デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第十四話:フラッシュバック

 

 シドーが戻ってくるから、と場所を変えることはしなかったものの、七罪は十香にやや好意的と言える状態で接触していた。

 七罪自身それをやろうと思っていた訳ではないので、自分で自分の行動に驚きつつ頭を回転させる。

 それとなく話をして、士道が戻ってくる前にいなくなればいいだろうと思う。自分の力を封印できるという士道とは、会いたくなかった。

 

「……それで、貴様は何なのだ? 私は今シドーとデェトしているのだが」

「その士道君がいなくて、寂しそうに見えたからかな?」

 

 泳いでいる魚に目をやると、広い水槽の中を自由気ままに泳ぐ多種多様の魚の群れ。

 多くの小さい魚が集まって泳ぐ軍隊のような魚もいれば、巨体でゆっくりと泳いでいる魚もいる。

 だが、どの魚も同じ水槽の中で共生出来ていて、共食いすることもなければ縄張り争いをすることもない。それどころか共存すらできている状況。

 水槽という区切られた世界でも、海という限りなく広い世界でも、魚にとっては同じなのだろうか。

 まぁ、別に魚に限った話ではないのだろうけれど。

 

「寂しそう……?」

「愛しの彼がいなくて、寂しくて仕方ないって顔してるもの。デートだっていうなら、そんな顔をさせる男は落第点ね」

「む。シドーはいつも私のことを考えてくれているぞ! 今は……おなかが痛いというから、仕方がないだけだ」

 

 七罪からすれば、十香の言動はどこまでも理解しがたかった。

 どうして他人をそこまで信頼できるのか?

 どうして他者をそれほど思いやれるのか?

 理解不能。理解不能。理解不能。士道に精霊の力が封印できる何かがあるか〈ラタトスク〉は利用しているだけだし、士道はその立場を使って十香のような綺麗な女の子とデートが出来る。彼らの考えなんてそんなものだ。単純な善意で助け合う? 馬鹿馬鹿しくて失笑すら出ない。

 

「その割には、そこそこの時間離れているみたいだけど」

 

 腕時計をちらりと見れば、既に二十分ほどの時間が経過していた。

 直前の様子を見ているわけではないが、単純な腹痛ではないのだろうと予測するのは簡単だ。しかし十香はどうにもそう思っていないらしい。

 単純というべきか純粋というべきか。騙されやすい性格であることに変わりはないし、士道としてもそっちの方が色々と都合がいいのだろう。

 他にも仲良くならなければならない女の子(精霊)がいる以上、十香一人にかまっている暇もない。ある程度ないがしろにしても、ちょっと耳元で愛を囁いてやれば赦してくれる。そんな都合のいい存在。

 ……七罪の中で士道はかなり「女の敵」としか言えない存在になっていた。

 十香は視線を横にずらし、呟くように答える。

 

「……すぐに戻ってくる」

「私からすれば、どうしてあんな男を一途に思えるのかが不思議で仕方ないけど」

 

 人と魚は違うのだ。

 独占欲がある。

 所有欲がある。

 一人の男に対して複数の女性が想いを寄せることはあるだろうが、そうやってできたコミュニティは遠からず崩壊する。

 創作物のようにはいかない。現実は常に非常だ。

 背後に大きい組織があるからと言って、それだけで解決できる問題では決してない。

 

 ──ハーレム系主人公なんて端的に言って女の敵だしね。まぁ、『天使』を封印されるなんて可能性があるから士道君が嫌いなだけかもしれないけど。

 

 やや自覚をもってネガティブな発言をする七罪に、十香は睨みつけるようにして視線を七罪へ移した。

 

「何故貴様はそういうことを言うのだ? シドーのことが嫌いなのか?」

「あったこともない相手のことを嫌いかどうかなんてわかんないわよ」

 

 会ったことはないだけで知ってはいるのだがそれはさておき。

 

「──彼、本気で精霊を全員助けられるなんて思ってるのかしらね」

 

 精霊は世界を殺す災厄だ。一般に知られていなくても、陸自やDEMなどの精霊を知っている存在はそういう定義をしている。

 たった一人で文字通り「世界を殺す」存在。

 だから恐れる。

 だから殺す。

 話し合いなど最初から成立しえない"存在としての壁"があるのだ。

 世界的に、一般的に見れば〈ラタトスク〉のやっていることはあまりに異端。笑ってしまうほどに狂人の発想だ。こんなことを最初に思いついたやつは馬鹿だろうと七罪は思う。

 何が"精霊に恋をさせる"だ。要は精霊から精霊としての力を奪いたいだけの話だろう。

 千璃の話を統合すれば〈ラタトスク〉の目的はそうなる。もちろん一から十まで彼女の話を信じられるとも思っていないが、士道という"精霊の力を封じられる存在"が信憑性を上げていることは確かで。

