何故、俺は強くならないといけないんだ?
強者を志した原点が分からない。
力を極め、更なる領域に辿り着く為という漠然な理由だと思ったが、もっと別の何か理由があった気がする。
必死に思い出そうとしている猗窩座の耳に、聞いた筈もないのに懐かしい少女の声が聞こえてきた。
「もういいんですよ、狛治さん」
「おまえ……いや、あなたは」
その少女は猗窩座を別の名前で呼ぶ。
瞬間、猗窩座はやっと思い出した。それこそ自分の名前である事を。そして、人間だった頃を。
彼女は恋雪。猗窩座―――狛治と呼ばれていた頃、守ると約束した少女である。
しかし、約束は果たせなかった。
『誰よりも強くなって、一生あなたを守る』
ああ、そうだった。この約束こそ強く成ると誓った理由であった。
そして思い出す。彼が本当に嫌っていた弱者が本当は誰だったのかを。
「そうか。あれだけ嫌っていた弱者は俺自身だったか……」
己の父も、恋人も、師匠も。大事な人達を守ることも出来なかった自分。
守ると言っておきながら守れず、父の遺言も果たせなかった自分。
どうしようもなく弱く、役立たずな自分が嫌いだったのだ。
「ああ。だから俺は勝てなかったのか」
八幡のことを思い出し、自嘲する狛治。
偽りの忠誠心に、偽りの言動に、偽りの理由。
成程、道理で強く成れなかったわけだ。
大事な者を守れないなら、狛治に強くなる意味などないのだから。
「狛治さん、逝きましょう?」
「恋雪さん……」
恋雪が狛治に手を差し伸べる。
彼は恋人の手を取ろうと腕を伸ばすが……。
「……」
狛治はその手を取ることを渋った。
「恋雪さん、俺は人を殺した。人間だった時にも、鬼になった後も。たくさん。だから、俺は地獄行きだ。それに……」
罪人である自分は貴方と一緒には逝けない。自ら進んで地獄に行くつもりだった。
そして、もう一つ彼が今すぐあの世へ逝けない理由がある。
「分かるぞ狛治! お前の気持ちが!」
突然、二人の間に胴着姿の男が現れた。
彼は慶蔵。恋雪の父親であり、狛治の師匠である。
娘と弟子を助けるためあの世から駆けつけた彼は、狛治の想いを理解していた。
「分かるぞ、お前はあの男と決着を付けたいんだな!」
「え!? な、何故分かったのですか?」
「分かるさ、俺も男の子だからな!」
バシバシと、狛治の背を叩く慶蔵。
「……狛治、俺はお前に格闘家として残酷なことをしてしまった」
「え?何を急に言うんですか?」
申し訳なさそうにする慶蔵に狛治は困惑する。
「あの道場は寂れてお前以外に弟子はいなかった。他の道場とも交流はないせいで試合も碌に出来なかった。最初の試合も前日にあんなことになって……」
「だからお前には存分に戦ってほしい! 猗窩座という悪鬼としてじゃなく、狛治という格闘家として!」
「慶蔵、さん・・・」
自身の拳を見つめる狛治。続けて、彼は恋雪に視線を移した。
「……狛治さん、頑張ってください!」
「……ああ!」
妻からも応援を貰った。ならば、引き下がるという選択肢はない。
「行ってきます!」
「!?」
突如、八幡の身体が弾き飛ばされた。
猗窩座に突っ込んだ腕が、強烈な胸筋によって力ずくで追い出されたのだ。
「……へえ、面白ぇじゃん」
八幡は動揺しない。
多少の驚きはあるがその程度。
むしろ、嬉しそうに彼は微笑みながら構えた。
「まだまだ楽しませてくれるのか」
「……ああ。再試合だ、八幡!」
狛治はどっしりと構え、全身からオーラを出す。
大半の血を奪われた彼は、もう長く持たない。
次の一撃で決めるしかない。
「……すげえ気迫だ。こちらも抜かねば無作法って奴だな」
対する八幡は、居合の構えを取った。
何処からか出した刀を腰に据え、何時でも抜刀出来る体勢に入る。
「いざ尋常に…」
「勝負!!」
狛治が走り出す。
踏み出す一歩一歩が地面を抉り、オーラが小さな爆発を起こす。
対し、八幡は居合の体勢のまま。
更に激しくなるオーラ。
ソレが臨界点に達したと同時、狛治は跳躍した。
鬼の筋力による跳躍に、電流のようなエネルギーを帯びた蹴撃。
コレが今、狛治が出せる最大威力である。
それは今まで見せてきたどの攻撃すらも上回っている。
迫る一撃に八幡が動き出した。
居合切り。
鞘の中で加速し、抜いた瞬間には最高速度に到達。
音を置き去りにして引き抜かれた刃が、隕石の如き蹴りを迎え撃つ。
「!?」
ズンとした衝撃に手にした刀を思わず手放してしまいそうになるが、それを必死に堪え、これまで培ってきた戦闘経験だけで受け流そうとするが……。
パキンッ!
刀が半ばから折れてしまった。
「(もらった! 勝ったぞ恋雪!)」
八幡の胸部に、狛治の蹴りが炸裂した。
【天の呼吸 奥義・零 鬼滅】