この末期の世界に曇らせ好きの愉悦部が乱入した話。   作:ネマ

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愛と崩壊の章

 

 

『……そうですか……』

 

大聖様の巫女になってから数ヶ月。色々な事が重なった。

上に行けば行くほど生活が良くなる以上にこの四国の歪な平穏がどれほどおかしいことか頭を悩ませる。

まずは、ライフラインが全て神樹様に賄われているという事だ。

食料、電気、水、ひいては雑貨類まで。

その全てが神樹様に賄われている。

つまりは、神樹様のご意向によっては私たちは簡単に滅んでしまう。

大聖様が守護してくださる間、神樹様が人間の守護に力を削いでおける。

文字通り、大聖とは人類の最期の希望なのだ。もし考えてもならない事だが、バーテックスとの戦いで亡くなったりでもしたのならば、神樹は勇者にも力を削がなくてはならなくなる。それは神樹が少しずつ力を削ると言うことになる。この世界に無限となるものはない。高次元の神であっても時間という鎖からは逃れられない。……もし大聖様が亡くなった後、神樹が四国を守れるのは単純計算でおよそ300年と少し。これを長いと見るか短いと見るかは意見が分かれるが。

その間に、大聖様程の力を持った存在が産まれるという確証はない。

更には、今この瞬間にでも大聖様に死なれたらもっと神樹の守れる時間が減ってしまう。

 

たった一人の人間に救えてしまう世界なら、いさぎよく滅びるべき。

そんな事をいう人間がいない訳ではないが、それでも私たちは滅んではならない。

たった一人の大聖様が命を削ってまで護ってくれているのだ。無為に滅ぶなどそんな事許されない。許せない。

きっと、これは大社に居る全ての人間の決断だ。

 

『大社に居られます全ての巫女。そして上役の皆様。その全ての承認と、受け入れが完了しました。』

 

『そして私が最後。と。』

 

『はい。』

 

細やかに書き込まれた呪符が掌の上で踊る。

一見、ミミズが這った様な後と読める様で読めない文字は落書きか前衛的な芸術とも読めるだろう。だが、その実多くの術師と巫女が三日三晩不眠で作り上げた逸品である。価値がわかる物なら感嘆の息を隠せぬままその符を見つめるだろう。

 

『大聖恢弘 邪吸隱滅……………』

 

『急急如律令!!』

 

片手に印を空に描き、符が輝く。

多くの真言と共に締めの言葉が唱えられた瞬間、掌の呪符は体に溶けるかの様にして消える。

その効果は直ぐにでも発生し始め、身体がみるみる内に重くなっていく感覚と共に、疲労感からか目眩が一瞬発生する。

呪符の効力。それが余す事なく肉体と魂を侵し始める。

その効果は、大聖のダメージを私たちが余す事無く受け入れる事。そしてその効果が気づかれない様にする。この二つだけ。

言うなれば、無限の残機を大聖様は自分が知らぬまま手に入ったということだけ。

勿論、残機の代償は私たちの命で支払われる。大聖様が傷を負えば、この呪符を受け入れた誰かから傷ついていく。大聖様が致死量のダメージを受けたのなら、そのダメージ分この呪符を受け入れた誰かが背負うその結末は死。

身代わり能力、そしてその事実の隠蔽。それがこの符。大社が作り上げた最高傑作にして、最悪の創造物。

 

そしてその事実を受け入れながらも、この符を拒絶する者は居なかった。

この話が出たのは、やはり神樹様のタイムリミットと勇者の成長性が問題だった。早い頃から神樹様の時間に関しては議論が交わされた。

だが、どの議論でも結末は大聖様がいる限り、また大聖様と同じ程の力を持つ存在が生まれるのならば問題ない事だけ。

素でそれほどの力を持つ存在ならば神樹様の力添えが無くとも、キチンとバーテックスが葬れるほどだと大聖様が証明している。

だが、大聖と同い力を持つ小娘達は一人二人だけで無く、全員であっても大聖様には遥かに劣っているという事実が頭を悩ませた。

性別に差はあれど、与えられた力とバーテックスを倒せる力は大聖となんら変わりない。だと言うのに超広範囲攻撃や、遠距離との会話など未だ大聖のみ使える技能が守護を担っている。酷くもどかしい状態が続いている。もし最悪が起きてしまったら本当に人類最期となってしまう。大聖の守護無き世界に、未来があるとは考えられない。

