「矢賀 あにま。僕と契約して魔法少女になってよ!」
「ーーしつこいよ。白タヌキ」
ベッドの上に存在する生命体に矢賀は心底興味ないと言う風にため息をついた
「た、たぬき?」
「嘗めるんじゃないよ。他がどうか知らないが誰がおまえの話なんかに乗るかね」
「そうか。それじゃ交渉はーーきゅっ!」
ベッドから降りようとしたQBの首を矢賀は掴んだ
「でもそれとこれとは話が別さ。よくないねぇせっかちは」
うぐ、とQBは矢賀に片手で首を握りしめられていた
その細腕からは想像できないほどの力であった
「ヒヒ、おまえはそうやって人を騙ってきたんだろ。このくらいの責め苦くらいなら手ぬるいハズだよ?」
「きゅ、うっ!」
あ。と矢賀は思い出したように手を離した
QBは空中で回転し、地面に着地する
「ひとつ、良いことを思い付いたよ。QB」
「ま、魔法少女になってくれるのかい!?
嬉しいよ。あにま!」
矢賀は口を歪ませながらQBを見下した
QBはぐったりしたところから跳ね上がる。喜んでいる様にも見えなくはなかった
「違うね。あたしがおまえを利用してやるっていったのさ」
「そうだね。さぁ、矢賀あにま。その因果の至る先を僕に見せてくれ」
笑みを深める。息を吸って矢賀は口を開いた
「人だ。あたしはね……人が欲しい」
矢賀は指先を天井に向ける。QBはびくり、と震える
口を三日月のように歪めていた
「人体を創造したいって言ってるんだ。かわいい女の子であればなお良いね……できないのかい?
はっ。全くなんでも願いが叶うが聞いて呆れーー」
「そ、その願いはーー!」
光源が集まりそれはできた
ベッドの下で黒髪で全裸の少女が丸まるようにして寝息を立てている
「へー、ちゃーんと出来るじゃないか。ご苦労。あとは消えて良いからね」
白く輝くソウルジェムを空中で掴み取り矢賀は言い捨てた
QBは一度矢賀に振り返ってから、部屋を後にする
「さて。なんて名前にしようかね。ヒヒヒ……」
部屋には矢賀の怪しげな笑いが響く。窓の外では雨が強く地を打っている
やがて眠る少女の瞼がぴくり、と動いた
「矢賀ーー!」
にけは靄がかかる地で飛び起きた
伸ばした片手が空を切る
(感覚が……明晰夢?)
左右を見回してから、自らの手を触る
そしてゆっくりと立ち上がった
ーーアハハ……アーッハッハッハ! 想像以上にエクセレンツなパゥワーなんですケド!
ーーハイドランジア・マクロフィラ!
ーーあっ、あああぁっ! がっ……!
「こ、この記憶はーーくぅっ!」
にけは頭を抱えて振る
あまりの頭痛と叫びに涙が溜まり、歯を食い縛った
ーーおまえは罪を犯した。雨多にけ
はっ、と目を開ける
目の先には自分と同じ姿の影のような存在が立っていた
ーーにけ。おまえはアリナに力を与えられたのを良いことに暴虐の限りを尽くした
あ、あぁ。と呻き後ずさる。叫びは聞こえ続けている
その瞳は震え、かちかちと寒くもないのに歯を合わせた
「う、うわああぁっ!」
ーーほう、逃げるとは。つくづく卑怯者だ
にけは空間を走った。全力で走っても影は着いてくるし、耳をふさいでも叫びは聞こえ続けた
ーーそうやって矢賀からも逃げたんだ
あぁ、と立ち止まった。体が震えた
手で体を包み込むようにして、崩れ落ちるように膝を地につけた。それは測らずも土下座のようで
ーー矢賀にはどう言い訳するつもりだ?
やめてくれ、と震えた
矢賀にはもう逢うことは叶わない。言い訳しようにももう言い訳することができない。影はその事実を知っていて抉るようであった
「許してくれ……わたしは、わたしは……知らなかった。知らなかったんだ……!」
ーー違う。にけ、おまえは知っていた。おまえは知っててみんなに甘えたんだ。矢賀を犠牲にしておいて掴んだのがそれか? おまえは何度罪を重ねれば気が済むんだ?
地面に一度頭突きした
影はにけに対してしゃがんで見つめている
ーー冷酷で悪辣で残酷な雨多にけ。おまえはすべての人を裏切り続けた。おまえに親切だった人たちをも利用して傷付け続けた
ひっ、と悲鳴らしきものをあげて地面に頭を擦り付けた
いろはとやちよとみふゆの顔が思い浮かんでは沈んでいく。最後には、アリナをも。その顔が黒く塗り潰されて
ーーどうして、生きてるんだ?
