あの遺跡を攻略してから早一ヶ月。
べあもりは着々と次の目的地への準備を進めていた。
主に防寒用具の収集を行いつつ、減ってしまったポーションやら弾やらを補充し、冒険者としての依頼もこなす。
あの依頼に関しては結局、ゴーレムに着いていた用途不明のジャンクを渡すことで達成となった。
依頼達成の報酬として得たジャンクはほとんど価値はなく、アダマンチウム製の弾を使ったことをふまえると赤字もいいところである。
まぁ、しかしながら、ゴーレムを構築していたアダマンチウムがあったので、弾に関しては何とかなったりはしたし、十分なストックをした上で余剰分を売ったりしたので結局、べあもりのポケットマネーを痛めることはなかった。
そんなわけで、べあもりの手元に残ってるのはあのゴーレムのコアだけである。
あれに関しては売れなかった。なんでも、試練突破の証なのだそうだ。
ゴーレムを倒して古代文字が読めるようになったあと扉を調べたところ、全部で3つの試練をクリアした後に手に入るアイテムをあの扉の装置にはめることで扉は開くらしい。
異世界への扉?らしいので、まぁ、かなり厳重に管理されているのだろう。
詳しいことは正直なところ、今のべあもりにはよく分からなかった。
というか、異世界への知識など、昔、おばあちゃんの家で読んだ本の内容くらいしか知らないのだから無理もない。
それに、次の目的地は禁足地の一つである北の山脈「エターナルフロスト」
準備を怠れば死へと直結すること必至のかなりやばい場所であった。
なので、準備を万全にしようと東奔西走している中でそこまで必要性の高くない異世界への知識の仕入れは後回しとなっていた。
結局、そこまで来ると、別に知識なくてもいいか……くらいに思えてきて、べあもりは自分から調べることをやめた。
どうせ試練をクリアしていけば知識も伴ってくるだろうと考えを改めた。
しかも、試練は三つ。そして一つ目と二つ目は両方禁足地。
となると三つ目もどうせ禁足地だろうと考え始めていた。
今、禁足地と呼ばれている場所は三つしかないし、三つ目は今回とは正反対の活火山が絶えずマグマを垂れ流している「エンドレスボルケーノ」
正直、べあもりはこの冒険者稼業をしている間に三つの禁足地全てに足を運ぶことになるとは思っていなかった。
世界樹の森はまぁ、最悪、あったとしても、残り二つなんて物好きしか足を運ばない。立地が悪い上に危険だし、準備が大変すぎる。
の割には依頼に対しての報酬はそんなに良くはないし、大抵の装備をダメにした上で手に入る素材も多少はレアであるとはいえ、別にそこまで値が張るものでは無い。
そんな場所にわざわざ足を運ぶのはほんとに物好きだけなのだ。
べあもりはある程度物好きではあったが、私財を投げ打ってまで冒険をしたいと思うような物好きではなかったので、禁足地には行ったことすらなかった。
では、なんで今回は足を運ぶことにしたのか、それは単純に異世界という見たことも無い世界への憧れ、ただそれだけだった。
勿論、三つの中でもっとも装備の必要のない世界樹の森に関しては依頼があったから行った、と言うところではあるのだが、次のエターナルフロストに関しては依頼はない。
だから、単に自分の興味が私財を投げ打つに足ると判断したからこそ、べあもりは足を運ぶことにしたのだ。
異世界……おばあちゃんの家で読んだ本の知識しかない、それに対して……べあもりは今の退屈な現状と危険を天秤にかけた末に危険を犯すことを選択した。
そして、さらに1ヶ月後……
「さっむーい!」
べあもりは一人、雪原を進んでいた。
見渡す限りの白い景色は進むものの方向感覚を狂わせる。
肌を刺すような寒さは立っているだけでも体力を奪ってくるし、ほんとに普通の人が来るような場所ではなかった。
「なんだってこんな場所に……あ、逆かな? そういうものがある場所が禁足地になったパターン……?」
べあもりの想像はあながち間違いでは無いのだが、今答えてくれるような人はいないし、そもそもいつもの通りの一人なのだ。
独り言はすべて、虚空へと消えていった……はずだった。
「中々頭の回りそうな娘がやってきたね」
遠くの山で目を細める、とある生物……べあもりの独り言を聞いていたもう一人。
ニヤリと笑うそれに、べあもりはまだ気配すら掴めないまま、雪原をフラフラと進んでいくのだった。
「あー、暗くなってきた……そろそろ休めそうな場所見つけないと」
しばらく進んでいると時間もだいぶいい時間になり、あたりは夕焼けに包まれていた。
日中はほとんど雪が降らず、ある程度日は照っているこの場所は、夜になるとものすごい吹雪になるのだ。
先人たちの知識により、休める洞窟のような場所をマークした地図があり、べあもりもそれを頼りに進んでいた。
キョロキョロと見回していると、それらしいものを目視したので急いでそちらへ移動。
少し奥まった場所に野営の準備をする。
火を起こしているあたりで外の風がかなり強くなったかのように音が変わった。
もう少し遅れていたら吹雪に巻き込まれていただろう。
そんなことを考えながら料理用の器具を取り出して身体を温められるようなスープを作っていく。
適当に具材を切って放り込み、香辛料を多めに入れておく。味付けは適当で、身体が温まって食べられればそれでいいと思っていた。
まぁ、冒険者なので、味などそこまで気にして食べてはいない。
そりゃ、美味しい方が嬉しいが、とりあえず機能性の方が重視されるわけで……料理を覚えている冒険者の方が珍しかった。
「あのー……すみませーん」
「え?」
突然の入口からの声にびくりと身体を揺らすべあもり。 あの吹雪の中で、人が……?
