世界一『かわいい』ウマ娘によるトレセン学園侵略計画☆ 作:それおすとろ
メイクデビュー。本当の意味での、ウマ娘にとって初めてのレース。それは輝かしいトゥインクル・シリーズの第一歩であり、同時に中央で活躍できるほんの一握りを決めるふるいの場でもある。ここで1着を取れなければ、またその後の未勝利戦でいつまでも勝てなければ、いつまでも夢の重賞レースに手が届くことはない。
六月下旬。ケベックタンゴもまた、そんな運命の分かれ道に立つこととなる。
「……おい起きろコラ。起きろ!」
「んぁ……ん〜っと、ふぅ。もう着いた?」
「さっさと降りるぞ。ったく、メイクデビューの当日だってのによく寝れるな……肝が据わってるんだか、能天気なんだか」
レース場へと向かう電車の中、爆睡していたケベックタンゴを起こしたトレーナーは、呆れた口調でそうこぼす。ウマ娘にとってメイクデビューはかなり重要だ。普通は多少なりとも緊張するものだと思うが、ケベックタンゴにはそれが当てはまらないようだ。彼女のとめどなく溢れ出る自信は、緊張という概念すらない。それにしてもリラックスしすぎだとは思うが。
「ふぁ〜……っと、青い空、照りつける太陽! めちゃくちゃに暑いのが難点ですけど、絶好のレース日和じゃないですか?」
「そーだな。いいか、今回のレースは芝1600m、左回り。発表によるとバ場状態は良。細かい情報はどうせ言っても聞かないだろうから省略するぞ」
レース場へと向かう途中。ケベックタンゴを適当にあしらいつつ、トレーナーがちらとスマホを確認しながらコースの情報を簡単にだが伝える。
「了解です、任せてください!」
「返事が軽すぎて不安になるんだが……まあいい、あとは一応出走表をスマホに送ったから確認しておくといい。と言っても、メイクデビューなんて見るべきは枠順くらいか」
「はいはい、今確認しますね……ん? ちょ、ちょっと待ってください!」
メッセージアプリで送られてきた出走表を確認するなり、大声を上げるケベックタンゴ。どうしたのだろうか、とトレーナーが思っていると、彼女はスマホをトレーナーの側に突き出しこう言った。
「なんで……なんで、私が1番人気じゃないんですか!!」
送られてきた表。その記載には、『4枠4番 ケベックタンゴ 3番人気』の文字が。
「どーしてこの私が! 世界一かわいい私が3番人気なんですか! なんですか私よりかわいい子が2人もいるとでも言うんですかそんなのありえないに決まってるでしょうが!」
ものすごい剣幕でトレーナーに詰め寄るケベックタンゴ。どうやら彼女は自分が1番人気に推されていないことに腹を立てているらしかった。
「うっわめんどくせ。落ち着けアホ、メイクデビューの人気順なんか当てになるわけないだろ」
「だとしてもなんで私より人気のウマ娘がいるんですか」
「あのなぁ。アイドルの人気投票じゃねぇんだ、単純な容姿で決まるわけないだろ。ここで言う人気ってのは要は『誰が勝ちそうか』ってことだ。だから例えばいつからトレーニングを始めたか、とか誰がトレーナーについてるか、なんかと……あと血筋とかな。そういうのがが主な判断材料になる」
今にも爆発しそうなケベックタンゴを落ち着けるため、トレーナーは説明と説得を試みる。元々ケベックタンゴはレースに関する知識がほとんどないことに加えて、本人の性格的に向上心が高いことから、説明が始まればふんふんと真面目に聞いて大人しくなる。これはトレーナーが契約して数週間経って編み出したケベックタンゴへの対処法である。
「今回の1番人気のウマ娘についてるトレーナーはG1ウマ娘も輩出したベテラン。対してこっち……俺は何の実績もない。評価されないのも無理はないだろう……それに。評価はただの評価だ。実力に影響するとは思わないが?」
なんてこともなく、ただ励まそうと発した台詞。だが、その言葉を聞いた途端にケベックタンゴが目を輝かせ、みるみるうちに口角が上がる。トレーナーは瞬時に自分が取った対応が間違いだったことを悟った。
「ふふふ。なるほどなるほど。わかりましたよ。つまり……私のかわいさを世間に知らしめる絶好の機会ってことですね!? 事前の評価をひっくり返すほどの、私の鮮烈なデビューを期待してるってことですよね!? ええ、わかりましたとも! トレーナーさんの思い、しかと受け取りましたよ!」
「マジでお前めんどくさいな……」
調子を取り戻しすぎたケベックタンゴを見て、トレーナーは頭を抱えた。こうなってしまうと、もうしばらくは会話は通じない。トレーナーは仕方なくレースの作戦の確認を後回しにし、レース場へ辿り着くまでケベックタンゴの話を聞き流すことに専念するのであった。
────────
