「もお。ツれないのね」
「散々触ったんだから離れろ」
とりあえずこいつから距離をとろう。伸ばされた手は適当に払った
八雲(やくも)みたま。短く切り揃えた銀髪と引き込まれそうな瞳をもつどこか妖しげな雰囲気を纏った彼女は調整屋を営むいわば非戦闘型の魔法少女らしい。そういう稼業があること事態、初耳だった
「そうそう。貴女の荷物届いてるわよ?」
「は?」
片手で示されるところにはキャリーバッグとアタッシュケースがそのまま置いてあった。直ぐ様アタッシュケースの中身を確認する
驚くことに無事だった。いや、わざわざ数えはしないし、そもそも数えきれないほどの金なのだからいくらかは抜かれてるかもしれないけど
キャリーバッグはまだしもアタッシュケースが無事とは。余程欲のない人物だったのだろうか、とやや安心も入り交じりながら思う
「今回だけよって。確かに伝えたからね」
「ふぅん。感謝は伝えといて」
わたしはアタッシュケースから二枚くらい金を抜いてそう伝えた
「いいえ。それはきっと近い未来にいえることだわ。そんなことでは受け取れないわよ」
みたまは首を横に振ると札を握るわたしの片手を両手で押し戻した
どうも欲のない人間が多いらしい。いや。そもそも信用されてないのかもしれない
「それならまぁいいや」
とりあえず数枚はポケットに仕舞う
あとでホテルにでも泊まる時に使うことにする。この辺高そうだけど
「あらぁ。そんな顔するとみたまさんがぜーんぶ取っちゃうんだから。えいえい」
「やっ、このっ!」
えいえい、とやる位置がおかしい。なぜわたしの胸部を狙うのか
顔が熱くなるのを感じた
「で、どうするの? これから」
急に真面目になるな。わたしはどんな感情を向ければ良いんだ
「ーーどうもこうもない」
みたまから簡単にわたしの記憶が見えてしまったとの説明があった
まぁそれは良い。大きくは問題じゃなかった
「そうねぇ……にけさん。貴女はこの街で暮らしたいの?」
「女の子が毎夜夢に出て来た。この街にいるうちならマシになるって思ったんだけど」
どの道わたしには居場所はない。嘘というわけではなかった
ふふ、とみたまから笑みが溢れる
「それなら、色々経験してみると良いかもね」
「……例えば?」
「青春とかしちゃわない?」
なにをいってるんだろうこの人
わたしは目を細めた
「通学とかすればお友達だってできちゃうかも。貴女くらいの年代だったら当然経験することなのよ?」
行ってみたい、と思ったことがないとはいえない
孤児院である程度座学は叩き込まれたし、恥ずかしいということもないと思う。だがそれでも不安はあった
「まぁそういう選択もあるっていうのは考えておいて?」
「他人のあんたにそこまでされる筋合いある?」
がーん。とみたまは言った
本当にがーんなんていう人は始めてみたかも
「わたしはこれでも戦う女の子の味方なんだから。嫌われちゃうと悲しいわ」
しくしくと両目を擦る。みたまはいちいちあざとい。わたしにはそんな趣味はないというのに
「別に嫌ってはない。調整? してくれた恩はあるし」
まぁ、とみたまは微笑むと両手で自身の顔を挟んだ
なんだかQBを相手にしているようであった。油断ならない
「グリーフシードも何個か持ってる。もしかしてそっちの方が良かった?」
「それは貴女の命じゃない。ダメよ。大切にして」
胸ポケットからグリーフシードを見せてみたものの反応は乏しくなかった。本当に報酬はいらないらしい
どうにも気味が悪いが、仕方ないか
「ふぅん、大した慈善事業だ」
「あらぁ。無料サービスは今回が特別なんだから」
「感謝はしてるつもり。体軽くなったし」
主に負ける気がしない
「光栄です。今後ともなにとぞご贔屓に」
みたまは両手を前にして丁寧に一礼した
でかい。そして胡散臭さが抜けない。とてもじゃないが、みたまはわたしで御せる人間ではないなと感じた
「ところで気になったんだけどあれ、何?」
わたしはマギウスの翼と書かれたチラシを指差した
「ああ。それはね、今神浜で起こっている奇跡を全世界に広めようっていう組織なのよ?」
「奇跡?」
「ここ神浜では魔法少女が魔女になることはないの」
そんなことが可能なら魔法少女という存在が根底から覆る。にわかには信じられなかった
「変わりにドッペルって状態にはなっちゃうけどね」
「……ドッペル?」
「ええ。ドッペル。穢れが貯まりきったらこぼれるように発動するわ。勿論おすすめはしないけど」
魔女になるよりはマシ。多分みたまはそういいたいのかと思った
確かに画期的だ。世界に広まれば魔法少女として生きる上でこれ以上の支えはないだろう
「そうそう。魔女の他にウワサなんていう存在もいるのよ」
「……ウワサ?」
反芻するとそうよーと能天気な声が返ってくる
「魔女みたいだけどグリーフシードを落とさないから気を付けてねぇ」
「……そんなことが」
「み、みたま!」
グリーフシードを落とさない魔女なんて存在に戸惑っていると後ろからすごい勢いで誰かが横を通った
「あら。ももこ?」
「かえでが……かえでがいないんだ!
