【短編集】まさか廃人施設のボスとは思わない   作:ryure

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ボックスを圧迫する孵化あまり。ポケモンバトルのため理想を追い求めるならば、きっと黒いボスも経験済み。
キャプテンノボリがほんのちょっと何かを思い出した日常のお話。

友情出演:ツバキさん、ペリーラさん、クダリさん


ふかあまり

 誰かの手持ちのムクホークが伸びやかに翼を広げ、コトブキ村の空を巡回する。けーんけーんと遠くの方でポケモンの鳴き声が響いてくる。そんな穏やかなとある日。

 

「ねぇノボリさん」

「なんでしょうテルさま」

「ポケモンのことなんですけど、最近ちょっと感動しちゃって。やっと実感が湧いてきたんです。でもヒスイの人たちはわかんないって言うんですよ。ノボリさんなら分かってくれると思うので、お話を詳しく聞いて欲しくって」

「はて、なんでございましょう」

 

 そんなどこか微笑ましい会話とは裏腹に、真昼間の訓練場には異様な雰囲気が漂っていた。

 

 それはもちろん、襤褸切れになった異国の衣装に身を包んだ記憶喪失タイプバトル狂シンジュ団キャプテン・ノボリと、神と崇められしポケモンを複数捕まえた剛腕背面取りタイプポケモンハンター・テルが揃っているからだった。

 

 その日は天気が良く、あたたかな太陽の日差しがさんさんと降り注いでいるというのに、彼らが非常に楽しげに明るく会話している周囲だけ、深夜の厠で感じるような生暖かくおぞけが走る、「嫌な雰囲気」に似た、じっとりとした空気がたちこめる。

 

 そこにあるのは強烈な妄執である。彼らが人一倍ポケモンを敬愛していることには違いない。だけども、ただ二人が会話しているだけで、なにやらジメジメとした洞窟の奥の方でうごめいている謎のポケモンに追い詰められてしまったような雰囲気が醸し出されるのだからどうしようもなかった。

 

 そこでは少なくとも、ヒスイの大地に生きている人々には全く未知の言葉が飛び交い、見方も価値観も異常なのだから仕方ない。

 たとえノボリやテルが本来生きていた、ポケモントレーナーやポケモンバトルが一般的だった時代だったとしても、かなり一部の人間がするような会話なのだった。

 

 いくら、キャッキャウフフと聞こえてきそうなほど仲良く、穏やかな口調であっても。それに彼らの会話はあまり静かではない。時折飛んでくる、大変覇気ある「ブラボー!」に、訓練場からそこそこ距離のあるところに出店を構えたイチョウ商会ギンナンが肩をびくつかせてしまう場面さえあるほどに。

 

「ヒスイではポケモン厳選なんて要らないんですよね! ミントさえあれば性格補正を変えられる。努力値モドキは全振りできるし、アイテムの入手難易度もそこまでではない。……それって、とっても良いことですよね、ノボリさん」

「そのことでしたか。大変! ブラボーなことです!

 わたくし、以前のことは記憶にありませんが、なんとなく以前よりより戦術を考えることに時間を割けているとは実感しております。いじっぱひかえめが出るまで延々と走り続ける必要はありません。よってボックスを圧迫する孵化あまりという少々困った現象も起きることもありませんね。

 ……はて? ボックス? 孵化あまり? 孵化とはなんぞや? 一体わたくしは何を申し上げているのか……」

「あはは。ノボリさんが雪山でも健脚なのは間違いなく元の時代の影響ですね。

 ところで卵がないので孵化あまりは起きてないんですが、こちら、フカあまりが起きています。ついでに見てってくださいこちらのフカブカフカフカ」

「おや、フカマルでございますか」

「えぇ。ざっとボックス……じゃなかった。放牧場三ページ半くらい。まぁこれでも結構逃がしたんですけど……」

 

 テルの合図で統率の取れた小さなドラゴンタイプ、フカマルが一斉にわらわらと現れる。どれも頭しかないような奴らではあるが、小さいなりに既に個性があり、小さいなりに大小様々なやつらであった。小さいなりにレベルにも差があり、可愛いなりにドラゴン。そして見かけよりもずっと獰猛なので強者には絶対服従なのである。

 

 テルの剛腕は神々をも捕獲する。なので神ならざる、かつてのレートの王者の未進化たちはテルの剛腕によりボールで後頭部をかち割られかけたあの日からテルにタイレーツしていた。

 

 なお、「結構」とテルは言っているが、ここにコンゴウ団キャプテンツバキあたりがいれば「結構? これが結構? 嘘つくんじゃないよう」と疲れ気味に反論したはずだった。

 

 あくまでテルのものさしの「結構」なのだった。しかし、同類なノボリは微笑ましいものを見る目でテルを見やった。

 

 現代人の感覚であれば「大人」が「子ども」を微笑ましく思い、穏やかに楽しい会話をしている。そんな麗しい光景なのだ。

 

 なお、彼らと親しい本日休暇中の警備隊長ペリーラは豪胆な女性であるが、最近自分の中に何か疲労に似たものが蓄積していっているような、彼らを理解したいようなしたくないような不思議な感覚がするのだと証言している。

