デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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次回で決着といったな……あれは、嘘だ(何
普通に考えて終わるわけがありませんでした。そんなわけでVS狂三前半戦です。


第十七話:〈ナイトメア〉

 士道はあくびを噛み殺しながら学校へ向かうために家を出る。

 検査は滞りなく終了し、身体的には問題ないとして学校へ行くことを許可された。

 どうにも令音は不満げだったが、副担任として学校に居られる彼女は士道の監視も出来る。何かあったらすぐに駆けつけられる場所にいるため、琴里も大丈夫だろうと判断を下したのだ。

 士道としてはちょっと顔色が悪いくらいで何の問題もなかったのだが、晴れて許可が出てすっきりとした気分である。

 家から出た途端、目に入ってきたのは十香の顔だった。

 家の前をうろうろしていたのか、士道に気付いた十香は少し驚いた顔をして近寄ってきた。驚きたいのはむしろ士道の方なのだが。

 

「……おはよう、十香。どうしたんだ、そんなところで」

「……シドー、大丈夫なのか? 令音から倒れたと聞いたのだが……」

 

 ひどく心配そうな顔でペタペタといろんなところを触ってくる十香。くすぐったくなって少し笑ってしまい、十香は頬を膨らませてそっぽを向く。

 随分心配させたらしい、と十香の頭をなでると、驚いたような顔をした後でくすぐったそうに笑う。

 一言「ごめん」と謝った後、士道は十香を連れて学校へ向かい始めた。

 その後ろをついていきながら、十香はわずかな不安を感じていた。

 彼は五河士道だ。それは間違いない。

 匂いも、一緒にいると安心するところも、笑った時の顔も、全部十香の知っている彼のものだ。どこにも間違える要素はない。

 なのに、何故だろうか。

 

 士道の目を見た時、十香は彼を「士道ではない全く別の誰か」と思ってしまったのは。

 

 

        ●

 

 

 学校に着くなり、士道は殿町にからかわれた。

 

「なんだよ五河。今日は十香ちゃんと登校かよ。羨ましいなぁ、妬ましいなぁ」

 

 わざとらしい口調でいう殿町に苦笑しつつ机に鞄を置き、昨日の授業について尋ねる。

 一日休むと勉強も面倒になるので、出来れば休みたくはなかったのだが。まぁ昨日のことは仕方ないだろうと思う。相当心配かけていたようなので、一日検査に費やすくらいは仕方ない。

 

「しかしお前、昨日は大丈夫だったのか?」

「あぁ、まぁな。ちょっと調子悪くてな。一日寝込んでたんだ」

「おいおい、この時期に風邪か? 夏風邪はしつこいぜ。気を付けろよ」

 

 純粋に心配してくる殿町に大丈夫だと念を押し、昨日のノートを見せて貰おうとする士道。そこに横から待ったがかかった。

 手にノートを持ったまま、いつもと変わらぬ無表情の折紙が話しかけてきたのだ。

 

「ノートなら私のものを貸す」

「と、鳶一? いや、俺は殿町から借りるから……」

「構わない。見やすいようにきちんと作ってある。私のものを見るべき」

 

 有無を言わせない態度でノートを押し付けてくる折紙に対し、士道は愛想笑いで返すしかなかった。殿町は折紙の覇気の前にすでに退散済みだった。

 薄情者! と心の中で叫んでから、ノートを借りることにする士道。ノートを掴んで受け取ろうとすると、折紙もノートを持ったまま離さない。

 どういうことだと思って折紙の顔を見ると、いつも通りの鉄面皮でいう。

 

「私のことは折紙と呼んで」

「いや、それは……」

「呼んで」

「いや、本当にそれは……」

「呼んで」

「貴様、鳶一折紙! いきなり何を言っている!」

 

 ジッと士道の目をのぞき込む折紙に引き気味になりつつ、返答に困る士道。

 もう一度念を押して言う折紙に対して十香が爆発し、後ろから折紙の腕を掴んで士道から引きはがす。そのままの勢いで士道と折紙の間に入り込み、折紙に対して威嚇する十香。

 折紙もジッと十香を見て威嚇しており、ほかの生徒は意図的に二人から離れていた。

 渦中の士道としては誰か助けて欲しいものなのだが、今までの経験上無理だというのもわかっている。

 

「ふ、二人とも落ち着けって、な?」

「むぅ……」

「……今回はこれまでにする」

 