今、いろはちゃんと探してるんだけどどこにもーーみたま、どこかで見ていないか?」
一分でも惜しいという風であった
みたまの肩を掴み、すがるように訊ねている
さらにその背後からもう一人現れるがその娘はわたしと目があって一礼をしたのみで、なにかってことはないようだった
「残念だけど……ここには来てないわね」
みたまがこちらに目を向ける
申し訳なさそうだったので、お気になさらずとわたしは首を横に振っておく
「そうか……その、ごめん。取り乱した。お客さん来てたのに悪いな、みたま」
「……ええ」
みたまとももこの距離が近い
わたしは見てはいけないものを見ている気がして、後ろの娘に目を向けた
きょろきょろとしてると思ったらわたしを真っ直ぐ射ぬいていた
目を合わせて見て感じる。この娘、気弱そうと思ったがーー
「あ、あの!」
口を開いたのはあっちが先だった
びくりとして思わず腕を組んでしまう
「い、いろはです。こ、このくらいの女の子で、自然が大好きな優しい娘なんですけど……なにか心当たりありませんか!?」
身ぶり手振りで懸命に伝える
わたしは片手を顎に添える
「いろはちゃん。それは流石にーー」
「……ないけど」
ほらな、とももこがそれとなくいろはの横に来ていて苦笑いを浮かべていた
「探すことは出来る」
わたしはそう続けるとポケットからカードの束を取り出す
「占い?」
うん、とわたしはいろはに答える
私物のタロットカードだ。両手で切っていく
「タロット、カード」
「ももこさん?」
いや、とももこは頭を振る。なにやらただならぬ思いを感じたがいろはには見せまいとした
カードでやるのかと突っ込まれないのであればそれでいい
「かえでとの関係者は?」
「……わたしだ」
一枚引いてと片手にカードの山を乗せながら促した
ももこは固唾をのみながらカードを一枚引いた
「こ、これは」
やはりももこはタロットカードを知ってるらしい。驚きを隠せないようであった
なんとも関心。まぁ引くカードは決まっているんだけど
「……よほど良いカードだった? 見せて」
ももこが裏返して私に見せてくる
「……“世界”の正位置だ」
「そ、それって強いんですか?」
いろはがたまらずと問うてくる
わたしはふふ、と微笑むと断言した
「かえでちゃんは必ず見つかるってこと」
返して、とカードを返すようにももこに促すと簡単に返してくれた
“世界”しかでないタロットカードをしまった
「……わたし、取り乱してた
なんだか冷静になれたよ。ありがとう」
柔らかい表情になったももこにわたしは薄く笑みを返す
「それじゃわたしの占いが当たらないみたい」
「そ、そっか。そうだよな……ごめん」
「気にしないで。外したことないだけだから」
ももこはうってかわって神妙な顔になる
わたしの記憶では誰かを占ったのはこれが初であった
実際、この街は変だ。なんらかの探りはいれる必要がある。ももこに欺くような言葉を向けるのは心が痛いが、やむを得なかった
「道すがらで良いからどこで何が起きたか説明してくれない?
力になれるかも」
ももこはやや考えてから、隣のいろはと目を見合わせた