世界一『かわいい』ウマ娘によるトレセン学園侵略計画☆ 作:それおすとろ
「……なぁ、トレーニング終わったんだから帰ってくれないか?」
キーボードを打つ手を止め、トレーナーが言う。
ある日の夕方、トレーナー室。まっすぐにそちらを見据えたまま、心底迷惑そうな調子で、目の前の彼女に向けてそう求める。その言い草の裏には、有無を言わせぬ迫力があったが……
「別にいいじゃないですか。こんなせっまい部屋でも、美少女と一緒に居れて嬉しくないわけないでしょう?」
「仕事の邪魔なんだが?」
「そうはなりませんよ。私の美少女パワーでここの澱んだ空気を浄化してあげてるのでむしろ効率爆上がりじゃないですかね」
設置されたソファに寝転がりながらいけしゃあしゃあと答えるのはケベックタンゴ。返答を聞いて顔をひきつらせているトレーナーの担当ウマ娘であり、自分が世界で一番かわいいと豪語する自意識過剰の変人でもある。実際、容姿は文句なしにかわいいのだが。
「それに今日はクレちゃんも遠征だから暇なんですよ。門限には帰りますから、ちょっとくらい……へぶっ!」
傲慢の罰だろうか、寝ながらいじっていたスマホが鼻っ面へ直撃する。若干涙目になりながらも、態度を改める気を一切見せずトレーナーに話しかける。
「あ、そうだ。トレーナーさんって今週末空いてたりします?」
「……仕事だ」
「じゃあ大丈夫ですね。ちょっと付き合ってほしい所があるんですけど」
「話聞いてた?」
こいつはとうとう日本語まで通じなくなったのか、とでも言いたそうなトレーナーの目を知らないふりをして、飄々と話を続ける。
「聞いてましたよー。その上で大丈夫だって言ったんです。だって、こういうのも仕事の内でしょう?」
そう言って、スマホの画面をトレーナーの側に差し出す。
「──敵情視察ってやつ、やりません?」
見せられた画面はウマスタのもの。アカウント名は@Curren。自撮りと共にいくつかの文字列が書かれている。
『やっと今週末デビュー戦です♪ 楽しみー! #ドキドキ #応援 #よろしくね #カワイイカレンチャン』
カレンチャン。ケベックタンゴが一方的に目の敵にしている、正真正銘のカワイイウマ娘である。そのカワイさに脳を焼かれた者は数知れず。ある意味ではケベックタンゴもそのうちの1人なのかもしれない。
「なんで俺が付き合わなきゃいけないんだ」
「カレンチャンは私の打倒すべきライバル。倒すためには情報が必要です。しかし、私はレースに関しては素人同然。なのでトレーナーさんにもついてもらおうかと」
「……それで、俺が対策を考えろって?」
「そういうことです。私の敵はトレーナーさんの敵。頼りにしてますよ!」
トレーナーは大きなため息を吐く。つまりケベックタンゴはトレーナーを巻き込んだ挙句勝つための作戦を人任せにして考えさせようと言うのだ。
露骨に嫌な顔をするトレーナーだが、ケベックタンゴは諦めない。
「うーんと……あっそうだ」
「あ?」
「ねぇ、トレーナーさん……私のお願い、聞いてくれる? ……ダメ、かな……?」
下からトレーナーを見上げ、か細い声で問いかける。見る者に守ってあげたいと思わせるような、ケベックタンゴのかわいい仕草攻撃。最近は瞳を潤ませるのに1秒も要らなくなった。
「ダメ」
「えっ、本当に? 美少女がこう頼んでるのに即答するやついるの? トレーナーさん、血とか通ってないタイプの人間?」
「失礼な……俺にだって一般的な感性や美的センスはある。確かに他のやつならコロッと騙されてたかもな」
「なんですか騙すとは失礼な。で、なんでトレーナーさんは騙されてくれないんですか」
「だってよ……中身お前だぞ?」
トレーナーが鼻を鳴らして答える。その言葉は、言い換えれば「お前はその外見の良さを打ち消してしまうほどに中身が残念である」ということである。
「な、何言ってるんですか! 私は中身も完璧美少女でしょう!?」
「……ハッ」