 何故かはわからないが、今回は比較的早く問題が片付いてホッとする士道。直後に折紙のノートを持ったままであることに気付き、隣の席に座った折紙にお礼を言っておく。

 一言「構わない」とだけ返されただけだが、いつもの事なので気にしないことにした。

 それを見た十香が自分のノートを貸そうとするが、確認すると落書きしかないため無理だった。しょぼくれる十香を慰めるのはちょっと骨を折った、と士道は思う。

 始業のチャイムまではまだ時間があるので、それまでに次の授業のノートを写しておこうと頑張る士道。両隣の二人は邪魔しないようにしつつもジッと士道を見ており、何とも居心地が悪い。

 それでもノートを手早く書き上げると、一息ついて時間を確認する。

 

「……意外と早く終わったな」

 

 始業のチャイムが鳴る前に終わったことに驚きつつ呟く士道。それと時を同じくして狂三が教室へと入ってきた。

 いつも通りの格好で、いつもと同じように席に着く。

 そして、士道の方を向いて笑みを浮かべつつ告げた。

 

「ごきげんよう、士道さん。元気になられたのですね。急に倒れられたものですから、わたくし心配でしましたのよ?」

「あぁ……悪いな、狂三。迷惑をかけた」

 

 何事もなかったかのように接する狂三。それを見て十香と折紙が鋭い視線を飛ばすが、向けられた敵意に対して狂三は表情一つ変えていない。

 そもそも狂三の瞳には今、士道以外の他の誰も映っていないのだ。

 隠されていない右目は、確かに先日会った五河士道という少年を映し出し、同時に先日会った五河士道とは決定的に違うことを感じる

 目が濁っている(・・・・・・・)

 狂三はこういう人間を見たことがある。決定的に人間として壊れている人間を。

 だが、それに比べればまだ士道のそれは取り返しのつく範囲だ。長い時間をかけてゆっくり治療すれば、彼の心は元に戻る。

 しかし狂三はそれに付き合う義理などない。

 

「……今日の放課後、屋上に来てくださいまし」

 

 けれども、今の彼は狂三にとって見ていられなかった。

 

 

        ●

 

 

「ああ、ああ。可哀想な士道さん。壊れかけた心を守るために"いつも通り"に振舞うその姿は健気で──とても哀れですわ」

 

 トン、トン、と来禅高校の屋上で軽快な音を響かせる狂三。

 真夏の突き刺さるような強烈な日差しを気にもせず、黒々とした影を屋上に映し出している。

 時刻は九時を回ったところ。既に一限目の授業は始まっており、少し前まであった喧騒は既にない。聞こえてくるのは体育館に響く授業を受けている生徒の声と、どこかから聞こえてくる楽器のメロディだけ。

 狂三は踊るようにステップを踏み、円を描く。

 

「けれど、その方がわたくしにとって都合がいいのも事実。知らなかったと言ってもフラッシュバックを引き起こした手前、少々ばつの悪いところはありますけれど──」

 

 仮に頭上から見ることが出来たなら、あるいは異常に気付けただろう。

 狂三の通った場所から、影が消えていない。その軌跡を彩るかのようにして、影が屋上を黒く浸食していた。

 そして、カッ、と踵を地面に突き立てる。

 

「世の中そんなものですわ。理不尽に理不尽が積み重なって、どうしようもないのが人生というモノ」

 

 影が広がっていく。校舎全体を黒く塗りつぶすように広がり、ついには校舎全体を覆いつくしてしまう。

 それだけではとどまらない。校庭を呑み込み、道路を呑み込み、ついには町の一区画を呑み込んでしまった。

 

「きひ、きひひひひひひひ──」

 

 朝という時間帯では少々風情が無いが──さぁ、此度の悪夢(ナイトメア)を始めよう。

 

「ああ、ああ。士道さん。愛しい士道さん。可哀想な貴方を、今日ここで──わたくしが終わらせてあげますわ」

 

 

        ●

 

 

 放課後。

 右耳にインカムを装着した士道は、部活に行く生徒たちの声を聞きながら気合を入れる。

 やれと言われた以上はやる。今までの自分なら迷うことなく「やる」といえただろう。だから、迷うことはない、今までの自分を信じろ(・・・・・・・・・・)

 

『……大丈夫、士道?』

「ああ、大丈夫だ」

 

