サブウェイマスターはイメージ商売。
就任当初に言われたことを、少なくともノボリとぼくはそれを固く守ろうと思っていて、お客さまの前では「設定」通りの仏頂面で丁寧な話し方をする黒コートのノボリと笑顔でカタコトな白コートのクダリであり続けている。
それだけじゃなくて、待ち受ける壁としてポケモンバトルが強いということはもちろんなのだけど……。
バタン。大きな音を立てて休憩室のドアが開く。視線をやれば極まった無表情のノボリがいて、錆びついたロボットみたいなカクカクの動作でドアを閉めた。そしてそのまま直角にバタン。綺麗にぶっ倒れた。
朝ごはんちゃんと食べたのにねえ。シングルシングルスーパーシングル、もいっちょスーパー、最後にシングルシングル。午前中……ではとっくにないけど……にお客さま多くてノボリ、大忙しだったものね。
「お腹、すきまし……」
「わぁあノボリさん! 気をたしかに!」
「休憩室に入るまでよく持ちこたえられたなあ」
「とりあえず一時しのぎのゼリー飲料です! 口に入れますよ! うわ秒で無くなった」
「もうひとつ、くださいまし」
「はいどうぞ!」
ぼくたち背丈がある方。背丈があるってことはその分からだが大きいわけで、必要なカロリーはちょっぴりひとより多め。ポケモンバトルは結構脳も体も使うから肉体労働にガッツリ分類されているし、お腹減る。
そういうわけで健康な成人男性として結構食べる必要があるのだけど、ここで問題になってくるのは「サブウェイマスターのイメージ」だ。
ゼリー飲料を飲んでなんとか人間の動きを取り戻したノボリ(はらぺこのすがた)はスックと立ち上がった。どことなくくたびれてる。
「あーノボリ。お昼のカップラーメン好きなの選んでいいよ。三つずつ食べよ?」
「ありがとうございますクダリ。それではわたくしふつうのとシーフードとシーフードがいいです」
「ひとつくらいシーフード譲ってくれても良くない? まぁいいけどさ」
ノッテタタカウ! なんてカタカナなキャッチフレーズが悪いのか、それとも対の白黒双子車掌という設定が悪いのか、なんだかぼくたちのイメージって「機械みたい」とか「無機質」とかそんなのがあるらしい。生きてる人間相手に一体偉い人は何を考えているのか、それは面白い! なんて評価されちゃって。
サブウェイマスターは緊急事態以外はお客さまの前で人間らしいところは隠すように。
なんてお達しが。
バッカじゃないの。大真面目にそんな命令が飛んできたってわけ。パワハラ疑惑。訴えたら勝てそう。……バカなぼくたち、素直に受け入れたけど。
その範疇にはもちろん「食べる」とか「寝る」なんていう人間が当たり前にする欲求を隠せって言うのがあって……まぁそれでもぼくたちにも当たり前に公休があるのはバトルサブウェイの運休スケジュールを見れば分かりきっている事だけど……食べ物? 休憩? 要らないよ、バトル欲で元気満タン! 不眠不休で出発進行! 疲れても怪我してもちょっとの充電で元通り! みたいなキャラクターで働かされてるってワケ。
やっぱバッカじゃないの。ぼくたちの人権はどこ?
