世界一『かわいい』ウマ娘によるトレセン学園侵略計画☆   作:それおすとろ

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かわいい私と全ての始まり

 春。その季節は多くの人々にとって環境が大きく変わることの多い季節であり、例えば入学や卒業などがそれにあたる。

 

 そして今。日本トレセン学園、入学式。見目麗しいウマ娘たちがその胸を期待に膨らませ、その門をくぐる日。群れを成して行進するウマ娘の中、桜並木の下に一人のウマ娘が立っていた。

 

「ついに……ついに来た、トレセン学園! ここから私の輝かしい日々が始まるって訳ですよ!」

 

 彼女の名は、ケベックタンゴ。太陽の光を反射し光る長い金髪。まだあどけなさを残しつつも整った顔立ち。舞い散る桜吹雪とともに佇む姿は、道ゆく人がついそちらに視線を向けてしまうような魅力があった。

 

 しかし、なぜか彼女は一向に歩みを進める気配がない。トレセン学園はもう目の前。その外観を眺め、これからの日々に思いを馳せるにしては、少々長すぎる時間だ。

 では一体、彼女は何をしているのか。その答えは、彼女の放つ独り言から推察できた。

 

「風に巻き上がる桜、なびく髪、はためくスカート……。はぁ、かわいい。やっぱり私、絵になるなぁ……」

 

 

 ──ケベックタンゴはTS転生者である。故に、生まれたときから自身の外見というものに対する意識が人一倍であった。

 全ての始まりは5歳ごろ。趣味もなければ出来ることも少ない。毎日毎日毎日暇を潰すだけの、地獄のような日々だった。そんな時、何気なく鏡に映った自分の姿を見て、ケベックタンゴは雷に撃たれたような衝撃を受けた。

 

 なんだこの美少女!? と。

 

 ウマ娘は、そのほとんどが容姿端麗で産まれてくる。そんな美少女種族に、自分が生まれ変わった。好きにならないはずがなかった。自分が、かわいい。その事実を理解するほどに、それまで失われていた活力がみるみるうちに戻るのを感じた。同時に、とある考えが浮かんだ。

 

──せっかく美少女に生まれ変わったのだ。ならば、そのかわいさを高めることこそが、現状を最大限に有意義なものに出来る選択肢ではないか、と。

 

 まさに天啓が降りたような感覚であった。その日から、それまで全く空虚だった日常は一変した。退屈な毎日は、自分を磨く努力の日々へと色づいたのだ。

 いつしかかわいくありたい、という願いは自分が一番かわいい、という自信に変わり。かわいいウマ娘たちの集うトレセン学園でかわいいを高め、私がいかにかわいいかを広めよう、と思い立ったのである。

 

 つまり、今ここにいるのは。

 

 たまたま転生先が美少女だったせいで産まれてしまった、とんでもない自己肯定感モンスターである。

 

 ひたすらしみじみと自分に酔いしれ、時々ポーズを変える。ケベックタンゴはいつまでもそれを繰り返していた。

 

「んふ、んふふふふふ」

 

 その横を、別のウマ娘達は避けて通り抜けていく。

 いかに個性的なウマ娘が多い中央トレセンとはいえ、こう気色悪い笑い声を上げながら道の真ん中でポージングをとっているウマ娘に近づきたいと思うウマ娘はいないだろう。

 

 ちなみに言っておくが、彼……彼女はナルシストではない。決して相手を卑下することなどない。むしろ可愛いウマ娘の集まるトレセン学園に入学できたことを受けて浮き足立っているほどだ。

 ただ、ただ純粋に、純然たる自信を持って。こう言うのであった。

 

「……やっぱり、私がダントツでかわいいなぁ……」

 

 

 その後、たっぷり1時間ほど桜と自分のコンビを楽しんだケベックタンゴは、事務員さんらしき誘導係の人に門を閉めるアナウンスを受け、慌てながら初めてトレセン学園の敷地に足を踏み入れた。

 

 誘導に従って、大きな会堂へ到着する。

 ……特にこれといった感想も持ち合わせず、指定されていた席へと向かう。ケベックタンゴが着席するとほぼ同時に、マイクのハウリング音が会場中に響き渡った。

 

「宣言ッ! これより第○○回入学式を開会するッ!」

 

