世界一『かわいい』ウマ娘によるトレセン学園侵略計画☆ 作:それおすとろ
初配信から1ヶ月。あれから毎日、トレーニング終わりに配信を続けていた結果、一部の熱狂的なファンによる布教活動によりどんどん配信の接続は伸びてきていた。方向性はともかくとして大筋は想定通りとなったわけである。
「ふふふ。んふふふふふふ」
「……なんだ、その気持ち悪い笑い方」
学園も夏休みに入り、1日のトレーニングを終えたケベックタンゴは、いつものようにトレーナー室に入り浸っていた。配信すると決めた時間まではまだ2時間ほど早いので、今はソファに横になってくつろいでいる状態だ。
「いやー、トレーナーさんにはわからないでしょうねぇー! 登録者が増えていく快感! ウマッターにフォロー通知がくる幸せを! 今、世界中の目が私に向き始めているんですよ!」
スマホを操作しながらそんなことを言う。その画面には、登録者の推移を表すグラフが表示されていた。
「それは言い過ぎだと思うが……。はぁ、悦に入るのは自由だが、ほどほどにしとけよ? そうやって承認欲求拗らせたやつが炎上動画とか上げるんだ」
「なっ!? そこまで堕ちる気はありませんよ! あくまでこれは私のかわいさを広めるためなんですから! ……というか、ですね」
「ん? どうした?」
「……なんで何もしてないのに炎上してるんですかぁ!」
トレーナーに向けて差し出されるウマッターの検索画面。ケベックタンゴ、と入力しているその下には、『ケベックタンゴ 炎上』『ケベックタンゴ 絶叫』の二つが。
「まぁ……なんだ。よかったじゃないか、かなりの数の人が見てくれてる証拠だ」
「注目のされ方が思ってたのと違うんですけど!? あくまで私は私のかわいさで人気になりたいんですー! こんな謂れのない風評被害はまっぴらごめんですよ!」
「謂れのない……? 3日前配信付けたまま寝落ちしたのに? 配信の切り忘れもしょっちゅうなのに? コメント欄と言い争って配信どころじゃなくなったのに?」
「うぐっ……」
冷淡な口調の中に確かな怒りを滲ませつつ、トレーナーはケベックタンゴの悪行を言い連ねる。ただ、皮肉なことになぜかその度にチャンネルの登録者が増えるので始末に負えない。
「ともかく、だな。あんまり調子に乗ると余計なことしかしないんだから、もうちょっと発言を考えた方がいいんじゃないか」
「いやいや、そうは言いますけどね!? どー考えても悪いのはあっちでしょ! なんですか喋らなければかわいいって! 私は完璧美少女なので喋れば100万倍かわいいですぅー!」
「……いや、さすがにそれは無いわ」
「はぁー!? どうしてですかトレーナーさん! もしやトレーナーさんまで敵に回ると言うんですか!? ひどいですトレーナーさん、こんな美少女を裏切るなんて! 何を以って私の完璧美少女っぷりを否定するんですか!」
「そういうところだと思う」
一つこちらが何か言えばその10倍くらいを言い返してくるケベックタンゴ。対面すると疲れることこの上ないが、配信上ではそこが人気なのかもしれない。トレーナーはそう納得した。
「はぁ……いいよな動画の視聴者は。めんどくなったら配信閉じて逃げられるもんな」
「なーんですかそれ。まるで私の相手がめんどくさいとでも言うようじゃないですか」
「そうだけど?」
「え?」
「は?」
────────
「まーまー、俺100パー悪くないけど機嫌直せよ」
「一言余計です!」
あれから10分後。トレーナーの言葉でケベックタンゴは拗ねていた。半分ポーズだけとはいえ、トレーナーにめんどくさいと言われたのが傷ついたのも事実。ケベックタンゴにとっていつの間にかトレーナーの評価が重いものになっているのは信頼の証であろう。
「謝ってください。私をめんどくさい女扱いしたこと謝ってください!」
「何一つ誤ってないと思うけどな」
「むきーっ!」
