デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第四十二話:最強の魔術師

 

 

 最悪だ。

 〈ホワイト・リコリス〉を纏ったエレンを前に、士道は冷や汗を垂らしながらそう思う。

 全力の千璃がようやく撃退できるレベルの相手が、精霊を確実に殺すための兵装を持ってきた。そのために護衛として真那がいたわけだが、それすら容易く乗り越えてエレンはここにいる。

 このままでは、被害は拡大する一方だ。

 いたところでエレンが行動を変えるとも思えない以上、一般人がこの場にいないのが唯一の救いか。

 どうすれば。

 十香を渡すなど前提からしてあり得ない。だが、エレンの要求を蹴れば精霊全員を捕縛あるいは殺害される可能性もある。

 少しでも時間を稼げれば、あるいは千璃の援軍に期待が出来るかもしれないが──こちらから連絡を取ることなど、目の前の女が許してはくれまい。

 

「……あんたら、十香を捕まえて何をするつもりなんだ?」

「いえ、何をするというほどでもありませんよ。詳しいところは私よりもアイクが知っていますが──ちょっとした実験です」

「実験?」

「ええ、二葉はその手のことには協力的ではありませんでしから、ほかの精霊で実験するしかないのですよ」

 

 士道は知らないが、七罪には二葉という名に聞き覚えがあった。

 先日千璃が言っていた、「世界で二番目に観測された精霊」である。

 DEMにいるという精霊らしいが、この分だと千璃の言っていたことは本当だったらしい。何の目的があって協力しているかは知らないが、随分とはた迷惑なことだ。

 

「二葉ってやつとあんたら、協力して何しようとしてんのよ」

「センリの殺害──それ以外にあるはずもないでしょう」

 

 七罪の問いに対して、エレンは淀みなく答えた。

 三十年前に一度殺したはずの相手を再度殺害するために備えるなど、普通ならば考えない。エレンとてそこには疑問を覚えているが、ウェストコットが協力を約束した手前何も言わないだけだ。

 未来でも見えていなければ、こんな行動はとらない。

 二葉はエレンの知らない何かを知っている。でなければ、ウェストコットも二葉と手を組もうとは考えなかったはずだ。

 

「さて、おしゃべりもこれくらいにしましょうか」

 

 手早く終わらせなければそれこそ千璃が邪魔をしに来る。優先は十香の捕縛であって、千璃の殺害ではない。

 まずい、と士道が思った瞬間には目の前にエレンがいた。咄嗟に士道は血まみれの真那を突き飛ばし、煌めく銀閃をその身で受ける。

 

「あ、っぐ──ッ!!」

 

 鋭すぎる一撃は、刃を受けて数秒ほど痛みすら感じさせなかった。

 左の肩口に深く切り込まれて激痛に身をよじらせる士道。それをみて悲鳴を上げる十香たち。

 〈灼爛殲鬼〉の力が残っている以上死ぬことはないしすぐに治る傷だが、だからと言って許せるものではない。

 

「シドー!」

「貴様、よくも我が友に──ッ!」

「憤怒。許しません──ッ!」

 

 横合いから切り付ける十香の剣を容易く受け流し、続く矢とペンデュラムによる波状攻撃もものともせずに躱すエレン。

 数歩分の距離を開け、エレンは背負っている巨大な砲塔を真那の方へと向けた。三人は気にもせずに三方向から一斉に攻撃を開始するが、一挙一動を知覚されていては攻撃など当たらない。先に警戒している真那の方を片付けるつもりなのだろう。

 真那とて一度喰らった攻撃を二度も食らうような真似はしないが、今は傷だらけでまともに動けない。痛む体を動かして砲撃から身を逸らそうとするも十香と耶倶矢、夕弦を相手にしながらもエレンは真那にぴたりと照準を合わせている。

 逃げられない、と悟った瞬間に放たれる無慈悲な光。

 だが、それは真那の眼の前で防がれた。

 

「駄目、です……っ!!」

『ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!!』

 

 四糸乃の〈氷結傀儡〉と美九の〈破軍歌姫〉だ。

 氷と音の壁でなんとか防ぎ、追撃を警戒する二人。状況がよくわかっていない二人だが、目の前で殺されそうになっているのを見過ごせるわけではない。

 七罪もどうにかして援護したいが、〈贋造魔女〉の能力そのものが戦闘には向いていないこともあり、ひとまず真那の応急処置を行うことにした。

 

