特級過呪亡霊バラライカ   作:GRC

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本編
0. バラライカという女


 虎杖悠仁が死んだ。

 

 変態を遂げれば特級相当が確実視される呪胎が相手の危険な任務でのことであった。たまたま五条が別の任務で連絡がつかず、たまたま他に現場に向かえる呪術師もおらず、たまたま虎杖たち高専一年生だけが手が空いていた状況で決定された任務。これだけ都合良く偶然が揃えば、神の見えざる手などではなく、呪術界上層部の爺どもの皺だらけの汚い手が動いていたことは明白だ。

 しかし、そこはさすがかの両面宿儺の器とも言うべきか、虎杖は死の淵どころか死の谷底からも舞い戻った。

 虎杖が生き返ったのであれば、この状況を利用しない手はない。五条は虎杖の生存を隠したまま、二度とむざむざ彼を死なせないため秘密裏に鍛えることにした。

 五条はまるで飛びっ切り楽しいサプライズパーティを思い付いたと言わんばかりのテンションで、伊地知へ準備を言いつける。はっきり言って無茶振りだ。人ひとり隠すことは簡単なことではない。伊地知がほうぼう駆けずり回ってようやく虎杖を匿い棲まわせる場の用意が完了したと報告すると、五条はまたも思ったままを口にする。

 

「犯人探しも面倒って言ったけどさ、やっぱムカつくから今回の件を仕組んだヤツにはお仕置きが必要でしょ」

「しかし上層部の息のかかった人間相手では、こちらも下手に動けませんよ」

 

 数百年に一度の逸材である六眼と無下限呪術を併せ持つ五条の力を以てすれば、呪術界どころかこの世を更地にしてしまえる。しかし、彼はそれを選ばなかった。自らが教鞭をとって若い芽を教え導き、育てることで、腐敗し堕落した呪術界に変革をもたらさんとしている。

 今は表立って老人連中とやり合う時ではない。傍若無人が擬人化して、軽薄という服を着たような五条だが、力の使いどころは見極めているだろう。それでもどうにも腹の虫がおさまらない。正論に砂をかけたくて、後ろ足がうずく。

 

「そこはそれ、蛇の道は蛇ってやつでしょ」

 

 五条は親指と小指を立てた拳を顔の横で揺らす古風なジェスチャーをしながら、弾むような声音で告げる。

 

 

「伊地知、ブーゲンビリア貿易に連絡を」

 

 

「ガキひとり殺って1億、ちまちま呪具をくすねるのが馬鹿らしくなるな」

 

 薄暗い部屋で、ニタニタと笑う男の顔がスマートフォンの灯りにぼんやりと照らされていた。画面には己の口座に1億円の送金が完了した旨が表示されている。

 

 ―――自分には完全にツキが回ってきている。

 

 男は呪術師の家系に生まれたが、直系でもなく相伝の術式も継げず、階級も二級に止まって久しかった。高みを目指して精進するような高潔な心持ちは持たず、しかし金への執着は身の丈に合わず肥大していた。男はその執着を満たすため、非術師の骨董市場に流れた呪具を二束三文で買い叩いては、上に申告せずに己の懐に入れて、裏で呪術師や呪詛師に売りさばく副業を営んでいた。

 そこに転機が訪れた。

 五条悟が遠方の任務に出ていたタイミングで呪胎が見付かったのは本当に偶然だった。そこで偶然を偶然のまま終わらせるのは、三流の仕事だ。特級呪術師不在の状況下で出現した、特級相当への変態が予想される呪胎という対処不能のクソをなすりつけ合う上層部のお歴々を前に、男はにやりと笑って持ちかけた。「この呪胎(クソ)には、我々の肥やしになってもらいましょう」

 あっけないほど(コト)は簡単に運んだ。二級以上の呪術師を至急の任務にあてがい、五条への呪胎の発見報告を握りつぶす。孤立無援の哀れな宿儺の器たち高専一年生は、彼らだけで現場に向かうことになったのであった。特級呪霊に変態した呪胎が彼らをまとめて始末してくれるだろうという予想を裏切り、顕現した宿儺がなぜか自ら器を殺すというハプニングはあったが、終わりよければ全て良しだ。

