ここから内容が更に鬱っていくので書く方としてもアレな気分になりまして……そもそもデートアライブの二次でこんなの需要あるのかという疑問もあったりなかったり。
美九は迷っていた。
己が身を顧みずに十香を助けようとし、死の危険がある場所に単身残った士道。その結果がどうなったのか、彼女は知らないのだ。
連絡を取ろうにも学校は違うし連絡先も知らないし、あちらから連絡も来ないしで途方に暮れていた。
制服から来禅高校の生徒であるということはわかっていたため、数日ほど校門前を見張ってみたのだが関係者と思しき人物はどうやら学校にも来ていないようだった。
伝手がないために士道のことを知ることが出来ない。少し前までの自分ならば男であるというだけで士道のことを嫌悪し遠ざけただろうが、今の自分は進んで士道に関わろうとしている。
嫌いなはずなのに知ろうとしている。その背反した想いに気付かぬまま、美九は来禅高校の校門前から離れ、適当にぶらつきながら家へと帰る途中──見知った顔を見つけた。
胸と髪型を除いて瓜二つな双子の姿。耶倶矢と夕弦の八舞姉妹だ。
すぐに走って追いつき、二人に声をかける。
美九の呼び声に立ち止り振り返った二人は、何故だかとてもつかれているように見えた。
「あれ、確か……誘宵美九だっけ?」
「首肯。天央祭の時に話しました」
『天使』を使って洗脳した時のことはほぼ覚えていないらしく、二人にとって美九の印象は大分薄い。とはいえ、千璃や士道が話していたのを聞いていたので全く知らないという訳でもない。
二人は買い物袋を手に持って帰路についていたのだが、呼び止められた二人はあることを訊かれた。
「あの人──五河士道って人はどこにいるんです?」
「疑問。何故士道に会いたがるのですか?」
「そんなの……もう一度、訊きたいことがあるからですよぉ」
士道の言葉に感化されたわけでは決してない、と美九は思う。
それでも、自分よりも他人を優先して助けようとする彼の行動が理解出来なかったから、もう一度話してみようと思っただけなのだ。
幻想かもしれなくても──もう一度、他人を信頼できるようになるかもしれないと、心の底ではわかっていたのかもしれないから。
耶倶矢と夕弦は顔を見合わせて相談する。
「どうする?」
「相談。ひとまず琴里に連絡してみましょう」
どの道戻るには琴里に連絡して〈フラクシナス〉に拾って貰わなければならない。夕弦が琴里に連絡している間、耶倶矢は美九を見ていた。
話すべきか数度逡巡して、耶倶矢は口を開いた。
「……悪いけど、今士道にあっても意味ないと思うよ」
「……なんでですかー?」
「──意識不明だから、だよ」
耶倶矢の言葉に疑問を覚えた美九の質問に対し、答えたのは美九の後ろから現れた令音だった。
〈フラクシナス〉の船員であり精霊たちの今の保護者でもある彼女は、耶倶矢と夕弦を迎えにここに来ていた。
美九は彼女の存在よりも、彼女の言葉の方に意識を持って行かれる。
「意識、不明……?」
「そう。彼は今、意識が戻らずに眠ったままなんだ」
原因ならばいくらか予想はついた。
DEM社に乗り込んだあの日、自分を逃がした後に何かがあったのだ。あの時までは──無事とは言い難いものの──普通だった。
何かがあったのだろう。それこそ、遠目からでも強大な霊力による攻撃は視認できた。あれで死んでいないということ自体驚きではあるが、士道の不死性については文字通り美九のその目に焼き付いている。決してあり得ないことではない。
「それでもよければ案内しよう」
「……では、お願いしますぅ」
耶倶矢と夕弦が疲れたような顔をしていたのは、おそらく士道の目が覚めないことが原因だったのだろう。同様に来禅高校に精霊と思しき子たちが来なかったのも理由が理解できた。
美九とて、気になって天央祭以降授業には身が入らなかったのだから。
●
〈フラクシナス〉に移動した四人。
買い物袋を置きにひとまず移動し、その後艦橋へと向かった四人が見たのは、妙に慌ただしい船員たちだった。
「……琴里、何かあったのかね?」
「士道が目を覚ましたのよ」
それは誰もが喜ぶべきことで、現に耶倶矢と夕弦も喜色を露わにして艦橋をすぐさま出ていった。美九もそのあとに続こうとしたが、琴里の顔に苦いものが浮かんでいることに気付く。
同様に令音も違和感を感じたのか、眉をひそめながら琴里へと問い質した。
「一体何があったんだ?」
「……記憶喪失よ」
真那と七罪は順調に回復している。病室は別であるため、そのことはまだ知られていない。現状知っているのは船員と、目が覚めたその場にいた十香だけだ。
士道の様子を見に行った耶倶矢と夕弦も、真那も七罪も七罪のところにいる四糸乃も、遠からずその事実に気がつくだろう。
特に十香のショックは大きい。つい先日に反転体となったこともそうだが、今回のことで大きく精神が揺らいでいる。非常に危険と言わざるを得ない。