「なんですかー!」
と思いつつも普通に大きい声で返事をするべあもり。警戒心はとりあえず置いておいて困ってる人なら助けるか、くらいの気持ちである。
「あ、人がいるんですね、そっちにいきますー!」
そう言ってこちらへと小走りで向かってきたのは美しい水色の髪の少女だった。
身長はそこまで高くはない。ニットか何かでできた帽子をかぶっており、風と雪を防ぐためか長めのローブのようなものを付けている。
「こんばんは、すみません、ちょっと捜し物してたら吹雪に吹かれてしまって……」
「へぇ、そうなんですか……それは大変でしたね」
「あ、ご一緒させていただけます……?」
「大丈夫ですよ」
そう言いながらべあもりは少し警戒心を強くする。
吹雪の中を歩いてきた、と彼女は言った。が……それにしては装備に雪がついて無さすぎる。
溶けたのだとしても濡れているのが普通なのだが……そんな様子もない。
少なくとも魔法を使えるような少女である、というのがべあもりの中での評価である。
「あ、私、ルナっていいます。 これでも料理もできるんですよ……? あ、そのスープ……ちょっとだけいじってもいいですか……?」
ルナと名乗った少女はそう言って鍋へと手を伸ばす。
止めようかと思ったが、別に敵対心はなさそうなのでこくりと頷きだけ返してそのまま見守ることにした。
まずは今のスープの現状を、とルナは一口飲んでみる。
そして顔を顰めて、手持ちの材料を漁り始める。
「ん…… これは……えっと、これと、これを入れて……それから、これと…… あ、えっと……飯盒ってあります?」
「え? あ、うん、はい」
「ありがとうございます……あっ な、名前まだ聞いてなかったですね」
「べあもり……ゆるも」
「べあもりさん、ですか……よろしくお願いします!」
笑顔でそう言ってくるルナに対して、小さな声で「よろしく」と返すとべあもりはそっぽを向いてしまう。
そんな態度をルナはどう思ったのか分からないが小さく笑うと料理へと戻っていった。
「……うっま……」
「ふふ、それは良かったです」
ルナが作った料理……カレー。 この世界には存在していない料理であるが、香辛料を大量に使っていたスープを美味しく作りかえるにはこれくらいしか思いつかなかったのである。
飯盒を要求したのは勿論、お米を炊くためであるし、カレーライスは万人受けする料理なのだ。
ルナの正体がなんなのか……? という疑問が浮かんだ人もいるだろうが、それに関してはまた後ほどということで。
食べ物による人心掌握というのはかなり古風ではあるが効果は絶大で、すっかりルナに心を許したべあもりはとりあえず話をするというところから関係性を深めていくことになった。
「あ、えっと、改めて……私はあおす……こほん。ルナ・ブルーベルです」
「わたしはべあもりゆるも。 まぁ、なんとでも呼んでいいよ」
「じゃあ、えっと、べあもりさんで…… その、べあもりさんはなんでこんな所に?」
「ん? んー、強いて言うなら、興味があった、から?」
「興味……?」
「うん、興味。 ずっと退屈な日々を吹っ飛ばしてくれるかもしれない存在に対する、興味だね」
「へぇ…… そんなものが、この禁足地に?」
「そうだね、まぁ……何があるのかはべあもりもよく分かってないけど」
「あ、そうなんですね……」
苦笑いするルナを横目にべあもりはルナが嗜好品に持ってきていた紅茶を啜る。
冒険における嗜好品はストレスを溜め過ぎないためのセーフティである。
死と隣り合わせの状況下では無理だが、こういった休息中にティーブレイクくらいはたまにする。
「逆にルナちゃんはなんでここに?」
「へ? あ、私ですか……まぁ、そうですね、強いて言うならおつかい?」
「え?」
「あ、いや、依頼ですよ、依頼。エターナルフロストに咲く珍しい花を採取して欲しいってやつで」
「また、物好きだね、君」
「それ、べあもりさんが言います?」
「……確かに」
