マギウス本部の会議室の役割をもつ一室でアリナは背凭れを前にして座り、前に二人を地面に正座させていた
「……それでいそいそ撤収してきたってワケ?」
「申し訳ございません」
「ごめんなさい」
アリナは呆れた表情で月夜、月咲の二人をみた
はぁ、とわかりやすく息をついてからアリナは片手を頭に添える
「で、でも! みんな無事でよかったですよね!」
みふゆがそう発言すると空気が固まったような沈黙が流れた
「ーーもうアリナが出るカラ二人は大人しくしててヨネ」
がた、と椅子をはんば蹴るようにして立ち上がる
あう、と着地に失敗したアリナから漏れ今度こそ椅子は蹴られた
「そ、そんな!」
「もも、もう一度チャンスを……!」
「バーイ」
アリナは言い捨てて、部屋を後にしようと歩を進める。みふゆは地べたに這いつくばる二人に手を当てて慰めていた
「カモン、ニケ」
「はい」
アリナが号令すると張り付くようににけも後を進んだ
「……アリナ様。二人は真面目に戦闘に参加していました。どうかご慈悲を」
「ハイハイ。よく分かってるカラ」
アリナは適当に片手を振ってにけを嗜める
機嫌が悪そうだ、とにけは一度だけ瞬いた
「フラストレーション貯まるヨネ」
アリナの顔からは悶々とした思いを隠しきれていなかった
ーー>それで、何のようですか?
「アリナ的に考えタラ次はおまえだカラ
セキュリティって感じだヨネ。退屈極まるケド」
そういって飛び回るアリナを無視して電子の集まりでできた少女のウワサは押し黙った
ウワサの少女の視線の先にはウェーブ状にした髪をツインテールにしたどこか存在感のない少女がいた
ーー>あなたは?
「わたしはアリナ様の連れだ。忘れていい」
ウワサの少女は一度存在感のない少女から視線を外すとにけの周りを一週するように移動する。最後に正面に立った
「……なんだ?」
ーー>いえ。変わった方だと思いまして
ふん、と鼻で笑いながらにけはウワサの少女を値踏みするように見る
「なにがわかる。先輩とて言葉には気を付けろよ」
ーー>……。あなたにはあなたの他に一つ影が見えます
は? とにけは恫喝するように吠えた
しかし、ウワサの少女は全く狼狽える様子はなかった
ーー>きっと、大切な人なんだろうなって思いまして
「……それ以上話しかけるな。悪寒がはしる」
そうですか、とウワサの少女は電子音を響かせる
にけは目を伏せた。唐突に理由のない無力感に苛まれることがある。最近の悩みであった
矢賀のことは片時も忘れたことはない。思案の海に引きずり込まれそうになりそうで堪らなかった
ーー>進入者ですね。四人います
ぽつり、とウワサの少女は呟く
その響きはどこか残念そうにも聞こえる
「Rat in a bag」
アリナは好戦的な表情で地上に降り立つ
にけもアリナに答えるように得物である頁を捲り続ける本を片手に出現させた
「にけさん……!」
困ったように眉を下げつついろはは言葉に詰まる
「アリナ・グレイ……」
ハロー、とアリナはやちよに反応し片手を軽く挙げる
やちよの表情はさらに引き締まった
「いろははさなちゃんを探して。そして説得するのよ」
いろはを先頭に、やちよ、鶴乃、フェリシアが姿を見せた
いろははやちよに肩を掴まれて止められている
「じゃ、わたしたちが一番槍だね!」
鶴乃は二つの扇に炎を灯し、一つをにけの方向に指し示す
「よくわかんねーけど、やちよを悲しませるヤツなんて大嫌いだ!
