特級過呪亡霊バラライカ   作:GRC

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0巻2話と3話の間ぐらいの時間軸のつもりです。


番外編
呪いの子とおつかいとマフィア


 もしかしなくとも、五条は生徒である自分たちを揶揄って遊んでいるのだろうか―――昼間の太陽の下でもギラついた極彩色のラブホテルの看板を前に、爆発寸前の真希の隣で冷や汗を流しながら、乙骨憂太は担任のろくでもなさに思いを馳せた。

 

 どうしようもなく呪われた乙骨を高専に連れてきたのは五条だった。呪いを知り、人を救う力として呪いを使う術を学ぶ場と、仲間を与えてくれた五条に乙骨は感謝しているが、時々右も左もわからない乙骨を引っかき回して楽しんでいるだけではないかと思うことがある。

 今回もそうであった。京都姉妹校との交流戦から帰ってきて同級生とたむろしていた乙骨に、五条はそう珍しくもないが、やけにハイなテンションで声を掛けた。

 

「おつかれサマンサ-!いやぁ憂太、大ッ活躍だったネ!頑張った憂太クンには、ご褒美がありマース!!」

 

 絶対にしょうもない上に、ろくでもない。察したパンダ、狗巻、真希が蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていく。逃げる真希と無理矢理肩を組んで引き留めた五条は、にんまりと口を三日月にした。嫌悪でものすごく顔をひんまげた真希が踵で五条の足の甲を踏み抜くが、無限に阻まれている。

 

「お小遣いあげるから、ちょっと真希とおつかいに行っといでよ」

「どこがご褒美だ!パシリじゃねーか!」

「まあまあ、そんな大した用事じゃないんだよ。ついでにパーっと遊んできなさい」

 

 おつかいと言う割に指示の中身があいまいなメモと、十代の子どもには多すぎる"お小遣い"を乙骨に握らせた五条は、「じゃ、僕ヤボ用あるから、後ヨロシク~」と立つ鳥後を濁しまくりながら去って行った。

 

 あらん限りの五条の悪口を吐き出す真希をなだめすかしながら、乙骨たちはメモの指示通りに目的地である渋谷は道玄坂へやってきた。一番大変だったのは、支度の際に五条からのメモの「制服はNG☆都会で浮かないようにオシャレをしよう!呪具なんてカワイクないものは置いていくように」という文言を読んだ真希が、「目隠し包帯なんてイカれたセンスのバカにオシャレとか言われたくねーんだよ!」とキレて五条の二十五万のシャツをズタズタに切り裂こうとするのを止めることだった。

 

 そうしてたどり着いた場所は、紛うことなきラブホテルだった。

 

「未成年にラブホとか!アイツ腐っても教師だろうがっ!!」真希がとうとう噴火した。

「ちょ、真希さん!声抑えてよ、こんなとこ人に見られたら……」乙骨が羞恥で真っ赤になりながら真希を諫めた。

 

 乙骨憂太十五才、はじめてのラブホテルである。九才で折本里香に呪われてから高専に来るまでまともな対人関係を築けたことなどない生粋の青少年(童貞)には、当然ながら縁の無かった場所だ。

 

「チッ早いとこ済ませるぞ」

 

 律儀にも五条のおつかいを全うしようとする真希が、指示通りに建物の中に入っていく。

 

「ま、待ってよ真希さん!ていうか、ここって僕らが入れるもんなの?!」

「あ?無人タイプの受付なら別に誰にも止められねーよ」

 

 赤くなったり青くなったりと忙しい乙骨は、生唾を飲み込み覚悟を決めると、自動扉をくぐった。薄暗いロビーに設置されたモニターパネルの煌々とした明かりが、真希を照らしている。

 

「おい、バカからの指示には何て書いてあった?」

「え、えーっと、『椰子の木の根元を目指せ、さすれば汝の前に姿を現す』ってなんだこりゃ……ていうかこんなとこに椰子の木なんか生えてないよね」

「椰子の木、椰子の木な」

 

 同級生の女子とラブホテルに居るという気まずすぎるシチュエーションに、ひたすら足元しか見つめることしかできない乙骨をよそに、真希はパネルを操作して南国リゾート風の部屋を選ぶと、奥へ進んでいく。

 