 ステージの中央でそう声を張り上げたのは小さな少女。彼女はここ中央トレセン学園の理事長であり、「破天荒なちびっ子理事長」としてトレセン内外で有名な人物だ。

 一度入学式が始まってしまえば、あとは生徒がやることなどつまらない話を延々と聞く以外にない。壇上では変わらず誰かもわからない人が規律だの責任だの話をしていた。もはや他の生徒はすでに半分興味を無くし、思い思いに暇を潰しつまらなそうな気配を隠す気がない。そんな中ケベックタンゴは、神妙そうなそうな面持ちで、うんうんとしきりに頷いている──訳ではない。実際には、うつらうつらと船を漕いでいた。

 

 ケベックタンゴは不良ではない。本当に授業態度が真面目かと聞かれればそんなことは無かったが、少なくとも居眠りしたことは一度もない。彼女は転生者故、授業など聞かずともトップクラスの成績は出せたが…… 授業をサボるなど「かわいくない」という彼女自身のポリシーから表面上は品行方正を保っていた。

 退屈に喘ぎながら、頑張って小学生の頃から築き上げてきたそのイメージが今……入学初日から崩れ去ろうとしている。それはなんとしても避けなければ。そう思い、意地で睡魔に抗おうとする。

 

 眠気の原因は何か。昨日、初めて着た制服姿の自分がかわいくて2時間ほど夜ふかししてしまったからだろうか。それとも、布団の中でかわいい自己紹介のやり方を考えなかなか寝つけなかったからだろうか。今朝、制服の着付けに念を入れるために早起きしすぎたからかもしれない。

 総じて、今日を楽しみにしてテンションが上がりすぎた結果だと言える。明日に遠足を控えた小学生が夜眠れなくなるのと全く変わりがない。

 

 結局、次にケベックタンゴの意識が次に戻ったのは、先程出てきたばかりだと思っていた理事長が閉式の言葉を述べている頃であった。

 自分の居眠りに気付いたケベックタンゴはすぐに、誰かに見られていなかったかを確認する。目立たないようにゆっくりと、右を見て、左を見て、もう一度右を見る。

 よかった。どうやら周りの生徒にも、端の方にいる職員の誰にも気がつかれなかったようだ。ほっと息をつく……と同時に、こんな美少女の貴重な寝顔を見逃すなんて! と勝手に憤慨する。ケベックタンゴはめんどくさい性格だ。

 

 式が終わって他のウマ娘たちが一斉に立ち上がる。ケベックタンゴは何一つ話を聞いていなかったが、とりあえず前にいたウマ娘にひたすらついていくことにした。そうして着いたのは事前に通知されていた、自身が配属されるクラスの教室。ついていく先を間違えなかったことにケベックタンゴは安堵した。

 

 自分の名前が書かれた席に座り、担任の先生が簡単な自己紹介を済ます。それが終わると、今度は生徒が一人ひとり立ち上がって自己紹介を始める。ほとんどの内容はケベックタンゴの耳を右から左へすり抜けていったが、案外尺が短く布団の中で考えた口上が全て無駄になったことだけはわかった。

 

 そのままサクサクと順番は進み、あっという間に順番は自身の前へ。

 ケベックタンゴはアドリブに弱い。これまで生きてきた中で、自分磨きに夢中になるあまり対人経験が極端に少ないからだ。パニックの末、なんとか言葉を絞り出す。

 

「あっ、えっと……ケベックタンゴですっ! 世界一かわいいのでよろしくお願いします☆」

 

 途端に静まり返る教室。

 

──あれ、これもしかして……スベった!?

 

 こうして、自己紹介は大失敗に終わった。

 

 

「くそぅ…… どうして……」

 

 結局あの後、ケベックタンゴの自己紹介はまるでなかったように顔合わせは進んだ。

 しかしその代償として、会が終わった後の自由時間……生徒同士が各々気になった子に話しかけている中、ケベックタンゴの机の周りには誰ひとりとして寄り付くことはなかった。まるでスタートダッシュでいきなり周回遅れにされた気分だ。

 

 ケベックタンゴが平静を保ちつつ、心の中でさめざめ泣いていると、やっと一人のウマ娘がこちらに声をかけてきた。

 

「ねぇねぇ! キミはどんな子なの?」

 

「天使か……?」

 

「へ?」

 