トレーナーもついつい心の声が漏れてしまい、余計ややこしくなる。かと言って思ってもないことでケベックタンゴをヨイショするのもなんだか癪なのである作戦に出た。
「ほら、アイスやるから」
「え、本当ですか!? ……いや、アイスごときで許すと思ったら大間違いですよ! ちょっと心揺れましたけど、私はそんな簡単な美少女じゃありません!」
「なんだ、いらないのか? 今なら昨日俺が買ったちょっとお高いアイスをやろうと思ったんだが」
「む……ぐぬ……」
「はぁー、せっかくお前用に2個買ってきたんだけどなー。仕方ない、俺が2つとも食うしかないか」
「ぐ……待ってください、食べます……許しますから……!」
「はーいよ」
買収作戦はあっさりと成功した。投げて渡されたアイスをケベックタンゴが一口食べると、たちまち目に見えて機嫌が良くなる。
「ん、美味しい……! さすが高級アイス……」
「ふ、チョロいな」
「ん? トレーナーさん、今なにか言いました?」
「……いや、何も」
またまた心の声が漏れてしまっていたようだ。聞かれたら確実にめんどくさいことになっていたのだが、幸運にもそうはならなかった。ケベックタンゴがアイスを味わうことに夢中になっていたからである。
「……あ、そうだ」
「あん? どうした?」
「いや、今度の配信どうしようかと悩んでいたんですが……良いものが思いつきましたよ!」
「え、アイスで?」
「いや直接的には関係ないですけど……もう夏ですからね。涼しくなるためには、アイス。そして……ホラーです!」
どーん、と効果音が鳴りそうなほど、胸を張って高らかに計画……というより、ただの思いつきを喋り出す。
「ホラーねぇ……ホラーゲームの実況ってことか。確かにトレーナー室は防音だが……」
「ふふふ、夏にぴったりの題材でしょう? それに、普段私に辛辣なことばっかり言う視聴者さんたちも、健気にクリアを目指す私の姿に守ってあげたいと思うことは必然! そこから私のかわいさにキュンキュンさせちゃうってわけですよ!」
「はぁ……いや、よくもすぐそこまで考えられるものだと褒めるべきか……そもそも希望的観測がすぎるだろと呆れるべきか……」
「ん? 褒めてくれるんです!? えぇ、どうぞどうぞ! 思う存分褒めてください!」
「絶対やだ」
「なんでぇ!?」
「さてさて、今日も元気にやっていきますよ、かわいい私の配信を!」
『待ってた』
『今日も元気な叫び声を期待してます!』
「えぇ、任せてくださ……って、叫び声をウリにしてるわけじゃないんですけど!? ちゃんとかわいい私を見てください!?」
『でも叫んでるケベたんは最高に輝いてるよ』
『叫び声目当てに配信開いてる』
『叫び声だけでMAD作られるくらいには需要があるよ』
「全く、相変わらず言いたい放題……え、待ってくださいなんですかそれ。MADとか私聞いてないんですけど!?」
『草』
『そんなんあるのか……』
『ケベたんMADはいくつもあるぞ』
『ウマ娘一BBが作られた女』
『素材を渡したケベたんが悪い』
「横暴じゃありません!?」
開幕そうそうコメントにいじられるケベックタンゴ。もはや毎回恒例となった光景だ。ケベックタンゴもその都度新鮮なリアクションをするので、ますます視聴者を調子に乗らせて今まで続いてきた。……そのおかげで、視聴者との距離が縮まり人気の一因にもなっているのだが。
「ええい、それはともかく。今回やってくゲームはこれです! ウマイオハザード! シリーズの中でもボリュームが少なくて1日でもクリアできるそうなんでね、やっていきますよー!」
『ホラゲやんけ!』
『否定しといてそのチョイス、やっぱ好きなんすねぇ』
『自ら叫び声を提供していく姿勢、尊敬する』
「違いますけど!? ……こほん、さっそくやってきましょうかね! いや、上手すぎてすぐ終わっちゃったらごめんなさいね?」
『はいフラグ』
『もうわかっててやってるだろこれ』
『↑ケベたんのは天然ものなんだ……信じられないことに……』
『むしろ演技であってほしかった』