 

 男が画面上の1の隣に並ぶゼロを愛おしげに親指で撫でていると、着信を告げる表示に切り替わる。表示された名は、五条の遠方任務に同行していた補助監督。この補助監督が下ろした帳が不幸にも電波を遮断してしてしまい、五条はかわいい教え子の窮状をついぞ知ることが出来なかった。勿論、それは男の差配の内だった。

 

「なんだ、柴田。宿儺の器はおっ死んだんだろ?仕事は終いなんだ、不用意に連絡してくるんじゃあねぇよ」

『・・・・・・っ、これで・・・・・・や・・・・・・』

 

 電話口の声は遠く、ノイズもひどい。

 

「あ?何言ってんのか分かんねえよ」

『やめ・・・・・・ころ・・・いで・・・・・・』

「てめえいい加減に」

『―――バンッ!!』

 

 不明瞭な応答に苛立ち、声を荒げたその時、スピーカーの向こうで破裂音が轟き、次いで何かが床に落ちたような鈍い音が聞こえ、通話が切れた。

 

 銃声―――男は瞬時に事態をさとった。柴田が消された。これは報復、次は己の番だ。

 呪術師とも呼べない子どもひとり片付けることなど、造作もない。だが、その行いが招く当然の帰結を理解出来ていなかったのだ。あの五条悟が自ら囲い込んだ少年を屠られて、みすみす黙っているわけがない。

 暑くもないのに背中にはじっとりと汗が噴き出てきて、寒くもないのにがたがたと体が震えて歯の根が合わない。

 

「柴田のケツ野郎しくじりやがって!!あのクソボケめ、お袋の面が拝みてえぜ!!俺様の尻にバーナー突っ立てて勝手に死にやがったッ!!」

 

 男は自らを奮い立たせるように大声で悪態をついた。

 古来からの形式を重んじた「呪術とはかくあるべし」の思想が蔓延る呪術界で、現代武器である銃を得物とする者は限られている。追っ手が男の想像している通りの連中であれば、事態はかなりマズい。

 

()()()()()の犬共がここに気付く前にトンズラしねえと…ケツどころか金玉の裏までまっ黒焦げにされちまうッ」

 

 一刻も早く逃亡するため、部屋中をひっくり返して金目のもの、呪具、偽造身分証、手当たり次第にトランクに詰め込む。「最悪だぜッ!!」怒りをこめて叩きつけるように蓋を閉めた。「もう一度殺してやりてえぜ柴田の野郎!くそっ」罵詈雑言の限りを尽くしても時間は待ってはくれない。立ち上がりながらトランクの取っ手を掴もうと伸ばした腕が、背後から掛けられた声にぴたりと止まる。

 

「おや、おや、おや、ご精が出ますわね。お手伝いしましょうか?」

 

 どう見ても堅気ではない屈強な男たちを十数人後ろに従えた女が部屋に入ってきた。まるで道ばたで荷物をたくさん持った老人に話し掛けるようなトーンだが、その目は靴底に貼り付いたガムでも見るように冷え切っている。

 女の豊かに波打つ金髪は、高い位置にひとつに結っていても毛先が腰に届くほど長い。ダブルボタンのジャケットと深くスリットの入ったタイトスカートに身を包み、足下にはエナメルのハイヒール。それだけ見ればオフィスで働くキャリアウーマンのようだ。しかし、顔の右半分や首、大きく開いたスーツの胸元にまで広がる火傷跡と、肩から羽織ったミリタリーコートが、女が只者ではないと表している。

 通称、バラライカ。荒事専門の呪術界のアウトローで、特級相当の力を持つと噂される呪術界一おっかない女だ。

 表向きはブーゲンビリア貿易という会社を構えてまっとうなロシア系商社を装っているが、裏の顔は呪具の闇取引、呪詛師からのみかじめ徴収、果ては違法薬物や銃火器の密売といった非術師のヤクザのしのぎまで、呪いもそうでないものも、なんでもござれの悪徳の総合商社だ。