レース場に着くとすぐに、2人は係員に誘導され控え室へ通された。部屋に入ると、ケベックタンゴはすぐに指定の体育着と用意されたゼッケンに着替え出す。その際トレーナーはなす術なく部屋から追い出された。
「いくら私がかわいいからって、覗いたりしないでくださいよ?」
「は?」
「……えっいやそんなガチめに『何言ってるかわからない』みたいな顔するとは思わないじゃないですか……」
それから十数分。ただ着替えるだけにしては流石に遅すぎると思ったトレーナーが部屋の外からノックをしてくる。
「おい、終わったか? ……入るぞ」
返事も待たずに無遠慮にドアを開けてくるが、うっかり着替えに出くわす……とはならなかった。ケベックタンゴは既に着替え終わっており、鏡の前に立ち自分の顔をじっと見つめていた。
「おい、どうした? 着替え終わったならさっさと呼べ」
「え? あ、トレーナーさん。体操着姿の私があまりにもかわいくて忘れてました」
「お前なぁ……」
そのあまりにも酷い言い草に、トレーナーの顔に青筋が立つ。しかし、入るときに一瞬見えた真剣な表情から、理由は他にあるのだろうと推測しそれ以上の追求はしなかった。今さら緊張でもしてきたのだろうか。
「いや本当にかわいいな私。何着ても似合うのは知ってたけど……あっそうだ、こういう時こそウマスタの出番じゃない!?」
トレーナーは考えを改めた。こいつ全然緊張してねぇわ。むしろめちゃくちゃ浮かれてるわ。自然とため息が出た。
「えっと……これみんなどうやって撮ってんだろ……これでいいのかな? あ、撮れた。えーと、で、こうして……投稿! ……出来た? わかんないけどいいや!」
思考がそのまま漏れ出てるような独り言を垂れ流しながらウマスタに写真を投稿したケベックタンゴは満足げな笑みを浮かべた後、トレーナーに向き直った。
「で、トレーナーさん、どうしました?」
「はぁ……もういいや。そろそろ時間だ、行ってこい」
「はーい。ま、頑張ってきますよ。最初の方は名前くらいなら貸してやるー、みたいな態度だったくせに、いざ始まったらしっかりトレーニング見てくれたトレーナーさんのためにもね」
「……うるさい」
恥ずかしいやらムカつくやらでうまく反応できないトレーナーを横目にして、冗談ですよ、と笑いながらケベックタンゴは部屋を出る。と、同時にその目が真剣なものへと変わった。
──さてさて。それじゃ、私のかわいさを知らしめてくるとしますか。
ケベックタンゴは最高にかわいい笑顔を浮かべながら、一歩一歩踏みしめるように歩き出した。
向かった先のパドックにはそれなりに人が集まっていた。まだ有名ですらないウマ娘たちが出走するメイクデビューですらそこそこの人数が集まるとは。ケベックタンゴはレースの人気具合に感心した。
順番にウマ娘の紹介が終わり、ケベックタンゴの番となる。「さあ、私のかわいさを見よ!」と、ケベックタンゴは勢いよくジャージを脱ぎ捨てる。その美少女っぷりに、ファンたちはどよめいた……ような気を、ケベックタンゴは感じた。
観客席に向かって手を振ってみたり、たっぷり時間を取ってポーズを決めてみたり。ケベックタンゴのアピールはスタッフに怒られるまで続いた。
その後はつつがなく残りのウマ娘の紹介が終わり、ついに出走の時がやってくる。
『各ウマ娘、ゲートイン完了。メイクデビュー、芝1600。……スタートしました!』
ゲートが開かれると同時、ケベックタンゴは先頭に躍り出る。最初から最後まで、自分が一番目立って、勝つ。それがケベックタンゴのレース。
『今、先頭がコーナーに差し掛かります! 先頭は4番、ケベックタンゴ。それを1番が追います』
1番……1番人気に推されていたウマ娘だ。脚質はケベックタンゴと同じく逃げ。だが、それがいけなかった。
ただでさえ1番人気に対抗心を燃やしていたのだ、それが自分と同じ脚質で、今まさに自分を追い抜かそうとしている……ケベックタンゴにとっては許せないことであった。一度たりとも、前には立たせない。その気持ちで、まだ序盤にも関わらず走るペースをさらに上げる。しかし、その対抗心に気づいたのだろうか、1番人気の子もそれに追いすがり何がなんでも彼女を抜かそうと躍起になる。さながら選抜レースの再現のような状況。ただ違うのは、それよりもさらにハイペースであることと、これが本番のレースである、ということ。
『4番、1番、後続との差をぐんぐんと広げていきます!』
『掛かっているかもしれません。一息つけるといいのですが』
もはや後ろにいるウマ娘のことなど見えていないかのように、2人だけの競り合いを続ける。しかし……周囲も、自分の体力すら無視した大逃げの代償は、すぐに訪れることとなる。
