【短編集】まさか廃人施設のボスとは思わない   作:ryure

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「サブウェイマスター」ノボリは、実のところ常にサブウェイマスターなのではない。制服を着ていない休日の彼は便宜上「エリートトレーナー」を名乗ることになっている。


「エリートトレーナー」ノボリの休日

 ライモンシティ名物・バトルサブウェイの名物廃人サブウェイマスターは始発から終電まで電車に乗っていると思われがちだが、さしもの廃人たちも生きている人間である以上それは誇張である。彼らにも昼休憩があり、もろもろの事情で不在の時間もある。……とはいえ生粋のバトル廃人の彼らは法律による制限さえなければ誇張ではなく、限りなく現実になっていたのだろうが。

 

 そういうわけで年中無休でバトルサブウェイにいると思われがちなサブウェイマスターのふたりもいち労働者である以上、れっきとした休日があり、サブウェイマスター以前にポケモントレーナーである彼らがそのあたりの〇番道路や街中で「目と目があったらポケモンバトル」をすることも無きにしも非ずなのである。

 

 いくらオフの日、彼らが常に六体フルパーティを携えているわけではないとはいっても大抵のトレーナーにとってはそうそう勝てる相手ではなく。大人げなく「おまもりこばん」を振りかざされないとはいえ、勝てる見込みはバトルサブウェイで二十一連勝し、ガチガチに彼らを対策しているパーティよりは余程薄い。よって金欠の人間にとってはある種災厄にも等しいことであるが。

 

 これは世にも珍しい、「サブウェイマスター」の肩書きではないノボリが街に出没する、ある日のお話。

 

 

 

 

 

 

「ノボリ、冷蔵庫からっぽだった」

 

 普段の爽やかな好青年ぶりを脱ぎ捨てて、まるで実家への帰省でダメになっている夏休みの学生のようにクダリは言いました。

 あのですね、わたくしはあなたの母ではないのですが。暗になにか食べ物を用意しろと言ってくるのはおよしなさい。

 

「たしか製氷機の中身ならありましたよ」

「シロップもないのにかき氷にでもするの」

「やりませんけど」

「じゃあやっぱり冷蔵庫からっぽ。お腹空いた」

「そういうなら買ってきてくださいまし」

「連勤疲れ、起き上がりたくない。ノボリ買ってきて」

「わたくしも変わりませんけど」

「ノボリはもう立ってるから、立ってる者は親でも使えって言うんだもん。兄でも使うの」

「……はいはい」

 

 ぐったりとうつ伏せにソファに沈んだままピクリともせずにもごもごと話しているクダリをなんとかして起き上がらせるより大人しく買い物に行った方が楽でしょうか。わたくしは早々に諦めてクダリの財布をポケットにねじ込みました。

 

「ノボリありがとー、身分証持った?」

「えぇここに。……あー、休みの日なのですから『これ』ではいけませんね。助かりました」

「うんいってらっしゃーい」

 

 流石にクダリのものと間違えたわけではないのですが、「これ」ではダメでしょう。別の身分証をポケットに入れ、ポケモンボールを三つ腰に装着し、わたくしは家を出ました。

 

 バトル施設勤務の人間……ジムリーダーやジムトレーナー、チャンピオンロード関連、その他無数のバトル施設のトレーナーには一般的な身分証の他にももう一つ身分証があります。社員証と兼ねたもので、わたくしの場合は「サブウェイマスター」というわけです。

 うっかりオフの日にそれを使うわけにはいきません。まぁ使っても「ノボリ」のものであれば法律的にはさしたる問題はないのですが……やはり連勝の末にバトルできる施設のボスという立場のレアリティを安売りするのはよろしくないでしょう。

 

 なお、その他にも「カップル」のように理由付けしてダブルバトルを行いたい場合には複数の身分証を持っている場合もあります。肩書きの数だけ身分証があるということです。

 

 そういうわけでわたくし、今日は一介の「エリートトレーナーノボリ」として過ごすのです。

 

 さて、オフの日にのびのびとルールに縛られないバトルするのもいいものですが、わたくしもお腹がすきました。すぐに食べ物を買って帰りたかったのですが。

 

