デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

28 / 46
第二十八話:取引

 

 折紙は事件の翌日の昼に目が覚めた。外傷が治ったとはいえ、内部に蓄積したダメージまで消せるわけではない。時を戻すという能力の特性ゆえに勘違いされやすいが、全てが負傷する前まで巻き戻るわけではないのだ。

 当然というべきか、折紙には数日間の休養が与えられた。それに加え、実力を認められたことによる隊長補佐への任命。

 〈ホワイト・リコリス〉をその手で操り、精霊と奮闘した強力な魔術師。動かせただけでも驚きなのに、精霊の撃退に成功。

 結果がどうあれ、折紙のやったことはそういう風に受け取られていた。

 当然、外傷がないというのも周りからの評価を挙げている一因となる。怪我の回復は狂三がやったこととはいえ、事件直後に士道たちはASTに折紙のことを任せて姿を消した。

 血に塗れてはいたが外傷はない。

 倒れ伏していたが負けていない。

 そう判断した上層部のものがいたのは、ある意味必然のことだった。

 

 ──しかし、それで折紙の心が晴れるわけではない。

 

「…………」

 

 この手で殺すと、誓ったはずだった。

 そのために、あの時出会った少年に──抱きしめてくれた彼に自分の感情を預けたのだ。

 泣くのも、笑うのも、あの時が最後で。両親を殺した精霊を殺せれば、それでよかった。

 だというのに、その悲願を果たす直前に邪魔が入った。──夜刀神十香。士道、狂三と共に行動し、精霊である〈イフリート〉五河琴里と相対していた彼女が、折紙の前に立ちふさがったのだ。

 どんな理由があってそうしたのかは折紙は知らないし、殺す相手が士道の妹であるというところに何か感情を抱かないわけではない。

 それでも止まれない。

 このために、このためだけに生きてきた。

 何を犠牲にしてでも仇を討つ。その思いは変わらない。

 

 ──そうと決まれば寝ている場合ではない。

 

 病人服を脱ぎ捨て、クローゼットに用意してあった私服を着て部屋を出ようとした瞬間。

 

「やれやれ、随分とせっかちですわね」

 

 背後から聞こえた声。ここは三階で、窓からの侵入など一般人には土台不可能だ。加えて折紙なら気配である程度察知はできる。

 それは侵入者が外から──しかも折紙に気取られずに進入してきたという証拠でもある。

 ベッドに腰掛け、二本に結った髪を揺らしながらこちらを見ている少女。

 

「時崎、狂三──一体何の用?」

「きっと貴女は両親の仇を討ちに来るから、と言われまして。貴女が行動する前に接触するために来ましたのよ」

 

 本当は士道が自分で説明に行きたがっていたが、まさか四六時中折紙の傍にいるわけにもいかない。琴里のこともあり、狂三の分身体を潜ませることにしていたのだ。

 警戒を解かない折紙に対し、薄く微笑みを浮かべて折紙を見る狂三。

 近づこうとはしないが、どのみち顕現装置もなにもない今は戦うことすら出来ない。

 話だけは聞いてもいいと、わずかに警戒を緩めた。それを感じ取った狂三は、士道から伝えてほしいと言われた言葉をそのまま折紙に伝える。

 

「琴里は五年前、自分の力で誰かを殺したりはしていない。だけど、その場にもう一人の精霊がいた──と」

「──もう一人の、精霊……?」

「わたくしも詳しいことは知りませんけれど、少なくとも自分の知る限りでは琴里は何もしていない、と言っていましたわ。撒き散らされた炎は自分の意思とは無関係だったそうですし」

「……それを、私に信じろというの?」

「わたくしとしてはどちらでも構いませんけれど。あなたが士道さんの言葉を信じられないというのならそれでも良いと思いますわ。──もっとも、その時は容赦せずに引導を渡してしまうかもしれませんけれど」

 

 くすくすと笑う狂三に対し、折紙は酷く戸惑った様子で考え込んでしまう。

 自分が仇だと思っていた精霊が仇ではなくて、本命は別にいる。

 士道の立場からすれば、琴里を殺されたくないがためにホラを吹いているとしか思えない言葉だ。信用するに足りないし、何より証拠がない。

 それでも士道は信じてほしいというのだろうが──折紙としては、到底許容できない。

 そんな様子の折紙を見て、狂三は嘆息した。この状況は容易に想像できた。だから、対策を考えるのもまた当然。

 