 

ならどうするか。

 

大聖の力が今まで神話で語られる様な英雄というバグ的存在ならば、その血を引くものも英雄になる話も少なくはない。多くの巫女に種を蒔いて、そのどれか一つでも次代の大聖が産まれるならば儲け物だ。その為には大聖様には生きてもらわなくてはならない。命大事にとは言っても、最前線に立つ彼の代わりにはなれない。神は私たちに微笑まない。だが、だからこそ出来ることがある。

これはもはや大人達の意固地に近い。

二十歳にも満たない子どもに護られぬくぬくと暮らし、生まれた多くの悲劇を見なかったことにして英雄だけに背負わせるのか。そんな事認められるわけがない。

そんな考えと共に、多くの大社の人間が呪符を受け入れた。遥か遠く300年、3000年。人間の歴史を積み重ねるためだけに、どこかで滅んでしまうかもしれない。でもここで意地を見せなくては、大聖様に合わせる顔がない。救っていただいた意味がない。

 

そんな声は時に大きな時代のうねりに一瞬だけでも穴を開ける。

たとえその一瞬でも一つ、また二つと世界を変える鐘の音になる。

 

『これこそ、我ら大社の意気と知れ。』

 

 

 

ああでもいつだって、世界は残酷だ。

 

 

 

『北海道が………陥落した!?』

 

慌ただしい物音と共に、大社の人間が駆け回る。

多くの術師、そして巫女並びに大聖様が声を張り上げる。

それは日本が残す最後四つの拠点のうち、一つが陥落したとのことだった。

微かに観測できていた勇者の反応は完全に無くなっていて、勇者亡き後の人の居留地など高が知れている。

 

原因はただ一つ。物量で押し込まれたそれだけ。

少し前から、場所は把握できないが大規模な侵攻が行われるのは術師と巫女が予見していた。そしてその侵攻で多くの人間が命を落とす。それが未来の結果だった。

だが、大聖様にとっても、大社にしても見過ごせる話では無い。

勿論、大聖様は沖縄・諏訪そして北海道全ての勇者に情報は共有されていた。

多くの大聖のバックアップの最中、侵攻場所は北海道。

勇者だけを内包する北海道は、星屑であったとしても十分な危険になる。

その数、数千万を超えるバーテックスが侵攻してきた。後々分かったことだが、バーテックスは滅ぼした街の上に卵みたいなのを築き個体数を増やしているようにも見える。そしてその全てが海外で増えた個体だった。つまりはもう、人類は日本にしか残っていないということに等しい。

 

北海道の勇者も、大聖様も尽力を尽くした。

ただ一つ敗因が有るならば、それは“距離”だ。

大聖様の超広範囲攻撃と言えど物理法則からは逃げられない。

着弾し、バーテックスを殲滅するまでに時間が掛かった点、そしてバーテックスはまるで学んでいるかのように肉壁戦法まで使って、大聖様からの攻撃を抑えた。

ならば、大聖様が直接加勢に行く事は許しはしなかった。

防御の観点、そして例えここで護ったとしても大聖様の足枷になるのが目に見えているのだから、私たちは彼を脅して動かさなかった。

 

『大聖様。もし我らを置いて行くのならば。』

 

『一同ここで腹を切りましょう。』

 

大社に居る全ての人員が片手に小刀を自分に向けながら、彼が北海道に向かわぬように自分の命を使って脅した。

彼の善性は私たちを裏切る事はできない。勿論、彼がこの場を捨て置いて行くのならば自害する覚悟で彼を押し留めたが。

 

『……………………』

 

大聖様は泣きそうな顔で、苦虫を噛み潰したような顔で私たちの願いを受け入れた。私たちは後足引かれながらもこれだけは受け入れられない。

ただ、私たちも見捨てる事は出来ないのだから、その後数日に置いて極光が空を何度も何度も裂いては北に向かって行くのを見ただろう。

 