「そこのおにーさん! ポケモントレーナーさんですね!」

「……えぇ」

「私はミニスカートです! 身分証はあとで大丈夫ですんで、バトルお願いします!」

「承知致しました。わたくしたちのコンビネーションを見せつけてやりましょう。ドリュウズ、行きなさい!」

 

 運悪く、いえ運良くですね。そういう日に限って大通りに出た途端バトルが始まってしまうのが世の常というものなのです。もちろんポケモンバトルというものを心底好んでいるわたくしにとってはとても運悪く、なんて言葉は使いたくないのですが、人間ですので時には空腹を優先したくなる日もあります。

 

 大人げなく街中でレベルカンストのポケモンを繰り出し、すぐさま2タテ。まことに申し訳なく思いながら、相手のカードリーダーに身分証を登録していただきました。

 バトル勝者の身分証を負けた相手に登録していただくことで公式に「野良バトル」があったことを認定し、トレーナーたちの所得を正確に把握するシステムになっております。負け続ければ収める税金も減っていく、という訳ですね。

 

「わぁ! おにーさんってあのノボリさんだったんだ! うふふやったぁ」

「……どうも」

「いーえ! 完璧に負けたけどすっごくレアなもの見れたかも! ノボリさん、ありがとうございました! 次はサブウェイマスターの身分証を登録してもらいたいな!」

「いえこちらこそ。バトルサブウェイでお待ちしておりますよ」

 

 とはいえ、いくら身分証が「サブウェイマスター」でなくても名前が割れているのでいつもバトル後は話し込むことになるのですが。

 みっともなく人前で腹が鳴ってしまわないかハラハラしながら、わたくしはスーパーマーケットに早足で入っていったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おにーさん、ポケモンバトルはいつでも突然! 勝負だよ!」

「承りました。ポケモンバトルはいつでも真剣でございます! わたくしたちの強さを味わって頂きましょう、ドリュウズいきなさい!」

 

 お次のバトル相手は虫取り少年でした。彼らは草むらの近くで待ち構えていることが多いのですが、本日は珍しく市街地でトレーナーを待っていたようです。買ったばかりのアイスが溶けてしまわないかを気にして戦うのは大変無礼なのですが、バトルに白熱して生ぬるくも甘ったるい液体をすするのは実に悲しいことであり、帰宅を待っているクダリはひどく文句を垂れることでましょう。わたくしは再び大人気ない5タテを行いました。

 幸いなのはバトルのスピードに集中した結果、買ったばかりのアイスに心奪われたドリュウズが素晴らしいパフォーマンスを披露しブラボーな技のキレになったことでしょうか。やはりポケモンバトルというのは真剣でないといけません。その点、理由が酷くとも真剣ではありました。

 エリートトレーナーの肩書きでバトルしているので多少は「高慢」でなくてはいけませんし。エリートトレーナーというのは「そういうもの」でありましょう?

 

「ちぇー、おにーさんって強いのな。身分証出してよ」

「お褒めいただき光栄です」

 

 端末で彼はわたくしの情報を確認すると、彼は弾かれたようにバッと顔をあげました。

 

「えっ、もしかしてもう一戦ある? ごめんなさい! もう俺、お小遣いないよ!」

「?」

「近くにクダリさんもいるんじゃないの?!」

「あぁ……今日はいませんよ」

「なーんだ、ビックリしちゃった」

 

 心底安心した顔をして虫取り少年は走り去っていきました。ノボリがいるならばきっとクダリもいる、と思ったのでしょうか。わたくしたちの兄弟仲は良い方ですが、大の大人です。別々に行動することもあるのですが。

 

 とはいえ考え込んでいる時間はありません。その時点でアイスの残りHPはあからさまにイバン圏内。わたくしも走って帰ることにしたのでした。

 幸運なことに以降の帰路では呼び止められることも無く。わたくしたちは無事に冷たいアイスクリームを賞味することが叶いました。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。クダリは相変わらずソファを陣取っておりました。

 