 ──本当はあまり見せたくはないのですけれど。いろんな意味で。

 

 仕方がないか、と判断して、狂三はハンディカムをポケットから出す。

 

「これに写っている映像を見てくださいまし」

 

 眉を顰めながらも言われたとおりに録画されている動画を確認する。

 映っていたのは上半身裸になった士道と千璃で、あとで千璃の部分を消して動画はコピーしておこうと神速の思考回路が判断したのちに映像を凝視する。

 じゅるり──おっと涎が。

 手の甲で涎をぬぐい、至極真面目な顔で映像を見る折紙。狂三は最早何も言わなかった。

 

『──映ってるのか?』

『ええ、ちゃんと撮ってますわよ』

『十香ちゃんはそっちで見ててね。心配なのはわかるけど、手出しはしないように』

『わ、私だってちゃんとわかっている!』

 

 数秒ほど会話があった後、士道がおそらくは折紙に向かって発しているであろう声が再生される。

 

『折紙。これからやることはCGでも何でもないし、ましてや合成映像とかそんなものでもない。全部本当のことだ』

『……十香ちゃんの視線もだけど、狂三ちゃんの視線も怖いからあんまりやりたくないなぁ』

『お願いしますよ。やってくれそうなのって千璃さんぐらいしかいないんですって』

『まぁそうだねぇ。じゃあ手早く──よっ』

 

 手に持ったレイザーブレイド──ASTに所属していれば見慣れるありふれた兵器を、千璃は士道の胸元へと突き刺した。

 あふれる鮮血。倒れ伏す士道。折紙は思わずハンディカムを床に叩きつけようとした瞬間、それは起こった。

 胸元を舐めるようにして這う炎。

 貫かれた胸元を覆うようにして炎が包み込み、炎が消えた時にはその怪我が痕すら残らず綺麗に消えていた。──まるで、先日戦った〈イフリート〉のように。

 

『……心臓に悪いな、これ』

『だから言ったのに。私も針の筵だよ、これ』

『こうでもしないと信じて貰えないでしょう──折紙、これは本当のことだ。いま琴里を殺したって意味がない。精霊〈イフリート〉は今は琴里じゃなく、俺だ』

 

 士道はCGでも合成でも何でもない、単なる事実だと告げる。

 だが、折紙にはそれを認めることが出来なかった。精霊の力が移動するなど前代未聞であるし、寄りによって士道に移動するなどあり得なかった。

 

『それに、きっと折紙の両親を殺したのは琴里じゃない。あの時の琴里にそんなことが出来るとは思えないんだ。今回だけでも構わない──俺を信じてくれ、折紙』

 

 録画された映像とはいえ、折紙は視線を合わせることが出来なかった。

 ならば、あの日両親を殺した精霊は一体誰だというのか。本当にほかの精霊がいたということなのか。

 それらの答えは、考えても出てこなかった。

 

 

        ●

 

 

「……とまぁ、そんな感じだったそうですわ」

「じゃあ、とりあえずは大丈夫か?」

「そうですわね。今すぐどうこう、という感じではないようですわ」

 

 学校に向かう途中の通学路で、士道と狂三は数日前の折紙へのビデオレターについて話していた。

 十香はここ最近の試験勉強のために夜遅くまで起きていたせいで随分と眠そうにしており、時折目をこすったりあくびをしたりとつらそうだった。士道が手を引いていないと立ったまま寝そうな勢いである。

 期末試験自体は昨日終わり、修学旅行のことをいろいろ決めていた。十香が眠そうなのは勉強の結果ではなく今から修学旅行を楽しみにしすぎたせいかもしれない。

 なお、精密検査のために期末テストを休むことになった折紙だが、彼女の場合は公欠扱いなので後日期末テストを受けることになったそうである。

 テストが終わったとはいえ、修学旅行の細部の説明を受けるために学校へと向かっている三人。うち二人は思わず振り向くほどの美少女であるため、針の筵のような視線にさらされる士道。ここ数日は毎日のこととはいえ、あまり慣れそうにもなかった。

 

「しかし、どうしていきなり修学旅行の行き先が変わったんだろうな……」

「……どうも、DEMインダストリーの系列会社が関わっているという話ですわ」

「DEM? って、確か……千璃さんが目の敵にしてるっていう」

「精霊〈プリンセス〉と見た目が同じである十香さん──もしくはわたくしがこの学校に通っているため、何かしらのちょっかいをかけに来たのかもしれませんわ」

 