「う、うわああぁっ! ああああぁっ!」
にけの叫びが空間を木霊した
そうして叫んでみると。なんだか、感覚が遠くなっていく気がした
「ーーにけちゃん! にけちゃん!?
よかった。目を覚ましたのね!」
目を開くとぼんやりとみたまの顔が映った
にけはただみたまの顔だけを映しているようであった
「にけちゃん?」
みたまの顔が近い。にけは目を瞬かせた
みたまは一度離れて片手で口を覆う
ぎこちないながらも微笑を浮かべて。答えた
「雨多にけちゃん? 喋れそう?」
思考を沈ませる。雨多にけ。しかし、そのどこにもその名が引っ掛かることは叶わなかった
「と、とにかく! 起きれて良かったわ。ここなら安全だし! ゆっくり休んでいいから!
そうだ。みふゆさんにも伝えなくっちゃ!」
ぽふと手袋した両手を合わせて。みたまは部屋を後にする
にけの視線は常に天井にあった
「ーー目を覚ました?」
急いで出て行ったためか部屋の扉は開いていた
ええ、とみたまはみふゆに答える
「でも、あまり刺激を与えないであげてーーあっ。みふゆさん!」
部屋にみふゆは飛び込むように入ってきた
ベッドに寝そべるにけを信じられないものを見る目で見た
「にけさん……?」
私服姿のみふゆは駆け寄り片手でにけの頬を触った
「ごめん、なさい」
みふゆと目が合った。目は見開かれ瞳が揺れている
しばらく見つめあってから、みふゆはにけから離れた
顔は沈み口は強く結ばれている
「ーーワタシは、また救えなかった」
みふゆは背を向けて、部屋の外へと歩いていく
部屋を後にしたその背中をにけは目で追い続けていた
「これからどうなさるおつもりですか?」
外からみふゆの声が聞こえた
うーん、とみたまは唸っている
「調整屋さんの看板娘その2としておいちゃえ、みたいな?」
「……ふざけないで下さい。こんな時に」
「あら。わたしは本気よ?」
それ以降二人の間に会話はなく。しばらくしてみたまが部屋に入ってきた
「みふゆさん。帰ったわ」
みたまが近付きベッドに腰かける
にけは相変わらず天井を見つめている
「病み上がりなんだから気にしちゃダメよ。みふゆさんのことだって」
みたまから前髪を撫でられる
手袋越しなので擽ったい思いをした
「ねぇ。このまま全て忘れちゃわない?
大丈夫。みたまさんがぜーんぶ解決してあげる」
その表情は変わらないが冗談には感じられない
にけはみたまから視線を外した
「……そう。やっぱりあなたはあなたなのね、にけ」
ふぅ、と息を吐きみたまは困ったような笑顔を浮かべた
「いろはちゃんの誘拐。ウワサを使っていろはちゃんとにけちゃんの交換を脅迫。あなたを失ったマギウスは手段を選ばなくなった」
ぱち、とにけは瞬く。大丈夫、とみたまは続けた
「全て解決してるわ。だから心配しなくて良い」
にけはやはり天井を見続けている
ふ、とみたまは笑った
「でももう、マギウスに戻るのは得策ではないかもしれない」
顎の辺りに片手を添えて遠くを見つめていた
「……今思えば、わたしがあなたを止められてたら良かったのかな」
一瞬寂しそうな顔をするとぽす、と頬を叩いてからみたまは立ち上がる
「みたまさん、車椅子取ってくるわね
ずっと寝てるのも飽きちゃうでしょ? あなたはことに」
しばらくしてからみたまは車椅子を押して部屋に入ってきた
「……あなたを覗かせてもらった時、わたしはあなたならもしかしたら神浜を変えてくれるかもって思っちゃったのよね」
首と両脚に腕を通してにけを抱える
みたまの目元は腫れていた
「でも、そうじゃなかった。あなたのことだからなにか切っ掛けを与えてくれたのかもしれないけれど……実行するのはあなたじゃなくて、わたしたちがやらなくちゃダメだったのよね」
みたまは車椅子に座るにけの視線に合わせるようにしてしゃがんだ
「それを……最近気が付いたの」
顔を俯かせて眉を下げる。みたまの瞳にはなにも映っていないようであった
「ごめん。ごめんなさい……にけちゃん
わたし、わたし、泣かないつもりだったの、に……っ!」
みたまはにけの膝に顔を埋めすがるように涙を溢した