 

 

絶望は終わらない。

 

 

 

『諏訪がまずい状態………』

 

一度坂を落ち始めたらもう止まらないとはこう言う事なんだろう。

諏訪は陥落寸前まで落ちた。諏訪大社を取り囲む大結界は敗走に敗走を重ね、今や半径数十メートル辺りまで落ち込んでいる。

巫女と勇者が駆け付けるまでの時間を稼ぐために多くの人間が直接的に犠牲になった。

勿論大聖様の超広範囲攻撃が有ると慢心できたが、北海道が落ちたあの日からバーテックの動向に大きな変化が見られた。まず殺傷能力が目に見えて減り、その多くが耐久性や防御面に優れる大型バーテックスが見られるようになった。これはつまり大聖様の超広範囲攻撃のメタとも言える。あくまでも大聖のその攻撃は“遠隔”だ。直接的な追撃はない。その為それさえ防げば勇者など恐るるに足りないと言う事だ。

そして、バーテックスは四国を狙う訳では無く、諏訪と沖縄二手に分かれ攻撃を始めた。これも大聖様が四国から出てこない事を北海道の一件でバーテックス側に理解されてしまったと言う事だ。

 

この二つのバーテックスの作戦で、諏訪はもう持たないとの事だ。

諏訪の巫女も、近々大規模な侵攻がある事を予見している。

つまりは、諏訪の民は勇者と共に命運を共にする事を決めたも同然だった。

 

『ありがとうございました。大聖様』

 

その一言だけ大聖様に残され、回線は落とされた。

その後諏訪の結界は消失したのが確認された。それはつまり守るべきものは何も残っていないということ。

現役の勇者はもう大聖様と沖縄の彼女しか残らなくなってしまった。

 

だがその後、大聖様の諏訪遠征が決まる。

数日間、バーテックスの侵攻が確認されない状態が確認された後、巫女と同行のみと言う条件を付けて。

二人だけなのだから、バイクを使い数日掛かるところを一日掛からず諏訪まで強行突破した。

そこに有ったのは予想通りに荒れ果てた人が住んでいた跡に、たった一つ立てかけられていた鍬だけ。

そこには小さな紙切れが巻き付けられていた。

 

『まだ見ぬ四国の救世主様へ。』

 

『こんな時代でもあなたに出会えたことを、とても嬉しく思います。

どうかどうか。お怪我がない様に。

この世界が、あなたたちのもとで、ちゃんと守られますように。

最後に。

私は心細かった。突然こんな事になって、死ぬ覚悟なんて出来なかった。

その最中、貴方との会話にとても勇気づけられた。次は貴方の隣で戦えたらな。なんて思ってます。』

 

 

 

希望は来ない

 

 

 

『沖縄と通信断絶…!?』

 

諏訪遠征の数週間後。遂に恐れていたことが発生した。

諏訪遠征にて、形見である鍬と、蕎麦の種そして勇者がいた印の鞭が大聖様の手によって回収され、大社にて厳重に祀られることが決定した。

大聖様のご意向により、「白鳥」の名前が名誉家名として刻まれた矢先の事だった。

 

沖縄との通信が落ちたと報告が回った。原因は、バーテックスの攻撃と断定された。

大聖の力で繋いでいた通信の糸が切られてしまったと言うことだ。

これはつまり、バーテックス側が後を引いているのが大聖様だと認め脅威を感じたからだろう。今では、どうなっているのかでさえ不明だ。

勿論、大聖様だってそう簡単に動かせない。現状がどうなっているかによっては共倒れの可能性だってある。

その日以降、四国に攻めてくるバーテックスの数と質が上がったこともあって考えてもいなかった最悪への不安が迫っている様に感じられた。

 

 

 

そして終わりは始まる

 

 

 

ある日の事だった。勇者も最低限使えるところまでの育成が終わったと言う事で戦場に送られる様になった。それでも大聖様程の殲滅力は無いのだから、露払いから今では大型も任せられる様になってきたある日だった。

