マギウス本部のその一室には実験台が設けられている
アリナはぺいと背負ったにけを実験台に置いた
「ブルーなフィーリングなんですケド」
アリナはげっそりとして溢した
横たわるにけに肩を落としている
「仕方ありませんよ。彼女、とても強そうでしたし」
にけを心配そうに見つめながらみふゆは話した
にけの目は固く閉ざされている
「確かにポンコツ二人よりはマシだヨネ」
「そ、そうですよ!」
こくこくとみふゆは頷く
はぁ、とアリナは大きく息を吐いた
「いつまでも傀儡という訳にもいかないカラ
ニケも考えて行動してほしいヨネ」
「深度を上げるということでしょうか……?」
オフコース、とアリナは答えた
みふゆは眉間にシワを寄せる
「し、しかしそれでは彼女の意思がーー!」
「ニケのマインドはとうにクラッシュしてるカラ今さらだヨネ」
アリナはふ、と笑った
みふゆは眉を下げる
「矢賀ーー」
にけがうわ言のように呟く
アリナは片手をにけの額に当てた
「この、矢賀って人。誰なんでしょうかね」
「その質問もう何度も聞いてるカラ」
う、ともお、ともつかない絶叫が部屋を木霊した
みふゆは目に焼き付けるように苦しむにけを見る
「失礼致します! ひゃあ!」
「失礼しま……うわっ!」
「なんなワケ。今取り込み中なんですケド!」
新たに部屋に入ってきたのは白い服装に身を包んだ顔が瓜二つの少女であった
一人はポニーテール、一人は結った根本から二又に別れるツインテールの二人は同時にみふゆを見た
「どうかされましたか?」
「ミザリーリュトンのウワサに気がついたみたいでございます」
「今度こそわたしたちの出番だよね!」
ねー、と二人は言い合った
みふゆは二人に歩み寄る
「月夜さん。月咲さん。貴方たちは引き続き情報収集をーー」
「ーーグッドアイデア」
え、とみふゆはアリナへ振り向いた
「どーして私達がこいつのお守りしなきゃなのさぁ!」
「アリナさんはわたくし達がお嫌いなのかもしれません」
ねー、と二人は声を落とした
ぴちょん、という水音が木霊する。地下水路に似たこの場で二人は愚痴を言い合い続ける
「知るか。わたしに従え」
「さっきから先輩にたいしてどういう態度なのさ、にけ!」
二人を残して先頭を歩く。月咲にはそんなにけの態度が我慢ならないらしく、顔を真っ赤にさせていた
「ま、まぁでもアリナさんに色々と弄られてしまったのでございましょうし言わないであげましょう?」
「そ、そっかぁ……そうだよね」
ねー、と二人は再び声を落とした
「新手だ」
突如、にけは止まって二人の前を阻むように両手を広げた
「え、真にございますか!?」
「本当なの!?」
二人は戸惑いながらも周囲を警戒する
にけが片手をかざす先に人影が三つ見えた
「うおおおおっ!」
「置いてくよ!」
「ま、まってよお! フェリシアちゃん! 佐倉さん!」
二人が走って向かってくる先で後ろからいろはが遅れている
「あ、あの人たち。どうしてここが」
「仕方ありません。月咲ちゃん!」
うん、と月咲は頷き横笛に口を近づけた
「《笛花共鳴》!」
二人で奏でる音色が空間を震えさせる。三人の脚を止めた
しかし後ろからもう二人、飛んで近付いてくる
「チャーッ!」
あ、と月夜と月咲は目を見開いた
二人に炎が迫るが、これはにけの頁に当たり鎮火する
「あなたとは縁があるわね、にけ」
「おまえと縁があってたまるか」
月夜、月咲の音色が乱れた一瞬の隙にやちよは近付いてきた
にけは本の頁に挟むように槍を受け止める
「あ、ありがとうございます……にけさん」
