【短編集】まさか廃人施設のボスとは思わない   作:ryure

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「何度でもお手合わせ願いたい!」

そんなノボリの額には汗が浮いてる。ぼくは知ってる。
別にノボリだって暑くないわけじゃないんだよね。ただ、ぼくたちよりずーっとあついのが普通で、だから慣れてるだけなのかも。


手に汗握るとはまさしくこのこと!

 ガタンゴタン。

 一定のリズムで揺れるトレイン。心地よいリズムはわたくしたちの鼓動のよう。そんな慣れた揺れに身を任せつつ、何枚かの書類を挟んだバインダーにペンを滑らせるのです。

 そしてわたくしの隣にはライブキャスターを起動し、本日のスケジュール確認をしているクダリがいました。

 

 現時刻はぴったり9:30。スーパーマルチトレインにてサブウェイマスターが乗り込む車両の始発です。今回の挑戦者さまがたはなかなかハイペースで勝ち進んでいらっしゃるようで。

 

「今日も暑いねノボリ。この衣装、脱ぎたいくらい」

「そうでございますねクダリ。しかしこのコートを着ることはわたくしたちの『義務』ですよ。48連勝してきてくださった挑戦者さまが扉を開けたとき、待ち受けているのは白と黒のコートを着たサブウェイマスターだとひと目で分からなくてはなりません」

「うん、分かってるんだけどねー。あーつーいー!」

 

 座席に座ったまま長いコートをバサバサさせ、足をバタバタ。そしてネクタイを緩めたり締めたりを繰り返していました。もちろん、この衣装を着ている時は「背筋がぴんと伸びる」ので完全に着崩したりはしませんが、真夏にきっちり長袖を着込むとなると暑いものは暑いのです。

 

 本来、じっと7両目で待ち受けている時間にはポケモンたちと打ち合わせをしたり、クダリと機密ではない事務作業の確認をしたり、単純に休憩を兼ねていたりと決してただ暇ではないのですが。

 

 本日はひと組目の挑戦者さまが乗り込んだばかり、つまりトレインが動き出してすぐ。始発だと実はトレイン内の冷房が効ききっていないので暑いのです。

 ですので始業そうそう、少しばかりだれてしまうのは仕方ないと言うべきなのでしょうか? もちろん、わたくしもクダリと同じように暑いのですが、生来あんまり汗をかかないタチでして……もちろんクダリも、のはずですが……そこまで居心地が悪いとは思わないのです。

 

「ノボリはなんで平気なの?」

「わたくしも暑いですよ」

「暑そうには見えないなあ……」

【挑戦者01 4両目通過 ラップライム00:32:45:55】

「おや、お早い」

「やるね!」

 

 ライブキャスターに連動したアナウンスを聞きながらわたくしたちは立ち上がり、軽い準備運動を始めました。

 

 軽く足を曲げ伸ばしし、肩を回す。クダリも立ち上がって伸びをするように腕を延ばし、そのまま後ろに反りながら背筋を鳴らしつつ、コートの内ポケットから白手袋を取り出しました。

 わたくしも先程まで軽く事務作業をしていたので外していたのでした。そろそろ手袋をしなくてはいけません。

 

「それでは服装確認!」

「制帽、手袋、コート、ネクタイ! 準備オッケー!」

 

 さらりと肌触りの白手袋をキュッとはめて、始業のいつものハイタッチ。パンと小気味のいい音がトレイン内に響き、癖でぐっと制帽を深く被り直します。

 

 バインダーを目立たないよう座席の端に挟み込むと、クダリが靴をトントンと鳴らしながら弾ける笑顔でポケモンボールを撫で、そのままスキップして定位置につくのでした。

 そしてわたくしの方をじっと見て待っているのでちょっと早いですが立って待つことにしましょう。

 

 並んで立ち、アナウンスをじっと待つのです。

 この瞬間は胸の高鳴りが抑えられませんね! どのようなブラボーなバトルが待ち受けているというのか! 全く予想が出来ませんので!

 

 挑戦者さまはどのような強さを持ち、わたくしたちはどのような目的地にお連れできるのか。そればかりを考えていると時間というものは本当にあっという間でございます!

 

【挑戦者01 6両目通過 ラップライム00:50:33:21 役職:サブウェイマスター両名は 待機してください】

「くるね」

「えぇ」

 

 カタカタとわたくしたちの腰のホルスターに収まっているポケモンボールが揺れています。手持ちたちも本日のバトルを楽しみにしているようですね。

 それはなによりでございます。

 

 それでは、安全運転で参りましょう!