 

『聞け。大社よ。』『聞け。勇者よ。』

 

大聖様の宣誓。その力を使えば四国に住む全ての人に声を伝えられる。

勿論こう言う事は初めてなのだから、大社の私たちは直ぐにでも声を潜め、その動きを止める。

 

『この星は、この人類史は間違えていた。』

 

『大いなる神の怒りをかい、だがしぶとく生き残る人間についぞ決定を施した。』

 

何かがおかしい。大聖様が言う様な事ではない。

 

『これは。慈悲である。』『滅びよ。一切の欠片も無く』

 

硝子が割れる様な嫌な音が響いた瞬間、四国を守っていた光り輝く結界は砕け散る。

それを見越したかの様に、バーテックスが空から海から攻め入ってくる。

 

『天の神の使いに代わり。』『全てを無に。』

 

大聖の御所はもぬけの殻で、人が居る感じではない。一体どこに消えたと言うのか。

 

『告げてやろう。今の貴様等に相応しい言葉を。』

 

『滅べ。脆きもの。汝等の名は』

 

私たちはその時、大聖の深い絶望を知ることとなる。

 

『弱者なり』

 

 

 

その後、すぐに大社の面員が集められた。

神樹様には大きな影響はなく、また大聖に割られた結界は前よりも強度は落ちるがバーテックスの遮断は可能になった。

割られた直後に入ってきたバーテックスは勇者によって討伐が済んでおり、倒壊した建物や炎上した家屋、そして被害を受けた一般人の確認が済んでいない。

だが、そんな事は末端に放り投げるほど会議は口角泡を飛ばす程だった。

考えても居なかった大聖の裏切り、それによる結界の破壊。

考えていた将来の計画も全ておじゃんになり、私たちの呪符の効力も破棄されている。繋がりを逆手に取ることも不可能だ。

 

『これは由々しき事態である。』

 

『しかし、本気となった大聖様…失礼。大聖を止められるものなどおりはしないでしょう。』

 

そもそもどうしてこうなってしまったんだ。カウンセラーはどうしていた。

多くのざわめきと、恐怖に怯える声が止む事はない。

 

『原因はやはり、他三箇所の勇者が亡くなってしまったことと考えます。』

 

どれほど大聖と崇められる存在であろうとも、まだ子どもだ。

価値は違えど同じようにその背に民を背負って戦う勇者たちの存在は相互に精神的な柱になっていただろう。そしてつい先日、その勇者の二人を私たち大社のせいで見殺しにさせてしまった。大聖にとって大きな傷になってしまった事は間違い無いだろう。

 

『非常に錯乱し、精神的に不安定になった物だと考えられます。』

 

そしてそこに卑劣な天の神は付け込み、大聖様を揺さぶりかけ、今回の様な暴挙が発生してしまった。

ああ。なんとも可哀想な大聖様。今まで必死になって四国を護っていたというのに、実に恐ろしき天の神に操られてしまった。

そんなことが起こってしまったのならば仕方がない。

数千もの同朋と、三人の勇者を失ってしまったことは非常に残念であるが、大聖様もきっと悲劇を多く目の当たりにしてお疲れなのだろう。

 

『やはり捕らえる方が良いのでは…?』

 

『いやしかしどう捕らえますかな?』

 

勿論、大聖は神の加護として毒系統の攻撃は無効化される。

簡単に捕らえると言っても、討伐と確保では大きく難易度が違う。

特に今回は激戦になるのは間違いない。たださえ、大聖との差が大きくあると言うのに手加減なんて出来ない。逆に倒されてしまうのは目に見えている。

 

『勇者の一存に任せましょう。』

 

そう。誰かが言った。勇者に任せる。

もし、少女たちの清らかな心で彼を改心させられるのならば良し。

最悪が発生してしまったのならば、それが天命だったという事だろう。

 

『大聖様が信用し、後釜にした者たちならば十分勝機はあります。』

 

たしかに、彼女たちをここまでお膳立てしたのは紛れもなく、大聖その人である。

ならば、賭けてみる価値は十分だ。

 

