世界一『かわいい』ウマ娘によるトレセン学園侵略計画☆ 作:それおすとろ
ゲートが開いたのとほぼ同時、ケベックタンゴは持ち前の集中力でするりと前に出る。
ケベックタンゴが選んだ脚質は逃げ。理由は単純、先頭が一番目立つと考えたからだ。
ケベックタンゴと共に選抜レースを走るウマ娘は8人。それぞれ逃げが1人、先行が5人、差しが2人。ケベックタンゴは、その誰よりも前を維持し続ける。
「おー、この感じ。視線が私に集まってる! ふふ、最高だね」
呑気にも独り言を呟きながら悠々と……しかしペースは落とさないままに走る。それどころか、ケベックタンゴの逃げは選抜レースにしてはハイペースと呼ばれるものであった。
第一コーナーに差し掛かった辺り、ギラギラと目を滾らせ、もう1人の逃げのウマ娘がケベックタンゴに迫る。未だ先頭を抑え続けるケベックタンゴは、その存在を気配と足音で確認した。
「まぁ……やっぱ来るかぁ。だが──私のかわいさに、ついて来れるかなッ!」
また一段、速度のギアを上げる。それは絶対に、一瞬たりともハナは譲らないという意志。相手もそれに対抗してくると、その姿に観客席は沸き、それがまたケベックタンゴを加速させる。もはや後方との差は取り返しのつかないものになりつつあった。
そのままレースは進み、直線を抜けて最終コーナーへ。ほとんどのウマ娘は逃げ2人にペースを崩され、既にヘロヘロの状態。観客たちの注目は、未だ競り合いを続けている彼女たちに向けられた。
ただ、体力の限界を感じているのは後方だけでなく。ケベックタンゴももう1人も、その足を動かしているのは意地と根性のみだった。
──まずい、流石にレース一本このペースは持たないか……! ああもう、ゴールが遠いなちくしょう!
ケベックタンゴは心の中で愚痴るも、スピードを緩めることなく走り続ける。いくら疲れて苦しかろうが、「無〜理ぃ〜」と諦めるという選択肢は最初から存在しない。
「はぁ、はぁ……いい加減、諦めなさいよ……!」
「はぁっ、そっちこそ……私に夢中になるのはわかりますけど、ゴールまでの距離とか、考えた方がいいんじゃない……!?」
「それはこっちのセリフよ……!」
両者とも一歩も譲らない、熾烈な勝負。ゴール板に近づくにつれて、その日一番の興奮が観客席を包み込む。
「うおおおおおこんにゃろが! 私のかわいい、見せたるわぁぁぁ!」
そのプライドただ一つで、ケベックタンゴは執念の加速を見せる。それで作ったリーチはハナ差ほどしかなかったものの……勝負を決めるのには、十分すぎるほどの差であった。
ケベックタンゴがゴールを通過したその瞬間、沸き上がる大歓声。
ケベックタンゴはそれに応えようとするも、酸素の足りない身体は思うように動いてはくれない。膝についていた手を退けて上体を起こそうとしたが、すぐにむせてしまった。
「ゲッホ、ゲホッ……あー、あっぶねぇ……」
尋常じゃないほどの量の汗が身体中から吹き出し、ケベックタンゴの白い玉肌を伝う。いつもならばその様子の自分にもかわいいと悶え周りにもアピールするところだが、今はそんな余裕もないようだ。
「勝った……勝ったぞぉ……! やっぱり私が、世界一ぃ……はふぅ」
その言葉を最後に、ケベックタンゴは電池が切れたようにターフの上に倒れた。
────────
それから1時間ほどして、体力を取り戻したケベックタンゴの元には多くのトレーナーが集まっていた。選抜レースの本来の目的、トレーナーへのアピールは大成功したと言える。
「わぁ! 本当に私をスカウトしてくれるんですか〜? えへへ、嬉しいですっ!」
「え〜、本当に? そんなに? 確かに私かわいいからなぁ〜」
「んふふふふふ。まぁね! 私世界一かわいいですからね! 天下取るのも夢じゃないっていうか? というかもう取ってるっていうか?」
最初のうちはかわいい言動も併せ好印象だったが、しだいに気持ちよくなったケベックタンゴが口を開きいつもの自尊心の高さを見せると、大半のトレーナーは手元のチェックシートに『気性難』と書き込み去っていく。先ほどとは打って変わって見晴らしが良くなってしまった景色の中に、見覚えのある顔はすぐに見つかった。
「あっ、やぁさっきのトレーナーさん! 私の走り、見てくれましたか?」
「……ああ」
まだ数人残っていたスカウトを避けて、すっかり顔を覚えてしまったトレーナーの近くへ寄る。トレーナー当人は注目されるのを嫌がるように目を逸らした。
「じゃあ、私のかわいさもわかりましたよね!? さぁさぁ、どうぞスカウトしてください!」
「いや……しないけど」
「何故!?」
「そもそも見たからスカウトするとは言ってないだろ。つーか、お前のことスカウトしようとしてる奴らいるんだからそっちから選べよ」
トレーナーがそう言ってケベックタンゴを追い返そうとする。至極真っ当な、正論とも言える意見だったが、ケベックタンゴはさらに食い下がる。
