デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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今回は文字数少な目。もう少し七罪を絡めた話が出来るかと思ったらそんなことはなかった(
あと、ここで区切らないと文字数がすごく増えすぎるので。


第八話:優しい精霊

 千璃は家に戻り、すぐに七罪の傷を医療用顕現装置(メディカルリアライザ)を使って治療を施す。

 病院のセキュリティは他と比べ物にならないほど高いが、自衛隊のそれに比べれば大したことはないし、ちょっと忍び込めばコピーは容易だ。『科学』という概念に対してはとことんまで突き詰める性格もあり、千璃の部屋に置いてあるそれは最早世界中のどの装置よりも優れたものとなっていた。

 逆に言うと、これ以外は基本的に自堕落かつ快楽主義でどうしようもないのが千璃という精霊なのだが。

 それはさておき、七罪の傷は血こそ大量に出ていたがそれほど深いものではなく、今ではすっかり元通りになっていた。

 消費した霊力も相まって疲れ気味のようだがそれは仕方ない。精神も疲弊しているのか、眠そうにあくびをしている。先ほどまで殺し合いをしていたとは思えない変貌ぶりである。

 

「眠いなら寝ててもいいよ。ていうか、消失(ロスト)しないの?」

「寝てる間に何されるかわからないのに、寝れるわけないでしょう。……それに、私は基本的にどっちでもいいのよねぇ。割と自分の意思で行ったり来たり出来るし、こっちにいたほうが楽しいし」

「へぇ……私はあっちに帰れないの。帰る気もないんだけど」

 

 戸棚に用意してあったインスタントコーヒーをカップに入れてお湯を注ぎつつ、千璃はいう。

 戻ったところでやることが変わるわけでもない。隣界では意識を保てない以上、現界しているときよりもやれることは少なくなる。だから戻れたとしても戻らない。

 七罪は安物のコーヒーに顔をしかめつつミルクを入れて言った。

 

「それで、私を連れてきたのはどういう訳? まさか本当に怪我を治すためだけに連れてきたわけじゃないでしょう……まさか、私をどっかの組織に売り渡そうとか言うんじゃないでしょうね」

 

 とことんまで人を信用しないその姿勢に千璃は最早感嘆さえ覚える。いや、やったことを考えれば疑われて当然ではあるのだが。

 千璃はコーヒーを飲みつつ考える。

 何故連れてきたのかなどいうまでもなく七罪との関係性を深めておくためである。それが正の方向か負の方向かは拘らない。どちらであっても、関係性を深めてしまえばとる行動は自ずと限られてくるし予測できるようになるものだ。

 最終的に頑張るのは士道である以上、千璃としては気楽なものである。

 他にやることがあるのでじっとしているわけにもいかないのだが。

 まぁ、こんなことを考えても話さないというか話す気が無いのだから変わりはない。

 会話の節々から見える『善意に対する過剰反応』といい、どうにも彼女は人の好意というモノを素直に受け取れないらしい。ならばやることは簡単だ。

 

「取引をしよう」

 

 彼女を使うことで千璃に利点がある。そう思わせれば警戒心はわずかに下がる。無論、取引と言っても七罪に利があるものでなければ乗ってはくれないだろう。

 そのあたりは千璃とてよく分かっている。詐欺師の如き弁舌を以て七罪を言い包める。これが最良。

 実際彼女を味方につけると色々便利だ。<贋造魔女(ハニエル)>は諜報関連に際して無類の強さを発揮する。情報は武器である以上、彼女の力は実に有用と言える。

 ……もっとも、有用であるだけで絶対に必要とは言えないのだが。連絡をとれるようにしておいた方がいろいろと便利ではある。

 

「私は情報が欲しい。貴女に戦力としての働きは求めていないけど、その『天使』の力は使えるの。だから私と取引をしましょう」

「……それをやって、私になんの得があるの?」

 

 食いついた。

 

「得、得ね……有事の際に手伝う予備選力とか、どう?」

「どう、って……私に戦力とか要ると思っているのかしら」

「世の中何があるかわからないものよ。ASTが弱いと言っても、それは日本国内での話……DEM本社にはまだ少なくとも二人の怪物がいるわ」

 

