微妙に流れが変わっていると思われますので、確認することをお勧めします。
やっぱりというかなんというか、物凄いがっつり怒られた。
「アンタ頭おかしいんじゃないの? この高度から重力中和も無しにスカイダイビングするなんていかれてるとしか思えないわね。幾ら自分が死なないからって無茶していいってわけじゃないのよ? わかってるの? こっちはこっちでてんやわんやだったし十香は十香で士道がいないことに気づいて精神状態は不安定になるし、それも知らずにあの精霊と接触したうえに逃げられたぁ? 私のことを馬鹿にしてるわけ?」
一部抜粋した程度だが、こんな感じのことを延々と言われ続けた士道の精神的疲労はピークに達していた。
一応令音と呼ばれる白衣の女性が止めてくれたが、今日はもう何もしたくなかった。自室に戻った後できればこのまま眠ってしまいたいと思うほどには。
千璃があの場から去った後、<フラクシナス>に回収された士道の目の前に居たのはブチ切れてニッコリ笑顔の琴里だった。しかも艦内の監視カメラにはあの青年が映っておらず、士道が勝手にハッチを開けてスカイダイビングしたことになっていた。意味が分からない。
あと、千璃に逃げられたのは仕方ないと弁護したかったが、今の琴里にそれを言っても火に油を注ぐだけなのでやめておくことにした。士道とて自分から虎の尾を踏みたくはないのだ。
そして、千璃は「あっちに帰れない」と言っていたが、突如としてセンサーから反応が無くなったので消失したのだろうと判断された。実際はどうなのかわからないが、士道にはあの言葉が嘘とは思えず、琴里に話すも「無理ね」と一蹴される。
「元々こっち側に存在が固着出来ないから、精霊っていうのはこの世界と隣界を行き来しているの。原則、現界した精霊は隣界に帰るのよ──もっとも、一部例外はあるけれど」
士道のほうを見ながら言っていたあたり、霊力を封印された十香のことを言っているのだと士道は判断した。
それ以外の精霊など、当の例外であろう千璃にしか会ったことが無いのだ。何の参考にもならない。
──しかし、不思議な精霊だったな。
士道は部屋に戻ってベッドにダイブした後、そんなことを考える。
最近は訓練と称して十香とエロハプニングを誘発させられていたが、その原因たる琴里は現在仕事中。明日まで学校は休みになっているので、今日は徹夜で書類を仕上げなければならないとか。
そんなわけで今日は実に平和なのだった。
だからこそ、こうして考える時間ができているわけだが。
机の上に置かれた青いスマートフォン。いつでも連絡をとれるようにとは言われたものの、使い方自体は士道が持っているそれとなんら変わりはない。かけられる相手が千璃だけ、という話である。
それも当然。機種こそ同じだが中身が違う。見た目が科学製品であったとしても、中身は千璃の霊力によって形作られた一種の霊装なのだ。
「……助けて欲しいときは連絡するし、助けて欲しかったら連絡してね、か」
思えば、彼女は最初から好意的だった。一目ぼれされたなどと自惚れるつもりはないが、彼女もいずれ霊力を封印しなければならない以上は都合がいいといえる。
もっとも、それはあくまでも彼女が平和に生きられない場合の話だ。脅威である広域空間震も彼女がこちら側にいる以上は起こる可能性が低いし、戻れないならなおのこと良い。
とはいえ彼女自身の力も脅威であることに変わりはない。力を封印するに越したことはないだろう。
頭の中でぐるぐると考えが渦巻くが、答えは出ない。今出す必要はないとはいえ、なるべく早いほうがいいのは確かなわけで。
そんなことを考えていたら、いつの間にか士道は眠りに落ちていた。
●
翌日。目の下に隈が出来た琴里がソファで寝ていたのでベッドまで運び、朝食の用意をしてから十香を起こす。寝ぼけ眼で半裸状態の十香は非常に目に毒だったが、幸いすぐに気付いて直してくれたのでよかった。
旨い旨いとと連呼しながら朝食を食べる十香は見ているだけで元気が出てくる。途中で令音も朝食の席に加わっていたが、基本的に彼女は静かなので会話に加わってくることはない。