 それだけあれば、〈ラタトスク〉を警戒する理由としては十分すぎた。

 

「……戻ってきたいみたいね」

 

 逸る足音を聞いて七罪は水族館の奥へと足を踏み入れていき、最後に十香に告げた。

 

「また会うかもしれないけど、その時はよろしくね」

 

 怪訝な顔をする十香だが、士道が来たのを見つけた途端に喜色満面となる。

 七罪は振り返ることすらなくそのまま姿を消した。

 

 

        ●

 

 

 千璃は手元のタブレットに七罪が映っているのを見て思わずため息をついた。

 〈フラクシナス〉に映っている映像そのものなのだが、データ送信自体は地上にある監視カメラ各種から送られているため、そこに網を張っておけば勝手にデータが流れてくるというやり方だ。

 こと科学に関して、〈ラタトスク〉に千璃を上回る存在はいない。〈フラクシナス〉の船員の中では、副司令でもある神無月の経歴を調べたら実力そのものは高そうだったが、あれは相手にしたくない。いろんな意味で。

 机の上のコーヒーを手に取り、一口飲んで味わう。

 目の前に居るマネキン人形のような少女は鋭い目つきで千璃のことを見ており、千璃は気にした様子もなくタブレットに目を落としている。

 いい加減現状に焦れたのか、わずかに怒った表情を表しつつ言う。

 

「……そろそろ話してほしい」

「え? ああ、五年前に天宮市を焼け野原にした精霊だっけ?」

「そう。通称は〈イフリート〉で、五年前に一度だけ確認されたきり空間震も起こっていないし、現界したという報告もない」

 

 ──そりゃあ無いでしょう、人間が精霊になってるんだから。

 

 つい口が滑りそうになった千璃だが、コーヒーを口元に運んでいたため何も言わなかった。

 目の前の少女──鳶一折紙がここにいる理由は、千璃が"精霊の情報を教える"としたためだ。ついでに"来ないなら突発的に空間震を起こしてやる"とも。

 地下シェルターがあるため、被害は少ないかもしれない。だが、空間震を自分の意思で起こした場合に避難する時間があるかどうかという疑問もあり、千璃の誘いに乗る形となった。

 知りたいこともある。守りたいものもいる。士道とのデートという巨大なおもりが無ければすぐにでも飛びつく取引だ。

 士道の盗撮写真で釣ろうとした千璃も千璃だが、「既に持っている」という理由で突っぱねた折紙も折紙だった。

 結局AST本部に連絡する暇もなく、半ば強制的に連れてこられる形となった。予約を入れていたレストランやチケットをとった映画もキャンセルする羽目になったので、それらは全部千璃に支払わせたのだが。

 

「ま、君らが〈イフリート〉って呼んでる精霊なら、多分しばらく現れないんじゃないかな」

「どうして」

「あの子も色々と理由があるだろうしねぇ。今は潜伏したい時期なんじゃないかな」

 

 千璃としては琴里の情報など売っても痛くも痒くもないが、士道にばれて千璃の評価が下がるのは避けたかった。これ以上下げられるともうあげることが不可能な域になりそうという可能性もあるために。

 それはそれでやりようはあるにしても、士道との関係性は良好であるに越したことはないのだ。

 特に、『ネームレス』と未だ接触できていない以上は。

 

「なぜあなたがそんなことを知っているの」

「何故ってそりゃあ、私が知れる"位置"にあの子がいるからかな」

 

 位置と言っても物理的なものではないが、折紙はそんなことに興味はなさそうだった。実際にどこにいるのか、折紙が知りたいのはそれなのだろう。

 

「奴は今、どこにいるの?」

「それはダメ。士道君に嫌われちゃうしねぇ。……私から言える〈イフリート〉本人の情報はこれくらいかな」

「士道に嫌われる……?」

 

 それはつまり、〈イフリート〉は士道に近しい人物であるという可能性。

 両親。妹。学友。隣人。一体どこまでの範囲で括ればいいのかさえ不明だが、見つけられる可能性が生まれたのだ。今までかけらも情報が無かったことと比べれば、今日だけでだいぶ進歩したと言える。

 折紙に肩入れしているわけでもないだろうが、千璃が〈イフリート〉の情報を提供したことも気にかかる。

 

 ──精霊同士で派閥などが存在して、〈イフリート〉は敵対勢力だとでもいうの。

 

 それもまた厄介ではあるが、精霊が精霊同士で潰し合ってくれるならそれに越したことはない。この手で殺せればいいのは〈イフリート〉唯一体。それ以外の精霊は自分のような被害者が生まれなければ良いのだから。