 どう考えても呪術規定に引っかかっている。降って湧いたように突然現れ、アイヌの呪術連でも出所が掴めないロシア人どもを、総監部や御三家が当然見過ごすはずもなく、バラライカたちを潰しにかかった。彼女の手勢はまともな術式や呪力を持たず、せいぜいが見える程度の術師未満がほとんどだったため、すぐに片が付くと思われた。

 しかし、彼女たちはそこらの呪詛師やチンピラとはモノが違っていた。特に遊撃隊(ヴィソトニキ)と呼ばれる彼女直属の部隊は、第三次大戦(WWⅢ)に臨めるだけの場数と技量をつんだ百戦錬磨の兵士だ。バラライカを頭脳として全員が一個の殺戮機械(キリングマシーン)として機能し、その凶弾に体制側の呪術師は次々と倒れていった。非術師界も巻き込む大抗争にまでなりかけたその時、現に関与しないはずの天元がバラライカと何らかの約定を交わしたことで、事態はようやく一応の落着となった。

 以来、バラライカたちは完全にアンタッチャブルな存在として扱われている。

 

 男の最悪の想像が当たってしまった。しかも、よりにもよって犬共を引き連れたご本人様のご登場だ。

 

「あんたが何を聞いてるか知らねえが、あんたはきっと誤解をしてる。そいつがくだらねえヨタ話だってことは、飯でも食ってちょいと話しゃどんな阿呆でもわかるってもんさ」

 

 男は口から出任せを垂れ流しながら、己の置かれた状況を把握しようと視線を巡らせた。バラライカはただ黙って腕を組み、煙草をふかしている。後ろの連中もジャケットの膨らみから銃を装備していることはうかがえるが、それを抜く様子はない。相手は油断している。

 

 ―――やはり今、自分にはツキが回っているんだ。

 

 男は術式を発動させようと、トランクで死角になっている体側で掌印を結ぼうとした。しかし、バラライカが瞬きのうちに間合いに入り、男の顔面を蹴り飛ばす。蹴られた男の尻がトランクの角にぶつかり、ガンッと大きな音が鳴る。鼻が折れたのだろう、床に這いつくばる男の顔半分は真っ赤に染まっていた。

 

馬糞(ムラーシイ)野郎よく聞けよ、聞くことなど何もない、()()()()()()()()()()()()。無論、お前の()()()()()()()についても、な」

 

 バラライカは男の胸ぐらを片手で易々と掴みあげると、その顔に己の咥えた煙草の煙が吹きかかるほど近くまで引き寄せた。

 詰みだ。宿儺の器の件だけでなく、バラライカの縄張りを荒らす男の副業の件まで筒抜けだ。

 

「祈れ。生きている間にお前ができるのはそれだけだ」

 

 男は端から信じる神仏など持ち合わせていなかったが、たとえどんなに祈りを捧げても、イエスもブッダも彼の首を捕らえた地獄(バラライカ)からは救い出せはしないだろう。

 

 

 秘密の地下室に匿った虎杖に、呪力操作の特訓として五条が課したものは、一定の呪力を流し続けないと所持者を襲う呪骸を抱えながらの映画鑑賞だった。早速呪力を乱して顔面を殴打された虎杖は、苛立って呪骸を床に叩きつける。

 

「もーーーー!!も゙ぉーーー!!!」

「はい、イライラしても呪力は一定」

「んーー!もう!!ハイっ!!!」

 

 怒りの感情で呪力をぶらしながら呪骸を拾いあげたため、呪骸は虎杖の腕の中で暴れ続けている。四苦八苦する教え子を横目に、五条は映画のDVDを漁る。山のように積まれたこれらは、もちろん伊地知が用意したものだ。

 

「なんだっけ?はじめはアクションがいいんだよね。ならもうこれでいいんじゃない」

 

