【短編集】まさか廃人施設のボスとは思わない   作:ryure

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まさか廃人施設のボスとは思わない

 ぽかぽかあたたかな日差しが気持ちいい、お昼下がりの訓練所で御座を広げてお茶とあまーいタレをかけたイモモチで一服。

 遠くの方で警備隊の皆さんが訓練しているのか、気合の入った掛け声が聞こえてくるけれど、周囲には誰もいない。朝から特訓しっぱなしだった僕たちの休息を咎める人なんて誰もいなかった。

 

 一緒にお茶をすすっているのはシンジュ団キャプテンのノボリさん。ポケモンバトルをしている時以外は穏やかで、静かな人で、だけど隣にいると少しだけ緊張する。

 それは単に、彼がずっと年上の人だからというのもあるし、記憶喪失からくるどこか呆然としているような独特の雰囲気や、すっかりボロボロになっているけれどきっともともとは堅苦しい「制服」らしきものを着た、職務に忠実な職業人らしいところのせいだ。

 

 つまり、ノボリさんという人物自体は頼れる大人として慕っているってこと。その緊張感さえ、きっと懐かしい現代で感じたはずの「ありふれた」大人を思い出すので良かった。顔も思い出せない警察官、ポケモンセンターの女医、ポケモン博士、学校の先生、はたまたフレンドリィショップの警備員や育て屋さん……そんな、仕事モードな働く大人と言ったらいいんだろうか。

 

 というか。唯一の現代人という同胞に、勝手に親近感や頼りがいを感じているのかもしれなかった。現代の「大人」らしく、僕を「子ども」を見る目でいつでも迎え入れてくれるから、甘えてしまっているのかもしれなかった。

 

 ヒスイで他に僕を「子ども」扱いする人なんていない。だけど、僕の自意識はどこまでもいっても「子ども」であり、いくら一人前の「大人」として扱われようとも、英雄扱いされようとも、調査隊員としてポケモンを捕まえて賃金を得ても……僕は「大人」ではない、と思った。

 

 そう考えていると黙ってもいられなくなって、心地よい沈黙を、思いついたままに破った。現代人同士、周囲に人がいないうちにそれらしい話をしたかった。

 

「たぶん。もともとノボリさんは僕と似たような時代の人ですよね。全く同じ時代かまではわかりませんが……」

 

 そうは言っても、ノボリさんほどではないとはいえ僕の記憶も確かではないのだけど。自分の名前や、朧気な現代の風景や、少なくともヒスイより進んでいたであろう様々な技術やらボールに入るポケモン、ポケモントレーナーやポケモンバトルのことは知っていたけれども、それだけだ。

 

 僕に親はいたのだろうか。兄弟はいたのだろうか。親しい人は? 相棒のポケモンはいた? わからない。きっと親くらいはいたと思う。いない、と思うよりはいたと思う方が自然だった。漠然と。

 

 シマボシ隊長は、僕を十五歳くらいだと言っていたけれど、実のところ正しい年齢なんてわからなかった。反論する要素もないし、曖昧にそういうことにしておいただけだ。十五歳なら、とっくにポケモンを貰って旅に出られる年齢だ。親元を離れて、ふるさとから旅立って、ポケモンと共にジムバッジを集めていてもおかしくない年齢なんだ。それならば、ちょっと昔の価値観なら大人扱いされて働いたってヘンじゃない。

 僕はきっと十五歳。それならこの扱いだって、ヘンじゃないさ。

 

 だから、僕は、大丈夫。

 

「それに対する回答も、すっかり忘れてしまったゆえ出来かねますが。テルさまが仰るならばそうなのでしょう。ヒスイに来た時に持っていた持ち物は、かなり風変わりなものとみなされましたし。この服もボロボロになっていますが……これまで酷使してきましたから、この時代からすれば異様なほど丈夫です。裾はボロボロですが、羽織ることはできていますから」

