この末期の世界に曇らせ好きの愉悦部が乱入した話。   作:ネマ

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姫巫女の章

 

私の始まりはなんだったのか。少なくとも、平穏に満ちていた。

なんの問題もなく幸せに生きてきた私だった。幼馴染は剣の名手で語るといえばそれぐらい。後はただひたすらに平穏だけが過ぎ去っていった。

 

あの時までは。

 

なんでもないような日だった気がする。

夏のような、秋のようなはたまた春か冬のような。

そんな晴天のある日。昨日とおんなじ日を繰り返すかのような目覚めで、私は何処か高揚感のような物を覚えた。昨日と地繋がりの今日、なんの変哲もないはずの今日がその日だけとても輝いて見えた。

見る物全てが、いいや。この世の全てが輝いて見えていた。でもそんな希望すぐにでも打ち砕かれることとなる。

 

轟音。普通だったら聞かないような轟音と共に、多くの音が聞こえた。

何か大きなものが這うような音。トマトが潰されるような音。木がへし折れる音。砕くかのような音。ガラスが割れるような音。その全てが不快感と共に襲ってきた。

私はその瞬間。卑怯で最低な女になった。

幼馴染の若葉ちゃんと若葉ちゃんの家族、そして私の家族を天秤にかけてしまったのだ。…私の家族は殆ど即死の状態、よくて風穴が空いているほどだった。

若葉ちゃんの家族もその多くが即死、よくて手足が潰されているほどだった。

私はどこまでも冷酷に考えてしまった。救えない。と

どれだけ若葉ちゃんが剣の名手だと言われても、筋力は大人の男性には遥かに劣るだろう。勿論、私だって平均程度の筋力しかない。

その中で、どう救うのか。訳の分からない“何か”に狙われない保証はない。

何処が安全さえ定かではない。今もなお、遠くから悲鳴が聞こえる。火の手が上がっている。色んな音が怒号と共に襲ってくる。

詰みだ。何処に行けば私は助かる?その為には、身軽でないといけない。最低限、財布と携帯だけ持って私は外に飛び出した。

……簡単に言うとだ。私は“きっと助からないだろう”と見捨てたのだ。なんの後悔もなく、ゴミをゴミ箱に捨てるように選別したのだ。なんの問題もなかった若葉ちゃんだけ連れて、助かる命だけを連れて。

 

私たちはその後無我夢中で逃げ回った。

街を駆けずり回り火が家を飲み込んでいるのを見た。遠目から白色の化物が人を貪っているのを見た。瓦礫に足を取られ、助けを望んでいる人を見た。

地獄が続いた。地獄だけがあった。現実とは程遠い現実だけがあった。

私はその中悲鳴も怒号も、救いを求める声さえも無視してただめざしていた。

きっと、若葉ちゃんだけは手を離してはならないと知って。

一つの古びた神社に着いた。人の手から長く離れてることがわかるようにボロボロで、それでも何故か輝いて見えた。輝くと言っても人工的な光とは何処か違う。まるで御伽話の様な、そんな雰囲気に見えた。

 

『あれ……は』

 

『分かるんですか!?若葉ちゃん』

 

その瞬間。私は奇跡を見ることになる。

錆び付いて動かなかった筈の剣が若葉ちゃんの手に渡った瞬間。輝いて美しい銀色を反射させた刀になった。

私は、確かに見たのだ。若葉ちゃんが白い化け物を斬り伏せた姿をきっと私はこの日を夢見たのだと。

 

けどそう長くは続かなかった。

 

確かに戦う力を得たと言っても、所詮は女子中学生だ。

次第に削られていく劣勢。どれほど若葉ちゃんが剣の名手だと言えど、多勢に負勢。そもそも戦う手段を得たとして私たちは何処に向かえばいいのだろうか。

いや。そもそも人類に勝ち目は有るのだろうか。

時間がたった。私たちはアテもなく彷徨い続けた。私は所詮、若葉ちゃんに寄生しているだけに過ぎない。

軒下、デパートの中。駅の中、学校。何処に行ってももぬけの殻だった。

本当に人間が住んでいたのかどうかでさえ、疑わしくなるほど静寂と不気味な空気に溢れていた。

時間が経てば、経つほど白色の化物の数は減っていった。

私たちが見違えたかと思えるほどに、ただ不気味さだけが満ちていた。

現実は焼け焦げた匂いと、何か饐えた様な匂いだけがこの現実を現実だと訴える。

 