「ほ、ほら、ウチらもがんばらなきゃ!」
二人は再び笛に口を近付ける
にけは槍が一直線に月夜を狙うのを見た
「避けろ」
にけもこの忠告は遅いとは思っていた
槍は、差し出した片腕を巻き込んでなお抉る。槍の勢いが殺しきれなかったのは流石に予想の外であった
「ぐふっ!」
「つ、月夜ちゃん! あ、ああ……!」
月夜は奥へ大きく吹き飛ぶ
月咲は目の前にいるにけの片手が無いことに気がついた
「ーーどうやら、狙いを見誤ったね」
「あふっ」
月咲はボディブローをくらい目を閉じる。地面に刺さった長槍を少女は抜いた
この一連の動きがあまりに早く、にけの処理が追い付けないでいた
「ーー佐倉さん。トドメを差すのは待って」
「へぇ? 随分お優しいことで」
佐倉は目を鋭く細めた
腰まで届くポニーテールと黒いリボン。赤を基調とするその姿は彼女の意思を現しているようで
「佐倉……? 貴様、よくも尊き二人を!」
「悪いけど時間がないんでね。御託は後にしてくれないかな」
やちよと睨み合いながらにけは声を震わせる
佐倉はにけの背後をついているが、やちよに首を振られ矛先を下げた
「にけ……あなた」
やちよは憐れむようににけの顔に手を伸ばす。にけはお構い無しに片手を頁で補うように集める
そして頁は怒りを現すように握り拳を模した
「そうか……おまえがマミの言ってた人造魔女か」
「あなたたちには時間がない。ここはわたしと鶴乃で収めるわ」
佐倉は察したように目を細めた
やちよは伸ばした手を引っ込めて、にけごしに佐倉に伝える
「待て。逃げる気か!?」
「行きなさい!」
にけに紙の拳を振るわれやちよは距離をとるように避ける
ち、と佐倉は舌打ちをして先を急いだ
「な、七海も鶴乃も気を付けるんだぞ!?」
「わたしは最強だから任せてよ。行って!」
鶴乃は力こぶを作るようにして答えてからフェリシアを促す
フェリシアは佐倉のあとを追いかけるように先を進んだ
「に、にけさん。そんな……!」
「悲しむのは後にしましょう。今は自分を優先して」
にけは真っ直ぐやちよに手を翳している
く、といろはは何回か振り返りながらフェリシアのあとに着いていった
「……この人が、ししょーの探してる人?」
「そうよ。本来はこんな人じゃなかったと思うのだけれどーー」
「《ハイドランジア・マクロフィラ》!」
にけの片手から紫色の光弾が放たれた
しかし、やちよの前に鶴乃がすかさず立ち塞がった
「チャーっ!」
炎が舞う。サイドテールに束ねた髪にはっきりとした双眼、橙を基調としたその姿は異国の僧侶を連想させる
鶴乃は炎に包まれた扇を投げて、にけの光弾を霧散させた。対して魔力量が込められなかったとはいえこの結果には不満が残った
「思った通り。わたしとは相性がいいよね」
「……忌々しい」
ふんふん、と続ける鶴乃。にけはパラパラ、と片手に収まる本の頁を捲っていく
「雨多にけ。せめて、わたしの手で止めてみせる」
やちよは槍を発射させてにけの本を突き刺した
にけの表情が曇る。紙でできた片手がやちよに迫った
「甘いよっ!」
鶴乃の火の粉が紙でできた片手を燃やし尽くす
にけの顔に炎が迫った
「ーーうっ。ああっ、あああっ!」
にけは火だるまになり、地を転げ回った
「ご、ごめん。そんなつもりじゃーー!」
やちよは地をはい回るにけを槍で追う。鶴乃は首を左右に振る
毛を逆立たせてにけは立ち上がった
「に、にけ……っ!」
やちよは火傷で体を赤く染めながらも立ち上げるにけを見た
動揺のあまり、得物を持つ手が震える
「し、ししょーから、やちよさんから聞いたよ!