「えっ、ちょ、真希さん!?いつの間に!?」

 

 何やら慣れた様子の真希に、どうしてラブホテルの仕組みを知っているのか、聞きたいような聞きたくないような、複雑な男心を抱えながら、乙骨も後に続いた。

 

 

 扉を開けてまず目に入ったのは、中央に鎮座するキングサイズのベッドと、ヘッドボードの柱の馬鹿げた椰子の木風装飾だった。白い砂浜と波打ち際、水平線と雲一つ無い青い空がミルフィーユの層のように描かれた壁紙は、何も考えずにただ貼ってあるだけなのだろう。どの面の壁紙にも燦々と輝く太陽が描かれていた。さらにちぐはぐな印象を与えるのは暖色の間接照明だ。壁紙は真昼のビーチなのに、夕暮れ時のような明かり。この部屋を作った人間は間違いなくバカだ。

 

「っとにクソくだらねぇ。でもやらなかったらそれはそれでビビったとか悟に言われんのも癪だしな……憂太?」

 

 真希はぼやきながら部屋へ足を踏み入れた。ホテルに来てからは気の毒なほどに挙動不審になっていた連れが急に黙り込んだので、気になって振り返る。

 先ほどまで泳ぎまくっていた乙骨の目が、熱を感じるほど真剣な眼差しで真希を見つめていた。

 

「おっおい!何考えてんだテメェ!」

 

 乙骨の視線に一瞬で茹で上がった真希は乙骨に詰め寄ったところ、どうにも視線の行方は己を通り越したその後ろに向いていると気付いた。「おい、まさか……」油の切れたブリキの玩具のように真希はゆっくりと振り向く。

 

「ば、ばく……ばくはつぅ……りあ……じうは……ばくはつぅ」

 

 先ほどまで何も居なかった空間に、呪霊がいた。天井すれすれまで伸び上がった胴体は、こけしのような形をしており、赤と白の横縞模様。某自慰用アダルトグッズを想起させるその胴体からは、妙に生々しい体毛の濃い成人男性のような手足が生えていた。冗談のような呪霊だ。

 

「おい、どうすんだ!呪具は置いてきちまったんだぞ!」

「ぼ、僕も刀置いてきちゃったよ!」

「里香出せ!里香!」

「駄目だよ!っていうかイヤだよ!!女の子にこんなとこであんなのの相手させらんないよぉ!」

 

 乙骨(童貞)でも、いや乙骨(童貞)だからか、某自慰用アダルトグッズのことは知っているようだ。しかしどんなに間抜けな見た目でも、呪霊は呪霊だ。呪いには呪いをもって祓うしかない。得物がないので、徒手空拳で闘う(やる)しかないが。

 素手でこんな呪霊を触りたくない気持ちと、呪霊は祓わねばならないという使命感の間で乙骨が葛藤していると、背にしていた扉が突然蹴破られた。

 自動小銃を手にして、単眼式の暗視ゴーグルを片目につけた屈強な男たちが五人ほど入ってきたと思えば、やにわに斉射で呪霊を蜂の巣にしてしまう。

 至近距離で聞いた発砲音の五重奏とマズルフラッシュの閃きにくらくらしながら、乙骨は何もことばが出なかった。

 

「状況終了。薬莢を回収したら、建屋に展開した帳を解除して撤収だ」

 

 リーダーらしき男が指示を出すと、部下たちは速やかに行動を開始した。厳つい男たちがちまちまと床に散らばった薬莢を拾い集めるシュールな絵面をよそに、リーダー格の男が乙骨と真希に存外穏やかに声を掛けてきた。

 

「ご苦労だったな」

「珍しいな、アンタらが呪霊退治とは」

 

 真希が気安く応じたことに驚く乙骨を置いてきぼりにして、二人の会話は続く。

 

「ああ、ここらは最近広げたシマなんだが、どうも()()らしいって言うんで、放っておくわけにはいかなくてな。しかし慣れないことはするものではないな。ここ五日間、二交代制で張っていても待てど暮らせど(やっこ)さんは出てきちゃくれなんだ。ようやく会えた感激で少々派手に()()()()()を鳴らしすぎた」