最終コーナー。それまで後ろに控えていたウマ娘が一斉にスパートをかける。スピードを上げ争いが熾烈になる後方と対照的に、序盤を飛ばしていた2人はというと。
「ゼヒュー……ゼヒュー……ゲホッ……やべぇぇぇ……」
誰の目にも、体力が尽きていることは明らかであった。
当然の結果だ。ケベックタンゴは他のウマ娘よりも能力は優れているが、それでも所詮はデビューしたてのウマ娘。最初から最後まで全力疾走する体力があるわけもなく。それは1番人気の子も同様であった。序盤の勢いも見る影なく、後方へ沈んでいく。
「ま、負ける、かぁ……!」
必死に脚を前に出そうとするも、酸素の足りない身体ではそれすらもままならない。
結果。ケベックタンゴ、初戦戦績──9人中、8位。
────────
「……で、何か言いたいことはあるか?」
「申し訳ございませんでした」
レース後、控え室。仁王立ちするトレーナーと、深々と頭を下げるケベックタンゴ。
「で、でも……私より人気なくせに私より目立つとか許せなくないですか!?」
「そのくだらないプライドのせいで負けたわけだが?」
「ハイごめんなさいなんでもないです」
ケベックタンゴは普段からは考えられないほどに落ち込んで……いや、拗ねている。
「あのなぁ……確かに選抜レースのときから予想は出来たかもな、それは俺のミスだ。だが……それはそれとして、反省しろよバ鹿」
「はい……」
「もうこれ以上何も言わない。ただでさえお前相手にするのは疲れるんだ、怒るのもアホらしい。さっさと着替えとけ。次はウイニングライブだ」
「はい……あっ、ウイニングライブ?」
ケベックタンゴが聞き返す。その顔には一筋の冷や汗が。
「何言ってんだ、当たり前だろ?」
「うう……うわぁぁぁ! 私バックダンサーじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」
ゴロゴロとその場を転げ回る。目立つの大好きな彼女にとっては耐えられない事実なのであろう。全て自業自得だが。
「おいやめろ恥ずかしい。と言うか、どんな舞台でも輝くとか言ってたのはお前だろうが。そもそもお前はプロなんだからバックれるとか許されねぇからな……?」
ピクリ、と体が反応する。
「……わかりましたよ」
「何?」
「わかりましたよやってやりゃいいんでしょう!? ええいいですよ、私がライブも完璧だってこと見せつけてやりますよ!」
「お、おう?」
何が心に火をつけたのか、急に立ち上がって大声を出す。
「あーあー、やめですやめ! もうどうなっても知りませんからね!」
「えっ……えぇ……?」
こんな時でもかわいらしさを忘れずに頬を膨らませながら控え室に戻るケベックタンゴ。その姿に、なぜだか嫌な予感を感じるトレーナーだった。
ウイニングライブ。レースで応援してくれたファンへの感謝を表すためのライブであり、レースでの着順が上位であるほど、そのポジションはセンターに近くなる。また、「レベルが高い」と評される中央のトゥインクル・シリーズはライブも例外ではなく、今回もライブを目当てにレース後も多くの観客がレース場に残っていた。
いつからか慣習として始まったウイニングライブだが、ステージに立てば体が勝手に動く……ということはない。ウマ娘たちはそれ相応の練習が求められる。
では、メイクデビューはどうか。単純に考えて、踊るのはこれが初めてのウマ娘ばかり。歌や踊りの練習も、十分に時間を取れているとは言いがたい。
そんな中、1人だけ……「かわいい」に全力で、練習に時間を惜しまない者がいたとしたら?
センターを飾るのは6番人気だったウマ娘。無論、センターとその隣にいる2位、3位の子をメインにスポットライトは輝く。
しかし、観客の目はそちらに向かない。
何故か? 理由は簡単。それよりも、さらに目立つウマ娘が後ろに居るからだ。
観客席がざわざわとし始める。バックダンサーの1人に、視線が集中する。
あくまで振り付けはバックダンサーとして決められたものの域を出ない。しかし、その他と段違いの完成度と、自分の魅せ方を完全に理解している振る舞いは、どこかぎこちない踊りの周りに比べよく目立つ。光が当たっていないのにもかかわらず、彼女がこの舞台の主役なのではないかと錯覚してしまうほどに。
彼女の名は、ケベックタンゴ。
その完璧すぎる踊りのキレで、センターが目立つはずのウイニングライブを台無しにした──後に伝説と呼ばれるウマ娘である。
とりあえずここまでで一区切りです!まだまだ更新は続ける予定ですが、読んでくださった方、評価してくださった方、本当にありがとうございます!
(えっと、今回ので書き溜めしてた分が終わりました……これからは更新したりしなかったりしますがなるべく早めに出すのでこれからとケベたんをよろしく!)