「まぁまぁ待ってくださいよ。そう悪い話じゃないでしょう?」
「……俺が受ける理由がない」
「嘘ですよね? だってトレーナーさん、さっき観客席で言ってたじゃないですか。『担当を持てって急かされてる』って。それってつまり、早いとこ担当を見つけないとトレーナーの立場も危ういんじゃありません?」
その言葉を聞いた途端に、トレーナーが視線を泳がせたのをケベックタンゴは見逃さなかった。俯いたトレーナーの顔をじっと見つめるように見上げ、確信を持って言葉を続ける。
「それに、見たところまだ誰にも勧誘はしてないご様子。今日のレースは終わっちゃいましたよ? まさか目ぼしい子がいなかったなんて思えませんし……最初からスカウトする気がないとか、かな?」
最後にわざとらしくこてんと首を傾げる。仕草はかわいらしいものの、その圧はさながら犯人を追い詰める探偵のようだ。犯人……もとい、トレーナーは全てを見透かされた苛立ちとともに天を仰ぎため息をついた。
「はぁ……そこまでわかったんなら何故俺に構うんだ」
「も〜。そりゃもちろん、あなたにトレーナーになって欲しいからに決まってるじゃないですか。全く、美少女の口から言わせるなんて、いけずな人ですね、ぷんぷん」
「それがわからねぇって言ってんだ。俺以外にもトレーナーはいるだろ! なんで……」
「それは──
──キミが一番、かわいいを必要としていたから」
「……っ!?」
それまでとは違う、ケベックタンゴのどこか憂いを帯びた顔に、トレーナーは思わず言葉に詰まる。中等部に上がったばかりのはずの彼女に、年齢とはかけ離れた魅力があるように思えた。
「……私といればそのひねくれた性格もだいぶマシになると思いますよ?」
そう思ったのも束の間。次の瞬間にはもうすでにいつもの、人をからかうような調子のケベックタンゴに戻っていた。
「アニマルセラピーならぬケベたんセラピーってとこですかね! 私のかわいさで癒しをお届けです」
「なんだよそれ……余計なお世話だ」
あれは気のせいだったのか。そう思うにしては、先ほどの表情はトレーナーの脳裏に強く焼き付いていた。
先ほどの様子に言語化できない何かを感じ、ボーッとしていたトレーナーの思考は、ケベックタンゴの言葉によって引き戻された。
「ちょっと、聞いてます? じゃあ……こういうのはどうです?」
そう言うと突然、ケベックタンゴはぴょんと後ろにジャンプしトレーナーと距離をとる。何をするつもりだ、とトレーナーが聞くより早く、その場に一陣の風が吹いた。
「トレーナーさん。私の担当に、なってくださいませんか?」
風にたなびく金髪が、夕焼けの光を反射しキラキラと輝く。潤んだ瞳やほんのりと赤くなった頬と合わせ、その様子はさながら告白の風景のようだ。もちろん、彼女がそれを狙ってやったのは言うまでもないが。
「どう? ドキッとしました? 忘れかけてた青春時代を取り戻したり?」
「……今のが無ければ完璧だったな」
「そんなに照れないでくださいよ〜。で、返事は?」
「はぁー……」
果たして、そのため息は諦めか。トレーナーは一瞬頭を抱える仕草を見せた後、ケベックタンゴに向き直った。
「……仕方ない。言っておくが、俺は優秀でもなんでもないからな。期待されても困るぞ」
「んー? それってつまり?」
「チッ……トレーナーになってやるって言ったんだ! 選んだのはお前なんだから、文句言うなよ」
どうしてそう返事をしたのか、トレーナー自身にもわからない。走りに光るものを感じた、しつこい逆スカウトに根負けした。それらしい理由はいくつか浮かぶが、そのどれもがピンとこない。ただ一つ、これからは退屈とは無縁の毎日になる、ということだけは確信を持てた。
「そうこなくっちゃ! じゃあ改めて。私の名前はケベックタンゴ。誰よりもかわいいウマ娘です。これからよろしくお願いしますね、トレーナー?」
そう言って、ケベックタンゴはその手を差し出す。トレーナーもそれに渋りながらも応じ、ここに1組の担当契約が成立した。
────────
「……それじゃ、これからトレーナーさんには私のかわいさを知ってもらおうと思います」
「……なんだ、藪から棒に」
あれから2人はグラウンドを離れ、トレーナー室で契約書類を書いた。その記入が終わったころ、脈絡なしにケベックタンゴが口を開いた。
「いやほら、これで契約結べたわけじゃないですか。だったら担当のことは知っておくべきでしょう?」
「別に……興味ないんだけど」
「まあまあ、そう言わずに」
「お構いなしかよ……」
いくらトレーナーが拒絶しようと、ケベックタンゴはそれを適当に流すだけで一切止めようとしない。トレーナーの意思など最初から関係なかった。
「私の目的はカレンチャンを超えることです。前提として私はあの子よりもかわいいですが、今それを主張したところで鼻で笑われてしまうでしょう。それは人気というフィルターがあるからです」