 

 そして、わたくしたちは蒸気した頬のまま飛び込んできた挑戦者さまがたに向かって大きな拍手で出迎えるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ蒸しあっつぅ! なのにロングコート着たままなんですか! あのぅ黒ボスは暑くないんですか……?」

「暑いですよ」

「ウッソつかないでくださいよ! 制帽の下に汗のひとつもかいてないのにぃ!」

「嘘ではありません。生まれつき汗をかきにくいタチでして」

 

 みなさまよくそう仰いますが、わたくし、暑いのは本当なのですよ。とはいえ愚痴を言いたくなるほどパソコンを睨みながらの作業の連続でみなさま辟易している様子。

 暑いからでしょうか、汗ばむと不快ですしね。

 

 そうは言いましても、もうすぐスタンプラリーイベントなので頑張るしかありませんけど。わたくし鬼上司ではありませんが、上層部から言われた仕事をわたくしの権限で減らすことは出来ませんので……。

 

「やったぁトレイン業務だ! ぼく行ってくるね!」

「クダリさん、コートと制帽忘れてます!」

「あ! ありがとうね!」

「クダリ、行ってらっしゃいまし」

「ありがとノボリ!」

 

 みなさまと同じくぐったりとしながらキーボードを叩いていたクダリが一瞬にしてしゃんとしました。あからさまに羨ましい、という表情でみなさまが見送っています。

 しかし、ダブルトレインに呼び出されたクダリが事務室を出て行ったので、これで少しは人口密度が減り、涼しくなるのではないでしょうか。そう考えるといいことなのでは?

 

 ふと顔をあげ、見渡してみればみなさまそろって制服のジャケットを脱ぎ捨て、制帽を外し、人によっては氷枕をあてながら……と限界まで涼しくなろうとしている様子。

 わたくしもギアステーション職員しかいない場所では制帽くらいは外しますが、やはり相当みなさん暑さにやられているようですねぇ。

 

 これは冷房の設定温度の基準を少し下げるべきか検討すべきですね。地下とはいえ、こうも連日の猛暑ではみなさま参ってしまいます。

 

 卓上メモにその旨を書き付けたその時、ピリリとライブキャスターが鳴りました。

 

「シングルトレインの挑戦者さまがただいま14連勝されたとのことです。それではみなさま、頑張ってくださいまし」

「はーい黒ボスもご健闘を!」

 

 今日くらいはいいですよね。退室の際にコッソリと冷房の設定温度を1度下げ、廊下を歩きながらキュッと手袋をはめました。

 

 制帽、そしてコートの方こそみなさまサブウェイマスターのトレードマークかと思われていますが、わたくしとしては手袋をはめる瞬間こそが気合いの入る瞬間と言いますか、まぁバトルだけが業務ではないので手袋はしていない時間もあるわけで。

 この乾いた手袋に指を通すと背筋が伸びるのですよ。

 

 さて、それでは出発進行でございます!

 

 すると出番だと思ったのか、ボールから飛び出したシャンデラがニコニコしながら張り切っているのですが、残念ながら今から向かうのはシングルトレインです。

 無念にもボールに戻されてしまったシャンデラから、カタカタと無言の抗議を受けつつ。今日も素敵なお嬢さまのために就業時間後にクダリとフラットルールなしのポケモンバトルでもやりましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クダリ、本日もお疲れ様でした!」

「ノボリもお疲れ!」

 

 就業時間直後。

 まだバトルの興奮がさめないで、ギラギラした目をしたノボリがすごい勢いで迫ってきて、ポケモンボールを構え、ぼくの肩をガッシリ掴む。

 

 えー、なになに? 

 つい顔を向けると焼けた鉄みたいに煮えたぎり、らんらんと光る目とバッチリ合ってしまった。あ、そういうこと?

 

「クダリ! 今、わたくしと、目が合いましたね?」

「うん? あっうん」

「ブラボー! シャンデラがバトルをご所望なのですよ! わたくしもバトルを所望しています! そして目と目が合ったらポケモンバトルでございますので!」

「もちろんいいよ! でもぼくたちまだ、サブウェイマスターの衣装。先に着替えなくていいの?」

「いいえ今すぐ! わたくし今すぐバトルがしたいのです! このままバトルコートに行きますよ!!」

「まぁいっか……」

 

 サブウェイマスターがその格好のまま外のバトルコートでポケモンバトルしてたらさ、後で上層部になんて言われるかなって考える冷静さは残っていないらしい。

 まぁいいや、これもバトルサブウェイの宣伝の一環ってことで。言われたら事後報告になってすみませんってだけ言えばいいね。

 

 サブウェイマスターとバトルしたかったらみんなバトルサブウェイに挑戦しよう! みたいなね。実際にそういう企画やってもいい。ノボリを止めるなんてぼく、やりたくないもん。

 

 小さな子どもみたいにワクワクした顔のままノボリはずんずんと歩き、元気よくギアステーションの入口から出て。やっと傾きはじめたとはいえ、まだまだ暑い夏の日差しが直撃する。

 

「うわ、外あっついね!」

「なんのこれしき!」

 

 さすがのノボリも熱気に一瞬たじろいだものの、ノボリの歩みは誰にも止められない!