全員が朝食を食べ終わった後、テレビを見ながら少しだけゆったりとした時間を過ごす。
テレビを見るのに飽きたのか、十香は士道のほうを見ながら質問した。
「今日はどうするのだシドー。学校は休みなのだろう?」
「そうだな……今日は検査も無いんですよね?」
「そうだね。ここ最近はずっと検査をしていたから、一日二日程度は大丈夫だろう。二人でどこか出かけてくるのもいいだろう……もっとも、あいにくの天気だがね」
窓の外では打ち付ける激しい雨が降っている。この状態ではどこかに遊びに行くというのも難しい。
とは言っても、町の大半は既に修復済みなので食材の買い出しには行く必要がある。十香と出かけるのはその時でいいだろう。
昼食までは何とか持つので、それまで二人でゲームでもやって暇をつぶそうということになった。
洗い物を済ませ、一旦部屋に戻って携帯を手に取る。千璃から受け取った方の携帯は基本的にはマナーモードにしており、どこかに出かける際に確認したりして普段は見せないようにしている。彼女自身がこの取引(?)を<ラタトスク>に知られたくないようなので、こういったことをしている。
緊急時に気付けなければ意味が無いので、出来るだけこまめに、寝るときはマナーモードを解除していた。
千璃の霊力によって動いているのか、充電しなくていいので楽なものである。
「遅いぞ、シドー!」
「悪い悪い。課題の確認してたんだよ」
何時空間震が起こるかわからないため、学校では基本的に二、三日分の課題をまとめて出している。一日二日学校が潰れても授業に差し障りが無いようにだ。
一応十香も同じ学校に通っている手前、同じ課題が出ているはずなのだが……首をかしげているあたり、記憶にないのだろう。
まぁ、彼女はある意味特別だ。やらなくてもそれほど文句は言われない。<ラタトスク>のほうでなんとでもしてくれる以上、十香自身の教養以上の意味はない。いや、学校に通うのはそれが第一目的なのだから問題ではあるのだが。
それはさておき。
「じゃ、ゲームを始めるか」
「うむ! 今日は負けんぞ!」
やるのは某配管工の出ているレースゲーム。それなりにやり込んだ士道としては、しばらくは十香に負けるつもりはない。
レースが始まった途端に爆発させる十香と、スタートダッシュをきれいに決める士道。やりかたはちゃんと教えたのだが、タイミングがわからなかったらしい。
頬を膨らませながらゲームに熱中し、一回目のゲームは士道一位、十香九位という結果になってしまう。
「むぅ、難しいな、このゲェムは」
「はははっ。大丈夫だって、ちょっとずつやってれば十香も上手くなるよ」
「そうか? 私でもシドーに勝てるか?」
「勝てるよ。アイテム使えばごぼう抜きだって出来るし」
ぬおお、とか、ぐああ! なんて言いながらコントローラを振り回す十香。そんなことをやってもカートは動かないといってもつい反射的に動かしてしまうという。
士道は笑いながらCPUの難易度をこっそり下げ、徐々に順位を上げていく十香を褒める。
上手くなったぞ! とニコニコしている十香。令音はそれを「いい傾向だ」として見ているが、ぶっちゃければ士道が十香の扱い方を覚えてきたということだろう。
そろそろ昼飯時だということでゲームを切り上げ、昼食の支度に入る士道。十香はもう少しやると言って一人でチャレンジしている。あの分だとしばらく大丈夫そうだ。
冷蔵庫に残っている材料を見て、昼食に作れそうなものをピックアップする。ここまで来ると最早主夫の領域だ。
「昼飯は焼き飯でいいか?」
「む? シドーの作ったものなら何でもいいぞ!」
ゲームから一瞬目を離し、肯定の意を示す。その隙にコース外へと落ちてしまったようで、うがああ!! と嘆いているが士道は苦笑するだけで言葉をかけない。
エプロンをつけたら手早く用意して野菜を切り、焼き飯を作り、盛り付ける。それほど難しい訳でもないのですぐに用意ができた。