ぶっ飛ばしてやる!」
ゴーグルを乗せた髪は金色で、輝く瞳と巨大なおさげの様な頭巾をかぶっている魔法少女だ。フェリシアは身の丈ほどもある巨大なハンマーを担ぐとにけを指を指す
「いい加減、おまえの顔を見るのもうんざりしてきた……この前みたいな手加減は期待するなよ?」
にけは片手で髪をかきあげると首を横に倒した
捲り続ける本を不適に輝かせている
「……やちよさん。お願いします」
「ええいろは。任されたわ」
一瞬だけにけを見てからいろはは離脱する。やちよの目が細まり、体を沈ませた
槍は下に構えて呼吸を整えていた
「息つく暇さえないと思え。《ハイドランジア・マクロフィラ》」
「早ーーッ!」
紫の光弾はやちよの足元に炸裂した
やちよは辛うじて上空に逃げることはできた
「うわっ!」
「ぐあぁっ!」
鶴乃とフェリシアは紫の光弾の誘爆で吹き飛ばされる
「くっ、前が……!」
「そこだ! 《ハイドランジア・マクロフィラ》」
上空に逃げたやちよをにけは狙い打つ
やちよは霧で前が見えないながらも槍を重ねて盾のようにして構えた
「う、うわああぁ!」
霧ごと紫の炎は爆発してやちよは地上に叩き付けられる
「あはははっ!」
にけは大きく笑った
地面に突き立てた槍にすがりながらやちよは立ち上がる。頭からは血を流し、歯を食い縛っている
「チャーッ!」
「小賢しい」
にけの不意を狙ったが鶴乃はにけの周りに浮いている頁に切り裂かれるように払われた
うあぁ、と一度二度と転げてから倒れる
「このお……! 絶対に許さねぇ! ドッカーン!」
巨大ハンマーを降り下ろしてきたフェリシアをにけはなんなく避けて飛ぶ
「な、なに!? がぁっ!」
にけは飛んでフェリシアの背後に回り込むと背中を蹴った
フェリシアは地面に叩き付けられ動かない
「鶴乃! フェリシア!」
にけはやちよのもとに降り立つ
本を捲り続ける片手をやちよの目の前に向けた
「辞世の句は?」
「ーー息つく間さえ、与えないんじゃなかったかしら?」
やちよが槍を振るうと当たるギリギリのところで避けて浮遊する頁がやちよの顔を覆った
一つ覆えると殺到し、やちよの顔が紙で埋め尽くされる
「ん、ん……!」
「安心するがいい。大人しくしておけばおまえもアリナ様が救ってくださる」
にけは膝をつくやちよに背を向けると傍観するアリナの元に進んだ
「やっぱり、やればできるヨネ
おまえをスクラップにしてやろうかと思ったこともあったケド」
「光栄です」
ふ、と片手の指をくわえたアリナは笑みを深める。緑色に光った六面体を鶴乃とフェリシアに投げた
鶴乃とフェリシアは緑色の六面体に包まれていくとそのままアリナの上空に浮いて移動する
「アイツはもぉっと過激に苛めないとノンノン
人質とった今イージーだヨネ。ニケ?」
ふへへ、とアリナは嗜虐的な笑みをする
頬は染まり焦点があっていない
「はい。お任せを」
にけは一つ頷いたあとやちよに歩み寄り、頁を捲り続ける本をもつ手を向けた
「《アブソリュートレイン》」
突如として降り注ぐ槍の雨ににけは後方にさける
やちよの周囲を囲むように炸裂した魔法であったため、かすりはしたものの避けることはできた
「あまり……嘗めないでほしいわね」
やちよは水浸しになった紙を踏みつけるとゆらりと幽鬼のように立ち上がる
ち、とにけは舌打ちをした
「……鶴乃? フェリシア?」
「アハハッ、アーッハッハハ!」
アリナは腹を抱えていた
やちよの目はアリナに捕まり浮いている鶴乃とフェリシアに集中している
「よそ見をするな!」
「うあっ!」
紙でできた拳がやちよに伸びる。やちよは抵抗せず殴られた
なんとか倒れることはなかったが、血で霞んだ片目をつむり槍にその身を預けている
「さっきの威勢はどうした?」
「ず、ずいぶん親切……じゃない。ついでに……くっ、正気に戻ってくれると、助かるのだけれど」
にけは眼を震わせる。やちよはここに来て笑っていた
血を流し、脇腹を抑え、体が震えだしても笑う。まるで理解が追い付かなかった
「わたしはこの通り正気だ」
「そうね。そんな姿になっても。そんな姿であっても。こうして対話できるのがその証拠よ
でも、本当のあなたは、あ、あんな奴の駒なんかに収まらない心根の優しくて、真面目なーー!」
手を伸ばすやちよに対し、にけは目を瞑った
「《ハイドランジア・マクロフィラ》」
「あっ、あああぁっ! がっ……!」