「そうだな」真希は床に這いつくばってせっせと薬莢を拾う男たちを見ながら同意した。

「で?出現条件つきの呪霊をおびき寄せるために、私らがここに寄越されたってわけか」

「若い男女が必要だったんで、念のため呪いの類が分かる者を、と大尉から五条に依頼したんだが、まさか未成年の学生を寄越すとは……」

 

 真っ昼間の都会のど真ん中でランボーよろしく銃をぶっ放す連中まで非常識と絶句せしめる五条の名前を聞いて、ようやく乙骨が復活した。

 

「あっあの!真希さん、その人たち知り合いなの?」

 

 不安そうにおどおどする乙骨に、真希はにんまりと意地悪い笑みを浮かべながら答えた。

 

「ああ、紹介してやるよ。こいつらはブーゲンビリア貿易ってとこの人間なんだが、ま、手っ取り早く言うと―――マフィア屋さんだ」

 

 

 武装した男たちのリーダーであるメニショフ―彼はマフィアと聞いて縮み上がる乙骨に、大変紳士的に自己紹介をした―が、何やら真希に渡すものがあると言うので、乙骨と真希は拠点へと撤収する彼らに同行することとなった。ホテル前につけてあった彼らの移動手段であるスモーク貼りの()()()()なバンを見た乙骨は、よもや拘束と目隠しを強要されるのでは、と想像を膨らませた。しかし、いたって普通に着席したまま、何なら座ったままかちこちに固まる乙骨がシートベルトの着用を促されるぐらい安全無事な旅路だった。

 

 ブーゲンビリア貿易は、都心のオフィス街に立派なビルを構えていた。フロント企業として体裁を整えているとのことだが、ガラス張りのモダンな正面玄関や、キリル文字とアルファベット、カタカナで併記された真鍮の社名看板からはなるほどマフィアっぽさは微塵も感じられない。

 車両を駐車場にとめにいくメニショフらと別れ、乙骨と真希だけ正面玄関前に降ろされた。大きな回転扉をくぐって中に入ると、真希が勝手知ったる様子で受付カウンターを素通りして奥のエレベーターへ向かう。乙骨はカウンターで背筋をぴんと伸ばして立つ背広の男性に小さく会釈すると、真希と一緒にエレベーターへ乗り込んだ。

 

「真希さんはここに来たことあるの?」

「昔、実家出てから高専に入るまで少し世話んなっててな」

 

 瞬間、乙骨の脳裏に()()()()()記憶がよぎった。片肌脱ぎの着物、きつく巻いたさらし、ギラリと光るドスを構え「舐めたらいかんぜよ」と見得を切る真希―――

 

 宇宙猫の顔で、マフィアではなく極道の真希を夢想する乙骨は、エレベーターが止まったことによるGの変化で現実に戻ってきた。エレベーター内の液晶画面は地下三階を示している。

 

「何呆けてんだ、行くぞ憂太」

 

 エレベーターを降りた先も、普通のオフィスビルらしい内装の廊下が伸びていた。通りがかった社員(マフィアを社員と呼んでいいのか分からないが)を真希が捕まえて、メニショフに言われて荷物の受け取りに来たと告げると、廊下奥の八番狙撃訓練場へ向かうよう指示された。オフィスビルと狙撃訓練場というちぐはぐな組み合わせに乙骨は疑問符を浮かべながら、ずんずん進む真希の後ろに小走りで続く。

 廊下の突き当たり、"№ 8"のプレートが掲げられた鉄扉を開けると、強い風が吹き抜けた。

 そこは屋上だった。地下三階なのに、屋上。結界術だろうか。頭上に広がる快晴、林立するビル群、そして屋上の縁に腹這いになって銃身の長い狙撃銃を構える男と、その隣で双眼鏡をのぞき込む男。

 腹這いの狙撃手が引き金を引いた。響き渡る銃声と、遠くでガラスの割れる音がかすかに聞こえた。

 

「目標への着弾確認」観測手が双眼鏡をのぞき込みながら言うと、真希が口笛を吹いてはやし立てた。

「ビル風が吹きすさぶ中、()()()()でも二百メートル先の標的に命中(ブルズアイ)か、さすがだなボリスの旦那」

 

 賞賛を受けた狙撃手、ボリスが立ち上がった。がっしりとした厚い体で、背も高い。額の右上から左頬まで一本傷が走る厳めしい顔を少し緩めると、見た目に反して穏やかな声を発した。