禁足地に出向いてわざわざ花を探すルナ、依頼もなく興味があるからと禁足地に出向くべあもり。
二人は似た者同士なのかもしれない。
「っと、そろそろどっちか寝ますか? あんまり起きてても仕方ないと思いますから」
「そ、だね。じゃあ、えっと、ルナちゃんから寝ていいよ」
「あ、ルナのことまだ信用してませんね?」
「……いや、まぁ、うん、べあもりはずっとソロでやってきたから、あんまり人とどうこうってのは……やってこなかったし」
「へぇー、そうなんですか? べあもりさん、結構優しそうに見えるのに、意外ですね」
「まぁ、色々あるの。 とにかく、べあもりが見とくから先に休んで!」
「はーい」
笑いながら返事をしつつ、簡易寝具を広げてそのまま横になるルナ。
べあもりはそれを横目で見ながら焚き火に薪を足していく。
久々の誰かと一緒の夜。 ちょっとだけワクワクしていた、だなんてべあもりは口が裂けても言えなかった。
しかしながら、べあもりが口元に少しだけ笑みを浮かべていたのに気がついたのは一緒にいたルナ、ただ一人だけだったのだった。
滞りなくルナと寝ずの番を交代して、眠りについたべあもり。
起こされるだろと思っていたのだが、自然と目が覚めた。
「あ、れ?」
周りを見回してもルナの姿はない。ガバッとすぐに起き上がり、荷物の確認をする。
「はぁー、特に盗まれたものはなし……と。じゃあ、どこに……?」
と思ってよくよく見てみると昨日のカレーの鍋に張り紙がしてあった。
『ご馳走様でした。楽しかったです、また会えるといいですね。お礼と言ってはなんですが、置いていきますね ルナ』
と
「はー、まさか……関係者?」
怪訝な顔をしながらべあもりは鍋のすぐ横に置いてあった鈴を拾い上げる。
振ってみるとかなり透き通った音が洞窟の中に鳴り響いた。
「え、何これ……なんか、魔力を感じる……けど、何で出来てるんだろ……」
べあもりは鑑定系のスキルはほとんど持っていないので判別はできない。
が、普通の製法で作られた代物ではないと持った瞬間にわかった。
「まぁ、なにかに使える、んだろうな」
そう呟いて一応、懐へと忍ばせておく。最初から最後まで敵意等もなく、ただべあもりとの出会いを喜んでいたルナ。
彼女の正体が何なのかは……しばらくしてから判明することになる。
「そういえば、ルナちゃん、一度も脱がなかったな……帽子」
寝る時ですら一度として、ずっと被っていた帽子。
なにか見せたくないものでもあったのだろうか。
そんなことを思いながら、ルナの残してくれたカレーを食べ、出発の準備をし始めるのだった。
「ふふ、面白い人でしたね、べあもりさん」
てくてくと雪の上を歩くルナ。歩いているはずなのに、雪には足跡すら残らない。
べあもりと過ごした洞窟からはかなり進んだところに既に彼女はいた。
「あ、あったあった。 これが欲しかったんですよ」
程なくして、ルナは探していたものを見つけた。
グラススノーの花。 エターナルフロストにしか生えていない珍しい花である。
「さてと……じゃあ、お母様のところに戻りますかー」
今まで一度として脱がなかった帽子を脱ぎ、頭を振る。
ルナの頭からは可愛らしい猫耳が生えている。
「猫は龍の遣いだ……なんてのはどこの世界の伝承でしたっけ?」
クスッと笑いながら花を一輪だけ摘んで転移の魔法を使ってその場から消えた。
「さてと……もうすぐ山頂だけど……」
ルナと別れてから数日がたった。
未だにそれっぽい遺跡だとかは見当たらない。
というか、遺跡があるなら一応報告が上がってきてるはずなのだ、それっぽいものは特に聞いたこともなかった。
「うーん……手がかりがないな……あ、待てよ、あの鈴って……」
ルナが置いていった鈴。 古代文字を描ける彼女は恐らくヒントか何かとしてこれを置いていったの……だろう。
「とりあえず鳴らしてみるか」
手に持って振ってみる。透き通った音がりぃんと響き渡る。
「おわっ!?」
その音が聞こえなくなるかならないかくらいで地響きのような音と振動が伝わってきた。