『なあ。ひなた。私は遠出しようと思う。』

 

『……………危険じゃないですか…?』

 

『ああ。危険だ。勿論、死ぬ可能性も有るだろう。だが…こんな状態だ私と同じような者もいるかも知れない。』

 

確かにと。その時は思った。

どうしようも無い絶望。きっとこのまま少しずつ朽ちていくと言うのならばいっそ荒波に飲まれて新天地を探す方が吉なのかもしれない。

 

『それにだ……』

 

空の彼方。勇者という存在が全力まで目を凝らしてようやく見える所では白い化け物が何度か同じ方向に向かっていくのを見たという。

 

『あの白い化け物は人を優先的に襲っていた。』

 

ならば白い化け物が向かった方向に行けば、少なくとも生きている人がいる可能性が高くなる。

私も、若葉ちゃんもその瞬間、覚悟を決めたのだった。

 

 

どれほど歩いただろうか。

目印になりそうなものは大体朽ちていて、若葉ちゃんの勘と私のあやふやな土地勘だけが頼りだった。

一つ、二つ三つと町の看板を抜いていくのを見てなんとも言えない感慨深いものがあった。

 

『……ひなた。あれは…』

 

『光の……壁?』

 

更に遠く朝日を数度見たある日。私は、私たちは光の大きなドーム状のような壁を見つけたのだった。

 

『どっちなんだろうな。』

 

『あれは、きっと人類がいる証拠です。』

 

なんの根拠もない虚言。でもその時だけわたしには何処か合っているだろうという理由にならない自信満々に答えた。

 

『……………!ひなたぁ!!』

 

『分かってますっ!』

 

光の壁に入ろうとしたその瞬間。私たちは運悪く白い怪物に襲われる。

後から分かったことだったが、多くの生存者を内包するこの大結界はバーテックスからすれば目障り極まりない代物だったがそこには人類史に残る大英雄である“大聖”が存在していた。勿論、まだ天の神にとってはただしぶといだけの人間だったがそれのお陰で全国に散らばっていたバーテックスが駆逐されていく。

とりあえず、人を喰わせて強くしたバーテックスをぶつけていくときに私たちがかち合わせてしまったのが真相で有る。

 

だが当時はそんな事知る由もなく。白色の化物は見たこともない様な複雑な形になっていて、結界から私たちを離す。荒事を知らなかったわたしでさえ心の底から強過ぎると恐怖心が満ちる。勿論、わたしでさえ恐怖を抑えられないというのに、剣道の名手で有る若葉ちゃんの感じる力量差というのは想像に難しくないのだろう。

事実、私たちは全身が震えて身体が言うことを聞かなかったのだから。

 

『………笑っている……』

 

どっちが言ったかさえも、定かではないがあの白色の化物は嗤っていた。

今までにあった白色の化物ではない手も足も出ない私たちを見て楽しんでいる。

嬲るような、サーカスで芸をしている動物を見るかの様なそんな愉快なものを見る感じ。

この白色の化物にとっては、若葉ちゃんであったとしても娯楽の一つなのだろう。

だって震える若葉ちゃんが刀を構えて刺し違える覚悟だというのに、白色の化物は手を叩いて爆笑しているかの様に体を捩るだけ。……私はただ、また何も出来なかった。

若葉ちゃんの様に英雄にも、逃げ出せる一般人でもなかった。

ただここまで若葉ちゃんを付き合わせてしまった責務感で立っているだけの愚者でしかなかった。

 

『ひなた。すまんな。』

 

『大丈夫…です。』

 