 

「来たか」ボリスは乙骨に視線を移すと「そいつが例の坊主か」と言った。真希が肯首すると、ボリスは乙骨に右手を差し出した。乙骨がはっとして握手に応じると、見た目通りの固く節くれ立ったボリスの手が力強く乙骨の手を包み込んだ。

 

「ブーゲンビリアへようこそ。聞いたぞ?ずいぶんとおっかないカミさんが憑いてるんだってな」

「ど、どうも……正確に言うと里香ちゃんとは結婚はしてなくて、婚約?って感じなんですけど」

 

 ボリスのくだけた物言いに思わず釣られて、乙骨は大真面目に里香について説明してしまったが、ボリスは馬鹿にしたりせずに優しく笑って「そうか」と返した。

 

「私に渡すもんって何だ?」

 

 真希が訪問の目的を切り出すと、ボリスは二人を狙撃場の外へ促した。廊下に出ると、すぐ右手の扉へ入る。先ほどの青空が広がる空間からうってかわって、油の匂いが鼻をつく倉庫だった。鉄製の棚が整然並び、床には大量の木箱が積み上げられている。乙骨が蓋が少しずれた箱の中身をそっと覗くと、大鋸屑(おがくず)のベッドに横たわる自動小銃(カラシニコフ)が見えた。これはマフィアのアジトというより、軍隊の基地じゃないだろうか。

 

「ほら、こいつだ」

 

 乙骨がきょろきょろと視線をさまよわせている間に、ボリスは目的の物を取り出していたようだ。

 

「ふーん、双刀か」

 

 真希が手に取ったのは、二刀一対の柳葉刀。変わったことに、その二刀は柄の末端から伸びる一本の長い綱で互いが繋がっていた。縄跳びができそうなぐらい長い綱だ。

 

「取り回しがややこしくてな、呪具使い(ウエポンマスター)のお前さんなら使いこなせるだろう」

「ありがたくもらっとくぜ。帰ったら早速今日の()()に悟のバカをこれで三枚におろしてやる」

 

 

 帰る前にここのボスに挨拶していくという真希に連れられて、乙骨は頭目であるバラライカの部屋を訪れた。ふかふかの絨毯、艶のある黒の革張りのソファセット、ピカピカに磨かれた重厚なマホガニーのデスク、どのインテリアも高級そうだ。だが、デスクの上のモニタで踊る肌色と、スピーカーから流れる卑猥な水音、甲高い女の嬌声が全てを台無しにしていた。

 

 マフィアの一番偉い人が、死んだ魚の目で無修正ポルノを見ている。呪術界に来てから色々なことがあったが、乙骨は今この瞬間が一番困惑しているかもしれない。

 

「あー、頼んでたホテルのバイトの件、あんたたちにお鉢が回ってきたの。窓にやらせればすむこと、わざわざ対応したの?」

「悟に言ってくれよ、そんなこと」

 

 真希はポルノに動じず、平然とバラライカと会話している。乙骨はまともにバラライカの方を向けない。彼女の方へ顔を向けると、自然とその奥のモニタに映るものが見えてしまうのだ。

 

「まあなんでもいいわ。今日中に十五本も片付けないといけないのよ、これ」

「仕事?」

「そう、お仕事。呪いのポルノを解呪する簡単なお仕事。こっちも高専からバイトやとえばよかったわ、頭がおかしくなりそう。どっかのバカが抜けば()()()()()()()頭の悪い呪いを無差別に仕掛けたのよ。大迷惑よ、まったく」

 

 いっそう高く大きな嬌声がスピーカーから響く。思わず画面を見てしまった乙骨は後悔した。あらぬモノがあらぬトコロに入っている。

 

「姐御、姐御、ありゃ尻に入れてるのか?」

「尻よ」

 

 これ以上この場にいると乙骨が女性不信をこじらせそうだったところ、バラライカが話を切り上げた。

 

「あんたたち、それっぽい呪詛師のことを聞いたら教えてちょうだいな。礼はするわよ?」

「ああ、何か聞いたらな」

 