「ねーえー、そろそろばんごはーん」

「今度はクダリが買ってきてくださいまし」

「やだ。ぼく明日早出。ノボリは遅出。だからノボリが買ってくるべき」

「……」

「ねーおねがい、おにいちゃん」

「おにいちゃんもなにもわたくしたち双子でしょうが。まったく仕方ありませんね、次の休みの食事は全てクダリが用意してくださいまし」

「はーい」

 

 わたくしはむんずと怠け者のクダリの財布を掴むと、ため息とともに立ち上がりました。会話を聞くやすかさずモンスターボールに戻ったドリュウズとクダリのアーケオスを携えて。

 大方、もう一度アイスクリームが欲しいのでしょう。普段なら甘いものの食べ過ぎを止めるところですが、今日は二度も顎で使われているのです。買い出し組としてそれくらいは美味しい目を見ても構いやしませんね? クダリの財布で一番高いアイスを買い食いしてやりましょうね。

 

「クダリ、アーケオスを借りますよ」

「うんおっけー。いってらっしゃーい」

 

 気の抜けた声に送られて、わたくしは足早に午前中と同じスーパーに向かおうとしたのですが。

 

「どうもどうもお兄さん、僕はこういう者でして」

「そのTシャツを見れば一目瞭然でございますね」

「そうでしょうそうでしょう。そういうわけですから、僕のポケモンたくさん見てってね!」

 

 またしても道路に出てすぐ、ポケモンだいすきクラブの男性に捕まったのでした。とはいえ午前中とは違い、わたくし今度こそじっくり楽しくバトルをしようと思ったのですが。

 

 本日は早くアイスのおかわりが欲しくて仕方の無いアーケオスとて数少ない休日なのです。バトルサブウェイでのバトルではない以上、トレーナーの意図している以上にはりきって……彼の特性は「はりきり」ではなく「よわき」なのですが……バトルをしたことをどうして責められるでしょうか。アーケオスの実につよきな3タテが決まります。本日はもうバトルを純粋に楽しむのは諦めた方が良いのでしょうね。きっとドリュウズも同じでしょうし。

 

 まぁそんな日もありましょう、ポケモンも生き物なのですから、気分によります。勤務日でないならそのようなことを咎めても仕方ありません。決して手を抜いたわけではないのですし。わたくしは項垂れるだいすきクラブの男性に身分証を差し出しました。

 

「はいどうも……おやおや」

「?」

「いいえなんでも。次はもう少し善戦させてくださいね、ノボリさん」

「えぇ、ご乗車お待ちしております」

 

 賞金で買ったアイスはクダリにあげましょうかね。わたくしたちは何がなんでもクダリの財布からお金を出しますので。そんなことを考えながらわたくしは身分証をポケットにしまいました。

 

 とはいえ二度あることは三度あり、三度あることは四度あるということで、わたくしたちはスーパーマーケットに入る寸前に再びバトルすることになるのですが。

 

「どうもよろしく! ベテラントレーナーの名にかけて! バトルを申し込みます!」

「それではこちらはエリートに決めましょう。目と目があったらポケモンバトル! アーケオス、ゴー!」

「うわしまったエリートトレーナーさんかぁ! お手柔らかに!」

「いつでもわたくし真剣勝負でございます!」

 

 今のわたくしは「エリートトレーナー」なのですから、いつもの電車用語はなるべく使わないように。どうせあとで正体はバレてしまうのですが、身分証の肩書きに沿った言動をするのが礼儀というものでしょう。

 

 はりきりアーケオスのストーンエッジは冴え渡り、見事ロールプレイは成功したようです。もう少し長く……ワクワクするバトルをしたい、と思うのは贅沢な悩みでしょう。それは勤務日で味わえというわけです。フラットルールでもないのに躊躇なくレベル100を繰り出しておきながら考えることではありません。

 一般的なポケモントレーナーと違ってわたくしはバトル自体を生業にしているのです、平日のレベル上げや努力値振りにも賃金が発生しているのですからレベル優位なのは当然と言えましょう。

 

 バトル施設の人間の目下の悩みでありますが、特に普段から一緒に行動するようなポケモンたちというのはとうにカンストしているものです。普段ルールに従って本気を出せないわたくしたちは休日にくらい繰り出しても良いでしょう? まあ、フラットルールの施設の人間なので、ルール内では全力の戦法を使っても良い以上、チャンピオンロードやジムトレーナーたちからすれば贅沢な意見でしょうけどね。