 初めて話しかけてくれた嬉しさのあまり、つい心の声が漏れてしまい、反省するケベックタンゴ。そこで初めて、自分に声をかけてくれたウマ娘のことを見た。

 実際、その姿は天使のようなウマ娘であった。見るからに明るく、お転婆だと分かる弾けるような笑顔。これまた明るいオレンジ色の髪。かなり幼い印象を受けるが、ウマ娘の例に漏れずかわいい。ま、私の方がかわいいけどね? と、ケベックタンゴは付け足す。

 

「マヤはね、マヤノトップガンって言うの! キミは?」

 

「あっ、私はケベックタンゴって言います。 よろしくね、トップガンちゃん」

 

「……マヤでいいよー?」

 

「じゃあ、マヤちゃん」

 

 やんわりと訂正されてしまった。ケベックタンゴにとってはトップガンの方が馴染みのある響きではあるのだが。主に前世の影響で。

 

「自己紹介、すっごく印象に残ったよ! 世界一かわいいー、なんて、マヤ見たことなかったから! キミのこと、もっとわかりたいな!」

 

 その言葉に、ケベックタンゴはよくぞ聞いてくれた! と机をバンと叩きながら勢いよく立ちあがろうとして……やめた。ここで熱を上げて信条を語ろうが、またドン引きされるのがオチだろうと見えたからだ。彼女も少しは学習した。

 

「私は……一番かわいくなるために、ここに入ったから。君はどうなの?」

 

「マヤはね、大人になりたくてトレセン学園に入学したんだ!」

 

「へー……どういうこと?」

 

「うーんと……トレセン学園の、大人のウマ娘さんたちのレースって、すっごくキラキラ、ワクワクしてるから! マヤもそうなりたいなぁ、って!」

 

「それは……いい夢だね」

 

 感覚派のマヤノトップガンの言葉を、実はあまり汲み取れていないケベックタンゴ。とりあえず頷いてみた。

 

「マヤたち、似てるかもね!」

 

「そう、かな? だったら嬉しいな」

 

 これは本心からの言葉である。ケベックタンゴは友達の経験が少ない。内心友達ができるかビクビクしていたのである。先ほど泣きそうになっていたのもそのためだが、ひとまずぼっちルートは回避できたと考えていいだろう。ありがとう、マヤノ。君はマジで天使だ。ケベックタンゴは心の中で何度も拝んだ。

 

「じゃあじゃあ! 選抜レースはいつ出るの? もしかして、もう約束したトレーナーが居たり!?」

 

「選抜レース……? トレーナー……?」

 

「……え!? ケベちゃん、聞いてなかったの!? 入学式のとき言ってたじゃーん!」

 

 聞いてるはずもない。おそらくその話をしていた時はすでに夢の中にいただろうからだ。

 

「うん……ケベちゃん……ケベちゃんかぁ……」

 

 微妙にかわいくない愛称に少し考え込んでしまう。彼女にとってはレースの話よりもかわいく聞こえる呼び名の方が重要だった。

 

「あ……いや、ごめんね? 入学式は…… ちょっと聞いてなくて。レースの仕組みとかも、あんまり興味なくって……」

 

 トレセン学園に入学するため、走りのスキルこそある程度磨いたものの、彼女にとってそれはあくまで手段。実際のレースの制度などは全くの無知である。

 

「もう……仕方ないなぁ。マヤが教えてあげるね!」

 

「ありがとう、すごく助かるよ」

 

 

────────

 

 

 それから数十分後。マヤノに教えてもらったことを復唱しながら、ケベックタンゴは飲み物を買うために中庭に出ていた。

 

「レースに出るためにはトレーナーが必要……。トレーナーと契約するためには選抜レースに出る……。そういえば、私って足速いのかな?」

 

 小学生の頃は周りにあまりウマ娘が居なかったため、自分の足が速い方なのかがわからない。筆記試験もあったとはいえ、トレセン学園に入学できるレベルであることは確かではあるが。流石にケベックタンゴも、自分が最下位レベルだとは思いたくない。

 

「まあ、なんとかなるでしょう。私、かわいいし」

 

 彼女の中には謎の自信があった。自分がかわいい、と思えば、大抵のことはなんとかなる気がする。実際、これまでは何とかしてきた。自惚れだけではなく、かわいいとはケベックタンゴの武器なのである。

 

 やっぱり私かわいいからなーと、一人にやけながら中庭を歩く。その姿は側からみればやべーやつに見えていたことだろう。間違ってはいないが。

 