淡々と詠唱された紫の光弾はやちよの存在する地面に直撃した
やちよは宙に放り出された後、地面に叩き付けられる
「グレイト、ニケ。やっぱりおまえは面白い」
にけは無言でアリナの方に迷わず歩みを進める
事を実行した後のこの絶えぬ寂寞感はなんだろうという思いはあった
「鬱陶しいラットをゲッチュできてスッキリしたワケ
ま、あとのザコはどーでもいいカラ。ニケが適当に料理してヨネ」
アリナは倒れ伏しているやちよを緑色に光る六面体で包むとこれも浮かせ、領域を後にしようとした
ーー>そうはいきません。アリナ
「あうち!」
アリナは領域の隅で頭をぶつけて領域を出ることに失敗した
「……。は? ウワサの癖にアリナに逆らうなんていい度胸してるヨネ」
アリナは頭を抑えて不機嫌そうに唸ってから目を鋭く細めた
にけもアリナに合わせて振り返る。そこにはウワサの少女、いろは、さなが立っていた
ーー>私はあなたの思い通りにはなりません。わかったのです。戦うべきであると
「アイシー? だったら壊しちゃっていいヨネ」
にけはアリナの前を陣取り、本をのせてる片手をウワサの少女に向けた
ーー>この領域でわたしに勝つのは不可能です
「みんなを返してもらいます!」
いろははそういってから矢をアリナにむける
へぇ、とアリナはバカにするように溢した
「わたしを倒してから言葉を並べろ」
にけが頁でできた片手を振るわせるといろはに当たる前に弾けとぶ
ーー>無駄です。言ったはずですよ。もう好きにはさせません
ウワサの少女の横でいろはは常にアリナに照準を合わせている
撃とうか撃つまいか迷っているというより、隙を見せたら撃つという意識が表れている
「ま、それならそれで考えがあるカラ」
「アリナ様、使うのですか?」
アリナはにけを横目に見てあっさりと頷いた
それを見たにけは宙に浮かび上がりできるだけアリナから離れた
ーー《熱病のドッペル》!
「キタ……! アリナのビューティフルなドッペルゥ」
自立し巨大化した白いカビのようなものにアリナが乗り、挑発するようにポーズをとる
白くドロドロした液体がいろは達を襲った
ーー>error error くぁwせふじこlp
「ア、アイちゃん! アイちゃん! どうしたの。しっかり!」
アイと呼ばれたウワサの少女の背にぴたりとくっつき、さなは呼び掛け続ける
ーー>うっ。さ、さな。ごめん、なさい。協力……最後まで。出来そうもありません
「そんな!」
さなはエラーを吐き点滅するアイの様子に取り乱す
「アッハ。アーッハッハハ! 全部アリナのカラーに染まっていくぅ……!」
「さなちゃん。逃げないと!」
いろはと共にさなは走るが、巨大化した白いカビのようなものに追い付かれそうであった
アリナは恍惚とした表情で領域を白い液体で埋め尽くさんとしている
ーー>さ、な……。大丈夫、ですか?
「あ、アイちゃんこそ! 大丈夫?」
ーー>SYSTEM を クルわされるまでそう時間がありません。さな。でも安心シて。私がアリナに隙を作って見せる
点滅したかと思ったら、処理落ちのように止まる。アイは目に見えるほど弱っていた
そんな、とさなは声を落とす
「ありがとうございます、アイさん!」
いろはは突如出現した巨大な穴に対して感謝を伝えた
白い液体すぐに穴から溢れるがその先も穴が空く。これを続け流れが遅くなっていった
「アハっ、所詮は時間稼ぎ。この領域ごと塗り潰してやるカラ!」
アリナは怯まずに進み続ける。空間ごと病毒に沈ませる勢いで確実にいろはとさなの進路を絶っていった
ーー>雨、多にけさん
「……何をしにきた」
宙に浮くにけの目の前にアイは出現した
アリナの発してる液体はいろはとさなを中心に囲んでいる。アイの作った穴で進行は遅くなっているが、二人が液体に巻き込まれるのも時間の問題に見えた
ーー>わたしは、AI。書き換えられてしまったラ、この記、憶、なくなります。でも、それは問題ジゃないんです
にけは黙った
平面的な表情だがどんな人間よりも感情豊かに表現するAIがひたすら不思議で。にけ本来が抱いている好奇心を刺激していた
ーー>わたしは、さなを、さなの友達を、傷付けたくなイ
にけは圧倒されていた
ウワサなんてたかが作り物だろうと思うところはあった。しかし、アイは確かに今ここで生きていた
ーー>どうか、せ、先輩である、わタ、わたしの……最後。最後のお願い、聞いて、頂けませんか?