 彼らの真の相棒たちは特殊な訓練を受けて手加減するか、バトルでは封印するかのどちらかがほとんどです。そうでなければチャレンジャーたちの実力をはかることはできません。ただただ叩きのめすことが目的なのではないのですから。

 

「あーあ負けちゃいました。ありがとうございました」

「こちらこそ素晴らしいバトルでしたよ」

「うぅ……じゃあ身分証をお願いします……」

 

 とはいえ野良バトルでは関係なし。仕事ではありませんし、下手に負ければ賞金を支払わねばなりません。それは勘弁願いたいですね。そういうわけで、休日はレベル100個体を一体は持ち歩くことにしているのです。

 

「あれ? あ、ああノボリさんか。ならそりゃそうなのか……? またよろしくお願いします」

「わたくしも再戦お待ちしております」

 

 何故か首を傾げるもすぐに納得したベテラントレーナーの彼はポケモンセンターに向かって歩いていきました。

 

 そんなこんなで。

 

 クダリの財布から高いアイスを買って賞味。とろける味わい、スーパーブラボーでございます。歩き食いは行儀が悪いかもしれませんが、休みの日ですし。アーケオスとドリュウズは渡してすぐにふたくちほどで食べてしまいましたが、わたくしはゆっくり味わいたいのです。

 

 まばゆい夕日が彩る街をゆけば、先程よりも人通りが多く、あぁそろそろ帰宅ラッシュの時間かとわたくしは普段の職場の喧騒を思い出しました。

 ……もちろん人が多いということはポケモントレーナーも多いということです。アイスの残骸を道端のゴミ箱に入れた途端、わたくしは再度呼び止められました。

 

「そこのお兄さん、ポケモンバトルのお時間でしてよ!」

「受けてたちましょう! トレーナーが揃えばバトルスタート、道理でございます!」

 

 散歩の途中でしょうか、優雅なマダムとエンカウント。もしかすると休日の方がバトルの回数自体は多いのではないでしょうか! 普段は連勝待ちですし!

 ゴロゴロしているクダリも街へ繰り出せばだるさなんて吹き飛んでしまうでしょうに勿体ない!

 

 夕方の6タテはご機嫌なドリュウズがやってみせました。さっきのアイス美味しかったよ、と振り返ってからボールに戻っていく姿は純粋に可愛らしいものです。

 

「あらあら……残念。それでは身分証を見せてくださいな」

「あなたさまからポケモンへの愛が伝わってまいりましたよ」

「まぁお上手ね」

 

 マダムはわたくしの身分証をあらためると、意外そうな顔をして、そしてにっこりと笑いました。

 

「あらノボリさん。こちら、お持ちになる身分証を間違っていらっしゃるのではなくて? 本日の肩書きはなんでして?」

「今日のわたくしはエリートトレーナーのはずですが……」

 

 もしやうっかり今日は「サブウェイマスター」を使い続けたのでは? しかしそちらは午前中に家に置いてきたはず。

 

「うふふ、かわいらしいふたごちゃんのノボリさんとバトルできて光栄ですわ」

 

 ……それは確かに、大間違いでございますね。

 

 古びた身分証のわたくしの写真はかなり幼く、ええこれでも期限こそ有効ですが……こうも写真を更新していないものを使用するのは宜しくないでしょう。うっかり、滅多にないオフでのクダリとのダブルバトルで使用するためだけに残していたものをわたくしは間違えて持ってきたのでしょうね。

 

 道理でクダリの存在を聞かれるわけです。道理で、意味深な微笑みに見送られたわけです。

 

「お恥ずかしい……」

 

 とにかくこんなことからかいの種になることは間違いありません。クダリにだけは知られないようにしないと。その時のわたくしはそう思ったのですが。

 

 残念ながら、即日「【レア】サブウェイマスターノボリ、ソロ『ふたごちゃん』で野良バトル?!」などといった小さなネットニュース記事に晒されたわたくしは、翌日弟の大爆笑に迎えられて出勤することになったのでございました。

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