その後、プレイすること数分──
「ひょわぁぁぁぁあ!? なんですかこいつ急に出てきたんですけど!? ちょ、え、殴れば倒せます!?」
『さっそくの悲鳴たすかる』
『おとなしく逃げて』
『序盤のチュートリアルみたいなもんだからそいつ倒せないぞ……』
「うおりゃ! って全然効いてないじゃないですかー! やだー! ……あっ」
『あ、死んだ』
『ここでゲームオーバーになる人初めて見た』
「はぁー!? 無敵とかずるくないですか!? 正々堂々勝負しなさいよこのやろー!」
『胆力だけは認める』
『まあ日頃から喧嘩売って負けてるし……』
『解釈一致プレイやめろ』
────
「あれー? この扉開かないじゃないですか。一本道なのに……あ、謎解きかこれ」
『気づけてえらい』
『えらいぞー』
「なんか失敗しまくったせいでコメントが優しい……さて、この部屋の中にヒントがあるんですかね」
ケベックタンゴは探索を開始する。が、いくら経っても答えに辿り着くことはなかった。
「あれー? え、どうなってるんですこれ。前のエリアで見落としたものありましたっけ」
『ええ……難易度クッソ簡単だぞこれ』
『もう視聴者全員答えわかったよ』
『猿の知能テスト見てる気分』
「むきーっ! 誰が猿ですか! こうなったら私も本気出して……出し、て……え、全然わかんないどうするんですかこれ」
────
「え、あ、待って! ちょっと、こっち来ないでくださいぃ! あ、やめてやめて助けてください!」
『命乞いたすかる』
『親の顔より見た』
「ぐわぁぁぁあまた負けたぁ! ちょっとこのボス強すぎですよぉ〜!」
『あからさまな弱点部位あるのに全く狙わないの草』
『狙ったところで当たるとは……』
『気づいてないんだろ……ケベたんだし』
『イライラするような沼プレイも何故か見続けちゃう魅力がケベたんにはある』
「え、弱点!? あ、もしかしてあのでっかい目ん玉ですかね!? よし、そこ狙って……当たらねぇじゃないですかぁぁー!」
『知ってた』
『ゲームセンス×』
「うわぁーまた死んだ!」
『これクリア耐久? 朝までかかるんじゃね?』
『他のゲーム配信者と比べても明らかに進みが遅い』
「はぁー!? 好き勝手言ってんじゃねぇですよ! 見ててください、こんなやつ私が本気出せば秒で倒せますからね!」
『だんだん口調も取り繕わなくなってきて草』
『ケベたん……そいつ……普通は本気出さないでも倒せるやつなんだ』
コメントに煽られ励まされ、未だ序盤のボスキャラと格闘すること数十分。ついに、決着の時が訪れた。
「ああああ死ぬ死ぬ死ぬ! ハーブ! ハーブ! ……よし。そろそろ倒れてくれませんかねぇー!? うおっ……おおおおお! やった、倒したっぽい!?」
『お』
『おおおおおおお』
『ついにやったか……』
『感動した』
『我が子の成長を見てる気分』
「はっはー! どうです、これが私の実力ですよ! よっしゃ、このままクリアまで突っ走って……どわぁぁぁぁ!?」
『そいつ、最後爆発するんだよね……』
「先言ってくださいー!?」
────────
「ぜぇ……ぜぇ……やっとクライマックスっぽいところまで進んだ……」
『長かったな……いやマジで』
『むしろ今日中に辿り着けて驚いた』
「ふふ……もはやなんとでも言うがいいです。これでラスボス倒せば多分終わり! いくぞー!」
そう、意気込んだはいいものの。
「うぎゃー!」
敗北。
「どわぁー!」
敗北。
「うわぁーん!」
また敗北。
ピンチになるとすぐにパニックになってしまうケベックタンゴの性格で、時間と挑戦回数の数だけ負けを重ねていく結果になった。
「つ、つぎ……次こそ勝てますから……!」
『毎回違うやられ方してるのおもろい』
『諦めない心の大切さを教えてくれる教育的な配信』
「くそぉー! こうなったらやけっぱちです! うおおおお突撃ぃー!」