 いうまでもなく一人はエレン・メイザース。そしてもう一人は、DEMの魔術師部隊における実質的なナンバー2、祟宮真那。

 ナンバー3であるジェシカ・ベイリーという女性もいるが、ここから下は基本的に千璃にとって有象無象に過ぎない。気にする価値すらない雑魚の集団だ。

 本当に全力で戦えばまた別だろうが、現時点で勝ち目の薄い相手が少なくとも二人。七罪が如何にトリッキーな戦い方をするとはいえ、この二人を相手にしてはまず勝てないと千璃は判断している。

 記録にも残っているが、この二人は実績として『精霊殺し』を成し遂げているのだ。

 

「もしもの時、貴女に死なれると私が困る。霊結晶(セフィラ)を奪われるなんて以ての外」

 

 最悪霊結晶さえ回収出来れば問題ないと言えるが、確実に悲願達成のための時間は伸びるし、この二人がいるDEMから霊結晶を奪い返すのも相当に手間だ。

 だから、最悪千璃を頼ってでも殺されないようにしてほしい。

 千璃と組む利点はまさにそのためだけのものだった。

 何せ、誤魔化すという一分野に関していえばおそらくは千璃よりも七罪のほうが向いている。千璃と組む利点など戦力以外では『天使』そのものの知識くらいだ。

 

「……私が死ななければそれでいいってこと?」

「極論を言えばね。備えあれば憂いなしって言葉もあるでしょ」

 

 それに、何も七罪に情報収集と称して扱き使おうというのではない。ある程度定期的に連絡を取り合って、時折情報交換するだけだ。

 とはいえ、脅威を脅威と認識していない七罪からすればあまり旨みのない取引になっていると思うだろう。実際何もなければそれに越したことはないのだが──このあたりは人が保険に入るのと理由は似ている。

 何かあってからでは遅い。何かあるかもしれない(・・・・・・)から保険を掛ける。

 理屈でいえばそういうものだ。

 

「いろんなところを歩き回って情報収集してくれるならそれに越したことはないし、私もありがたいけどね。強制はしないよ」

「連絡はどうすればいいの?」

「おや、受けてくれるの?」

「情報収集なんて面倒くさいし命の危険なんてないと思ってるわ。でも、本当にあなたがもしもの時に守ってくれるなら、考えてあげる」

 

 七罪にのみ有利な条件であり、彼女もこれなら組まないだろうと考えた。

 しかし千璃は気にすることなく右手に青いスマートフォンを生み出し、七罪に手渡す。士道に渡したものと全く同じものだが、士道には連絡できないし士道からも連絡できないものだ。

 千璃にとっての最優先は『霊結晶の紛失を防ぐこと』であり、それ以外なら何をしようがはっきり言って管轄外だ。情報収集というていで手綱を握れるかと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。

 命の危険など、当人が本当に危ない目に合わなければわからないものだ。頑丈な家の中にいれば荒れ狂う台風の危険度すらわからないように。

 痛みを伴って初めて「危険」を感じるのなら、ある程度泳がせておいた方が今はいいだろう。

 どのみち、最終的には士道に預けるのだし。現時点で千璃に対する好感度など上がりようはないだろうが、仮に依存でもされると千璃のほうが困る。

 

「それじゃそういうことで決定。必要になったら連絡してくれればいいから」

 

 用事は終わったとばかりに七罪を急き立てる千璃。よくわからないが、傷も癒えたことだしこの場にいる理由ももうなかった。

 七罪としてはできれば会いたくない類の精霊だが、会わないということはないだろうと半ば確信気味に思っていた。

 

 

        ●

 

 

「それで、首尾はどうだったの?」

 

 千璃は七罪が部屋を出てどこかに行くのを見送った後、虚空に向かってつぶやいた。

 すると徐々に千璃の背後の空間が揺らめき、一人の青年が姿を現す。半霊体ともいえる千里の『天使』ならば、姿を実体化させるのも霊体化させるのも自由自在ということだ。

 青年は相変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべた表情のまま報告する。

 

『士道君が<氷結傀儡(ザドキエル)>の所有者と再度接触した』

「アンタDEMの情報集めに行ったんじゃなかったっけ? ずいぶん戻ってくるのが早いと思ったら、近い場所で油売ってたの」

『DEM関連は後でも調べられるが、五河士道に関しては現在進行形の出来事なのでね。君も気になることではあるだろう。人形を盗んだ手前』

「まーそりゃそうだけど」

 

