…一切聞かない…。天柱よ…お前は誇るべきだ…。お前は…先人たちが…成し遂げなかった偉業を…成し遂げたのだ……」
「だからこそ…嘆かわしい…。お前の技が…ここで途絶えるのが……。しかし、それも人の身としては…致し方なし…」
「美しいまま…死んでくれ」
「いや、死ぬのはお前の方だ」
八幡は黒死牟に火が付いたマッチを見せる。
その意図に気付いて黒死牟が振り返ると、彼の髪に爆弾が括り付けられているのが見えた。
「いつの間に…!?」
ドォォォン。
大爆発。その場一帯に衝撃と爆音が走り、爆煙と土埃が包み込む。
ソレを煙幕に利用して八幡は一目散に逃げ出した。
勝てない。
自分一人の力では上弦の壱に及ばない。
挑んだとしても、無駄死にするだけである。
よって、ここは上弦の情報を持って帰る為にも逃げるべき…。
【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】
月輪が、全てを吹き飛ばした。
代わりに埋め尽くすのは、無数の渦状の斬撃波。
爆発を掻き消したソレらは、今度は八幡目掛けて迫り来る。
【天の呼吸 嵐の型 嵐影湖光】
ソレらを咄嗟に迎撃する八幡。
未来を予想していた彼はすぐさま脚を止め、月刃を迎え撃つ事に心身を注ぐ。
多少打ち払い損ねて傷を負ったが許容範囲内。問題ない。戦闘続行可能だ。
「見事…。これもまた…突破するか……」
先程の剣戟によって新たに舞う土埃を払って、黒死牟がその姿を現す
その手には、三本の枝分かれした刃を持つ長大な大太刀。
刀身に並ぶギョロリとした眼が八幡を睨みつける。
「先程は…不覚を取られた…。銃に、爆薬……なるほど…今の時代の火薬武器は豊富だな…。私の時代とは…大違いだ……。そして、ソレを使いこなす…技量……。なるほど、剣だけでないのか……」
「よかろう…貴殿を…同格と認める」
ここからが、真の地獄の始まりである。