 緊張はしていない。あるいは自分で気づいていないだけかもしれないが、体は十分に動く。問題はないだろう。

 琴里はならいいわ、と言って屋上へ行くように促す。

 狂三は授業が終わってすぐに教室を出て行ってしまった。おそらくは既に屋上にいるのだろうとあたりをつけ、階段を登ろうとした直後。

 

「──え?」

 

 その瞬間に襲った異変に、眉をひそめた。

 具体的に何が起こったのかはわからない。しかし周囲が暗闇に包まれたと思った刹那、全身に途方もない虚脱感と倦怠感が襲い掛かった。

 まるで空気が粘性を持ったかのように、どろりとした感触が肌をなでる。それは手足に絡みついて動きを阻害させるもので、あたりを見ればほかの生徒たちもまた同じように倒れていた。

 うめき声が廊下にこだまする。

 

「これは……一体……?」

『……あたり一帯に強力な霊力反応が観測されたわ。この反応は──間違いなく狂三よ。広域結界。それも中にいる人間を衰弱させる類のものね』

 

 倦怠感も虚脱感も感じている。だが士道は危機感を感じていない。

 何が起こっているかはわからないが、恐怖もなければこのようなことをしたであろう狂三に対する怒りもわいてこない。

 

「……何をしたか、なんてのは本人に聞いた方が早いか」

『ええ。士道は十香たちの霊力を封印してる影響か、その結界の中でも動けるみたいだしね。都合はいいわ』

「ああ、なるほど」

 

 自分だけがこの中で動けるという疑問に対し、先んじて答えを提示した琴里。

 霊力の封印による恩恵など今の今までなかったわけだが、別に恩恵が無いという訳ではなかったらしい。

 それで気付いたが、教室には狂三との話が終わるまで待つといった十香が残っている。

 すぐさま教室に戻ると、壁にもたれるようにして十香が士道の方を向いた。やはり霊力を封印したとはいえ精霊であることに変わりはない。霊力に対する耐性は人間よりもよほど高かったらしい。

 

「十香、大丈夫か?」

「うむ。だが……どうにも、体が重い。どうしたのだ、これは」

『……士道』

 

 高熱にうなされるような十香の声を聞き、琴里がつぶやくように言う。詳細など聞かずともわかる。

 

「……十香、お前はここで待ってろ。すぐになんとかするから」

「シドー……?」

「大丈夫だ。お前は心配しなくていい」

 

 十香の頭を一度だけ撫でて、士道は急ぎ足で屋上へと向かう。

 あくまでもほかの人より倦怠感などがましであるというだけで、決して感じていないわけではない。だが、士道はそれを無視して屋上へと急いだ。

 今までの自分なら、これをやった狂三に対してどんな感情を抱く?

 恐怖するか? 憤激するか? 憎悪するか? 憐れむか?

 今の自分はどれも感じていない。あるのはただ、責任感だけ。

 自分以外のだれも出来ないのなら、自分がやるしかない。代替案すらないのなら他者の考えを否定することはできないのだ。

 ごちゃまぜの感情を持ったまま屋上へ続く扉の前に辿り着き、そのドアノブを握る。

 

「……派手にやったな」

 

 ドアノブの下、鍵の部分が派手に壊れている。銃痕が残っているあたり、銃で無理やり壊して屋上へと出たのだろう。

 一度深呼吸をして呼吸を整えた後、士道はドアノブを回して屋上へと出る。

 そこはこの結界の中心で、創り出した張本人がいる場所だ。淀んだ空気はより濃密に淀み、全身を覆う虚脱感はより大きくなるばかり。

 その中で一人、狂三がフリルのついたスカートの端を摘み上げ、足を縮めて一礼する。

 

「──ようこそ。お待ちしておりましたわ、士道さん」

 

 

        ●

 

 

 そこにいるのはただ二人。ほかの誰もいない二人だけの特別な空間。

 見つめ合う二人の間には甘い空気などなく、片方は憐れみを、片方は無機質な瞳を向けるだけ。

 

「……狂三、どうしてこんなことをしたんだ?」

「士道さんをいただく前座として、ですわね」

 

 士道の疑問に対して、狂三は淀むことなく答えを返す。視線を士道に向けたまま、この状況を引き起こした能力について狂三が話し始めた。

 

「これは〈時喰みの城〉。わたくしの影を踏んでいるかたの『時間』を吸い上げる結界ですわ」

「『時間』を吸い上げる……?」

 