 千璃が人形を奪った少女は四糸乃と名乗っていた。

 士道と一緒に人形を探していたが、千璃の部屋にあるのだから当然見つからず。<ラタトスク>も協力していたようだが、映像が無い以上は人海戦術しかないわけで。

 途中で昼を過ぎたため一度五河家に帰って昼食。その場でキスでもするかのような態勢だったところを夜刀神十香に目撃され、霊力の一部が逆流。

 その際に四糸乃は消失していたため、現在は隣界に。

 青年がそこまで話したところで、千璃は質問した。

 

「……夜刀神十香って誰?」

『<プリンセス>と呼ばれていた精霊だ』

「ああ、<鏖殺公(サンダルフォン)>の所有者の子だっけ。そんな名前だったんだねぇ」

『霊力の封印が済んでいるからといって興味をなくすのはやめたまえ』

「しかしまぁ、四糸乃ちゃんへの嫉妬で霊力の逆流がねぇ。ずいぶんと理由が可愛いことで」

 

 まだ見ぬ精霊の一人に思いをはせる千里。どのみち一度は接触するだろうから早めに見てみたいものだと思う。色恋沙汰には興味ないが、士道を取り巻く環境は見ていて面白そうだ。

 

「さて、と。まずやるべきはこの人形か」

 

 置きっ放しにしていた人形を手に取り、どうしようかと頭を悩ませる千璃。

 士道はともかく、<フラクシナス>の司令官である琴里は千璃のことを疑っている。このまま普通に渡したところで疑いが増すだけだろう。

 ……疑うも何も、奪った犯人がまさに千璃なので反論のしようもないのだが。

 まぁいいかーと楽観的に考え、結局手を付けなかった七罪の分のコーヒーを流し台に捨てる千里だった。

 

 

        ●

 

 

 数日後。

 七罪と接触した翌日に今日こそは、などと意気込んでも色々やっているうちに記憶から抜け落ちてしまい、結局渡せていない千璃。

 なんとなくだが、バレンタインに好きな男の子にチョコを渡せない女子の気分だった。精神的にはそんな乙女なことをやっていい年齢ではないのだが。肉体的にはともかくとして。

 ここ数日の間は<ラタトスク>の情報収集のために家に帰っていないこともあったため、余計に記憶から抜け落ちていたのだろう。

 どうしようかなぁ、などと考えていると、千璃の耳に聞き慣れた音が飛び込んでくる。

 空間震警報だ。

 

「……どさくさに紛れて渡すかなぁ」

『それが一番良いかもしれんな。君の「いつかやる」は今後信用しないようにしておこう』

「やかましい」

 

 

        ●

 

 

 四糸乃は必死に逃げていた。

 痛い思いをするのも、させるのも嫌いだ。だからASTの攻撃を防ぐが反撃はしない。

 知らない街の、知らない場所で、知らない人間に、理由すらわからないままに襲われる。でも、四糸乃がこの世界に現れるたびに四糸乃を中心としてクレーターを作っていた。

 無論作らない時もあったが、クレーターは不可抗力とはいえ確実に人々を恐怖させて、町を壊していた。

 それが、四糸乃はとても嫌だった。

 こちらに現れるたびに感じる冷たい雨の感触。向けられる敵意と殺意。

 だがそれらも、四糸乃にとっては耐えられる範囲での出来事だった──なぜなら、四糸乃にはヒーローがいたからだ。

 四糸乃の無二の親友にしてヒーロー。いつも強くて、はきはきとしていて、人とまともにしゃべることすらできない四糸乃の憧れですらあった存在は、今はいない。

 

「……っ!」

 

 大きな衝撃が四糸乃を襲う。強烈な衝撃は霊装を貫くには至らずとも、衝撃で地面にたたき落すくらいはできる。

 悪意と殺意の塊。人よりもずっと強大な存在である精霊を殺すための部隊。

 いつもはいてくれた存在がいない。それだけで一度生まれた恐怖は際限なく肥大化していく。

 それでもなおASTに攻撃しようと思わないのは彼女の性格が起因しているのか。

 とても優しくて、とても他人思いで、とても臆病で、とても人見知りな少女は──その命を摘み取られようとした瞬間に目を瞑る。

 

「……<氷結傀儡(ザドキエル)>……ッ!」

 

 現れたのは巨大な人形。

 降り注ぐ雨はより強くなり、それに呼応するかのように巨大なウサギの人形が白い息を吐く。

 元より霊力を含んだ雨。四糸乃の霊力に反応したとて何らおかしいことではない。

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ────ッ!!!