 

「そもそも私、君がそこまであの子を憎む理由も知らないしね」

 

 実際には知っている。というよりも推測したといった方が正しいか。

 折紙の両親は五年前に亡くなっている。その日こそ〈イフリート〉がただ一度だけ現界したとされる日であり、その力の余波によって殺害されたのだろうということも予測が出来る。

 しかし、千璃はそれを折紙自身の口から聞きたがった。

 

「……私の両親は、五年前に〈イフリート〉に殺された」

「それで?」

「私と同じ目に合う人がいないようにしたい」

「だから?」

「精霊を、(みなごろし)にする」

 

 純然たる復讐心。どこか自身に通じるものをみた千璃は、自分でも気づかぬままに笑みを浮かべていた。

 きっと彼女はどこまでも執拗に追い続ける。自身が無力だった五年前のことを胸に抱えたまま、復讐に身を焦がす。勝てるはずがないと心のどこかでは思っているだろう。

 精霊と人とでは基本的な強さがどこまでも隔絶している。人類でも上位の存在は精霊を殺せるが、それ以外の人間は力の余波でさえ虐殺されるだけの存在だ。

 両親を失った哀れな子供が出るだろう。

 最愛の恋人を亡くした者も出るだろう。

 そんな悲劇をなくすために、ASTは動いている。災厄と戦う彼らは、称賛はされても貶められる言われはない。

 同僚を殺した千璃を、赦しておけるはずもない。

 殺害すべき精霊の中でも、折紙にとって〈イフリート〉と千璃はまさに別格の存在だった。

 

「いいねぇ、その眼。ぶっ殺したくて仕方ないって眼だよ」

 

 とはいえ千璃には千璃の目的があるし、それを邪魔するASTは千璃にとって"悪"そのものだ。排除するのに何ら戸惑いはない。

 ピリピリとした空気に包まれる店内だが、この二人は到底気にするような性格をしていない。

 一触即発の雰囲気になるが、千璃は先にその矛を収めた。折紙は眉をひそめて疑問に思うが、千璃がすぐに口を開いた。

 

「やめやめ。今回は戦いに来たわけじゃないしね。君のこともそこそこ知れたし、面白い時間だったよ」

「……どういうこと?」

「やる気ならとっくに始めてるよ。この間は真那ちゃんと一戦交えたし、今日はオフ。ゆるりとお喋りでもしましょうか」

 

 ──一体何を考えている? 彼女の目的は一体何なのだ?

 

 確かに、本当にやる気なら千璃はとっくに霊装を展開しているだろう。如何に霊力の隠ぺいが可能とはいえ、霊装を纏った状態ならまともな隠ぺいなどできるはずもない。

 折紙はそう考えつつ、目の前の精霊である千璃を観察する。

 ASTと精霊という立場、存在ならばいずれ矛を交える存在だ。出来ることなら彼女のことを探っておきたいところだが。

 視線などでそれを予想したのか、千璃は先手を打った。

 

「五河家秘蔵、士道君の成長記録(動画)のコピーがここにあるわ」

「取引は成立。私は今日、これ以上は何も聞かない」

 

 あっさりと買収に成功した。

 

 

        ●

 

 

 パァン、と銃声が路地裏に響いた。

 真っ赤に染まった地面に倒れ伏す男と、それを見て腰を抜かし、じりじりと逃げようとする男。

 いつも通りの日常だったはずだ。いつも通り仲間で集まって、改造モデルガンで動物を撃ってストレス発散して、そのあと適当に街をぶらついてナンパでもする。

 変わり映えしないが、それでよかったのに。

 こんな変化など、望んでいなかったのに。

 血の海に佇む少女を見て、男はがちがちと歯の根が合わないことを自覚すらできずに逃げようとする。

 

 なんだあの女は。

 人を、あんな簡単に殺しやがった。

 

 改造モデルガンで仔猫撃っていただけだろう。どこにでもいる野良猫の一匹や二匹、別に殺したっていいじゃねぇか。

 そんな考えが流れるように浮かび上がるが、男にとってそれはほぼ無意識だった。少女から逃げることに必死になっていて、それ以外のことが見えていない。

 

「駄ァ目、ですわよ」

 

 再び響く発砲音。放たれた弾丸は男の太腿を正確に貫き、衝撃と激痛と膝から崩れ落ちる感覚を味わう。

 少女の手には細緻な装飾が施された古式の短銃。どこから出したのかなんていうことは最早関係ない。男は必死に逃げようともがくが、少女はそれを許さない。

 陶器のような白い肌には真っ赤な色がついており、それを男の腹に這わせて三つの円を描く。すべて同心円状で、まるで的当ての的のようだと無意識的に思った。

 少し距離をとった少女は的を狙うように短銃を動かし、躊躇いなく引き金を引く。

 影を固めたかのような漆黒の弾丸が男の腹へと放たれ、円の中心を正確に貫いた。

 