 

 

 

『わかっていますね。』

 

『はい。上里さん。』

 

闇雲の密会。もはや何処かでさえ定かではない場所に少女二人話す。

 

『ですが本当に私で良いんですか?』

 

『…………今更になって怖気ついたんですか?』

 

『いえ。そう言うわけでなく…!もっと郡さんだとか高嶋さんだとか…』

 

『あはは。面白いこと言いますね。伊予島さん。あの二人は最も無いですよ。』

 

『?』

 

『ああ見えて、郡さんは特に独占欲が強い方です。』

 

郡 千景。大聖様に色目を使い発情する雌犬。

傲慢不遜にも大聖様の幼馴染として勝ち誇るかの様に私たちを牽制するが正直鬱陶しいだけだ。今、隣に立っているのは誰だ。今、彼を癒すのは誰だ。大聖の巫女であるこの私だけだ。

所詮型落ちの力で彼の隣に立っているという幻想を抱いて溺死するが良い。

 

『それに高嶋さんだとか若葉ちゃんは共有するタイプでしょう?』

 

言いて妙だが高嶋友奈も乃木若葉も男一人を囲うハーレムではなく、戦友として隣に立ってそして愛を育むタイプだ。随分と男らしいと見るか、いじらしいと見るかは見方によって変わるが、私たちの計画には合わない人たちだ。最終的には受け入れざる終えなくても今それを明かすのは悪手中の悪手だ。

 

『最後に土居さんは…口が軽いので論外。』

 

土居さんはよくわからない。

彼に対しても、それが恋慕なのか友愛なのか見ていて判定が付きにくい。

そして彼女は嘘を突き通しにくくある。それは十分な美徳ではあるが今回の計画には非常にまずい。バレた時点でお叱り以上な事が起こるのは明白だ。

 

『その分、私と伊予島さんは近いのでしょう。』

 

恋愛とは熾烈な争いだ。本気で彼に愛して欲しいのならば、本気でライバルを蹴落とすと同義である。つまりは彼女達には足りないのだ。彼を手に入れようとする意思も、純度も。

その点、上里ひなたと、伊予島杏という少女たちは似ていた。

何がなんでも彼の愛を自分のものにすると言う、どす黒いまでの独占欲。

彼の視線、彼の想い、彼の全てを自分のものにするという、傲慢なまでの嫉妬も。

何もかも足りないのだ。彼に恋慕するものは私たちだけじゃない。

勇者という彼に近い立場で、大聖の巫女という立場で満足して足踏みなんてしていられない。愛するとはそういう事だ。

 

『そう言われれば……そうですね。』

 

伊予島杏は夢想する。彼に初めて会ったあの日から。

小さな憧れは、彼の優しさに触れて恋慕になり、彼の近くにいる巫女も幼馴染も憎くて、彼を想う愛に変わった。

その時の、この計画は渡りに舟だった。上里ひなたと同じというのが少し癪に障るが、わたしには誰にも負けない様なスタイルが有る。彼を籠絡して溶かし尽くして、彼と愛を誓うのはこの私、伊予島杏だ。

 

『ええ。勿論。』

 

そんな事を考えているんでしょうね。全く、油断も隙もないことだ。

一体誰が今まで彼の心を癒してきたというのだ。人を癒す術は、少しばかり理解がある。彼は最早私の優しさから逃げられないのだから。大人しくしておけば良い。

当て馬に過ぎない彼女だが、そのスタイルだけは危険だ。私以上にある胸とそのプロポーションは何かあるかも知れない。いつもなら私を確定で選ぶだろうが少し考えにくくするのだ。万が一もあり得るだろう。……まあ私が負けるわけないだろうが。

 

『もう薬の手配と、場所の整備は終わっています。』

 

『はい。任せてください。』

 

最後に注射器が手渡される。それは彼女が神樹に頂いた対大聖用の少し眠くなるお薬。偶然にも、伊予島杏と戦った彼は討伐された。勿論、その報告が成された時には、彼はもう私たちに堕ちているのだ。幸せな未来が待っている。