「すみません、七罪さん……」

「気にしなくていいわ。それより、あれ、どうにか出来ない?」

「……何とかしたいのは山々ですが、ちょっと厳しいですね」

 

 戦略兵器の相乗効果で化け物染みた力を発揮している現在、真正面からぶつかって勝てる存在などいるかどうか真那にはわからない。

 あるいは「奥の手」とやらを隠している千璃ならばまだチャンスはあるかもしれないが、現状打つ手はないに等しい。

 戦闘に特化している十香と耶倶矢、夕弦の霊力は封印されている。封印されていないのはこの場で美九と七罪だけ。これでは打開策すらまともに浮かばない。

 どうにか〈ホワイト・リコリス〉を破損させることが出来れば、もしかしたら勝機が見えるかもしれない──と考えたところで、不意に真那の視界へ士道の姿が映った。

 

「──にい、さま?」

 

 肩口の傷は炎が舐めるように這って修復されていくが、流れ落ちた血が戻るわけではなく痛みを忘れるわけではない。

 痛みに耐えるように肩を抑えている士道を見てそちらに足を向けた真那だが、七罪はそれを押しとどめる。

 

「動いちゃ駄目よ。〈贋造魔女〉で応急処置はしたけど、激しく動くとすぐ傷が開くわ」

「でも、だからってこのまま指をくわえてみているわけにもいかねーでしょう!」

「千璃は保険に私にもスマートフォンを渡している。緊急のコードも打った。すぐに来るから、アンタは休むこと。士道は私が──」

 

 と、七罪が話しているところで。

 エレンが、夕弦と耶倶矢の体を弾き飛ばした。

 

「ぐ、げほっ……ッ!」

「ごほっ、ごほっ!」

 

 体をしたたかに打ち付けた二人はせき込みつつ追撃のレーザーを這う這うの体で躱し、その瞬間に十香が背後からエレンを襲う。

 だがそれを随意領域で知覚していたエレンは右手に持ったレイザーブレードを使って受け止め、至近距離で十香にレーザーを喰らわせて吹き飛ばす。

 霊装を纏っているとはいえ、〈ホワイト・リコリス〉は元々全力の精霊を相手取って戦うことを前提として作られた兵器だ。建物の壁面にぶつかっても勢いが衰えず、そのまま壁を壊して建物の内部へと入り込んだ十香。

 それを追撃しようとしたとき、ふとエレンは士道がこちらを睨んでいることに気付いた。

 

「……捕縛対象は〈プリンセス〉のみという話でしたが、手土産の一つや二つ増やしたところで問題ありませんか」

 

 千璃が最も"価値"を認めるであろう五河士道という少年。その身柄を確保しておけば、千璃の計画に致命的な遅延を発生させることが出来る。

 ウェストコット自身の目的も含め、都合のいい状況であることに変わりはない。

 故に──気絶させようと右手のレイザーブレイドの柄で殴りつけた瞬間、カウンター気味に入り込んだ斬撃が〈ホワイト・リコリス〉の一部を削り取った。

 

「……ほう」

 

 士道の右手に握られていたのは十香の持つ『天使』──〈鏖殺公〉だ。

 先程殴られた頭部から血を流しているが、それも炎が這ってすぐに治癒する。士道は流れてきた血が目に入らないように手の甲で拭った後、ジッとエレンをにらみつけた。

 ここで止めなければ十香たちが危ない。

 彼女たちは何も悪くないだろう。空間震という災害を起こす存在だとしても、それを無くせる手段だってある。むやみに殺せば済むわけじゃない。

 誓ったのだ。

 彼女たちを守る。守らなければならない。

 失いたくないんだ。彼女たちは士道にとって大事な人たちだから。

 

『「天使」の力は想いの強さに比例する』

 

 かつて、誰かが言った言葉が脳裏をよぎる。それは千璃だったような気もするし、あの金髪の青年だった気もする。あるいは別の誰かだったような気もするが、士道にとっては誰が言ったかなどどうでもいい。

 守りたいと思う人たちがいる。その想いが、エレンなどに負けていいはずがない。

 皆を守れるのなら、腕の一本や二本、内臓だろうが骨だろうが持って行けばいい。

 

