素晴らしい剣士だ。
心の中で、黒死牟は手放しで八幡を褒め称えた。
全集中の呼吸の合併。
様々な剣士が挑戦してきたが、誰一人達成出来なかった夢。
ソレを今、叶えた男がいる。
【天の呼吸―――】
八幡の繰り出す技に対処しながら、その絶技を堪能した。
【天の呼吸 雨の型―――】
流麗で美しい、独特の緩急の剣技。
流れるかのよな虚を混ぜた連撃は、最早芸術の域。
まるで剣士そのものが雨となり、斬撃を降らすようであった。
【天の呼吸 雲の型―――】
動きが読み辛く、攪乱も兼ねた技。
気配を操り、姿を隠し、敵の技を乱し、受け流し。
まるで剣士そのものが雲となり、敵を攪乱しているかのようであった。
【天の呼吸 雷の型―――】
苛烈で激しく、凄まじい速度の技。
元来の雷の呼吸よりも柔軟さと敏捷性が宿っている。
まるで剣士そのものが雷となり、貫いて焼き殺さんとしているかのようであった。
「(なるほど、本当に他の呼吸を取り入れ、己が技に昇華しているのだろう)」
日の呼吸を基に、五大呼吸のうち岩以外を掛け合わせた御業。
静かと思えば動、激しいと思えば穏やか。まさしく静動自在。
実に素晴らしい。まるで一人の剣士に複数の人間が宿っているかのようだ。
天の呼吸。
成程、確かに言い当て妙。
晴、雲、雨、雪、雷、嵐。次々と姿を変え、時には穏やかに恵みを与え、時には激しく災禍をまき散らすその様はまさしく天の所業。
天晴。これほどの御業を超える存在はもうあの男の剣技しか存在しない。
「(そしてこの肉体…強靭かつ…頑強な肉体…。まるで…海外の彫刻……ギリシア彫刻を彷彿させる)」
透き通る世界により見える八幡の身体。
柔軟さと頑丈さを両立させた、大型肉食獣のような肉体。
武士として理想的な体つき。一騎打ちだけでなく、奇襲や騙しにも最適である。
「(成程…。真正面だけでなく…不意打ちの技も鍛えたか……)」
銃や爆弾、そして羽織に隠している暗器の数々。
剣だけでなく、様々な武器を状況に応じて使っていると見受ける。
実に素晴らしい。他の技能にも手を付ける勤勉さもまた剣士に必要な心構えである。
黒死牟は不意打ちだまし討ちを決して卑怯汚いとは言わない。
奇襲内応は戦いの基本。戦いとは己を貫き通す行為であり、そのために
王道にして横道。これもまた八幡の強みの一つである。
「(それにしても…これ程までに…最適な行動を取れるとは……。未来でも…見えているのか?)」
特に、驚きはしなかった。
優れた剣士の中では、直感と経験によって、理解を置き去りにした行動を取る事がよくある。まるで、未来を先読みして動くかのように。この剣士もそういった類だろう。
透き通る世界も似たようなもの。生来持っている優れた直感と、修羅場を潜り抜けて積み重ねた経験により、そう見えるだけなのだ。なら、別に未来が見えるように感じるのも何ら不思議ではない。
素晴らしい。掛け値なしに素晴らしい。
この剣技。呼吸の集大成であるこの剣技は、おそらく彼にしか使えない。
この肉体。戦うため鍛え上げられたこの肉体も彼でしか持ちえない物だ。
この戦法。未来が見えている如く常に最適な動きが出来るのは彼だけだ。
だから嘆かわしい。この手でこれ程に素晴らしい宝を壊さなくてはならない事が。
【天の呼吸 雷の型 八雷―――】
【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】
雷の龍を、月の龍尾が弾き飛ばした。
「カハッ―――」
バッサリと、身体を斬られる八幡。
赤く染まる刀をへし折りながら、巨大な刃が左肩から入り、右わき腹へと深い斬り込みを刻まれる。
途端に激しく噴出する血飛沫。辺りを血色に染めながらも、八幡は腐った目に獰猛な光を宿して睨む。
笑っていた。
これ程の深手を負っても彼は諦めていない。それどころか、未だに戦いを楽しんでいる。
【月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月】
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
諦めない。
折れた刀で八幡は迎撃を開始。
迎撃し損ねた刃が血肉と骨を切り刻もうとも、彼は抵抗を続ける。
最期まで、どうしようもない敗北が訪れるまでは、たとえどれだけ絶望的だろうが止まらない!
【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】
視界全てを埋め尽くす斬撃の津波。
しかし八幡は諦めない。刀だけでなく素手で殴り飛ばし、身体を使って刃を受け流し、弾き飛ばして他の刃の進路をドミノ倒しのように変える。
いくら血鬼術でも、側面を殴り飛ばせば斬られない。
いくら血鬼術でも、刃が当たるタイミングで衝撃をズラせば斬られない。
いくら血鬼術でも、数が多過ぎれば他の術とぶつかって進路が変わらざるを得ない。
八幡には未来が見えている、たとえ黒死牟程の技量でも、たとえ圧倒的な物量でも、たとえどれだけ絶望的な状況でも。前に住み続ける限り未来は訪れる。
【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月】
「カハ……!」
巨大な三日月の斬撃が叩き込まれた。
派手に吹っ飛ぶ八幡の肉体。
しかし、ソレでも諦めない。
斬撃の威力を何とか利用し、黒死牟の懐へと飛び込み……。
【天の呼吸 雷の型 轟雷】
斬撃を叩きつけた。
八幡全身全霊の一撃。
あまりの速さ故に刀身を視認することも出来ず、首筋目掛け放たれたそれを直感だけで防ぐ黒死牟。
ズンとした衝撃に手にした虚哭神去を思わず手放してしまいそうになるが、それを必死に堪え、これまで培ってきた戦闘経験だけで受け流そうとする。
【天の呼吸 雪の型 雪折無柳】
受けられてもまだ終わってない。
自身の剣の勢いを利用し、黒死牟の刀を捻り上げる。
ボキボキッと、嫌な音を立てながら曲がってはならない方向に曲がる黒死牟の腕。
「(……見えたぜ!)」
そのまま滑り込ませた折れた刀身を黒死牟の首へと……。
ザシュッ。
「届か…なかった、か……」
叩きこもうとしたが、遅かった。
新たな虚哭神去によって八幡は心臓を貫かれていた。