「そう言えば、善逸も比企谷さんと夢で会ったんだ」
次の任務に向かう道中、炭治郎は善逸に質問した。
「え? ああ、うん。みっちりしごかれたよ」
「やっぱりか。俺も耐えられる限界いっぱいに鍛えられたよ」
炭治郎がハハハと笑うと、突然善逸は叫びだした。
「何笑ってんだ!? あの人にどれだけひどい目に遭わされたと思ってるんだ!?」
「けどそのお陰で強くなれたんだろ? ならよかったじゃないか。しかもあの人、無茶はしても無理は要求しないから。修行中に死ぬことはないだろ?」
「ああそうだよちくしょう! あの人いっつも俺が生きれるギリギリを攻めてくるから、死んで目が覚めることないんだよ!? 俺もう駄目だと思っても限界以上の力を強制的に引き出すし! 何あの人!? なんで俺以上に俺の限界知ってるの!?」
喚く善逸を情けない奴と思いながらも、炭治郎は八幡との鍛錬を思い出して“確かに”と思う。
八幡の修行は基本的に実戦が多い。
実戦、実戦、座学、実戦と、大半は戦って慣れろと言うやり方である。
夢の中で幾らでも鬼を創り出せる彼は、次々と鬼を用意して戦わせた。
姿が消える鬼、瞬間移動する鬼、地面を操る鬼。目を合わせるだけで即死の血鬼術を使う初見殺しの鬼、人を操って人質にする狡猾な鬼、暴風を操るシンプルに強い鬼など、多種多様な鬼と戦わされた。
しかも、こんな無茶苦茶な真似をしても、八幡は無理を要求しなかった。
いつも勝てるギリギリの鬼を用意し、本人がダメだと思っても、まだチャンスがあるなどの理由で八幡が戦闘可能だと判断したら続行。本人が行けると思っても、敗北確定だと八幡が判断したら戦闘を辞めさせる。
このように、八幡は戦力分析と状況判断の精度が異様に高いのだ。まるで、未来が見えているかのように。
そして、実戦が終わったら復習と反省と答え合わせである。
相手はどういう鬼でどんな血鬼術を使い、どうやって戦うか。ソレを如何にして攻略したか。
勝った場合はどうやればもっとスムーズかつ安全に倒せたか、負けた場合は何をされて負け、次はどうすれば勝てたのか。
そういったことを学び、覚え、身に着けて、次の鍛錬で克服する。そうやって炭治郎たちは夢の中で八幡に鍛えられた。
効率重視、尚且つ無理はさせない。教育としては十二分に効果がある。あるのだが……。
「(アレは鱗滝さんの修行とは別の方面できつかったな……)」
やられる本人にとっては堪ったものではない。
いくら夢の中とはいえ、命の保証はしてくるとはいえ、鬼と戦って何度も死ぬような目に遭ったのだ。
モチベ―ションが高い炭治郎は兎も角、臆病な善逸は何度も逃げ出そうとしたであろう。その気持ちは炭治郎も良く分かる。
「逃げようとしてもあの人俺よりも速いしさ~! 何なのあの人!? 爺ちゃんよりも速いんだけど!? 爺ちゃんも元とはいえ柱だよ!? 鳴柱だよ!? 最速なんだよ!? なのに何でソレよりも速いのかな!?」
「そりゃ比企谷さんが雷の呼吸も扱えるからだよ。だって天だぞ? 雷も空の一部なんだから使えるんじゃないか?」
「ソレがおかしいんだよ! 複数の呼吸を使い、しかもソレを複合して新しい呼吸を作ったとかもう化物じゃん!