その計画に一切の落ち度は無かった。少なくとも彼女たちの中では。

 

 

 

『大聖様が亡くなったっっっっ!?』

 

泡を食ったかの様に叫ぶ。ありえない。アリエナイ。

あの大聖様が亡くなるという事があるなど。計画がおじゃんになる方がマシだ。

どうして亡くなった?何故亡くなった?それが頭を巡り離れない。思考がまとまらない。微かに漏れ出る悲鳴をかき消したかのような空気の音だけが部屋を満たす。

 

『上里ひなた様ですね。御同行願います。』

 

涙で顔がぐちゃぐちゃになっている最中。

突然前から大社の面員が現れ、拘束する。原因は分かっている。どう考えてもあの計画だろう。伊予島杏が裏切ったのか?そんな考えのままただ連れられるままに動いた。

 

『上里ひなた。君には大聖強姦計画の嫌疑が掛かっている。』

 

弁解を。そういう大社の上層部も涙を隠せないのか目尻が赤いまま問いかける。

目の前には、伊予島杏に渡した対大聖用の睡眠薬の注射器が並べられる。

割れて中身は無いが、素手で渡し合っていた指紋はベッタリだろう。

 

『…………はい。間違いないです。』

 

『………事の経緯を。説明しろ。』

 

『始まりは…………』

 

全て伝えた。計画が成功した後、残りの勇者そして私にも忠誠を誓う巫女衆とも共有し、彼の子を宿すという計画を。

勿論素の力では負けているし、彼だってこんな事は嫌だろう。だから抵抗できないように少し眠くなって力が弱くなる薬を使おうとした事。

そして彼が裏切った今なら、安全確保という名目で合法的に行えるという事。

 

『なるほど…………』

 

これはなんとも言えない。上層部も似たような事を考えなかったと言われれば嘘になる。事実、生きて捕らえられたのならばきっと同じ事をやっていただろうと言えるだろうから。

 

『凄まじい計画性ですな……』

 

これを巫女と言えど十数歳の少女が考えついて手回しまで終えているという事だ。

下手な罰は巫女たちの顰蹙を買う。そして罰なしというのは示しがつかない。

だからこそ、彼らは善意で導火線に火をつけた。

 

『罰として謹慎を与える。頭を冷やして考えるのだ。』

 

上層部はそう罰を下した。自分がどれほどの事をしようとしたのか。

だが、それは間違いなく最悪の一手だったのだろう。

彼女に、今の現状を受け入れる時間を与える。善意の罰が、多くの絶望を産んだ。その瞬間だった。

 

『どうして………?』

 

どうして大聖様は亡くなってしまったのか?

勇者ぐらいなら簡単に蹴散らせただろうに。

 

『何故………?』

 

何故、勇者に殺させる道を選んだ?

辛かったのだろうか?生きる事が。死を選ぶほど思い詰めていたのか。

 

『何故………何故。』

 

何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故どうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ

 

『あはっ……』

 

細かいことは今はいいや。蘇って、そして聞いて仕舞えば良い。

今度は鎖で繋いで、動けないようにしよう。そうしよう。

沢山、いっぱいお話しして愛し合おう。そうしよう。

私と多くの子を作ってもらおう。ここまで惚れさせた責任取ってもらわないと。

 

『………うん。そうしましょう。』

 

一ビット、一ミクロいいや。素粒子分も違わず彼を作ろう。

 

『なんの違いも無いあなたに』

 

美化もせず、風化もせず。私が恋焦がれた貴方を作ろう。

 

『ありとあらゆる手段を尽くして、』

 

また貴方と再会しよう。

 

 

この瞬間、一人の怪物が初声を上げた。

 

 

 

そうと決まれば早かった。

人間は大きく分けて二つ。“魂”と“肉体”である。今の状態の魂は肉体が死んでいるという情報で固定されているのだから無闇矢鱈に器を与えても、魂が変質して堕ちてしまうかもしれない。それは認められる結果では無い。