ノボリはいそいそとラーメンを抱えてポットに向かってる。帽子をとってコートを脱いでネクタイを外してニッコニコ。口角はあんまり上がっていないけど、多分それなりにノボリを見慣れてたら笑ってるって分かると思う。
あれ見てもまだお偉いさんは「無機質キャラ」やれって言えるのかな。
「より無機質そうな方」なノボリって結構普通に人間だよ。
「おお? お湯……お湯……お湯が出ません……しかしお腹すきまし! た! ので! 仕方ありませんね!」
「お湯なかった? 水でラーメンはやめときなよまずいよ」
「昼食に向かって全速前進!」
あろう事かぼくを無視してカップラーメンに冷たい水道水を投入したノボリ。兄弟の正気を疑う。かわいそうに、空腹のあまり頭がやられちゃったらしい。
「シャンデラ、カップラーメンにオーバーヒートでございます!」
「ウソでしょシャンデラやめてえ!」
あとから聞くとラーメンは急激に沸騰し、のっびのびでマカロニ級の極太麺になってたらしい。カロリーと量さえとれたら味は二の次なノボリはぺろりと完食してたけど。なんなの。
拝啓ギアステーションのお偉いさま。あと何も知らない世間さまへ。
無表情・真面目な黒担当のサブウェイマスターノボリ。ちまたじゃ機械油でもあおってそうって言われてるけど。ノボリは何より前にぼくの兄。兄はお腹ぺこぺこだとすっごくポンコツになるんだよ……。
「これっぽっちでは足りません! クダリ、着替えてランチに行きますよ!」
「はぁい」
まぁでも見てて楽しいからいいや。
盛大にノボリの腹が鳴っている。ノボリはこれより先はポンコツでございます、お忘れ物にご注意ください……なんてね。
「あっ、わたくし財布忘れました」
ちょっと!
「……おごれって?」
「いいえ。ただ少し、お店に入る前に付き合ってくださいまし」
「いいけど」
珍しく二人揃っての休日。サブウェイマスターのイメージとはかけ離れたラフで色鮮やかな服に身を包んだぼくたちは外食に行くつもりだったのだけど。
で、ノボリは付き合えってATMに寄るってこと? 財布がないならキャッシュカードもないんじゃない?
ズンズンと大通りから離れたところに歩いていくノボリ。キョロキョロと何かを探し回っているみたい。この行動は……うん。
「ねえノボリ、トレーナー狩り?」
「いいえクダリ、言葉が悪いですよ。お守り小判もありませんし」
「別にぼくたちジムバッジ集め中のトレーナーじゃない。今日の手持ちはみんなレベル100だし、そういうのいい歳して大人気ないって言うんだよ」
「わたくしたち、園児やバッジ集め中のお若いトレーナーさまとバトルするわけではありませんよ」
そんなの当然。嬉々として園児から賞金を巻き上げる兄とか誰だって嫌だよ。
「ぼくたちより年上のポケモン大好きクラブさんやベテラントレーナーさんなら?」
「そこは臨機応変に……最良なのはジムリーダーや四天王ですね。それなら文句もございませんでしょう? あるいは他地方のバトル施設の方ならば問題ございませんね?」
「まぁそれはそうだけど、そんなひとたち都合よくいるかなあ。日が暮れちゃうよ」
「いないでしょうね」
分かってるじゃないか。こんなところでブラブラしている時間も惜しいんだけど、そっちも分かってくれないかな。なのでちょっとだけ煽ってみることにした。
「一般人の財布を狙うサブウェイマスター……その真意は? 『財布を忘れたのでございます』大人しくフラットルールに引っ込んでろ! 非難ごーごー。〜地下に隔離されるポケモン廃人たちに悲しい過去〜わあ、明日のゴシップになるね」
「……やっぱり立て替えてもらってもよろしいでしょうか? なるべく早くお返しします」
「いいよー」
世間体を引き合いに出すと真面目で「イメージ商売」を大事にしているノボリは折れた。ぼく安心。現地調達でもなんでもして一人でどうにかしようとしないで欲しい。ひとりじゃないんだしさ。
ノボリってそういうところすっごく逞しいから、なんだかどこでも生きていけそうな気がする。繊細なメンタルしてないっていうか。なんなら、サバイバルなんてしたことないけどやれそうっていうか? まぁ細かいことでクヨクヨするタイプじゃないってことで。