 

「ふふ、まさしくフカあまりでございますね」

「はい。これ以上逃がしたらテンガン山がフカマルしかいなくなってしまう可能性が出てきてしまったんです。それはまずいかなって。だから一旦逃がすのはやめにして。でもいつまでも置いておくわけにもいきません。この子たちのご飯にだってお金がかかりますから、デンボク団長やシマボシ隊長にはやんわりなんとかするように言われちゃいました」

「左様でございますか。

 ところで、テルさまは既にフカマル、ガバイト、ガブリアスのいっぴき道の終着点に到着されています。彼らを捕獲したのはそれ以前かもしれませんが、テルさまが仰った通りヒスイではポケモン厳選の必要はあまりありません。性格補正や技を使い分けるなどの理由で同じポケモンを複数体用意する事はあるかもしれませんが。どうしてそうもフカマルを捕獲したのですか?」

 

 ヒスイの人間はまだ手持ち六匹さえ少ないが、バトルジャンキー・ノボリはそうではない。それどころか六匹以上のポケモンを捕獲している稀な人間である。いっぴき道とはそういうことなのだ。なお、報酬のLアメの出処は言わずもがな。

 

 そんなひとり廃人施設ノボリの思考の上でもテルの行動に疑問が残る。

 

「あぁ……それはその。ぼくのお給金って、ポケモンを捕獲することで貰えるんです。オヤブンとか、いっぺんに沢山捕まえるとかすると多めに貰えます。だからこのところ大大大発生をよく利用するんですけど、それでその。この通りなんです。フカマルってただでさえ可愛くて、進化したらあんなにも美しい種族値を持っている。だから大好きなんです。大大大発生でも見かけたらつい優先的に捕まえに行ってしまうんです。

 結局お金欲しさといいますか。まだまだヒスイ式ポケモンバトルで試したいこともありますからミントも入り用ですし、ミントを育てるためにも捕獲は必要ですし。それに、たくさんポーチ拡張したくってつい。ポーチがいっぱいだとなんとなく勿体なくてキャンプに戻っちゃって、捕獲も捗りません。これはこれで悪循環なのかも。あはは……」

「大変わかります」

「わかってくださいますか」

「えぇ、えぇ! もちろんでございますとも! なによりそのようなバトルに貪欲な姿勢、スーパーブラボー!!」

 

 ハイパーボイスは残念ながらヒスイの地に存在しない。とはいえこの場に「クダリ」がいれば「ノーマル特殊、命中100威力90。人間が打つ技じゃないし、人間に打つのもどうかと思う。ノボリうるさい」という顔をしたかもしれないし、真隣で散々聞き慣れたのでまゆひとつ動かさず便乗して笑顔で拍手したかもしれない。

 

 残念ながら彼らは二両編成を強制切り離しされていたので真相は闇の中であったが。

 

 ともかくテルは既に鼓膜にHDを振っていたので確定三発である。

 

「ありがとうございます! あ……でもこの子たちをどうにかしなくちゃな。時間をおけば逃がしても大丈夫ですかねぇ」

「さすがに元いたところと違うところに放つ訳にもいきませんからね。わたくしも振替輸送はございません」

「ですよね」

 

 テルはフカマルたちを一斉にボールに戻した。

 

「そろそろお暇します。貴重なお時間頂いてありがとうございました! ぼくはそろそろまた外に行ってきます。ノボリさん、またバトルしましょうね!」

「はい。こちらこそ楽しいお話でしたよ。またのご利用、お待ちしております!」

 

 全くにこやかではないが溌剌とした声に送られて、テルは軽やかな足取りで村の外へ消えていった。大量のモンスターボールを抱えていたので適当なタイミングを見てあのフカマルたちを逃がすつもりなのだった。

 

 ノボリはテルの背中が見えなくなった頃にふと考える。

 

 自分の中には記憶はない。多少は思い出してきているが、固有名詞などは未だ自分の名前くらいのもの。相棒のポケモンや家族がいた、という自覚は持てるようになってきたがそれまでである。

 

 しかし、今日も彼と会話しているとなんだか懐かしい気持ちになって、ほんの少しだが記憶の片鱗を拾うことができた。それを繰り返していけば、記憶を取り戻せるかもしれない。

 

 一期一会。毎日乗車するお客様もいればそうでない方も当然いるようなものだ。

 

 ノボリはノボリなりにふっと微笑んで……もちろんへの字が横一文字になったくらいのものであるが……今日はお客様も来ないことだし、自分もポケモンを捕まえに行こうと思い立った。

 

 このところオオニューラはヒスイの大地を目まぐるしく駆け巡るテルの方に出ずっぱりでキャプテンとしての仕事が減っていたので。

 

 そして先程の会話が脳裏に残っていたせいなのか、テルが大量に逃がしたから当然というべきか。またしてもフカマル入りの大量のポケモンボールが積み上がることとなり。

 

 主を変えただけの大量の「ふかあまり」がコトブキ村の訓練場の風物詩になるとは、まだアルセウスも予想していなかったのだった。

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