琴里は今は寝かせておこうということで、用意したのは三人分だ。一応大目に作っておいたので、士道たちが出かけている間に琴里が起きてきたら食べるように言ってほしいと令音に頼む。
頷いたのを確認してから、三人は昼食を食べ始める。
「それで、結局昼はどこに行くのだ?」
「商店街に買い出しだな。買い出しは帰りでもいいから、どこかで少し遊ぼうか」
「おお! それは楽しみだな」
目を輝かせる十香。鼻歌でも歌いそうなほどだった彼女は、手早く昼食を食べ終わると出かける準備をすると言って二階の自室へ戻る。
その間に洗い物を済ませ、夕飯と数日分の献立を考える士道。令音は昼食後の紅茶(大量の砂糖入り)を飲んでおり、彼女が一杯飲み終わる頃には十香も一階に降りてきていた。
献立はある程度完成したので、早速買い物に出ることにする二人。
「じゃあ、行くか。令音さん、留守をお願いします」
「うむ、楽しんできたまえ」
「行ってくるぞ!」
十香にとっては外に出るのも数日振りだ。あいにくの雨ではあるが、それでも士道と二人で出かけるというのが嬉しいのか、太陽のような笑顔で歩いている。
他愛のない雑談で道中を過ごすが、琴里の心を抉るような言葉のナイフを食らった身としてはそれが清涼剤として機能している。
途中で足を滑らせた十香を士道が抱き留めるというハプニングがあったものの、それ以外は特に特筆すべきこともなく商店街へとたどり着く。
空間震の直後ではあるものの、天宮市は基本的に空間震の頻度が高い。それゆえ、町の人々も空間震には慣れていた。
「おー、士道君。今回の空間震はデカかったなぁ」
「そうですね、俺もびっくりしましたよ」
「かなり広い範囲で起こったっていうし、なんか悪いことの前兆じゃなきゃいいんだが」
「こればっかりはどうしようもないですからねぇ」
等々、そこかしこの顔見知りから声をかけられる。一部十香との仲を邪推する声もあったが、十香の天然で純粋な反応に悪いことをしている気分になったのか退散していく人もちらほらと。
商店街を抜け、近場のゲームセンターへと足を運ぶ。人こそ少ないものの、ゲーム自体は稼働しており使う分には何ら問題はなさそうだった。
傘を畳んで入口のビニール袋を貰ってそれに入れ、ゲームセンターの中に入る。
「おぉ……これ全部ゲェムなのか、シドー?」
「ああ。でも、お金を入れないと動かないけどな」
軍資金ということで<ラタトスク>からいくらかお金が出ているらしく、出発前に令音が士道の財布をあさくっていた。さてどのくらいのものだろうと財布を覗いてみれば……諭吉さんが五人ほど増えていた。
ゲーセンでこんなに使わねーよ。と思うものの、人間熱中した時の財布の紐の緩み方は意外とすごいものだ。
何はともあれ、これだけあればお金が無くなって困るというほどのこともあるまい。
「まずはどれからやるか」
「私はあれが良いぞ! あれがやりたい!」
「ん? 一体何を──ってまたレースゲームかよ」
どうやらブームになっているらしいレースゲームでの勝負を挑まれる。ただ、コントローラで操作するのとゲームセンターででやるのでは操作が全く違う。
それでも運動神経は悪くないので、十香はすぐに運転方法を覚えてメキメキと順位を上げていった。
●
士道は携帯で時間を確認すると、もうそろそろ夕飯時になりそうだった。
買い物して帰ることを考えると、このあたりで遊ぶのを切り上げて帰った方が良さそうだと考え、十香に声をかける。
「十香、そろそろ帰ろう。夕飯の支度もしなきゃならないし」
「む、そうか。それなら仕方ないな」
口惜しそうだが、一日全力で遊んで満足したのか、口元は緩みっぱなしである。手には士道が千円近くかけてとったUFOキャッチャーの景品であるストラップが握られており、どこにつけようか悩んでいるようだった。
十香は携帯を持っていないため、ストラップをつけるにしてもいつも持ち歩いている物というのがあまりない。
無難に小物入れのバッグでいいんじゃないかとは思うが、それだと学校に持っていけないから嫌らしい。
放っておくといつまでも悩んでいそうなので、手を握って店の外へと連れ出す。