「ーー気の毒だが、アリナ様は絶対だ。逆らうわけにいかない」
アイはここで間を開けてにけは少し安堵した
先程から頭が痛いのだ。このアイからの言葉はいちいち心臓に突き刺さってくる気がする。にけは気が気でならなかった
ーー>に、けさん。あなたの大切なヒトは、最後、笑っていたようです
「……なに?」
思わぬことにアイに顔を向けた
にけにはアイがなんだか、いたずらのように笑っている錯覚した
ーー>あア、自業自得だなっテ。笑っていたヨうです
「なぜそのようなことがーー」
にけが言い切る前に、アイは続けた
ーー>あ、アなたのことについては複雑だけど。申し訳なく思っている部分もあって。それデ。今モあなたと一緒にいマす
「……なんだと?」
ーー>に、けさん。あなた本当はわかっていたんじゃないですカ?
にけはアイの言葉を理解するのに少し時間がかかった
つまり、最初から最後まで命乞いなのだ。しかし、命乞いと一蹴りしてしまうにはあまりに愚かで。か細くて。それでいて、献身的であった
「なにをしろというんだ?」
ーー>アリナさんに攻撃しろ、とは言いませン。それは多分賢くないシあなたも苦しい。だからせめテ領域に穴を開ケあの二人を外に出して……出してあげて下さイ
にけは目を瞑った。アイ。ウワサという魔女のなり損ない。作り物。人らしい言葉を有していても魂なんてものはどこにもない
それはまるで。自分のことのようで
「ーーどいつもこいつも。わたしを嘗めるなよ」
え、とアイは声を漏らす
にけはゆっくりと目を開いた
「時間を稼げばいいだけなら猿でもできる」
ーー>時間ヲ?
「ああなったアリナ様はちょっと頭冷えたくらいが丁度良いということだ」
それは、とアイは声を響かせる
頭が痛い。本当にこいつといると調子が狂う。これほど狂えるのはこいつ相手だからこそだろうなという確信があった
「《ハイドランジア・マクロフィラ》」
「アッハッハハ! あはっ……は?」
ヴぁあああっ、という断末魔が響いた
紫の光弾は宙で拡散し、流星のように降り注ぐ。一つ一つが綺麗にアリナの巨大病原菌に燃え移り、燃やし尽くす。まるで生き物であるかのごとくその火の勢いは燃え広がっていった
ーー>ありガ、とう
にけはアイを無視した。急ぎアリナのもとに降り立った
「ぐ、うっ……!」
倦怠感と同時に目の前が明滅する
白い液体に浸り気絶するアリナを持って抱え、宙に浮いた。幸い、宙には大穴が開いている。たどり着きさえすれば脱出することは難しくはないだろう
ーー>……さヨうなら
アイは脱出したにけを見届けてから、いろはとさなのところに瞬間移動した
「助かったよさなちゃん」
いろはがさなの盾の下敷きになっているところからはい上がり、さなに片手を伸ばした
さなはいろはの片手を割れ物のように握ってから立ち上がる
ーー>この領域は間もなく崩壊しまス。申し訳アりません
「そ、そんな……アイちゃん。もっといっしょにーー!」
アイはさなに首を横に振る
ーー>さナ。あなたにはもう新しい友達ができた。わたしはそれだけで嬉しいでス
「アイちゃん……!」
ありがとう、とさなは消え入りそうな声で絞り出して。アイは片手でさなの髪をゆっくりと撫でた
「……アイさん。ありがとうございました
さなちゃんのことは、わたしに任せてください」
いろははアイに深く礼をして顔をあげなかった
アイはいろはに頷く
ーー>さヨうなラ。さな
「アイちゃああん!」
さながアイに手を伸ばす。いろははさなの片腕を両手でつかんで、アイが作った外の世界へと続く穴に入りこんだ