八幡は複数の呼吸を扱える。
雷、風、水、炎。その派生である嵐、雪、雨、雲、晴。
これだけの呼吸を扱えるのだから、呼吸のアドバイスの幅はかなり広い。
時には、別の呼吸の要素を教える事で、呼吸をより強化させる事もある。
現に、炭治郎は水の呼吸を習得しているのに、炎の呼吸の要素を取り入れた技も使う。
「ホントあの人怖いよ! 修行怖いよ もうやりたくないよ!」
「でも、お前はちゃんと卒業できたんだろ?」
炭治郎は善逸の腰紐に掛けられた仮面―――雷と風の紋章を両頬に刻まれた狐のお面を指差す。
これこそ善逸が八幡の課した鍛錬を突破した証。同時に、善逸を剣士に“変身”させるスイッチでもある。
「その仮面をつけている間の善逸はとても強くてカッコいい。けど、その時の善逸も別人じゃなくて善逸だ。普段は隠れているお前の顔なんだ。だから善逸、もっと自信を持て」
「………そうは言われても、俺……この仮面がないと戦えないし」
「今はソレでもいいと思う。けど何時かお前はソレが無くても戦えるはずだ」
「………」
善逸は仮面を少し撫でた。
「おいお前ら、もう目的地に着くぞ! 一体いつまで無駄話してるんだ!?」
「あ、伊之助。そういえば伊之助も比企谷さんに会ったんだな?」
「あ? 空の王の事か!? おうよ! 俺は空の王に認められたんだ!」
伊之助はそう言って小さな笛を取り出した。
彼もまた八幡の洗礼を受け、その試練を突破し、その証明を受け取った一人である。
「で、伊之助は比企谷さんに一本取れた?」
「………」
善逸が聞くと伊之助は目に見えて落ち込んだ。
「あ、こら善逸! 分かり切ったことを聞くな! 伊之助が勝てるわけないじゃないか!」
「いや炭治郎、お前の方がヒドいから」
「空の王…マジ強ぇ……」
こうしている間に目的地が視えて来た。
今回の任務は汽車の車両内で行われる。
人気が多い場での任務。その為、三人は早く来て準備に取り掛かった。
「炭治郎、ここに銃が用意されてるんだよな?」
「ああ、見取り図もちゃんとある筈だ。手筈通りやろう」
「おう! じゃあ早く“はいじゃっく”しようぜ! 鬼を倒す為にな!」
駅の外れにあるベンチの下。
そこに置かれている黒い包みの中から銃と被り物を取り出し、目的地である駅へと向かった。
「(どうして、こんなことになってしまったんだろうか?)」
列車の車両内、炎柱―――煉獄杏寿朗は呆然としていた。
今回の任務はとある特定の車両に出るという鬼の討伐。
三人の子供たちがその補助にあたるという予定だったのだが……。
「動くんじゃねえぞ! 撃ち殺されてえのか!?」
何故、三人の子供たちは、仮面や被り物で顔を隠し、戸を蹴破りながら発砲して、銃を乗客に付きつけて脅しているのか。
『コレで互いの手を縛れ。余計なことすれば撃ち殺す』
狐の仮面を被った善逸が縄を乗客に投げ渡した。
銃で脅されている乗客は黙って互いに縛る。
だが、中には反抗するモノもいたのだが……。
バンッ!
善逸は抵抗した乗客目掛けて発砲。
放たれた銃弾は顔面スレスレで当たらなかったものの、乗客の心を折るのには十分すぎるパフォーマンスだった。
『余計な気を起こすな。縛るのは慈悲だ。本来なら、お前らの腱をこの刀で切ってもいいんだぞ?』
刀を抜いて突き付け、軽く、頬を切る。コレだけで反抗する者は誰もいなくなった。
「(……一体どうしたんだ?)」
杏寿朗は目の前の光景が信じられなかった。
これがあの臆病そうな子なのか。鬼が出ると震え、怖いと泣き、戦いたくないと喚いていた子なのか?……この中で一番乗り気じゃないか!
最初はアレだけみっともなかったというのに、仮面を被れば早変わり。
気が付けばアッと言う間に汽車を乗っ取ってしまった。
縛った乗客は一番先頭の車両に閉じ込め、炭治郎が見張りを担当している。
「ぜ、善逸少年。コレは一体……?」
「見ての通り乗客を一つの部屋に押し込む事で守りやすくしたんです。うろうろされると厄介なので縛っておきました」
淡々と話す仮面付き善逸。
堂々としたその有様は、普段の情けなさを一切感じさせなかった。
そう、まるで別人に変身したかのように。
「し、しかしいくらなんでもこのやり方はないと思うぞ!」
「仕方ありません。説得して避難してもらうより、力ずくで黙らせる方が早い。実際に命や金を取るわけじゃないんです。乗客も鬼に食われるよりマシでしょう」
「だが異変に気付いた鬼が何かしら出る筈だ!」
「大丈夫です。鬼もただの強盗だと気に留めない筈です。刀を持っていても強盗ならあり得るし、何よりも邪魔な強盗を始末しようとして乗客から眼が離れる。一石二鳥です」
「な、成程……やはりか」
杏寿朗は思い出した。このやり方をする人物を。
この手段を選ばないやり方。犯罪でも効率的あるいは必要だと判断したら躊躇することなく実行し、鬼殺隊の頭を悩ませながらもちゃんと成果を出す強引なやり方を……。
「(……比企谷さん、貴方の継子はしっかり育っています)」