 いまいち理解が及ばない士道に見せつけるように、狂三は優雅な仕草で髪をかき上げ、常に隠されていた左目が晒される。

 それは金色の時計だった。

 無機質な金色と、長針と短針、十二個の数字。

 それが逆方向にぐるぐると動いているさまは、いっそ異様でさえあった。

 

「こちらはわたくしの『時間』──あるいは寿命と言い換えても構いませんわ」

 

 狂三の天使は協力無比だが、それゆえに重い代償を支払うことになる。

 それが『時間』──狂三自身の寿命だ。

 弱点ともいえる時間の消費を補うため、時折こうして外部から時間を補充しているのだという。それでも相当量の時間を使う燃費の悪い天使であるため、使う機会はめったにないのだが。

 ともあれ、今この場、学校内部においては狂三に時間を、寿命を吸い取られている最中ということになる。

 もちろん士道とて例外ではない。こうして結界の中にいる以上、万人等しく狂三の餌だ。

 

「だからどうした」

 

 狂三の目が見開かれる。

 己の、知己の間柄の時間が、寿命が吸い取られている。本来なら荒唐無稽だが、精霊という重畳的存在を知っている士道にそれを否定する材料などない。

 これは事実で真実だとわかっている。

 だが、士道とて友達を殺したいわけではない。あくまで彼が言ったのは「自分の時間を吸い取ること」に対してだ。他人を巻き込むことを許容したわけではない。

 本来なら恐怖があるだろう。自分の寿命という不確定なものを吸い上げられるというのは、理解の出来ない恐怖感を煽るはずだ。

 それでもなお言うのだ──「だからどうした」と。

 

「……あなた、怖くありませんの?」

「怖い? さぁな……どうにも最近、怖いって感情がわからなくなってる。何が怖くて、何に怯えればいいのかわからないんだよ」

 

 それは、言ってしまえば"危機感の破壊"であると狂三は思う。

 人としての尊厳などなく殺されたAST隊員の死体を見て、狂三が撃った不良を見て、その記憶を鮮明に脳裏に焼き付けられた士道。

 次は自分に向けられないという保証はどこにある? ただでさえ不死身に近い能力を持つ士道は、それを何度も受ける可能性がある。

 許容量を超えた痛み。受けたことのないはずの痛み。そんなものを受けてしまえば死ぬはずなのに、不死身の力があれば死なない。士道の心は、それを"恐怖"と認めればきっと壊れてしまう。だから自らで自らの"恐怖"をなくした。

 結果として起こったのが"危機感の破壊"。

 たとえ狂三が士道のことを詳しく知らなくても、千璃がやったことと狂三が起こしたフラッシュバックでの状態の酷さを知っていればある程度予測はできた。

 狂三は、ぎりっ! と歯を食いしばる。

 

「……まったく、あの方は本当に碌でもないことを……」

 

 人として壊れている。

 危機感が無いというのはつまり、自分が危険か安全かすら判別できないということ。他者の手を借りねばまともに安全確認すら出来ないというのは致命的だ。

 端的に言って、今の彼は「危険だからやめておこう」とか「危険だからああしておこう」という行動が出来ない。いや、正確に言うなら思考そのものが浮かばない。

 本当にそうなのか──狂三は、試してみることにした。

 右手を頭上に掲げる。

 

 ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──

 

 ──その刹那、けたたましいサイレンの音が町中に鳴り響いた。

 

「……空間震警報?」

 

 幼いころから嫌というほど教えられた空間震の脅威。目の前に狂三という精霊がいて、それとは別の精霊が現れる予兆。

 ──いや、本当にそうなのか?

 このタイミングで空間震がなったことといい、狂三の顔に驚きが無いことといい、どうにも違和感がある。

 これではまるで、狂三が自ら空間震を起こそうとしているような──。

 

「……まさか、お前が……?」

「ええ。精霊はその気になれば自分で空間震を引き起こせますの。見たことはありませんか?」

 

 前に一度だけ、千璃が現界したときのことだ。

 その時、千璃は意識が無いにもかかわらず、現界した時とほぼ同規模の空間震を引き起こしかけた。結局未遂で終わったものの、あのままだと本当に起きていただろう。

 不思議ではあったが──自力で空間震を引き起こすという意味では、あれも同じだろう。

 だが、今それをやる意味が分からなかった。

 

「さぁ、今この状況で空間震が起きればどうなるか、わからないとは言わせませんわよ」

 