外はいまだに雨が降り続いており、小降りとはいえ傘を差さないわけにはいかない。士道は黒、十香は青の傘をそれぞれ差して商店街へと向かう。
学校からの帰り道によく寄る商店街であるため、淀みなく必要なものを買い揃えていく。途中でパン屋にふらふらーと引き寄せられた十香を止めるのには苦労したが、それ以外は概ね何事もなく買い物を終えた。
多種多様な材料からでは夕飯を予想できないのか、十香は士道の持った買い物袋に目をやりつつ質問する。
「夕飯は何だ?」
「今日はハンバーグだな。琴里にお疲れ様の意味も込めて」
「? 琴里は疲れてるのか?」
「まぁ、いろいろと仕事があったみたいだからな……」
士道のせいではないとはいえ、監視カメラでは士道の単独犯のように映っていた昨日の件もある。一応信じてはくれたみたいだが、確固とした証拠がない以上は証言として弱いだろう。
本当、どうなってんだろうなぁ。と思う士道。
あの青年がやったのだとすれば、やはり精霊だったのだろうと考える。監視カメラの改ざんが精霊に出来るかどうかはさておき、実際に体験した士道としてはそれが一番高い可能性だ。
何を考えているか、何を目的としているかわからない以上、あまり会いたいとも思わない相手である。
何度か買い物袋を左右で持ち替えつつ帰り道を歩く。二日分を持つとやはり重いが、そこは男として十香に持たせるわけにはいかない。例え重くて紐が手に食い込んでいたとしても。
士道を気遣ってか、「私も持つぞ?」と言ってくれた十香には悪いが、これは単なる意地のようなものだ。
歩いているうちに薄暗くなってきた帰り道。雨が地面に打ち付けられる音と雨特有の匂いを感じながら、特に何を話すでもなく歩く。
そして曲がり角を曲がった瞬間、奇妙な状況を目にする。
「……あれ?」
「どうした、シドー?」
「いや、こんな時間に子供が……」
傘と買い物袋で両手がふさがっているため指さすことは出来ないが、十香は目線でわかったのか、曲がり角の先を見る。
そこには、可愛らしい意匠の施された外套に身を包んだ小柄な少女がいた。ウサギ耳のついたフードを目深に被っているせいで顔は窺い知れないが、それよりも目を引いたのは左手につけられたコミカルなウサギの人形だった。
人気のない道路でぴょんぴょんと楽しげに跳ね回っている少女は、こちらに気が付いた様子もなく動き続けている。
その様子を見ながら、士道は頭の中に疑問符を浮かべる。
──なぜ彼女に目を奪われたのか。
確かに人の目を引く格好ではあるが、それだけでは言い表せない違和感。つい先日にも感じた不思議な感覚で──。
「……まさか、精霊?」
思い当たったのは、つい先日話した千璃という女性。そして視線を横に向ければ当然そこにいる十香という少女。
十香は自分のほうを向いた士道を見てきょとんとしており、何かしらの違和感を感じたというわけではなさそうだった。第一、彼女はほかの精霊のことを何も知らないはずである。
彼女のほかに精霊がいるということ自体を知らなかった以上、何らかの違和感があっても見逃してしまう可能性は十分にあるだろう。
とはいえ、いつまでもこの場に立ち止っているわけにはいかない。本当に精霊かどうか確かめる術がない以上、今の士道に出来ることはない。
帰ったら琴里に相談してみるか、と思いつつ一歩踏み出すと、少女もこちらに気付いたようで顔を向けた。
年のころは琴里と同じくらい。ウェーブのかかった青い髪。ぷっくりと膨らんだ桜色の唇。月並みだが、『人形のような』という言葉が似合う綺麗な少女だ。
少女は士道たちに気付いた途端に距離をとり、慌てたように左右を見まわしながら士道たちがいる方向とは逆に走って曲がり角の先に消える。
「……なんだったのだ、あれは?」
「さぁ……なんだったんだろうな」
十香と顔を見合わせて肩を竦めあい、何事もなかったかのように歩き始める。
士道はまだ先ほどの少女が気になっていたが、十香はもう記憶にないとばかりに夕食のことを楽しみにしているようだった。