「そうなんですか。どこまで覚えておいでかわかりませんけど、そのコートは多分普段着ではないでしょうし……」

 

 裾の長いコートには普段着らしくない模様というか、形というか、落ち着いた黒ベースなのだけど目立つ色使いをしていた。これで普段着だったら結構派手じゃないのかな。

 

「はて? 普段着ではない?」

「団服……は皆さん普段から着てますけど。例えばムベさんが忍者の格好をするとか、お店の人が前掛けをするとか、団長が鎧を着るとか、そんな感じでここ一番な仕事の時の服だと思ったんです。

 ノボリさんって今もとても強いし、記憶がなくてもポケモン慣れしていたんですよね。多分、専用の衣装があるくらい有名なポケモントレーナーだったんだろうって勝手に思っていました」

 

 勝手にまくしたててしまったけれど、根拠もないことを言ってしまって困惑させていないだろうか。ちらりとノボリさんを見ればとても真剣な顔をしていた。

 

「専用の衣装、ですか。テルさまの知る『現代』ではポケモンボールを持った人間のことをポケモントレーナーと言うのでしたね。そしてトレーナーの中には衣装を着る者もいる、ということですか?」

「みながみなじゃなかったと思います。でも強いトレーナーで、拠点を構えているような人なら必ずと言っていいほど着てました。ポケモンの技に耐えられるくらい頑丈な服を。そうじゃなきゃ色々不都合ですし。その、具体的にどんなとか誰がそうだった、とかいうのを言えないんですが……」

「それはわたくしもでございますよ。相変わらず記憶はふわふわと、フワンテのように定まっておりません。テルさまがこうやってお話してくださることを嬉しく思っておりますとも。これで少しでもなにか思い出せれば良いのですが……わたくしがポケモントレーナーだったことはまず間違いないでしょうから」

 

 ノボリさんは目を閉じて考え込んだ。彼の鋭い眼光が隠れていると少しだけ緊張がとける。だけども、緊張自体が心地よいものだから肩の力を抜きつつ、僕も目を閉じて頭の中を引っくり返す。

 

 ハッキリとわかるのは赤と白のモンスターボール。繰り出すボールから飛び出すポケモンたちが闘志を胸にぶつかり合う。テル、と誰かが僕を呼ぶ。男とも女ともわからない人影が、記憶の奥の方で笑っている。

 

 他にあるのは立ち並ぶ建物の記憶。ギンガ団本部よりもずっと大きな建物を知っている気がする。重い扉を両手で開けて、記憶の向こうの僕は緊張していて、歩き出しながらポケモンボールを握っていて……。

 

 ダメだ。何も。何も、出てきやしない。こんなものは妄想に過ぎない。きっと頭の中でつくりあげただけの嘘。何一つ具体的じゃなくて、色合いすらぼんやりとしている幻だ。

 

 アルセウスが僕を、この時代に送り込むその前。僕は本当に、未来の世界で生きていたのかな。アルセウスが世界を創った様に、テルというものをちょいちょいと創ったんじゃないのか。

 文字通りよそ者の僕は本物の人間かも怪しいし、記憶が無いのも頷ける。ノボリさんみたいに断片的に思い出すこともない。僕の曖昧な記憶は最初からそのまま、曖昧なまま、あるようなないような感じで存在する。

 なら、そういうものとして生み出されたんじゃないのか。何も証明できやしない。

 

 誰か僕にモンスターボールをぶつけてくれないかな。なんて、そんなことに意味はないか。きっとアルセウスは僕ら人間だって創ったんだろうから。

 

「テルさま」

 

 僕は誰だろう。元の時代に待っている人はいるのかな。このどうしようもない妄想と違って、まともな人間だったとしても、誰も待っちゃいなかったらどうしよう。

 

「テルさま?」

 