「あっ今バ鹿にした!?」
「安心しろ、ずっとしてる」
「よし表でろこのやろう!」
────────
「ごめんなさーい、お待たせしました!」
「……遅い」
日曜日。トレセン学園の校門前で、ケベックタンゴとトレーナーは待ち合わせをしていた。
「呼び出しといて人を待たせるとはいい度胸だな」
「いやいや、何言ってるんですか。遅れて来た方が美少女っぽいでしょう? ずっとその辺でスタンバってました」
「マジいっぺん殴るぞ」
「ひぇぇ怖いですぅ」
このウマ娘、トレーナーに対してはめちゃくちゃ煽る。それは共に歩む者としての一種の信頼の証ではあるのだが、やられる側からしたらたまったものではない。
「でも文句は言わないでくださいよ? じゃんけんで負けたのはトレーナーさんなんですから」
「チッ……」
トレーナー室での一悶着の末、じゃんけんで勝った方の要求を呑むことになった2人。その結果、ケベックタンゴがグー、トレーナーがチョキ。決して断てない意思によって、ケベックタンゴが勝利を納めた。
「お前もわかってんだろうな? 俺がついて行くのはあくまでお前が余計なことをしないか監視するため。カレンチャンに関しては自分で勝手にしろ」
「わかってますよ、トレーナーさん。……で、どうですか?」
「は?」
「いや、どうですか、って。何か言うことありません?」
バーンと両手を広げて自分の姿を見せつけるようなポーズをとるケベックタンゴ。それに誘導され、トレーナーもそちらを見る。
自身満々に突っ立っている
ケベックタンゴの姿を見たトレーナーは、特に変わったところはないなと思いつつああ、アレかとケベックタンゴが求めているものに見当をつける。その上で、
「特に無いな」
と答えた。
「ええ……信じられないんですけど。乙女心解ってなさすぎじゃないですか……?」
トレーナーは知っている。多分ケベックタンゴは私服を褒めて欲しいのだろうと。しかし、同時にこいつを褒めても調子に乗ってロクなことにならないだろうということも、これまでの付き合いからなんとなく察していた。
「トレーナーさん、彼女とかいないでしょ……」
「お前に言われたくないな、フォロワー2人の友達0人」
「失礼な! メイクデビューの後若干フォロワー増えましたから!」
「まず友達の方を否定しろよ」
学園生活が始まって何ヶ月かが経ったが、未だにケベックタンゴに話しかけてくるのはマヤノトップガンただ1人だ。そのマヤノトップガンも、基本誰とでも仲良くするタイプなので友達と呼べるかは微妙なところである。本人に聞けば「友達だよ!」と返ってくるであろうが。
「やっぱ溢れ出るかわいいオーラに近寄りがたいものを感じてるんですかね? もっと気軽に話しかけてくれていいのに」
「厄介扱いされてるだけだろ。触らぬ何たらに祟りなしってな」
「えっ何私が女神だって言いました?」
「言ってねぇよめんどくせぇなお前!」
叫んでから、トレーナーは周囲の目がこちらに向いているのに気づいて小声でケベックタンゴへ声をかける。
「おら、さっさと行くぞ」
「はいはーい。美少女連れて歩けるなんて、幸せ者ですねトレーナーさんは」
まだ朝だが、なんだかどっと疲れたような気がしたトレーナーであった。
────────
レース場に着いた2人は、まず席を探す。しかし、なかなか前列の席は見つからない。仕方なく、後方の少しだけレースが見えづらい席へと腰掛けた。
「むー……なんか私の時より人多くないですか?」
「そうだな……メイクデビューにしては異常なほどだ」
見渡す限り、観客席には大勢の人が詰め寄せていた。重賞レースにも劣らないほどの人数だ。それを見た2人はため息をつき、口を揃えてこう言う。
「ま、原因は分かりきってますけど」
「ま、原因は分かりきってるけどな」
そう零すと同時に、観客席が一気にヒートアップする。だがまだレースが始まったわけではない。コースを見ると、そこにはこの熱狂の原因が立っていた。