救いの地は眼前に。だがその行手を阻むかの如く白色の化物が嘲笑いながら襲ってくる。白色の化物にとって私は構う必要さえないのか行手を遮ったまま本体は若葉ちゃんを遊ぶ。

一撃で葬り去れるだろうに、若葉ちゃんは少しずつ少しずつ劣勢に追い込まれる。

猫がネズミで弄ぶかの様にまた一つまた一つと傷が増えていく。白色の化物には切り傷一つつけられないというのに。

 

『………っあ』

 

飽きたかのように無造作に振われる暴虐。若葉ちゃんも私も疲労と恐怖で動けなかった。開かれた口のような部位は悍ましい暗黒が広がるだけ。

食べられる。私は目を閉じた。少なくともこれ以上恐怖の中で死にたくないから。

 

『遅くなった』

 

ああ。だが絶望の底でも蜘蛛の糸を垂らすのはいつだって居るのだ。

その英雄は一太刀で白色の化物を両断した。

陳腐な漫画であるような剣を振るったら敵の身体から空の色が見える。

そんなどうしようもない感想とともに、英雄は若葉ちゃんが苦戦したのを諸共せずに切り捨てたのだ。

 

⦅ああ………⦆

 

その瞬間の事を永遠に忘れないだろう。

その情景は深く深くまで刺さって抜けない矢のような私の脳を焼き尽くして、価値観が崩壊して、今までになかった物が視界を彩った。

ああ。あの日見るもの全てが輝いたのはこういう事だったんだと。

無骨な片手剣に、何処までも光り輝き前に向かう瞳。勇者というのは彼を言うのだと。

ああ。この身を走る稲妻は、恭順欲だと知った。

あの人の瞳に写りたい、名前を覚えてほしい、触れさせてほしい。

撫でてほしい、笑いかけてほしい、言葉を交わしてほしい。

貴方の体温を感じさせてほしい。貴方の全てが知りたい。

貴方のためになりたい。貴方のために捧げたい。貴方の横がほしい。

今、全ての価値観が狂った。そんな日の事だった。

 

 

 

日時は過ぎ、世界は箱庭の中で平穏を取り戻しつつあった。

多くの秩序は失われたままで、それでも希望は消えることはなかった。

あの日の英雄は白色の化物が現れた時、同じようにその手に力が降り多くの無辜の民をその手で救った。その背で四国を守る。正に勇者と名声は轟いた。

まあ勿論、それだけでは無かった。

勇者と彼を崇める人、大聖と讃える人以上に私たちの熾烈な奪い合いは始まった。

 

『貴方には巫女の適正がございます。』

 

あの日告げられた私の才能。

私だけが持つ才能。神の声を聞き届ける巫女。今では勇者を導く巫女。

陳腐な言い方をするならば、聖女。

大社だけでも多くの巫女が居た。けど勇者の力を持つものを導いたのは私が最初だった。そして大聖様の活躍をその目で見ることが出来た巫女は私だけ。

これは運命だ。きっと、私の巫女としての才能は大聖様だけのためにある。

私はその事を誇っていたし、傲慢までに自負していた。私だけが大聖様の隣に居られるのだと。

ただ少しだけ大聖様を知覚しただけの存在が大聖様のとなりなんて烏滸がましい。

大聖様にその手で救われただけの、対して巫女の力を持たない存在が大聖様のとなりなんて烏滸がましい。

そんな嫉妬が多く渦巻いてなお巫女達だ。

表面上は仲良く、されど裏では熾烈な争い。誰に迷惑を掛けるわけでも表に出すことさえもせず巫女達は暗躍する。

"英雄"の隣の座を自らのものにするため。

 

 

 

 

『畏れ多くも我らの英雄。』

 

『安泰を紡ぐ御方。

多くの希望を束ねる御方。』

 

『人類叡知。人類史三千年の歴史の守護者。大いなる聖たる者。』

 

『ああ。神々より遣わされし大英雄!』

 

『神樹ノ使徒。大聖様の言である!!』

 