 普通、空間震は警報が鳴ってから地下シェルターへと逃げ込む。

 だが今このとき、来禅高校の生徒・教師ともに狂三の結界に囚われたままなのだ。地下シェルターに避難できるものなどいるはずがない。

 知り合いが、友人が死ぬ。それは純粋な恐怖だろう。それすらなくしたのなら、最早士道は人として終わっている。

 

「怖くはありませんか?」

「怖くないよ。……でも、それがかなり危ないってのは知ってるし、わかる」

 

 経験則があるのだ。これが初めてならいざ知らず、既に何度も起きているところを見ている空間震。それがどれほど危険かはわかっている。

 恐怖をなくす前に得た恐怖。それが今の士道を動かせるのか。

 答えは──応。

 損得勘定であっても「なくしたくない」と思える相手がいるのなら、恐怖があろうとなかろうと動くことはできる。そこに恐怖は関係ない。

 

「空間震を起こさないでほしいし、この結界を解いてほしい。じゃなきゃみんな死ぬから──どうすれば、お前はこれを止めてくれるんだ?」

「……本当に、貴方は……」

 

 呆れたようにつぶやく彼女は、掲げた右手を下す。途端に空間震警報が止み、あたりを覆っていた重い空気が消えていく。

 つかつかと歩み寄ると、士道をまるで可哀想なものでも見るような目で見ていた。

 恐怖は無くても、それが危ないことだと頭では分かっている。──しかし、それに恐怖が付随しないから実感がわかない。

 狂三のひんやりとした手が士道の頬を撫でる。壊れやすいものを触るかのように恐る恐ると、愛おしそうに。

 その瞬間、狂三の手が切り飛ばされた。

 

「ぎ……っ」

 

 わずかに痛みにうめく声。

 天から舞い落ちる白い陶器のような腕は赤い飛沫をまき散らし、士道の顔に点々と跡をつける。

 それに気付いた瞬間、士道の体は思い切り後ろへと引っ張られた。何時かも感じた粘性の空気──随意領域のそれだ。

 狂三も同時に飛び退いており、士道と狂三の間に一人分の人影が増えているのを知覚した。

 

「──真那!」

「はい。兄様、無事のようで何よりです」

 

 本当は血の一滴も見せたくはなかったのだが、あの至近距離ではそれも難しかった。トラウマをフラッシュバックさせるのと殺されるのとどちらがましかといえば前者だ。

 少なくとも、真那はそう判断した。

 ワイヤリングスーツと巨大なレイザーブレードを装着したまま、士道を背後において油断なく狂三を見る。

 この精霊は逃がさない。殺しても死なないのなら、死ぬまで殺し続けるのみ。鋭利な刃の如く研ぎ澄まされた殺気は全て狂三へと向けられ、ピリピリとした空気が辺りを覆う。

 どちらかが動けば戦闘は始まる。

 張りつめた空気の中でどちらが先に動くかといった状況で──いきなり屋上のドアが勢いよく開かれた。

 

「シドー!」

「──士道」

 

 十香と折紙の二人が、この場に乱入してきたのだ。

 それに一瞬気を取られた二人は同時に距離をとり、狂三は未だに腕から血を流しながら告げる。

 

「あぁ──役者はこれで全員ですわね……ようこそ皆様方、このたびはよくぞいらしてくださいました」

 

 切られた右手を気にすることなく、左手でドレスの端を摘み上げて一礼する狂三。

 その様子に眉をひそめる真那たちだが、次の瞬間には驚愕に目を見開くこととなる。

 

「役者は揃いました──それでは悪夢の歌劇を始めましょう」

 

 屋上を覆い尽くす狂三の陰から、白い手が幾本も──それこそ屋上を埋め尽くす勢いで現れる。

 精々肘までしか見たことが無かった真那だが、彼女でさえゾッとする光景だった。

 屋上が同一人物で埋め尽くされる。どこを向いても狂三、狂三、狂三。気味が悪くて仕方がない。

 

「さぁ、行きますわよ。わたくしたち(・・・・・・)

 

 その掛け声を皮切りに、無数の狂三は一斉に動き出した。

 




ちなみに〈ラタトスク〉は相変わらず千璃に通信妨害喰らってます。成す術なし。
……というか、こんな士道は需要があるのかどうかがまず疑問。無くても書きますが。

しどう は こわれたしどう に なった!
鉄の心ルートが解放されました。
悪堕ちルートが解放されました。←
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