 戻れたとしても、そうだったら。きっとノボリさんを探しに行こう。黒くて長いコートを着た、とびきり強いポケモントレーナー。電車の車掌さんみたいな、かっこいい帽子をかぶっている。話によると炎タイプのポケモンの使い手で、顔立ちの似た家族がいる……うーん。これで探せるのかな。

 

 ……どうしよう。未来に戻ったショックでヒスイの記憶を全部忘れて、僕のことなんて知らないノボリさんがいたら。どこかでお会いしましたか、なんて言われたら立ち直れないかもしれないけど。

 

 でもそうあるべきなんだよ。こんな時代で知り合うべきじゃなかったんだ。今のノボリさんが特別不幸そうな訳じゃないけれど、やっぱり、時代の異分子になっている僕達はここにくるべきじゃなかったと、と思う。

 

 そう考えるたびお世話になりっぱなしのラベン博士やショウ先輩、シマボシ隊長の顔が頭に浮かんで……恩知らずな気持ちになるのだけど。彼らがいたから頑張れたのに。

 

「テルさま、テルさま。日も陰ってきましたし、そろそろ降車するべきかと。お加減は大丈夫でしょうか?」

「なんて、取り越し苦労が過ぎる……」

「?」

「……あ」

 

 肩を軽く揺さぶられて、目を開けるとノボリさんがこちらを覗き込んでいた。いつも通りのてっぺきな無表情だけども、なんだか少しだけ目が優しい気がした。鉄の色をした鋭い目が、明るいかがり火みたいに、ゆらゆら、ゆらゆら。

 僕の顔をあちらこちらと眺めて、心配げだ。

 

「失礼。恐らく起きておられましたが、悪夢にうなされているような様子でしたので」

「あは、そうかもしれないです。ありがとうございます」

「とんでもございません」

 

 少しだけ、好奇心がさして。ウォロさんではないけれど、好奇心に身を任せても、少しくらいならいいだろうか。

 

「そういえば僕、十五歳くらいに見えるそうですね」

「十五歳、ですか。はて、わたくしにはもう少しお若く見えていましたが」

「じゃあ……いくつに見えます?」

「そうですね。十二になるかならないか、でしょうか。テルさまは体格がよろしいので少し増便して見える、とわたくしノボリは思いました」

「そう、ですか。わざわざありがとうございます」

「いえ」

 

 湯呑を掴んで立ちあがる。ノボリさんも。御座を丸めて、小脇に抱えて。背中を丸めていたノボリさんは長い間座っていたからか、ぐいっと伸びをした。こうして見ると結構背が高い人だった。

 

「ノボリさんはおいくつなんでしょう」

「……いくつに見えますか?」

「えー……」

「いえ。わたくし、答えを持ち合わせておりませんのでいいのですよ」

 

 目元のしわ、ひげ、丸まった背、曲げられた足。それらをみていればかなり年配だと思っていたけれど、キャプテンらしく、険しい斜面にいるオオニューラのもとに通う姿を見ていれば案外そうでもないのかもしれなかった。少なくともノボリさんが自分の体のことを特別辛いとか疲れたとか……言わないだけかもしれなかったけど、少なくともそういうそぶりさえ見たことがなかったから。

 

「案外二十代だったりします?」

「おや、どうしてそう思われたので?」

「ノボリさんって結構動ける人だからです」

「なるほど。これからも安全運転を心掛けつつも快速急行と参りましょう。そうも若く見られるというのは少し照れますね」

 

 照れる、という感情を置いてきたような顔でそう言うものだからおかしくなってしまうけど。

 

「ノボリさん。長い間お時間をいただいて、ありがとうございました。ではまた今度」

「えぇ。テルさまこそ。お忘れ物をなさいませんようお気をつけてくださいまし」

 

 いつか一緒に帰れたなら。きっとノボリさんを探しに行こう。

 

 背筋を伸ばし、黒くて長いコートを着たノボリさんを。職務に忠実で、きっと「良い大人」として振る舞っていたんだろう。

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