『覚えておきたまえ。君のその力は確実に何かを削っている』

 

 再び脳裏をよぎる言葉。

 ああ、そんなことはわかっている。現在進行形で筋肉が軋んでいるんだ、無茶をすれば筋肉の断裂くらいはするかもしれない。

 だが、それがどうした。そんなことで守れるんだったら幾らでもやってやる。

 握りしめた〈鏖殺公〉の柄が軋みをあげ、まるで士道の命を吸っているかのように紫紺の色に輝き始めた。

 

「それは──」

 

 エレンの目が少しだけ驚きに染まる。一度見たとはいえ、ここまで強い霊力反応を引き起こすとは思っていなかったのだろう。

 吹き飛ばされた十香も、弾き飛ばされた耶倶矢と夕弦も魅入るようにその剣へと視線を向けていた。

 煌々と輝く刃を振り上げ、士道はエレンへとまっすぐ視線を向け──。

 

「お前に──お前なんかに、連れて行かせるもんか……ッ! 大事なんだよ、大切なんだ! 失いたくない……失う訳にはいかないんだ……ッ!!」

 

 ぎちぎちと嫌な音が全身から聞こえてくる。構うものか。

 がりがりと何かが削れていく感じがする。知ったことか。

 振り下ろす一撃に士道の想いを乗せ、あたかもありふれた英雄譚のように絶対的な勝利だけを夢想する。

 

「お、おおおぉぉォッ──ッ!!」

 

 世界最強の魔術師としてのプライドか、エレンは士道の一撃を真正面から受け止めるべく構えた。

 放たれた一条の斬撃は地面を割りながらエレンへとまっすぐに向かい、エレンは逃げることなく真っ向から立ち向かう。

 防性の随意領域と二本のレイザーブレードを交差させ、放たれる紫紺の一撃を受け止め続ける様子には危なげがなく、軋みをあげるレイザーブレードなど気にもしていない。

 

「く、ふふ……これほどまでに力を持つとは凄まじい。並の魔術師では押しつぶされていたでしょうね」

 

 今まで対等に戦える相手が精霊しかいなかったため、人の身でこれほどの力を引き出す士道に思わず笑みを浮かべる。

 レイザーブレードが砕けると同時に斬撃を弾いたエレンは、腰に用意していた予備のレイザーブレードを持って士道の目の前へと迫る。

 

「ですが、弱い。こんなもので楯突こうなど百年早いと知りなさい」

 

 〈鏖殺公〉を振るった反動で動けない士道は、コマ落ちした動画を見るかのように迫る刃を見ていた。

 切りつけられるくらいは別に構わない。どうせ〈灼爛殲鬼〉の力が宿っている以上──限界こそあるものの──死にはしない。

 そう考えていた士道の体が後ろに引っ張られる。

 え、と思わず声が出た時には、後ろから引っ張った七罪の体が反動で前に出ていた。

 

「な──」

 

 エレンの刃は止まることなく振るわれ、七罪の体を袈裟切りにする。霊装など障子紙のように引き裂き、白い少女の肌を真っ赤に塗りつぶす。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 自分の体が切り付けられる分には構わない。どうせ治るのなら、千璃が来るまでの時間稼ぎになるのだから。

 だが、七罪が自分をかばって切られたのだと理解した時、士道は平衡感覚があいまいになった。

 

 ──ざ、ざざざざざざざざ、ざざざざざざざ、ざざ、ざざざざざざざざざざざざざ──

 

 耳障りなノイズが鳴り響く。

 倒れ伏して血の海に沈む七罪の姿が、かつての誰かに重なった。

 その光景を士道は知らないはずだ。覚えていないはずだ。

 知っているはずがない。覚えているはずがない。

 だって、それは、この時間軸ではない■■の姿で──

 

「七罪────ッ!!!」

 

 助けなければ。

 目の前で再度刃を振りかざすエレンのことなど最早視界にすら入っていない。そんなことよりも七罪の傷を手当てしなければ、彼女が幾ら頑丈な精霊だと言っても死なないわけではない。