「な、雪崩とか、起きないよね?」
「その心配はないさ」
「そうなん……え?」
唐突に聞こえてきた声にべあもりは周囲を見回すが人影はない。
「ここだよ、上だ」
「う、え?」
べあもりが上を見ると青年、のような人影が空に浮いているのが見えた。
「話しづらいし降りようか」
そう言ってゆっくりとべあもりの前へと降りてくる青年。
青い髪でルナを彷彿とさせたが、全くの別人であった。
「やぁ、君がべあもりくんかな?」
「そう、ですけど」
「ふむ。僕の名前はエルフェン。ここ、エターナルフロストに住む悠久の時を生きた古龍の一体さ」
「はぁ、そうな……龍!?」
龍とは古代生物であり、今ではほとんど目にすることの出来ない激レア生物であった。
知恵もあり、言葉を操り、かつては人と交流もしたとされているが、ここ数百年の間で数を減らしてほとんどが目撃されることがない……と言われている。
そんな激レア生物が突然目の前に現れたのならば誰だって動揺するのである。
「あぁ、そんなに驚かなくていいよ。というか、君はドリウスと会ったんじゃないのかい?」
「え、誰それ……」
「あいつ……面倒くさがって顔を出さなかったな……」
「ど、どういうこと?」
「一つ目の試練の場所を寝床としてる地龍だよ……あ、僕は氷龍ね」
一つ目の試練と言えば世界樹の森の遺跡なのだが、実は扉の裏側の奥の方に龍の寝床があったりする。
記録映像だとか言っていたが、あれも実は立体魔法を使ったリアルタイム映像だったし、面倒臭がりのドリウスは一々説明するのも面倒臭いと適当に済ませてしまったのだった。
「はー、まぁいいや。ここの試練はここまで来ることだから試練の証をあげるね。おーい、ルナー」
「はーいっ」
「えっ」
すぐ近くにあった洞窟からひょっこりと顔を出すルナ。
今回はもう帽子は被っていない。
「あ、またお会いしましたね、べあもりさん」
「い、いや、どういう……? 関係者だとは思ってたけど……」
「あ、申し遅れました。わたくし、エルフェン様の使い魔、蒼猫のルナといいます。以後、ご見知りおきを?」
「えぇ……」
「君のことはある程度ルナから聞いているよ、最後の試練は君の想像の通り、禁足地エンドレスボルケーノ。そこに最後の古龍である、炎龍ボルカニカがいる」
「そこも行くだけでよかったり……?」
「どうだろうね、僕は3人の中ではかなり優しい方だからな。あ、ルナ、試練突破の証を渡してあげて」
「了解しました! べあもりさん、突破の証はこれです!」
そう言ってルナが手渡してきたのはグラススノーの花である。
「え? これって、この辺にしか生えてない花……?」
受け取ったべあもりが疑問を呈す。 まぁ、それはそうである。
一個目の証はゴーレムのコアだったわけで……これだったらどこでも取れてしまう。
「その花は僕の魔力を込めてあってね、普通のグラススノーじゃないのさ。まぁ、でも、エンドレスボルケーノだと溶けちゃうかもしれないから、亜空間にしまっておいてね」
なるほどなぁと思いながらべあもりは亜空間に花をしまう。
「あ、そうでした! あの鈴、冷却効果があるのでエンドレスボルケーノで身につけるといいと思います!」
「そ、そうなんだ……何から何までありがとう」
「まぁ、単純な興味だけでここまで命をかけてくるような人なんだ、僕はちょっと応援したくなったよ」
「そう、ですかね」
「うん、君の求めるものが異世界にあるかは分からないけど、辿り着けることを期待してるよ。そういえば、君の呟いていたことに答えをあげよう。禁足地はね、僕達古龍の住処だからこそ、禁足地になりえたんだよ」
そう言ってエルフェンはそのまま去っていった。ルナもその後を追いかけていく。
その途中で1度だけ振り返ってこちらに手を振ってきたのでべあもりは手を振り返した。
こうしてエターナルフロストでの冒険は幕を閉じたのだった。
さて、次の目的地は……禁足地 エンドレスボルケーノ……
次回へ続く!