肉体も同じだ。力を使い過ぎたことによる衰弱死と言えるが、もう魂が抜けてそのままでは使い物にはならない。どうにか肉の器を見つけないと。

 

そうだ。わざわざ考えなくても良いだろう。

逆にしたらいいのだ。大聖の力をそのまま持つということは、大聖であるのだ。

後は、魂を下ろしたら肉体情報は魂に引っ張られるのだから大聖が蘇る。

間に、犠牲になった肉体の魂は大聖の魂に潰されるか。消滅して輪廻の輪には決して乗れないだろうが、コラテラルダメージだ。喜んで大聖に肉体を捧げるだろう。

そうと決まれば、大聖の亡骸から力を回収しなくては。

 

大社の上層部を唆し高嶋友奈に都合のいい夢を呟き動かす。

大聖様が守った“正義”を執行するならば、大聖様の肉体を使うことで大聖様が永遠に護り続ける世界が完成する。

正気で聞けば呆れるような暴論だが、彼女だって彼を愛していた一人だ。亡くなって数日も経っていないのに、正気に戻れるとは思えない。

特に、彼を盲目に信じていた物は利用価値が高い。よく覚えておこう。

 

計画は進んだ。高嶋友奈と郡千景はぶつかり合うのに、伊予島杏も土居球子も掛っきりだ。上手くいって勇者の思想を二分割して分断できた。これで彼女たちは互いに足を引っ張ってしまうだろう。計画は順調だ。

 

今日、大聖の亡骸が秘密裏に置かれた場所がごっそり地面から消えているのが確認された。

郡千景が暴走したのだろう。またしばらく目先の事に集中できる。

死んでいってしまった多くの巫女や上層部はとても残念だが、所詮その程度の愛だ

いてもいなくてもなんの都合にもならならい。

反神樹派などと名乗る愚か者どもを唆すには時間が掛からなかった。大聖様は天の神の使いであった。その為に地上に残され亡骸は我らの手で神の元に送らなくてはならない。なんて、バカみたいな事を言うだけで簡単に手足になってくれる。

 

聖遺物を強奪した。時間と距離の関係上、四肢のうちの二つ。そして彼が使っていた武具の欠片。それは良い触媒になる。まずは手始めに少量から摂取させていこう。その合間に少々の損害が出てしまったが問題ない。反神樹派の声を抑えながら私の声を通すにはこの方法が最も手っ取り早い。

 

全然ダメだ。少なくとも反神樹派には大聖に至る器は存在しない。

どうにか掛け合わせて作っているが、それでも私が想定している程の器にはならない。もっと多くの実験結果がいる。それこそ大社...いえ。大赦にも。

どれほどの犠牲が出ようと問題ない。貴方がもう一度私の隣に居てくれるのなら。

 

肉の器が出来た。大聖様と遜色ないほどの力を秘めた器。

その最中に、器が持っていた人間性は消失してしまって廃人に近いがなんら問題はない。今から大聖様の魂を下ろすのだ。最後には器の魂は消失し、大聖の魂が持っていた肉体情報に引っ張られ、器という存在は無に帰る。

だが、器もとても素晴らしい事だと喜んでいるに違いない。あの大聖様の力になれるのだ。それほど誇らしいことは無いだろう。

 

失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。

 

大聖様の魂が召還されない。どうして?肉の器は完全な物としてなっている。

器が持っている力は大聖様の由来。召還の際の触媒としては完全に近い物。

だというのに、何故?………魂?肉体の由来?

 

そうか。規格だ。魂と肉体は相互作用している。両方が均等にしないと生物は存在を保てない。所詮は大聖様の足元にも至れない塵芥が大聖様の器になるなど出来ないのは考えても分かることだ。無地の器。それも真っ白の器を作るしか。

 

……成功した!自我も存在しない本当に大聖様を下ろすためだけの器が出来た。

最初からこうすればよかったのに、どうして私はこんな回り道をしてしまったのか。でもその分の収穫は有った。

後は大聖様を下ろすだけ。数千にも数万にも及ぶ試行錯誤の上の器。

ああ。大聖様会えたなら………

 

『早かったですね。』

 

若葉ちゃん。もう少し遅くなるかなとは考えていたけれど見通しが甘かったのか。

 

『ああ。やってくれたな。ひなた。』

 

鋭い目で私を糾弾する。間違いない。私はそこまでのことを成し遂げてきた。

ただ、なんの問題もない。何故ならば大聖様が蘇るのは悲願であるが故に。

 

『なんの問題もないでしょう…?おかしな事を言いますね。若葉ちゃん。』

 

『この……この惨状を見てっ!何の問題もないと言えるのかぁっっ!』

 

答えろ!上里ひなたっっっ!!