今日も空腹のノボリは呆れるくらいポンコツだ。なんとか踏みとどまってくれてよかった。
とうとう低血糖に両足を突っ込んだノボリを引きずるのには苦労したけど。……これはノボリの燃費がぼくより悪いんじゃなくて、食事の合間にお菓子を食べる習慣がないからだね。
這う這うの体でたどり着いたファミレスでぼくらは四人分くらいの食事を平らげた。腹八分目ってところ。
あのAライン黒白コートや制帽を被ってないなら案外「サブウェイマスター」だってバレない。双子だからって四六時中色違いの服装なわけじゃないしね。
背を丸めてフォークでちまちまとコーンの粒を集めて口に運んでいるのがノボリで食後にブラックコーヒー五杯あけたのがぼくクダリだってきっと分かんないよ。
あーのびのび。気を遣わないっていいね。もちろん仕事はイヤじゃないし、ある程度はエンターテイナーとしての宿命だって分かってるけど。たまにはさ。
行儀悪くスマホを使いながらそう思う。
「あっみてみて、『サブウェイマスター、ホログラム説浮上! 最新人工知能にポケモンバトルはどの程度可能か』だって」
「一昨日の記事ですか。道理で昨日は握手をやたら求められたわけですね。というかエゴサーチはやめなさいな。ほとんどあることないこと書いてるだけじゃないですか」
「暇なんだもん。まだ食べるでしょ?」
「おまえこそ」
ピザ食べるのヘッタクソすぎて両手を脂でベタベタにして、だけどそんなの気にしないでフォークを掴んでるノボリがホログラムだったらすっごい面白いけどね。
「すみません! マルゲリータもう一枚お願いいたします」
「ぼくはチョコレートパフェ」
まーでも、実際のところムリだね。ぼくたち食欲旺盛。人並み以上に食べて、人並みに寝て、やりたいこともいっぱいあるんだものね。そういうの我欲って言うんでしょ、人間って感じ。できるものなら分裂して孵化厳選と努力値振り同時にこなしたいって思ってるんだもの。
分裂。産まれる前からしてるようなものかもだけど。そっくり同じ顔の兄弟がそこにいるから。……これでも育成方針が違うから分身ではないね! 好きなバトルルールも全然違うし。
とりあえずしっかりガス抜きしたらまた明日も頑張ろうっと。
「アッ」
駅のホームで結構やばいものを発見してしまったかもしれない。電光掲示板の時計を振り仰ぐと丁度正午。こりゃダメだ。
「ノボリさんはどっち派ですか?」
「失礼ながら、選ばなくてはなりませんか?」
「あー、ノボリさん的には多い感じですかね。いかにも食細そうですもんね」
最近何度もスーパートレインにやってくる期待の少年トレーナーと並んでポスターを見ているノボリ。視線の先には最近掲示したばかりの定食屋のポスター。なんだっけ、ランチメニューにぜんぜん違う料理のAセットとBセットがあって、美味しそうだねって話したような気がする。
すっごく空腹のノボリ。掲示前から一緒に行きたいなって話していた定食屋のポスター。あっという間に理性がちぎれる音が聞こえる。
ものすっごく空腹のノボリ。つまり、ポンコツの兄。さよなら、三大欲求はバトル欲だけのサブウェイマスターの仮面。
あれはダメだな。会話が聞き取れる程度に近くにいたんだけど、ぼくは後ろから声をかけても間に合わないことを察してた。なんだろう、長年のカンってやつ?
「わたくし両方平らげられる自信がございますねぇ。ふむ、主食はお代わり無料ですって。助かりますね。パンとライス両方お代わりしてもよろしいのですか。コスパがよろしい」
「えっ」
「やっぱり無理だよね、このキャラクター。諦め、肝心。ノボリ、今日の昼休憩はここ行こ?」
「おやクダリもいらしたのですか。クダリはどっちの定食にします?」
ぼく見てもちっとも我に返らないから空腹も限界なんだろうなって。普段なら「私語は慎みなさい」って言うのはノボリの方なのに向こうから振ってくるなんて。
「ぼくも両方食べようかなぁ」
朝から出ずっぱりでいい加減お腹すきまし! なんてノボリは楽しそうに言って、ぽかーんとしている少年に一礼するとぼくの手を引いて休憩室に意気揚々と引き揚げることにしたらしかった。
「あのね、あんまり言いふらさないでね」
焼け石に水かもしれないけど、去り際にぼくはそれだけ言って人差し指を立てた。