「うおっと! ごめ……」

 

 意識が自分の内に行きすぎて、前方不注意になっていたのか。壁にぶつかってしまう。いや、壁ではない。人だ。見上げると、目つきの悪い男がこちらを睨んできた。

 

「なんだ……。気をつけろ、クソガキ」

 

 見れば男は胸に金色のバッチを付けている。どうやらトレーナーのようだ。しかし、それにしてもあまりにもそっけない、突っぱねるような返事。それはケベックタンゴの自意識を酷く傷付けた。

 

「あっ、いったーい☆ ごめんなさい、お兄さん?」

 

 どうにかこの男に自分のかわいさを認めさせたくて、キャッピキャピの上目遣いで謝ってみる。何かを間違ってる気もするが、これがケベックタンゴの考える最高にかわいい仕草だった。

 

「……は? 何だお前」

 

 結果は全く芳しくなかった。当たり前と言えば当たり前である。このご時世にこんなコッテコテの萌えキャラムーブされたら誰だって引く。

 

「……はぁー? こんな美少女にぶつかっておいてそれだけですかぁー? そもそも、人にぶつかったら謝るのが筋ってもんじゃないんですかねぇー!?」

 

 そのあまりに不遜な態度に、ケベックタンゴは早口でまくしたてる。元はといえば前を見ていなかった自分が悪いのだが……。つい頭に血が上り、さっき作った萌えキャラ美少女の仮面は秒で脱ぎ捨てた。

 

「チッ……うるせぇクソガキだな」

 

「クソガキじゃありません! 私は世界一かわいい美少女ウマ娘、ケベックタンゴちゃんですが!?」

 

 ムキになってそう返す。おそらく今の対応だとこの男に限らずほとんどの人間が同じような反応をしたと思うが、ケベックタンゴにとっては自分のかわいさが通じないことは何よりも許せないことであった。

 

「はっ、世界一かわいいウマ娘ねぇ……。そんなら残念だったな。俺がどう思ってるかはともかく、目指すんなら──少し遅かったな」

 

「へ? 何の話ですか……」

 

「ほら、お出でなすったぞ。知らねえみたいだからよく見とけ。アレこそが、去年トレセン学園に転入した、現在最も"カワイイ"ウマ娘。──カレンチャンだ」

 

 男の視線の先に目を向けると、そこには小柄なウマ娘。

 

「はーいっ♪ カレンチャンでーす!」

 

 そのウマ娘が声を発するだけで、周りの生徒たちが歓喜の声を上げる。その場にいる誰もが、そちらに釘付けになる。

 

 それは先ほど見た、マヤノトップガンとはまた違った雰囲気。歩くたびにふりふりと揺れるのは、艶のある銀髪。その大きな、丸い瞳は見たものを吸い込んでしまいそうなほどに綺麗だ。そして何より……その一挙手一投足全てが"カワイイ"を体現するがごとくの、圧倒的な「練度」。マヤノが天使だとすれば、こちらは小悪魔だろうか。そこまで考えて、すぐにその考えを訂正する。

 

──違う! なんだこのオーラは……!? これは…… もはや、小悪魔なんてレベルじゃないッ!!

 

 そう。例えるならば、それはまるで──

 

「──魔王だ。魔王、カレンチャン……」

 

 その存在は、これまで自分が世界で一番かわいいのだと信じて疑わなかったケベックタンゴにとって、世界がひっくり返るような衝撃であった。春の陽気を身にまとい、歩いた後には草木が芽吹くがごとくの彼女。しかしその雰囲気とは裏腹に、彼女を見たケベックタンゴの体からは冷たい汗が吹き出す。

 

 しかし、彼女は怯えるのをやめた。

 

「ふ、ふふふ……。ああそう。そうですか……」

 

 グツグツと、心の中から何かが湧き上がる。それは怒り? 嫉妬? 否だ。

 

 それは、ウマ娘に原初から宿る闘争心。……ケベックタンゴは今、かつてないほどに燃えていた。

 その身を支えるは最強の自己肯定感。天上天下唯我独尊。

 

「いいでしょう。上等だ、カレンチャン…… 私は、お前を超えてみせる……!」

 

 見る者によっては、一瞬で自信を砕かれかねないカワイイの権化。カレンチャンという強敵を前にしても、ケベックタンゴはその信念を変えることはなかった。すなわち──

 

 私が、一番かわいい。

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