「一〇〇点、ですわね」

 

 弾丸が直撃した男は、一度大きくビクンと痙攣した後、動かなくなった。

 少女──狂三は、そろそろ士道が戻ってくるころだと思い、短銃を影の中へと落として路地裏から出ようとする。

 

「狂、三……?」

 

 路地裏の出口には、士道が呆然としたまま立っていた。

 その瞳は焦点が合っておらず、驚きで身を固くしたまま動けないようだった。

 

「おや、士道さん。お恥ずかしいところをお見せしましたわね」

 

 ゆっくりと歩いて士道へと向かう狂三。

 返り血が頬についているその姿は目を惹かれてしまうが、士道にとっての意味合いは全く別だった。

 真っ赤に染まる地面。

 "死"を感じる異臭。

 それらすべてが、あの夜を鮮明にフラッシュバックさせた。

 

「う、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」

 

 酷く頭が痛い。

 耳についているインカムから聞こえる琴里の声さえ、士道には届かない。

 真っ青になった顔と頭を抱えたことに違和感を覚えたのか、狂三が眉をひそめて士道の傍へと近づく。

 そのすぐそばに現れたのは一人の青年。

 狂三は本能的に霊装を展開して青年を警戒しつつ、士道の背中をさすって何とか落ち着かせようとする。青年はその様子を確認しながら、納得がいったように頷いた。

 

『PTSDか。厄介なものだな──こればかりは私たちとしても対処のしようがない』

「……あなた方が何かやったんですの?」

『ASTを狙撃して殺害しただけだがね。君が撃った彼らはまだ生きているだろうが、私たちは頭部を吹き飛ばして一撃で絶命させた。脳漿をぶちまけたその死体を直に見たのだから、可能性はあったが』

「全く……碌な事をしませんわね、あなたがた」

『耳が痛いな。どのみち邪魔だったのだから、あれ以外の方法はとらなかったと思うがね』

 

 だが、ある程度の対処は可能だ。

 青年は士道の背中と両肩に湿布のような電極を貼り付ける。見た目が湿布なので、ほとんど違和感もない。

 狂三は怪訝な顔をして青年の行動を見ていたが、意図がわからずにそれを訪ねる。

 

「それ、なんですの?」

『低周波振動治療器、と言ってね。電流を流してストレスを軽減するマッサージ器のようなものだ。脳波の乱れなどから最も効果的なパルスパターンを計算しているから、多少は役立つだろう』

 

 狂三は改めて青年の方を見る。

 先の創造の能力は彼の『天使』としての力によるものだろうが、今現在やや宙に浮いていたりものを触れずに浮かばせたりしているのは一体どういう訳なのか。

 湿布を張るときだって手で触れていない。触れられない事情でもあるのか──と思ったその瞬間。

 ぬめり、と全身が粘度の高い水の中に入ったような奇妙な感覚を味わった。

 そして、同時に吹き飛ばされる。

 

「……随分と派手なご挨拶ですわね」

 

 コンクリートの塀へと叩きつけられた狂三は細かな欠片を払い落としてゆらりと立ち上がる。

 青年は一切頓着せずに士道の様子を見ており、若干落ち着いた呼吸を確認して一息つく。

 

「兄様に何しやがったかは知りませんが、碌でもねえことしたってのはわかります──疾く、死ね」

 

 一目見ただけでわかる、普通ではない状態の士道。狂三がこの状況で関係ないなどというのは選択肢としてあり得ない。

 故に現れた真那は一切の容赦なく狂三を殺害する。

 

「士道さんと真那さんはご兄妹でいらっしゃいますの?」

 

 放たれた十条のレーザーを躱し、左手に持った短銃を連続で発砲する。

 真那はそれを見切って躱し、レーザーを随意領域で反射させて狂三を背後から撃ち抜き、そのまま高速で近づいて首を切り落とす。

 噴水のように血をまき散らす狂三の体など目もくれず、視線はすぐに金髪の青年の方へと向いた。

 真那はブレードを向けて青年に尋ねる。

 

「あなたは何者です? どうにも嫌な感じがしますが」

『名乗る気はない。名乗ったところで大した意味はないのでね……ただ一つ言うなら、私は精霊に近しい存在だということだ』

「それだけ聞けば十分です──死んでください」

 

 およそ真那の考えうる限り最速を以て、青年の首を切り落とそうとブレードを振るい──そのまますり抜けた。

 

 

 

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