「……なるほど。お前の方がかわいいかは置いておくとして、確かに一理ある」
「カレンチャンが人気の理由。それはウマスタでのフォロワーの多さにあるらしいです。そこで」
そう言いながら、ケベックタンゴは持っていた鞄の中からノートパソコンを取り出し、立ち上げると、その画面をトレーナーに向けた。
その画面の中央には、でかでかと『かわいい私とトゥインクル・シリーズ』の文字。その下には小さい文字で『トレセン学園 中等部 ケベックタンゴ』と書いてある。タイトルこそアレだが、会社のプレゼンに使う資料と言われても違和感はないだろう。
ケベックタンゴが自信満々に出したのは、一般にパワーポイントと呼ばれるものだったのだから。
「……なんでパワポ?」
「こんなこともあろうかと作っておきました。資料です」
「なんでよりによってパワポなんだ……?」
トレーナーの呆れたような視線を咳払いで誤魔化す。そして、わざとらしく半音高いトーンで、ケベックタンゴは話し始める。
「まずは私を見てください。かわいいでしょう? きゃるん♪」
「……はぁ」
「反応わるーい……のは無視しますね。こんなかわいい私ですが、ウマスタのフォロワー数は現在2人しかいません。ちなみに内訳はクラスメイトのマヤちゃんと同室のクレちゃん」
「実質0じゃねぇか……」
トレーナーがボソッと呟く。聞こえなかったのか聞こえた上で無視しているのか、特に反応することなくケベックタンゴは続ける。
「そこで、です。せっかくこの身はウマ娘、ならばレースでファンを集めることにしました」
そこまで言って遠隔操作で画面を次のスライドに切り替える。さまざまなレースとそれに対応する『平均ファン数』と書かれた数字が映し出される。
「はい。この通り、G1レースとなると総じて多くのファンを獲得できるようです。中でも大きいもの……えっと日本ダービー? でしたっけ? そこは平均約2万。有馬記念ってやつだと3万ものファンが獲得できるようです」
「ふむ……確かに。聞いたことがある気がするな」
「でしょう? それに私のかわいさがあればそれよりもさらにファンが増えることは必至。そこで、私の足の出番なわけですよ」
スカートをめくり上げて太ももの辺りまで足を露出させる。トレーナーは一瞬目を逸らしたがすぐに顔を戻した。ケベックタンゴ相手にドキドキするのもアホらしいと思っているのだろう。ただ、それに気づいたケベックタンゴはすぐに調子に乗る。
「もう、そんなに見られると恥ずかしいですよ〜」
「脱線するなバ鹿」
「ちぇっ、つれないなぁ……えーと、あれだ。私の足……適性のことですね。それさえあれば、勝利を狙えるG1レースも多くなる訳ですよ」
「実力は置いといてな……ってか、かわいさと何の関係があるんだ、それ? とりあえずお前多くG1を勝ちたいってのはわかったが……」
ケベックタンゴは大げさにため息をつき、やれやれと首を振る。わかってないなぁ、という風に。その人を馬鹿にしたような態度に、ついトレーナーはお前は人をイラつかせる才能でもあるのか、と言いそうになったがなんとか堪えた。変に突っ掛かればその分さらに面倒なことになるのは目に見えていたからだ。
「そう焦らないでください、こっからが本題ですから。そういう訳でこれからG1制覇の道を共に歩んでいくわけですが、そのためにも相互理解は必須。こほん、前置きが長くなりましたが、これより! ケベたん特製かわいい講座、はっじまっるよー!」
「帰るわ」
「待て待て待て待て! そりゃないですよ!」
逃げようとするも、ガシッと腕を掴まれ阻止される。抵抗しようにも、ウマ娘に単純な力で勝てる訳がなかった。
「……だってそれ、絶対長くなるだろ」
「いやいや、1時間くらいにまとめましたから! まあいろいろ語るんでもっとかかりますけど」
「そんなん付き合ってられっかバーカ! そもそも契約書提出しなきゃいけねぇし門限もすぐだろ!」
「あっ……クソ、それを言われると弱い……し、仕方ない、じゃあ明日で! せっかく作ってきたんだもん、語らせてくださ……あっこら、何パソコン触って……ああああああ! おまっ、データ消した!? 私の徹夜を返してくださいよー!」
「こんなもんに徹夜してんじゃねーよバ鹿! 競走ウマ娘が夜ふかししてんじゃねぇ!」
「こんなってなんですかこんなって! 必要なことですぅー! 何よりも大事なんですぅー!」
その言い争いは門限近くまで続いたが。苦情を受けて駆けつけたたづなさんが到着すると、一瞬で鎮まったという。
「そういえばマヤちゃんの選抜レースどうだったの?」
「トレーニング出てないからレース出れないって言われた……」
「ああ……そっか……」
なんかちょくちょくルーキー日間4位にいたし総合日間51位まで行きました!読んでくださった皆さま、評価してくださった方々、本当にありがとうございます!これからもケベたんをよろしく!