そして、それは十香だけの問題ではない。
「士道と関わった精霊全員に関わる問題よ。記憶がなくなったなんて、今までのことが全部パァじゃない……ッ!」
報告を上げれば
実利的な面でもそうだが、彼に対して強い感情を抱く精霊たちにとっては死活問題に等しいのだ。
彼女たちの一番の精神安定剤として機能していた士道の記憶がなくなるということは、それまで培ってきた絆の全てをリセットするということ。
関係性が深ければ深いほどそのショックは大きく、つらい。
琴里だって悪態をついて強がっているが、ショックを受けているのは彼女とて同じだ。
自分は覚えているのに、相手は何も覚えていない。これがショックでなくてなんという。
「やっと千璃がいなくなって……余計なしがらみも減って……やり直していけると思ったのに……ッ!」
全て千璃のせいという訳ではないが、琴里と士道の関係性は彼女によって大きく狂わされた。現状ほとんど戻ったといっても過言では無かったはずだが、どこかしこりが残るのは確かだった。
その根本的な原因である千璃がいない今、琴里にとっては士道との関係性を以前──場合によってはそれよりも良いものに持って行こうと画策していたのだ。
だというのに、当の本人が記憶喪失。
チリチリと千璃への八つ当たりの憎悪が膨らむ。平静を欠いた琴里の周りに火の粉が舞い散り始め、令音が口を開いてそれを諌める。
「落ち着き給え、琴里。詳しいことはまだ検査をしてみなければわからないが、完全に記憶が失われたわけではないだろう」
「……そう、ね。私が早とちり過ぎたってだけなら、いいんだけど」
火の粉を浴びて顔を火傷し、恍惚とした表情を晒す神無月を完全に無視して話が進む。
話を聞いていた美九は、足元が崩れるような感覚を味わっていた。
──記憶、喪失……?
やっとやり直せるかもしれないと、そう思わせてくれた人だった。
己が身の危険を顧みずに十香を助けに行き、危険だからと四糸乃を遠くにやり、耶倶矢と夕弦も美九を安全な場所に連れて行くという名目で危険から引き離した。
だというのに当人は何が原因か記憶を失う事態に陥る。
フラフラとした足取りで令音の場所まで歩いていき、その肩を掴む。
平衡感覚さえ定かではない。そんな状態でも、たった一つの可能性にすがって声を絞り出す。
「私の……私の〈
「……確かに可能性はある。だが、絶対とは言い切れない。それを念頭に置いておくんだ」
令音はわずかな可能性に縋り付く美九の危うさを理解し、防波堤になりうる言葉を選んで発言する。
琴里に目配せをし、令音は美九を連れて士道のいる部屋へと向かう。
●
そこには、絶望しかなかった。
先に来ていた耶倶矢と夕弦は力なく項垂れて部屋の外に出ており、心の整理をつけるためにも一度自分の部屋へと戻ることを勧めて令音たちは部屋の中へと入る。
質素な部屋だ。治療用の器具が置かれていることを除けば、個人の私物など全くない。
病人服を着た士道はベッドの上で考え込んでおり、部屋の中へ入ってきた三人を見渡す。
「──また、来たんですか」
「……ええ。士道の記憶を取り戻すことも、私の仕事の一つなの」
「俺だって取り戻せるなら取り戻したいですよ……彼女たちにあんな顔させるなんて、俺だって嫌なんですから」
久々というほどでも無いはずだが、美九は士道が少しやせたように見えた。
あるいは痩せたのではなく──あの時の、十香を助けに向かったときの姿が大きく見えたからか。
どちらにせよ、美九にとってやることは一つしかない。
「歌え、詠え、唄え──〈
精神に作用する『天使』である〈
だからこうして全身全霊をかけて士道の精神に作用するように音を響かせている。
何度も。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も────
だというのに──美九の音は、士道には響かない。
「どう、して……」
歌だけが、声だけが──音だけが、美九を美九たらしめているモノなのに。
それがなければ誰も美九のことなど気にしてくれない。振り向いてくれない。
歌を、声を、音を願って精霊にまでなって、『神様』に祈って手に入れた力が……一番大事なところで、何の役にも立たない。
「こんなのって、ないですよ……」
信じようとして裏切られて。
託そうとして見限られて。
頼ろうとして騙される。
そんな美九の人生の中で、唯一信じられるかもしれない人だったのに。
そんな美九の世界の中で、唯一助けてくれるかもしれない人だったのに。
美九は自分でも気づかぬままに涙を流し、士道はそれを見ていられないと目を逸らす。
「…………」
裏切られたわけではない。
見限られたわけではない。
騙されたわけではない。
言うなれば、そう──運が悪かっただけ。
もっと早く出会っていれば、二人の道はもっと別のものになっただろう。けれど、そんな仮定は何の慰めにもならなくて。