 

 響き渡る咆哮はまるで主を傷つけられた怒りのようにも思えて。

 その身を大きくのけ反らせ、まるで空気を吸い込むかのような態勢へと移行する。──そしてそのまま腹這いへと態勢を変え、耳を貫くような不快な音と共に口から青いレーザーを吐き出す。

 咄嗟に離脱したASTも全員が無事とはいかず、二名がそのレーザーの餌食となって凍らされる。

 冷凍するレーザー。触れれば随意領域ごと凍らされる以上、いかな超人集団のASTといえども近づくことさえままならない。

 

 ──いや、それでもやはり四糸乃は他者を傷つけることを良しとしない。

 

 人形の背に乗りその巨体を手繰る少女は、ASTが怯んでいる間にその場から逃走を図った。

 逃げて、逃げて、逃げて。

 どれだけ逃げても、背後から彼女たちは追ってくる。時折爆発したかのような音と共に一人ずつ減っていくが、四糸乃にそれを気にしていられるほどの余裕などなかった。

 しかし確実に減っていく追撃はついに四糸乃を捉えることさえなくなり、どこかにいる別の目標を探し始める。

 それも当然。<ハーミット>と呼ばれる精霊である四糸乃は積極的な攻撃をしていない以上、ASTが狙うべきは攻撃を仕掛けてくる別の精霊だ。

 攻撃が止んだことに安堵し、四糸乃はそのまま逃走しようとした──その瞬間。

 

 背中に広がる焼けつくかのような痛み。袈裟切りにされた背中からは血液が流れ落ちて、雨に交じって消えていく。

 四糸乃が振り向いたその場所には、頭部から血を流す折紙の姿があった。

 遠距離からの狙撃でASTが狙われていることはわかった。しかし敵の居場所がわからない。

 <ハーミット>を仕留められる可能性がわずかにでもあったこの状況で、折紙は自身をあえて狙撃の的にすることで敵の方向を割り出し、分隊がそこへ向かう。折紙はそのまま近距離戦へと持ち込み、<ハーミット>を討伐する。

 そのために随意領域を事前に出来る限り圧縮し、狙撃に耐えられるようにした。

 とはいえ、相手はその壁を容易く破ってくるだろうという確信もまた折紙には存在していたため、ほかの隊員も狙われた頭部を一極集中して守ることにしたのだ。

 結果はこの通りで、<ハーミット>討伐まであと一歩といったところ。

 

「……この手で、ようやく精霊を……!」

 

 折紙の悲願がようやく叶う。──いや、これで満足するわけにはいかない。

 復讐の対象は未だ存在する。<ハーミット>だけではない、多くの精霊も必ずこの手で葬り去る。これは、そのための第一歩。

 近接用高出力レーザーブレード<ノーペイン>を振りかぶり、怯えた目で見ている<ハーミット>の背中へと振り下ろし──

 

「ダメだってば。殺されると困るんだよねー」

 

 ──切る前に、やけに能天気な声が背後から聞こえた。

 振るおうとしているはずの<ノーペイン>が頭上で止められている。しかも振り向けば、素手で刃を持って止めているではないか。

 狙撃に耐えるために随意領域を一極集中していたことが仇となり、彼女の接近に全く気付けなかった。しかも状況を見る限り、<ハーミット>を助けに来たとみられる新手の精霊。

 精霊一人でさえ身に余るというのに、一対二など自殺行為。

 どうするかと一瞬思考した瞬間、場は動いた。

 

「う……あ、ぁ、あ、あああ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」

 

 四糸乃の叫びが場に響き、同時に暴風が巻き起こる。

 <ノーペイン>を掴んでいた女はそれごと折紙を投げ飛ばし、自身もまた別方向へと瞬時に離脱した。

 あたりに降り注ぐ雨は雹となり、荒れ狂う暴風は壁のように四糸乃を包み込む。吹雪のドームとなったそれは未だ近づこうとしていた折紙の随意領域を凍らせ始め、慌てて解除・再起動のシークエンスを経て離れる。

 あれは結界だ。四糸乃が己を守るためだけに作り出した氷結の結界。

 折紙を投げ飛ばした金髪の精霊もまたあれには近付けないようで、どうしたものかと頭を悩ませている。

 既にASTのメンバーはほとんどが倒れている。かろうじて数名が残っているようだが、この状況を打開するには絶対的に数が足りない。

 どう動くべきかを決めあぐねている間に金髪の精霊は姿を消し、折紙は小さく安堵の息を漏らした。

 

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