関東地方のとある山奥に、途方もない呪力が満ちている空間が存在しているという一報が舞い込んできたのは、つい最近のことであった。
後日、正式な調査が行われた結果、日本中の一級呪術師全てをぶつけても、良くて数日耐えられるかどうか、特級呪術師ですら手に負えるか不明、と結論付けられる。
調査報告を踏まえ、呪術界上層部が下した判断は、“最強の呪術師”に全てを丸投げする、であった。
「とっきゅう……じゅれい?呪霊?この私が?」
「うお、完全な人型だからまさかとは思ったけど、ここまで話が通用するとは」
そう言って、白髪はけらけらと笑う。そんなことよりも、私が呪霊、つまり、化け物となったことである。どういうことだ、私は現にこうして地に足つけているでは、
……いや、まて。
「考えてみれば、素手で熱々の鉄塊を掴めるのが、既におかしかったのか」
「それだけじゃない、疑問に思わなかった?この空間」
両の手を見ていると、白髪が再び口を開く。
「ここから半径500mにわたっての物体は、基本的に全て呪力で構成されているんだ、勿論君のね。呪力無しで見てみれば、本当ならこの辺は全て更地だよ」
「……!!」
その瞬間だった。
全身が燃えるように熱く感じた。
瞠目して、刹那の瞬間、見たことのない、いや、
「炭化した木が何本か生えていたから、多分火事でも起きたんだろうけども」
息が詰まる、目が乾く、熱い、……!
「うあっ……!」
膝から崩れ落ちて、白髪の前でみっともなくうずくまってしまった。汗が至る所から出てきて、眼前の土に滴る。恐る恐る顔を上げ、周りを見てみると、美しい夜景は消えていた。
「あらら、呪力の安定性が欠けたか」
白髪の言っていた通り、あたりは草木一つ生えていなくて、真っ黒な木が何本か立っているだけで、少し先の方は森林であった。上空にはお天道様が爛々と輝いている。私の荒屋があった場所には、もはや灰すら残っていない。
唯一、赤熱化している鉄塊だけが、荒屋の跡地に置かれていた。
「術式持っていないくせして、呪力だけであんな空間作ってたんだから、大したものだよ……さて」
じゃり、と音がした。顔を上げると、白髪の目が隠れた顔が迫っていた。
背筋が粟だった。
何故だか全く脚が動かない。
「僕は上から君の抹殺を命令されたから来たんだけども」
「……」
抹殺、どうやら呪霊とは、名前通り人間と相対する存在らしい。
ふと、私は鉄塊に目を向けた。
「ッ……!!」
「おっ…?」
無我夢中に、私は鉄塊の元へ駆け寄って、両手で持ち上げた。本能と言っても良い。とにかく鉄塊だけは守らなくては、という考えがよぎったのだ。
その時だった。
「あっ……!!」
赤熱化していた鉄塊が、液体のように蠢いて、私の両の掌の上で細長くなった。
そして、あっという間に、ほのかに反った、太刀程の大きさの刀身が形成されて、朱色の紐で彩られた柄が私の右手に収まったのである。
驚きはなかった。むしろその瞬間に、この鉄塊が私にとって何であるのか。その全てがわかった気がした。
「……」
私は、しっかりと地面に立って、刀の鋒を白髪に向けた。白髪の男は相変わらず笑みを絶やす気配が無い。
おそらく向こうは凄腕なのだろう、肌で感じる。対して私は鉄塊を打ち続けていただけだ。勝てるか勝てないかでいえば、全く勝てる気がしない。
しかし、私の本能が言う。死にたく無いと叫んでいる。ならば仕方がない。
「私は無用な争いは望まない、それはあなたもそうだろう。ここから立ち去ってくれないだろうか」
「いやいや、上の命令だし……それに、僕は負けないよ、“最強”だから」
柄を握る右手が震えた。