その晩、実弥は夢を見た。
あの日から行方を晦ました男―――死んだと思っていた八幡が夢の中に現れたのだ。
鬼に変じた姿で。
だから、実弥は刀を取った。
どんなに美しくても、どんなに親しかった人間でも、鬼と成れば斬る。鬼殺隊として当たり前の事である。
が、しかし、実弥は斬れなかった。
躊躇したとか、覚悟出来なかったとか、そんな生温いことはない。ただ純粋に、相手が強すぎて首が斬れなかったのだ。
一切の血鬼術を使わず、持ち前の剣術と歩法のみで全てを捌く。
相手の頭でも見えているかのように、打つ手打つ手を先読みする洞察力。
未来でも操っているかのように、いつの間にか相手を自分の脚本通りに動かす実行力。
ああ、全部が全部そのままあの人のようだった。
だからこそ、認めざるを得ない。
比企谷さん、アンタは本当に、鬼に成っちまったんだな……。
夢の中の八幡は自分の知ってるような男だったが、ソレが何時まで続くか分からない。
元・同僚のカナエ曰く、鬼とは哀れな生き物。人間であった頃を忘れていき、やがて身も心も完全な鬼となる。比企谷さんだって……本人だってそう言っていたじゃないか。
でも、最強の柱なら、この人なら或いは………。
実弥はその考えをすぐさま否定した。妙な希望を持つのは辞めろ。鬼は全て切る。そう誓ったではないか。
母を殺したあの日から………。
実弥は言った。俺はあんたを認めない。たとえ同僚でも鬼は認められないと。いつかその首を斬ってやると。
八幡はただ“やってみろよ、
その時の顔は、柱稽古や博打で実弥を負かした時によく見せる顔のままだった。
目が覚めると、枕元に黄色い何か―――プリンがあった。
こんな珍しいものを用意できるのは一人しかいない。
いつもと違ってほんの少しだけしょっぱいソレを、実弥は食べた。
とある一室。
産屋敷は布団の上で上体を起こし、一枚の羽を眺めていた。
彼が指で摘まんでいる一枚の羽根。それは七色の派手な色合いをしており、少し振ると光の粒子が溢れる。この粉のおかげで彼の瞳には少しだけ光が宿っていた。
この羽から分泌される光の粒子には、産屋敷の病の侵食を抑える働きがある。そのおかげで彼はほんの少しだが目が見えるまで回復していた。
しかし多用は出来ない。この粉もまた劇薬であり、使いすぎるとどんな副作用があるか分かったものではない。けど、見るだけなら無害だ。
自然界には存在しない、血鬼術によって作られた物質。鳥の羽でも虫の羽でもなく、鬼の羽。そんなこの世で唯一の物なんて見る機会など一生ない。よって産屋敷はこの絶好の機会を余すことなく楽しむことにした。
「……失礼します、お館様」
障子を開けて岩柱―――悲鳴嶼行冥が部屋の中に入って来た。
「ご苦労さま、行冥。ソレで、皆の反応はどうだい?」
「ハッ。私含め、全員困惑しております」
少し言いにくそうに行冥は言う。
無理もない、なにせこの事実は行冥ですら受け止め切れてないのだから。
要するに
八幡は上弦の壱との戦いで敗北したが、その血肉を食らう事で鬼化。
鬼に成ったことで上弦の壱と同格の力を手にし、人食い衝動は鬼で賄う。……この時点で本当に何でもアリである、
極めつけは無惨と戦って本拠地に乗り込み、時空間に幽閉された。……何言ってるのか作者自身よくわからん。
次々と衝撃的な情報を聞いて頭が痛くなってきた行冥。なのでとりあえず八幡だからという理由で無理矢理納得する。
「炭治郎君の夢に出てきて彼を鍛えたというだけで無茶苦茶なのに、更にその上を行くとはね。流石は八幡だ」
「ソレだけではありません。八幡は柱全員の夢に出てきて雑談し、夢の中で渡したものが枕元にありました。……もう、何が何だか。私も皆も困惑を通り越して混乱しております」
「実弥は怒り狂いながらプリンを食べ、天元は派手になった八幡の外見にとても興奮しておりました」
「アッハッハッハ! 面白いね! ぜひその光景を見てみたいよ!」
自分の
行冥はその笑い声を聞いて軽く苦笑した。
「……お館様、コレが本命なのですが」
「お館様は八幡が鬼化していることを最初からご存じだったのではないでしょうか?」
「うん、知ってたよ」
産屋敷はあっさりと答えた。
「八幡はまず最初に私の夢に出て来て全部話してくれた。だから炭治郎の話も私は信用したんだ。最初から知ってたからね」
「・・・お館様は、八幡の話を信じておられるのですか?」
「逆に騙す理由がないよ。私の首を取りたいならとっくに来ている。たとえ逃げても八幡ならその先を読むのは簡単だ。戦闘に限って言えば、八幡の先読みは私を超えている。目を欺くなんて無理だよ」
「………」
「八幡が敵になった時点で私は死んでいる。だからこうして生きているのが彼を信じる理由だ」
「……少々強引ですがそうですね」
確かに産屋敷の理屈は強引だが、理屈は通っている。だがそれでも……。
「ソレに私はコレを運命だと思うんだ。最強の柱が最強の鬼の力を手にし、私の元へ来てくれた。もうこんな機会はない」
「ええ。前代未聞ですね」
「そうだよ。彼は前代未聞の活躍をたくさん遺してきた。そしてこれからもね」
「二度と来ないこの好機、私は逃すつもりはない」
たとで自分の命を犠牲にしてでも。
「私は少し休む。……久しぶりに、気分が高揚してしまった」
「御意」
瞬間、音もなく去る行冥。
その空気の振動を感じた産屋敷は息を吐いた。
「そういえば、無惨は気に入った鬼には鬼としての名を与えるそうだね」
ふと、八幡の報告の所の中に、そんなことが書かれていたことを思い出した。
「無惨に離反した以上、八幡は鬼としての名を貰えない、なら、元とはいえ上司のア私がつけてあげようじゃないか。……八幡…ハチマン。は、は、は……」
「―――波旬」
「第六天の魔王。天柱であり、鬼の王に対抗して魔王。八幡にピッタリだ」
「待っているがいい、無惨。今、お前の首に天の魔神の刃が向けられたぞ」