どうせ作戦を立てても無駄ならば、と防御を捨てただひたすらに攻撃する。本人も言っている通り、ただ半分自暴自棄になっての考えなしの行動、だったのだが──
「うおおおおお! って、あれ? なんか今までよりだいぶいいとこ行ってません!?」
『草』
『結局最後はゴリ押しなんだよなぁ』
『パワーこそ最強! パワーこそ正義!』
「え、なんか全然反撃してこない! 待って、これもしかしていけちゃうんじゃないです!?」
『うおおおおお!』
『そんなことある???』
『奇跡が重なっとる』
「よし! よしよしよしよし! もうちょい……っしゃぁ! これでトドメです!」
コントローラーのボタンを押して放たれた弾丸はボスキャラの体にヒットし、同時に撃破した証拠であるイベントムービーが流れ始める。
「うおっしゃ〜! ついに、ついにやりましたぁー!」
『おめ』
『感動した』
『よくやったよ……』
「はぁ……苦戦した甲斐があった……! これで後はエンディングを見るだけですね!」
椅子にもたれかかり、完全に脱力した姿勢のケベックタンゴ。これ以上なく穏やかな心持ちで、エピローグが流れる画面を見つめる。……しかし、クリアの感動と余韻はそう長く続かなかった。
「ふぅ、これにて……って、あれ? 画面固まった?」
『ん?』
『あれ?』
『あっ』
不穏な気配を感じ取り、それまで祝福ムード一色だったコメントが一気に騒がしくなる。
「あれ? おーい、ボタン押しても反応しないんですけどー?」
『嘘でしょ……』
『ここまで来てバグるやつとか居るぅ!?』
「あっ、え、嘘!? バグ……ってうわぁぁぁぁあ!? ちょ、なんかパソコンから煙でてるんですけど!?」
配信を行なっていたパソコンからもうもうと煙が立ち上がる。それは、明らかに深刻な問題が起こっている証でもあった。
この緊急事態に、それまでほぼ眠りかけていたトレーナーも飛び起きる。
「え、え、え? 何、何事!? 嘘、お前何やったの!?」
「あ、トトトトレーナーさん! わかんないです、何もしてないのに壊れました!」
「バカタレぇ! そのパソコン俺の私物だぞ!?」
「いや本当になんもしてないんですって許して! ほら、一旦私の美少女スマイルでも見て落ち着いて! ニコッ」
「落ち着けるわけねぇだろバカお前マジでふざけんなよ仕事のデータ入ってるんだけど!? どうしてくれるんだ!」
煙は未だ上がり続け、冷却ファンが聞いたこともないような轟音を唸らせる。モニターにはブルーバックが表示され、この故障がもはや取り返しのつかないことを表している。
『草』
『何が起きたん?』
『エンディング直前でバグったと思ったらブルスクなって漫才始まった……』
その裏で、なぜか配信だけが続いていた。
『神 回 確 定』
『見どころの化身』
『笑いの神に愛されすぎてる』
「ああもうどうすんだこれ!? ちょ、一旦外出すぞ! 火事になったらシャレにならん!」
「そそ、そうですね! ……いやあっつ! ちょ、触れないくらい熱いんですけど!?」
「ああヤバいヤバいどうにかするぞ! て、手袋! そこの棚にあるから取ってくれ!」
『音声だけだけど必死さはかなり伝わってくる』
『競走ウマ娘界一の放送事故だろこれ』
『あ、そろそろ配信切られそうだな』
「ああもう、一旦コンセント抜け! とりあえずこれ以上悪くなるとまずい!」
『みたいだな』
『トレーナーとの漫才をもっと見ていたかった……』
『まあプライベートの覗き見は許されないからな』
『これこっちのコメント見えてないよな?』
『ケベたんかわいい!』
『ケベたんかわいい!』
『好きだー! 結婚してくれ〜〜!』
『もはや恒例行事』
『本人には絶対に言わないという強い意志を感じる』
『ツンデレどもがよ』
「トレーナーさん! じゃあ抜きますよコンセント! はいっ!」
────────
こうして、色んな意味で伝説となったホラゲ配信は、瞬く間に大バズり。『ウマチューブに上がってる切り抜きをツギハギしただけで本編になる』と話題の神回となるのだった──。