 ぐったりとしている少女の体を淡い光が包んだかと思うと、そこには緑色の髪の幼い少女がいた。

 それが七罪の本当の姿で、今まで〈贋造魔女〉で誤魔化していただけなのだというのは、士道にとってどうでもよかった。

 手当てしなければ死んでしまう。

 四糸乃が〈氷結傀儡〉で助けようと動き始めた時。耶倶矢と夕弦が〈颶風騎士〉でエレンだけに狙いを定めた時。十香が〈鏖殺公〉を構えて踏み出した時。

 その瞬間に、エレンは咄嗟に空を見た。

 

「まさか──」

 

 こちらに向けられる苛烈な殺気に反応して空を見上げた瞬間に、背後からアスファルトが砕ける音がした。

 視界に頼らずとも随意領域の範囲ならば知覚できるとはいえ、反応速度でいえば視覚に頼る方が早い。振りかざしたレイザーブレードを背後に向けて振るうも、背後にいたその存在は気にも留めなかった。

 士道は七罪の傷を手当てしようとしゃがんでいる。それを理解した刹那──空間が軋みをあげて引き裂かれた。

 

「──吹き飛べ」

 

 ゴッ!!! という音と共に巨大な何か(・・)が恐ろしい速度で振り回され、エレンの〈ホワイト・リコリス〉を砕くと同時に天宮アリーナの方へと吹き飛ばす。

 それ(・・)は腕だった。

 肘から先しかないにも拘らず、五十メートル近い長さを持つ巨大な腕。腕だけでこれほどの大きさを誇るのならば、一体全長はどれほどの大きさなのか。

 つやのある黒い鋼鉄の腕。

 生物的というよりも機械的。

 間接に当たる部分が動くたびに耳障りな金属音が辺りに響き、車のエンジンのような重低音をとどろかせる。

 眼球を黒く染めた千璃は、大きく息を吐いて吹き飛ばしたエレンを一瞥し、倒れ伏した七罪へと歩み寄る。

 士道によって仰向けにされた七罪の体には、右肩から斜めにざっくりと切り裂かれていた。息こそあるものの、顔色はかなり悪い。

 いや、顔色が悪いのは士道も同じだ。

 

 ──トラウマが再発しちゃったか。最近は大丈夫だったけど……。

 

 顔色を真っ青にしながらどうにかしなければと狼狽えているだけの士道に対し、千璃は一発拳骨を落とす。ちんたらやっているだけの時間はない。

 虚ろな目で千璃を見る士道。周囲にはばらけていた十香や耶倶矢たちが集まりつつあるが、千璃はそちらに気を配っていなかった。

 

「せんり、さん……?」

「よく聞きな、少年。七罪ちゃんは今かなりヤバい。こういう時、君は一番狼狽えちゃいけないんだ」

 

 トラウマを植え付けたのも千璃なので一番の原因はこの女なのだが、それも今は一旦おいておく。関係ないとは言わないが、そこまで話を持って行くとこじれ過ぎる。

 千璃は士道の目を見つめ、はっきりと告げる。

 

「七罪ちゃんを助ける方法はある。エレンを撃退する方法はある。だから、君は大丈夫だって笑顔を浮かべて安心させてやればそれでいい」

 

 目を見開く士道。

 それだけでいい。たったそれだけで七罪が助かるというのなら、士道は幾らだって笑っている。

 でも、本当にそれだけで助かるのか? 千璃を信じきれないがゆえに、士道は二の句がつげないでいた。

 

「し、どう」

「七罪、大丈夫か、七罪!」

「だい、じょぶ。だから」

 

 ──そんなかお、しないで。

 

 今にも泣きそうな顔をしていた士道に、七罪はそう告げた。

 明らかに自分の方がまずい状態だと七罪もわかっているはずだ。それでも、士道の顔を見ると言わずにはいられなかった。

 士道の方に手を伸ばして、そこではじめて自分の手が何時もより小さいことに気付く。変身が解けたのだと理解するのに時間がかかり、それでもこんな顔をしてくれる士道になんとも言えない感情が湧き上がっていく。

 もう呼吸をすることすらつらい。それを感じ取ったのか、千璃は声を上げた。

 

「神無月! 隠れてないで出てきなさい!」

 

 その言葉につられたかのように、一人の青年──神無月がワイヤリングスーツとCR-ユニットを纏ったまま建物の影から現れた。

 エレンと士道たちがかち合った時点で最悪に備えて準備していたのだが、千璃が乱入したことでその機会を無くして姿を隠していたのだろう。

 何時になく真剣な表情をした神無月はすぐに七罪の傍に駆け寄り、千璃と目を合わせる。

 