 虎杖の了承を得ずに勝手にDVDをデッキにセットし、準備を待たずに再生ボタンを押す五条。どうにか呪骸をおとなしくさせた虎杖が画面に目を向けると、すでにアバンタイトルが終わったところだった。

 

「ほら悠仁、ちゃんと観ないと」

 

 まったく、どの口が言うのか。虎杖は呆れながらソファに腰を落ち着けた。

 

「っと、電話だ。じゃ、僕もう行くから。悠仁は主人公の上司が裏切るラストまでちゃんと観るんだよ」

「ひどいネタバレ」

 

 最低の置き土産にジト目になった虎杖に、ひらひらと手を振りながら五条は地下室を出た。階段を昇りながら尻ポケットから着信で震えるスマホを取り出し、通話ボタンをタップする。仕事を頼んだ昨日の今日で、早速バラライカからの連絡だ。

 

『ハイ、五条。頼まれた件は粗方片付いたわ。後は仕上げだけ。詳細は伊地知に送ってあるから、後で確認してちょうだい』

「さっすが姐さん、仕事が早い!」

『ちょうど私の方も彼に用事があったから、タイミングがよかったわね』

 

 バラライカは己の利潤の追求にからまなければ、基本的に呪術界には興味が無い。報酬に色はつけたが、珍しく五条の依頼をあっさりと引き受けたのは、なるほどついでというわけだ。

 

『ところであなた、男の子を囲ってるんですってね。随分と良い趣味してるじゃない』

「……何で知ってるんです?」

 

 バラライカへの依頼は虎杖の死に関わった者への"お仕置き"のみで、虎杖が生きていることまでは明かしていない。情報が漏れるとすると、その出所はかなり限られる。浮かぶ「裏切り」の三文字に、五条の頭の芯は冷えていく。

 

『あなたのところの女医よ。このタイミングで健康だった十代の男の死体を用立ててくれだなんて、謀を企むにしちゃ、ちょっと明け透けすぎたわね』

 

 バラライカの種明かしに、五条は安堵から脱力した。

 

「あちゃー、硝子も姐さんに頼んじゃったのかあ」

『ま、お得意様の機密情報なら取り扱いには当然気を付けるわ。何にせよ、器の坊やが可愛いならもう少し鍛えなさい。千年ものの呪いに簡単に死なれちゃ、()()()()()としてはこちらも立つ瀬が無いわ』

 

 バラライカたちは自らを呪術師とも呪詛師とも定義せず、自分たちは亡者だと嘯いている。()()()に来る以前から自認するところだったらしいが、五条の眼から見てもなかなかどうしてそれは()()()()()()()

 

「そこはもう大丈夫!なんたって最強のGTG(グレートティーチャー五条)の秘密の特訓でハートマン軍曹もびっくりの大変身間違いなし!」

『頼もしいかぎりだわ。ねぎらいってわけじゃないけど、今回の仕上げに面白いもの聞かせてあげる、"愉快&痛快(プリクラースナ)"ってやつよ』

「僕よりもクールかな?」

勿論(ダー)

 

 軽やかなロシア語での肯定から一拍置いて、電話口から爆発音が聞こえてきた。

 今回の仕上げとしての爆発。()()()()()()()()()かは、自ずと分かるというものだ。

 

「なるほど?そいつはクールだね」

 

 バラライカへの依頼において、"お仕置き"の方法まで指定はしなかったが、さすが荒事を専門としているだけあって見せしめは心得ている。彼女たちは行く手を遮るすべてを容赦しない。それを排撃し、そして撃滅する。親兄弟、必要であれば飼い犬まで。

 これだけ派手に花火が上がれば、耳の遠い老眼の年寄り連中にもそれはそれはよく聞こえ、よく見えるだろう。

 

『近いうちに頼みたいことがあるの、また電話するわね』

 

 人ひとり吹っ飛ばしたことを全く気に掛ける様子もなく、バラライカは通話を切った。

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