 

 あー、「サブウェイマスターなのに地上にいる!」と思われているんだろうなぁ。街ゆく人々の視線を一身に受けつつ、バトルコートまで一直線! ぼくは何度か手を振ったけど、ノボリは周りなんてなーんにも見えてないみたい。

 

 黒いコートがうだるような熱風に煽られてばさばさ音を立ててる。早足でぐんぐん進んでいくノボリの背中を夢中で追いつつ、期待にカタカタ揺れている腰のボールをひとつ掴み取る。

 もちろんぼくも胸が踊ってる! やっぱり憧れのライバルとのバトルがいちばんワクワクするもんね! 

 

 そのままぼくらはギアステーションにいちばん近い、ライモンシティ第3バトルコートになだれこむ。おあつらえ向きにだーれもいなかった。やったね、すぐバトルできるなんてツイてる!

 

「さて! ルールはシングルバトルがいいですか? それともダブルバトルとしゃれこみますか?」

「えっとね、ノボリから仕掛けたんだからシングルに決まってる!」

「では次はクダリから誘ってくださいまし! それでは、」

「うん! ルールを守って安全運転!」

「目指すは勝利、出発進行!」

 

 指差し確認、準備オッケー! いつもの口上に道中で集まったギャラリーたちが沸きあがる。シャンデラ、やる気マンタン! ぼくのシビルドンもぜんぜん負けてないね!

 

 フラットルールなし! 持ち物制限、そして審判までなしのすっごいポケモンバトル、はじめちゃおう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだやってるよサブウェイマスター……」

「え、そろそろ八時間だぜ?」

「途中で手持ちすべてにげんきのかたまり投与してからルール変えてるところから見たよ。ってことはシングルでもやり合ってたってことだよね?」

「シングル・ダブルのルール変更ならたしか四回やってるよ」

 

 そんな会話が耳に入り、はっと我に返れば街灯が煌々と照らしていました。いつの間にか昼の熱気はすっかり過ぎ去り、涼しい夜風がわたくしたちのからだを駆け抜けていきました。

 クダリも同時に冷静になったのか、苦笑を浮かべながらボールに手持ちたちを戻しました。

 

 ありがとうございます、みなさま。ずいぶん長らく付き合わせてしまいました。ゆっくりお休みくださいまし。本日もスーパーブラボーなバトルでしたよ!

 

「あのね、今日はこれでおしまいにしよっか?」

「えぇ、わたくしもそう思っていた頃です」

「勝負、つかなかったね?」

「おや、わたくしたちのポケモンバトルに勝負などついたことなどないでしょう?」

「違いないね!」

 

 ギャラリーのみなさまからのあたたかな拍手を受けながら、わたくしたちはそれぞれ手を挙げて応えたのでした。

 

「みんなありがとう! えっとね! ぼくたちサブウェイマスターとバトルしたかったらぜひ、バトルサブウェイに来てね!」

「えぇ、いつでもお越しくださいまし!」

 

 あぁそういえば。

 そっと両手のひらをクダリに見せました。わたくしったら勤務後のポケモンバトルのことで頭がいっぱいでした。これでは今日の終わりはまだ迎えていないようなものではありませんか。

 

「クダリ」

「なぁにノボリ。……あぁ!」

 

 えぇ、忘れていたことは両手のひらでハイタッチでございます! 

 一体いつから始めたのか定かではなく、わたくしたちの幼い頃からの習慣と言いますか。これがなくてはわたくしたちの一日は始まりませんし、やらなければ終わっていないようなものなのです。

 

 ……なんだか感触がいつもと違いましたが。いつもの小気味いい、パンと乾いた音が鳴り響く様子ではなかったですね?

 

「あっはは! ぼくらってば手袋、絞れるくらい汗かいてる! すっごくべちゃべちゃだよこれ」

「なんと!」

 

 そういえば先ほどまであれだけ暑かったというのにやけに夜風が涼しいと思ったら。わたくしたち、珍しく全身汗だくではありませんか。

 

「しかしブラボーなバトルでしたから」

「うん」

「手に汗握るとはまさしくこのこと、でございますね!」

 

 わぁわぁ笑いあって、そしてわたくしたちは帰路につくのでした。

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