 エレンとウェストコットの通信はほぼすべて千璃が傍受している。

 とはいえ、通信が傍受できるから考えも読めるのかといえばそう言う訳でもないため、千璃も狂三もウェストコットたちの目的を計りかねていた。

 最悪出張ることになるとはいえ、修学旅行は学生の一大イベントだ。何もないならそれに越したことはない訳で。

 琴里も〈フラクシナス〉を動かすと言っていたし、千璃も遅れて現地入りすると言っていた。大丈夫のはずなのだが……士道はどうしても不安がぬぐいきれなかった。

 

「……何事もないならいいんだけどな」

「そうですわね。士道さんに夜這いをかけるチャンスが無くなりますもの」

「……冗談、だよな?」

「さて、どうでしょうね」

 

 くすくすと笑う狂三に対し、士道は額に手を当てながらため息を吐く。つないだ手の先を見ると十香はもうほとんど寝ていた。

 足はしっかりついてきているので気付かなかったが、瞼は完全に落ちていた。

 流石にそのまま連れて行くのは危ないので、士道は立ち止まって肩をゆする。

 

「おーい、十香ー。起きろー」

「ぬ……」

 

 頭を軽く振って眠気を覚まし、十香は今にも落ちそうな瞼を必死にせき止めている。

 苦笑交じりに十香をしっかり歩かせ、学校に到着する。

 折紙が何時退院するかはわからないが、そろそろ学校に来てもおかしくは無いはずだ。面会に行こうにもまた機器の秘匿関係で門前払いされていたため、学校で会って話をするしかなかった。

 

 

        ●

 

 

 同時刻、天宮市郊外のとあるホテル。

 そこには体の調子を確認する真那と、ベッドの上にごちゃごちゃと機械を置いている千璃の姿があった。

 先日起こった事件の間に狂三に頼んだ仕事がこれ──真那の誘拐である。

 まぁ、誘拐とは言っても意識が無かったためにとあるホテルの一室に預けていただけだが、時間が空いたので千璃が治療用の顕現装置などを用いて怪我を治していた。意識が戻ったのは千璃の殺気に反応したからである。

 

「……それで、どうして私をさらいやがったんですか?」

「聞きたいことがあったのも理由の一つだけど、一番の理由は君を引き入れたくてね」

「引き入れる? まさかDEMをやめて貴女と協力しろとでも? 冗談はやめやがってください。私は精霊を殺すために存在する魔術師ですよ?」

 

 敵対することはあっても協力することはない。いまだって顕現装置があればすぐにでも千璃に切りかかっているところである。

 丸腰であっても決して意思は折れない。ここから抜け出し、駐屯地に戻れば装備はあるのだから。

 だが、千璃は焦った様子もない。先の真那の発言は当然ととらえているのだ。

 

「ま、そりゃそうよね。自分の命を代償にしてでも力を得ようとしてる奴を、そう簡単に説得できるとは思ってないわ」

「……一体何のことでいやがりますか?」

「……ん?」

 

 眉をひそめる千璃。

 会話の流れとしては、千璃が真那の肉体のことを調べていてそれに対する対処も存在している──という風に進めたかったのだが、真那の表情が本気で何を言っているかわからないとでもいうようなものだったので面食らってしまった。

 口元に手をやり、千璃はわずかに考え込む。

 

 ──自分の意思でやっていた訳ではなかった?

 

 ウェストコットのことだ、十分あり得ることだろう。仮に自陣営に組み込むならば自分もそうするはずだと確信しているがゆえに、そのやり口自体は認める。

 まぁ、このあたりのことも含めてこちらで保証すればどうにでもできるだろう。

 

「……真那ちゃんさ、自分の体に魔力処理が施されてることは知ってる?」

「顕現装置を使う上で必要なものでしょう、それは。魔力処理を無くして顕現装置は操れないと聞いていやがりますが」

「そっちはもっと簡単な奴だよ。脳波を増幅するための部品つけるだけ。君のこれはそのレベルじゃない──寿命削り過ぎだね。あと十年生きれるかどうかってところかな」

「な──ッ!?」

 