「隠れていたつもりはありませんが、状況はわかっています」

「こっちも借りを作りたくはなかったが仕方ない。医療設備についてはそっちに任せるから、真那ちゃんと七罪ちゃんを治療しなさい」

 

 CR-ユニットを用いて応急処置だけを施し、千璃は立ち上がる。命令口調ではあるが、それだけ自体が切羽詰っているということでもある。

 このまま治療に専念するわけにはいかないのだ。まだ、最大の敵がいる。

 巻き上がる煙の中から姿を現すエレン。その額には一筋の血が流れていたが、エレン自身は気にした様子もない。

 それよりも、千璃の背後から出現している腕──異質にして異物のそれに対して興味を注いでいるようだった。

 

 ──いえ、余計なことを考えるのはよしましょう。

 

 実際、遊びが過ぎたせいで千璃の到着を許してしまった。最低限〈プリンセス〉の確保をしなければ面目が立たない。

 〈ホワイト・リコリス〉も先程の一撃を受けて大部分が破損している。まともに使えるのはあと一回か二回か、その程度だ。

 

 ──ならば。

 

 最速で疾走するエレン。

 対し、待ちの姿勢でカウンターを狙う千璃。

 空間を裂いて現れている巨大な腕は、逆に言えば小回りが利かないのが欠点だ。

 エレンの反射神経を以てしてもギリギリ掠るほどの速度で捉えに来る腕だが、掠った部分から出血することを厭わずに懐へと入り込む。

 それを当然のように待ち構えていた千璃が立ち塞がり、また千璃の行動を読んでいたエレンは倒れ伏している七罪に対してレーザーの砲塔を向けた。

 本来の千璃の性格であれば確実にエレンの首を取ることを優先する。

 しかし、七罪は精霊だ。千璃の計画の要になりうる以上、その存在をかばわないという選択肢はない。

 

「チッ──!」

 

 強引に"腕"を振り回して壁にしたが、操作の隙をついて少し離れた場所にいる十香へと迫る。

 咄嗟に〈鏖殺公〉を使って迎撃に出るも、疲労と先のダメージが残るままでは碌に反撃できず、側頭部を蹴りぬかれて意識を落とされた。

 同時に背後から攻撃してくる耶倶矢と夕弦を千璃の攻撃から身を守るための壁として扱いつつ、意識を落とした十香を拾い上げて距離を取る。

 この時点で〈ホワイト・リコリス〉はほぼ瓦解しており、最早大きいだけのゴミと化した。

 

「今回の目的は〈プリンセス〉の拿捕ですから、これで退かせていただくとしましょう──そちらの精霊の傷も、早く手当てしないと危ないでしょう?」

「どの口がほざくんだか」

 

 憎々しげに吐き捨てるも、千璃からは手を出すことが出来ない。

 出現している"腕"は強力無比だが、如何せんその範囲の大きすぎることと小回りの利かないところがネックである。

 〈ホワイト・リコリス〉を放棄して通常のCR-ユニットだけになったエレンだが、千璃はなぜか追撃することもなく逃走するエレンの後姿を見ているだけだった。

 

「……追わなくてもよろしいのですか?」

「あんたが気にすることじゃないよ。上空にはまだDEMの残党が残ってるってだけさ」

 

 そちらも〈フラクシナス〉に任せてしまえば千璃は追撃に出られるが、どのみち一度態勢を整えなければならない。

 ごほっ、と咳をして、掌に血がついているのを黙ってみている千璃。"腕"を消失させ、手の甲で口元の血を拭い、DEMの日本支社に乗り込む算段を付け始める。

 そんな中、美九がやや戸惑いがちに声を上げた。

 

「……あのー、誰か説明してくれません? 何が起こってるか全然わかんないんですけどー」

「ああ、そういえばそうだったっけ」

 

 唯一この中で事情に通じていない精霊、美九。

 いっその事彼女も口先で丸め込んでDEMに乗り込む際の戦力にしてやろう、と千璃は思い始めた。

 




多分年内では最後の更新になります。場合に寄りますが。
まぁ、多分無理だと思うので期待はしないでください。

それではよいお年を。
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