 ポルノに呪いをかけるっぽい呪詛師の話を聞くことなどあるのか、乙骨には疑問しかなかったが黙っていた。早く帰りたかったのだ。真希は別れの挨拶とともに「続き、がんばれな」とバラライカを励ました。

 

「死にたくなるわ」

 

 バラライカは心底うんざりした声だった。

 

 

 ブーゲンビリア貿易を辞した乙骨と真希は、銃刀法違反を免れない正真正銘の刃物(双刀の呪具)のお土産を所持していることから、念のため公共交通機関の利用を避けて、目立たない場所で高専からの迎えを待っていた。

 

「あの人たちも呪術師なの?」

 

 乙骨は高専関係者以外で呪いを知る者にはじめて会ったが、これまで見知った呪術師とは大分かけ離れているため、困惑していた。

 

「いいや、連中は呪術師を名乗らない。それに呪術界の大半も連中を呪術師だとは思ってねぇよ」

「そうなの?みんなすっごく強そうだったけどな……」

「今日、AKで呪霊をボロ雑巾にしたとき、あいつら昼間なのに暗視スコープつけてたろ?あれが無いと呪霊がまともに見えねぇんだ」

 

 真希は掛けていた眼鏡を外して服の裾で軽くレンズを拭いた。不機嫌そうなしかめっ面になっているのは、視力が悪い人が裸眼だと目つきが悪くなるパターンだろうか、と乙骨はぼんやり思った。

 

「ああ、バラライカの姐御は別だけどな。術式持ってるらしいし、呪力量もアホほどある」

 

 バラライカの呪力量については、実際に目の前にしたので、乙骨にも分かった。かなりとんちんかんな初対面だったが、彼女が強いことは確信を持って頷ける。

 眼鏡を掛けなおした真希は、急に不気味な笑みを浮かべると「連中はなぁ、自分たちはソ連軍の亡霊だって嘯いてやがんのさ」と、まるで怪談を話すかのようにおどろおどろしく言った。

 

「生きてるのに、亡霊?それにソ連ってもう無くなったんじゃ……」

「詳しいことは知らねぇが、悟いわく、()()()()から呼ばれて来たから、マジで()()()()()()()()()んだとよ」

 

 結局、バラライカたちが何者なのかはよく分からないままだ。

 

 

「君たちぃ、こんな薄暗い路地でふたりっきりでナニしてるのかなぁ?」

 

 ねっとりと体にまとわりつくような背後からの声に、乙骨と真希は咄嗟に振り返った。

 路地の奥、薄暗がりから男がのそりと現れる。猫背気味の中肉中背、凡庸とした特徴のない面貌で、まだ残暑の残る季節には合わないロングコートを着込んでいる。典型的すぎる変質者だ。

 

「なんだおっさん、何の用だよ」

「お、俺は知ってんだぞ、お前らが昼間っからホテルで、い、いかがわしいことをしようとしていたのを!全くもってけしからん!」

 

 真希が男を睨みつけると、男はどもりながらも、しょうもないおつかいの一部始終を目撃していたことを告げた。顔を真っ赤にしながら「もう、真希さんがホ、ホテルの前なんかで大声出すから!」という乙骨の反応に、真希は「なんで私のせいなんだよ!」と憤慨した。変なおっさんが絡んできただけかと思った二人がじゃれていると―――

 

「俺の呪霊による正義の鉄槌が下されるところだったのに、それを、クソッ!遊撃隊(ヴィソトニキ)の連中め!邪魔しやがって!」

 

 続く男の言葉によって、その正体を呪詛師と察した乙骨と真希はすぐさま身を構えた。油断なく男を見据えた二人は、男の後ろや横の壁から出てきた呪霊の姿形に、己が目を疑った。

 物質をすり抜けられるほどの低級呪霊だが、ホテルに出た呪霊がかわいく思えるほど、卑猥な見た目の呪霊がうぞうぞと蠢いている。細いコードがついた卵型、数珠が連なったような棒状のもの、二叉に分かれた張り型といったアダルトグッズを想起させるものもいれば、まんま男女の性器を思わせる姿をした呪霊たち。

 

 え?あれと戦うの?嫌すぎるんだけど―――乙骨と真希の心はシンクロした。

 