 懐から取り出したのは誘拐した直後に調べた真那のカルテだ。

 全身に強力な魔力処理を施されているが故の圧倒的な強さ。それを知った千璃は納得したものだが、まさか処理を施された当人が知らないとは思わなかった。

 これならDEMから引き剥がすのも容易いかもしれない。

 もっとも、千璃の言葉にそれだけの信用があればの話だが。

 

「……到底信じられる話ではありませんね。DEMは記憶を失った私を引き取ってくれた組織です。そこから引き剥がすため、あるいは不和を抱かせるための工作だとしか思えない」

「だとよかったね。残念ながら事実だけど信じられないだろうし……そうだね、理由を用意しよう」

「理由を?」

「五河士道は今私と協力関係にある。彼の命が惜しいなら君は私に従え。ついでに魔力処理に干渉してある程度は寿命の延命を図る」

 

 真那の唯一の肉親だ。彼女にとって士道がどれほど大切かはわからないが、少なくとも足枷にはなるだろう。

 悪役をやるのには慣れているし、先の会話でも最終的にここに行きつく予定だった。何も問題はない。

 真那は歯を噛みしめて千璃をにらみつけ数秒ほど立ちすくむが、最終的にあきらめたように大きく息を吐いた。

 

「……私に何をやらせようってんですか?」

「具体的に何をやるかはこれから次第だけど、基本的に私が求めてるのは士道君の身の安全なんだよね。本当なら核シェルターの中にでも入れておきたいんだけど、そうもいかないからさ」

 

 千璃の目的が掴めない真那は怪訝な表情をしつつも頷く。どのみち選択肢は失われたし、話が本当ならDEMに尽くす義理もない。

 士道を守るのが仕事になるならより好都合。

 

「一応言っておくけど、精霊を殺すのは無し。仮に君が追ってる〈ナイトメア〉であっても、今の彼女はこちらの協力者でね。一つ屋根の下に暮らしてるから殺しちゃうと士道君から批判喰らうよ」

「な……!? あの精霊と同居とか、何を考えていやがるんですか貴女は!!」

「彼女の目的は私も知らないけど、今のところ利害は一致しててね。士道君自身が精霊を接触することを望んでるから、君の仕事はその際の士道君の安全確保」

「……わかり、ました」

 

 納得いかないような顔をしているが、千璃はそれを意図的に無視する。どうせ今説明したって完全に納得はしない。

 それなら、徐々に慣らしていくしかないだろう。

 同じ家に住むことになるだろうし、機会は幾らでもあるはずだ。

 それを説明するとまたも愕然とした表情になる真那。少なくとも修学旅行あとに会わせるつもりなので、今はまだ怪我を治すことに意識を裂いてほしいと思う。

 魔力処理の方も色々やることがあるので、しばらくは忙しくなる。

 

 

        ●

 

 

「これでDEMの戦力を削げたわけだけど……」

 

 近場の公園で煙草をふかす千璃。時間帯によっては子供で埋まるが、今は真昼間だ。こんな時間に公園にいるのはニートかホームレスくらいのものだろう。あとは夜に仕事があるものくらいか。

 それはさておき、今後の見通しを立てていた。

 修学旅行にDEM系列の会社が関わっているということは十中八九エレンとウェストコットが関わってくる。おそらくはエレンあたりが修学旅行で何かしらのアクションを起こすだろう。

 それが誰を狙ったものなのかはまだわからないが、少なからず可能性があるのは十香と狂三。特に力を封印されていない狂三はDEMの目を集めているはずだ。

 本当ならあと二三人は精霊の力を封印させてからの方が都合は良かったのだが、仕方ないところではある。

 

 ──気になることもあるし。

 

 二番目の精霊がDEMに囚われている。その情報を手に入れてからいくらか探ってみたが、どうにも痕跡が見当たらない。知っているのはDEMの上層部──あるいはエレンとウェストコットだけという可能性もある。

 だが、流石にそれはないだろう。場所の問題もあるし、ウェストコットなら捕らえたのちに隅々まで調べることを戸惑わない。

 まさか一人で調べているわけでもあるまいし、多少の人員が動員されているなら情報はどこかから漏れる。千璃もそれで知ったのだから、どこにいるかくらいは掴めそうなものだが。

 

「……ま、焦ることはないか。二番目の精霊って多分あの子(・・・)のことだろうし」

 

 携帯灰皿に吸殻を放り込み、千璃は帰路につく。

 ひとまず修学旅行だ、と呟きながら。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。