若葉ちゃんの激怒に共鳴するかのように空気が震え、常人なら立っていられないほどの怒気がばら撒かれる。

 

『ええ。大聖様が蘇るのならば。なんの問題もありませんよ。』

 

『ああ………っっ…………』

 

わたしには見当も付かないが、何故か泣き出しそうに顔を歪めながら若葉ちゃんは腰に掛けた剣を抜剣する。それは勇者時代の武器。私が導いた生太刀だ。

 

『終わりにしよう。ひなた。もう休め。』

 

『おかしな事を言いますね。若葉ちゃん。まだ私の計画は終わっていないんですよ。』

 

まだ終わりじゃない。まだ終わらせない。

私の願いは…私の思いは……こんな所でっっ!!

 

『一閃!!!…………緋那汰………』

 

見えないうちに切ら…れ……た……???

 

『さらば。私の最高の親友』

 

 

……………ふふ。

あは…………

 

「まああの日“上里ひなた”の肉体は死にましたがね?」

 

なんの対策なしに私が若葉ちゃんとの決戦に臨んだと思うのだろうか。

思うのだろう。だからこそ、上里家の中の成功例たちには手を出さなかった。

勿論それ以外にもバックアップは有るが、今は何の問題もない。

 

「300年ですか……」

 

大聖様の肉体が自然な状況で蘇るのには300年。

長くもまだ色々とやり残したことがある。

その全てを完璧にするのには時間が足りないぐらいだ。

 

「ふふ。その日を楽しみにまってますよ。」

 






キャラ紹介

No data 知るに、能わず

大聖目録、勇者御記並びに大社・大赦記録より全情報が抹消されている。
どんな人物だったか。そもそもそんな存在がいたのかでさえ不明。
罪を犯したとして、なんの情報も残っていないが、そもそもどんな罪を犯したのかでさえ不明。ただこの事件以降、勇者と巫女は容易く接触できる状態ではなくなり、巫女は大赦の元で厳重に保護されるようになったとされる。



「そんな記述面白くないでしょう?」

上里ひなた

大聖が大頭する黎明期より大聖を支え続けた巫女。
その記述は少ないが大聖を支え続け、大聖と結ばれた巫女として知られている。
大聖が巫女がどちらが先に見定めたかは定かではないが、その仲はとても深いどころか熟年夫婦だったと大社・大赦記録に残されている。その為、大聖だけの神格化だけでなく、巫女上里ひなたとの夫婦神としての姿の神格化も一般的に広く知られている。
そんな彼らの仲は多くの物語の題材にされており、まさしく勇者と姫を指す。
一般的に大聖と上里ひなたとの間には早くから子が出来ているとされ、その子の子孫は上里家であると言われている。だから一般的には大赦は上里家と乃木家のツートップだと考えているが、内情は、上里家の方が位が高い。



⦅今作解説Q&A⦆

Q:のわゆの時系列はどうなってるんだよ!
A:大聖とか言うアホが活躍していたので、勇者の戦歴は原作に比べると圧倒的に少ないです。ですが大聖という高みがいたので実力はトントンでしょう。
ちなみに大聖が裏切った日は二〇一八年七月三〇日です。不思議ですね。

Q:300年後の復活って?
A:文字通り、大聖が甦るまでにかかる時間です。ですが多少前後する可能性はあります。


何気に初めて1話に一万文字超えた気がする(詰め込んだともいう)
感想、質問いっぱいお待ちしてます。些細なことでも構いません。
毎回楽しみに見てます!

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