「今度こそお仕置きだッ!俺の術式は創霊呪法!!呪殺した非モテ男たちの怨念を材料に、俺が作り出した仮想非モテ怨霊でリア充どもは皆殺しだーーー!!!」

 

 呪詛師がコートの前をがばっと開けると、案の定その下は全裸だった。有史以来最底辺の術式開示かもしれない。

 

「「へ、変態だーーー!!!」」二人の叫びもシンクロした。

 

「何あれ何あれ何あれ!!!」乙骨は完全に許容範囲外(キャパオーバー)だった。しかしどれだけ馬鹿げていても、術式開示は術式開示だ。露出行為も()()()()縛りなのか、呪霊達の呪力が膨れ上がる。等級にして二級か―――

 

「頭下げろ、憂太!」

 

 真希の声に身を屈ませた乙骨の頭上を、白刃が舞った。投擲した柳葉刀が一体目の呪霊を切り裂くと、真希は刀に繋がる手元の綱を手繰り、その軌道を変化させた。柳葉刀は蛇のように軌道をうねらせて、続けて二体、三体と呪霊を真っ二つにすると、吸い込まれるように真希の手に帰ってきた。

 

「なんだ、けっこう使えるじゃねえか、これ。いいもんもらったな」

「す、すごいよ!真希さん!」

「よし、憂太、ちょっと下がってろ。試し切りには()()()()()()

 

 真希は左右それぞれの手で二刀の柳葉刀をカウボーイの投げ縄のように回転させながら、呪霊の群れに突っ込んだ。回転刃で数体を刻むと、綱を伸ばしながら間合いを広げていった。くるくると踊るように双刀を操る真希を中心にして、白刃の竜巻が起こる。曲芸師のような華麗さに、乙骨は思わず「おお」と拍手した。

 白刃の嵐に呑まれた呪霊の群れは、やがて跡形もなく消え去った。

 

「で、誰をお仕置きするんだって?」般若を背負った真希が言った。

 

 そして、夕暮れの空に、呪詛師の汚い悲鳴が響いたのであった。

 

 

 真希は乙骨が引くほど呪詛師をタコ殴りにした。腫れ上がった男の顔は、もはや元の人相が分からないほどだ。ひとまず柳葉刀の綱でふん縛って拘束すると、乙骨がはたと気付く。

 

「なんかこの人の呪力、知ってる気がするんだよなあ」

「そりゃそうだろ、昼間のホテルの呪霊もこいつの仕業なんだから」

「いや、そうじゃなくって、もっと別の場所で……」

 

 真希も一緒になって考える。ホテルの後はブーゲンビリア貿易へ行って、ボリスから呪具を受け取り、バラライカに会って―――

 

「「呪いのポルノ」」

 

 同時に答えにたどり着いた二人が、顔を見合わせた。

 

 

「お手柄ね、高専においとくには勿体ないわ。困ったことがあったらまたいつでも(うち)にいらっしゃい」

 

 呪詛師を引き取りに来たバラライカは、()()()()()()()から解放されてご機嫌だった。真希に手酷くやられてボロボロの呪詛師は、屈強なバラライカの部下たちに拘束されてベンツのトランクに詰め込まれた。マナーモードのごとく震える呪詛師を見た乙骨が「あの(ひと)、どうなっちゃうんですか……?」と恐々バラライカに尋ねたが、彼女はにっこり笑みを返すと「じゃあね」と言って去ってしまった。

 

 バラライカたちの乗ったベンツと入れ違いに、黒のレクサスが二人の前に止まる。後部座席のパワーウインドーが下がり、五条が顔を出した。

 

「やあやあ、おまた-!!GLG(グッドルッキングガイ)が迎えに来たヨ~」

 

 運転しているのは伊地知なので、正確には五条ではなく伊地知の迎えだ。

 

「デートは楽しかった?」

 

 五条が両手の拳を顎にあててぶりっこポーズで茶化す。こういう時のこの男は、知っていてこういう事を言う。乙骨は隣の真希からぶちっという血管の切れる音が聞こえた気がした。

 

「てめえ、ぜってー三枚におろす!!!」

 

 自分たちの担任は、ほんとうにろくでもない。乙骨は改めてそう痛感した。




ブラクラの面白殺し屋の呪詛師版が書きたかったんです。
真希さんの呪具はシェンホアの得物をお借りしました。
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