大社の中でも、一二を争う大聖様の信奉者達が誇り高く声高らかに大聖様の紹介を謳う。

巫覡のような純白に多くの意匠が植え付けられ、かといって派手なだけではなく見るもの全てに神秘さと覇意を感じさせる。

きっと、神様というのはこういう事なのだろう。

 

『掛けまくも畏き 神樹之尊 』

 

大聖の声に呼応するように神樹が輝く。

それはまるで声を掛けられて喜んでいる幼子の様な、きっと肉体を持っていたのならば感極まって抱きついている様な……

邪推だろうか。護ってくださる神樹様にそんな事を思うなんてと恥じていたが、なんとなく本当になんとなくだが合っているようなそんな気がした。

祝詞は、祝杯と共に進み何事もないかの様に終わり始める。

 

その刹那の話だった。

 

『神樹様が光って………』

 

『くっ………』    『頭………が…』

 

大聖が祝の終わりと共に、神樹様に触れたその瞬間。

白い光と共に神樹様は光り輝き、視界が遮られる程の光が満ちる。

光と共に、私たち巫女に多くの神託が流れ込む。ここまでの神託の量は今までに無かったのだから、巫女の中では倒れ込む者も多く見られた。

 

『………勇者。いえ。大聖様。』

 

神託は大聖を指し示した。今まで人が期待を抱いて呼んでいた“大いなる聖たる者”は神樹の加護を得て、正しく彼一人を指す言葉となった。

それは神樹が大聖を英雄と認めたと同等だった。

 

『上里ひなた。汝を大聖の巫女と認める。精々励げむが良い。』

 

多くの信奉者達が次々に私を名指しで命ずる。

先ほど聞こえた威厳ある透き通るかの様な声。神樹様なんだと分かる。

どこか悔しそうな顔しながら、私と凌ぎあった多くの巫女がこうべを垂れる。

私は今少しだけ、少しだけ報われた気がしたのだ。

 

『…………』

 

巫女になっても何も変わらない。

朝の禊を終え、大聖様に会いに行く。憎きバーテックスは時間を考えずに襲ってくる。“北海道”、“沖縄”そして“諏訪”。大聖を内包し人類最後の希望の地である四国とは大違いで、大聖様の格落ち程度のものも一人ずつ。そんなのだから、星屑が百単位が襲撃すれば少なくない被害が出るだろう。

大聖様がその力を拡張して広範囲の攻撃で強そうなバーテックスは力を削ぎ、星屑は数を減らすが、それも一時的な物。四半刻有れば元の総数に変わらない程に戻っている。

海を越えてバーテックスも襲ってくるのを見ると、海外はきっともう。

そう考えると、本当に憂鬱になってくる。いつまで続くのだろうか。

大聖様だけが今戦えるとはいえ、勇者たちが大聖様の代わりになれるほどの力を秘めていると考えにくい。

若葉ちゃんには悪いが大聖様の様な超広範囲を射程内に納め、一歩も動かず遥か遠く少なくとも諏訪を越える辺りまでの攻撃を熟せるのか。

大聖様が有り余る適性を全力で使って繋いでいる勇者との連絡網。

その全てが大聖様で賄われている。ではもし、もし大聖様が居なければ。

もっと早い頃に、北海道や沖縄、もしかしたら諏訪も落ちていておかしくは無い。

 

 

私はただ大聖様が居る今の時間が好きだった。大好きだった。

 

永遠に続けば良いと思った。それだけで、良かった。良かったのだ。

 

 








上里ひなた

曇らせポイントは…〈削除済〉
大聖の狂信者。無自覚に大聖で物事を考えているという悪癖がある。
大聖が大聖として認められた時から、彼女は大聖の巫女として活躍している。
その活躍は華々しい物であるから多くの民は、大英雄にして現人神である大聖様と、その巫女にして大聖様の右腕である上里ひなたの下で永遠の治世が続く物だと信じられていたが………

大聖(幼馴染のためだけに巫女になるなんて…曇らせにくそう…)


次回。「◼️◼️◼️の章」

結末は、何処までも残酷でーーー



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