「令音、ちょっと」
「……ああ」
涙を流してうつむいた美九を別室に連れて行き、琴里と令音はそれぞれ飲み物を片手に息を吐く。
どうしようもない。美九の『天使』とて、精神に作用することはわかっていたがそれが記憶にまで影響を及ぼす可能性は低かった。洗脳の前後で記憶があいまいになるのは確認済みだが、それはあくまで副産物に過ぎない。
記憶、あるいは怪我に対して直接的に作用する『天使』があるとすれば、それは──
「──〈
時を司る精霊、時崎狂三。
かの精霊の持つ『天使』ならば、あるいは。
「可能性はあるだろうね」
令音も琴里の言葉に頷く。
詳しい能力もどれほど効果があるかも定かではないが、現状では唯一可能性があるといえるだろう。
問題は、時崎狂三の足取りが追えないということだろうか。
「〈ラタトスク〉──いえ、〈フラクシナス〉はこれより最優先オーダーを発令するわ」
時崎狂三を見つけ出し、その力を以て士道の記憶を取り戻す。
無論他にも手を打つことは忘れないが、現状最も可能性があるこれに賭けるのは間違っていないと、琴里は自身の判断を正当化する。
何よりも優先して士道を助けなければならない。
「何を犠牲にしてでも──何を失ってでも、
その琴里の瞳には、暗い炎が宿っているように見えた。
●
イギリス某所。
巨大な研究所の中にあって隔離された一室の中に、その二人はいた。病的なまでに白い、無菌室のような部屋の中に。
背の高い女性が手頭から淹れた紅茶を前に、黒壇のような髪をツインテールにした少女──狂三は口を開く。
「では、わたくしと協力して貰えるということでよろしいのですね?」
「ああ構わない。あたしにとっても悪い話じゃあないからな」
純白の修道服で身を包むその女性は、肉食獣を連想させる笑みを浮かべながら頷いた。
狂三は紅茶を飲みながら、話し合いが上手く行ったことに安堵の息を吐く。
これは絶対に必要なことだった。
あの日、全てを知った時にすべての計画を破棄し、変更した。
それが今の狂三の目的に沿ったものであることは確かだったし、必要なことだと確信したからこそ士道のもとを離れ、千璃とも連絡を絶ったのだ。
「樋渡千璃を殺す。それだけが、あたしに残った最後の願いだ」
「……わたくしとしては、三十年前に殺した相手をもう一度殺そうとしていたあなたの行動こそ理解出来かねますけれど」
「誰だってそう思うのはわかるさ。あたしだって、六華とエイワスがいなければそんな可能性を考えもしなかった」
だが、その二人がいたからこそ女性──二葉は千璃への対抗策として存在し続けた。
「祖母さんを殺そうとしたとき、あの二人を相手取ったのはあたしだ。死ぬ覚悟で足止めに徹しようと思っていたわけだが、それも肩透かしに終わったんだよ」
──この展開は必要なことだ。だから、私たちは君に足止めされることになる。
エイワスは相変わらずのポーカーフェイスを浮かべ、そう言っていたことを思い出す。
聖守護天使にしてセフィロトの外側に位置する存在の言葉だ。二葉とて笑い飛ばすことは出来ず、千璃の殺害とほぼ同時に二葉の結界を壊していなくなった二人の行動から何かを企んでいることは明白だった。
千璃の遺産を奪わせないために放たれた空間震と六華の一撃は二葉が受け止めたが、それでも遺産のほとんどは消え去っている。どうやって戻ってくるかはわからなかったし、いつ戻ってくるかも想像がつかなかった。
だが、三十年経って舞い戻ってきた千璃を確認して、二葉は自身の判断が間違っていなかったことを確信した。
「祖母さんは生かしちゃおけない。六華が復活していない今がチャンスなんだ」
「……その為に」
「ああ、その為にあたしはこの力を振るう」
純白の修道服の下には鋼のように鍛え上げられた肉体がある。彼女の『天使』はほかのそれとは違い、攻撃性を一切持たないという特異なものだ。
故に、戦いにおいてはその肉体こそが唯一の攻撃手段となる。
「時間はそれほどあるわけじゃない。お前の話を聞く限り、彼は既に五人の精霊を手中に収めているし、それからの時間を鑑みると更に二人か三人増えてもおかしくはないんだ」
それではまずい。
だからこれは時間との勝負であり、同時に彼が手中に収めた精霊との戦いでもある。
何故ならば、二葉のやろうとしている行為を認められるはずがないからだ。だが、千璃の目的を阻害するにはもう一つの最短ルートがある。
二人は紅茶を飲み干し、ティーカップをテーブルに置いて立ち上がる。
「では、征こうか」
「ええ、日本へ」
──五河士道を、殺害するために。
美九ほどレイプ目が似合う女の子もそういないんじゃないかと思うここ最近(おい
デートアライブの映画見てきました。小説貰えなかったのは痛かったんですが、まぁポストカードも悪くなかったのでトントンですな。ネタバレになるので内容には言及しませんが、もうちょっと長いと良かったなーと思ったり。