にけちゃん。もういいよ。頑張らなくていいんだよ!」
にけは鶴乃に駆け出した。素手で鶴乃を殴るが、非力な拳からなる攻撃に困惑するばかりであった
「う、あっ」
「はぁ、はぁ……!」
にけは胸元に生えた槍先を見ると呻いた
やちよは決死の表情でつよく得物を握る
「ーー矢賀」
にけがぽつりと呟く。え、とやちよはにけごしに鶴乃を見た
にけの足元を黒い渦が包んだ。うわ、と鶴乃は尻餅をつく。姿が黒く染まってから渦ににけは沈んだ
「どうなってるの?」
「ドッペルかもしれない。警戒して。鶴乃!」
やちよは鶴乃を助け起こしつつ周囲を警戒する
やがて、渦から黒い手が無数に伸びた
ーー《無形のドッペル》
「くっ……!」
「こ、こんなのっ! どうやって防げば……!」
やちよと鶴乃は丁寧に一つ一つ取り払うも、水しぶきに対して素手で対応しているようで。だんだんと追い詰められていく
だというのに、黒い手は鎮まる所か勢いを増すばかりであった
「……痛く、ない。それならごり押しで!」
鶴乃は黒い手に当たることを気にせず扇を投げて応戦する
しかし、手は扇に当たった先からも増えていく
「あっ」
「鶴乃っ!」
鶴乃の脚が沈む。やちよはすかさず鶴乃の手をとった
「や、やちよもにげないとーー!」
「なに言ってるの鶴乃! あなたを見捨てるなんてできない!」
やちよが鶴乃を引っ張る間も黒い手は集中的にやちよと鶴乃を襲った
「つ、鶴乃!」
鶴乃はその瞬間やちよの手を払った
同時に黒い水溜まりとなっているそこが紫に照らされてからぽこぽこと沸騰していく
「あ、あつーーあああぁっ!」
「鶴乃。鶴乃ーーっ!」
紫色の火柱が鶴乃を襲い宙に放り出される
やちよは届かない手を伸ばした
「え、えへへ……やり返されちゃったよ。ししょー」
「……無事で何よりだわ」
やちよは見ていた。火柱がギリギリ鶴乃には当たっていなかった
正確には火柱がくる前に鶴乃は黒い水溜まりから追い出されていた
黒い水溜まりから人が貌どられ黒から肌色、紫に塗られていく。にけがその原型を取り戻していった
「すごい。完全に元通りだ……」
「感動してる場合じゃないわよ」
やちよはにけに得物を構え続ける
にけは瞳を固く閉じ、膝を着いた
「……ぐ、ゲッ」
口から黒い水を吐き出している
にけは目はさらに虚ろになり、口の端から黒い水が垂れ、息をするのが苦しいのか肩が上下していた
「弱っては……いるようね」
やちよは槍を降ろした
鶴乃も扇に着いた炎を霧散させる
「はぁ、はぁ。おのれ……!」
にけはよろめきながらも立ち上がる
そして得物の頁を捲り続ける本を片手に出現させた
「ねぇ、にけ。あなたどうして鶴乃を避けて攻撃したの?
あなたもしかして、ふざけてるの?」
「ーーふざけているように思うのか?」
にけは本を乗せる片手をやちよと鶴乃に向けた
やちよは得物を握り直し、鶴乃は俯いている
「もうやめよう。やめようよにけさん!」
「にけ。あなた高くつくわよ?」
鶴乃とやちよは説得を諦めてはいなかった
にけは一度大きく溜め息をついた
確かにこの状態では戦闘継続しても意味はない
「そうだな。この辺にしといてやろう」
にけは一瞬俯いてから二人を見た
くつくつ、と笑ってさえいる。本から霧が出てきた
「ーーこんな技を隠してたなんて」
「前が、見えない……?」
やちよは前に槍を放ち続ける
鶴乃は再び扇に炎を灯して周囲を警戒した
「やられたわね」
霧が晴れてぽつりとやちよは溢した
そこからはにけも月夜も月咲も消えていた