その彼女──カレンチャンが観客に向かって手を振る。それだけで、信じられないほどの歓声が湧き上がる。「カワイイカレンチャン!」のコールがどこからか聞こえてくる。このレースを見に来ている観客のほとんどが、カレンチャンを目当てに来ているのだ。
「うっわー……」
「こりゃひどいな。他のウマ娘からしたらたまったもんじゃないだろ」
やる気、気合いというものはウマ娘にとってレースに直結するものだ。もちろん基礎の能力というものはあるが、気持ち次第でそれ以上の力を出せたり、また反対に調子が上がらず負けるはずのないレースで敗北、なんてこともザラにある。
その点において、今回に関しては……もうすでに、カレンチャンの勝利は決まったようなものだった。他のウマ娘は観客席の熱気に気圧されてしまっている。本来のパフォーマンスを発揮することは不可能に近いだろう。
気持ちの整理がつかぬまま、レースが始まる。ある者は出遅れ、またある者はすぐに掛かる。普段通りのレースをできるのはよほどマイペースな者か、圧に負けないほどの胆力を持つ者か。あるいは、その状況を作り出した本人しかいない。
短距離のレースはすぐに最終直線に差し掛かる。しかし、もはやほとんどのウマ娘の走りはボロボロ。その中、中盤からじわじわと前に迫ってきたカレンチャンが抜け出した。
「……っ!?」
その瞬間、レースをじっと見ていたケベックタンゴに、「カレンチャン」が飛び込んでくる。走っているカレンチャンの息づかいすら聴こえてくる錯覚を起こすほど、カレンチャン以外の情報が入ってこなくなる。それは、他の観客たちも同様だった。
「これが……カレンチャンの『世界』……?」
ハッと気がつき、現実に戻ってきた時には、すでに全てのウマ娘がゴール板を通過した後だった。
「……なるほど。カレンチャン、メイクデビューにしてスプリンターとしての走りが完成されているな」
「なにブツブツ言ってるんですか! そんなことより見ましたアレ!? あれを習得できれば私も……!」
要望通りカレンチャンの分析をしていたトレーナーだったが、ケベックタンゴはそれを「そんなこと」と断じる。それほどまでに、カレンチャンの走りは衝撃的だった。
「さすがはカワイイの権化……私が認めてやっただけのことはありますね……!」
燃え上がるケベックタンゴとは対照的に、トレーナーはそそくさと席を立つ。
「さて、用事も終わったなら帰るぞ。まだ仕事溜まってるんだ」
「え!? いやいや、何言ってるんですか、ウイニングライブは!?」
「えっ……」
「えっ?」
トレーナーを引き止めるも、返ってきたのは心底不思議そうな返事。ケベックタンゴも思わず聞き返してしまう。
「……わざわざ見るのか?」
「逆になんで見ないんです!? ウイニングライブこそカレンチャンを視察するべきじゃないですか!」
「いやライブなんてレースのおまけみたいなもんだろ……? 俺らトレーナーが指導するのも主に走りだし」
「かーっ、分かってない! トレーナーさんはぜんっぜん分かってない! レースとライブ、両方合わせてこそかわいいの本領が見えるってもんですよ!」
トゥインクル・シリーズにて何を主とするかの違いからであろうか、お互いに一歩も譲らない舌戦を繰り広げる。
「なんであんな暑苦しい場所に好んで行かなきゃ行けねぇんだよ!」
「ファンの熱気が伝わるってもんでしょーが!?」
「いいやあんなんただの汗だろ!」
「そんなに言うなら1人で帰ってくださいよ!」
「お前置いてったら何しでかすかわかんねぇだろうが!」
どうしてもウイニングライブを見たいケベックタンゴと、帰りたいトレーナー。話はいつまでも平行線を進んでいた。
「ぐぬぬ……じゃあもっかいじゃんけんで決めましょうよ! それなら文句ないでしょう? どうせ私が勝っちゃいますけど〜」
「ああ? 一度ならず二度も俺が負けると思ってんのか? いい度胸だなオイ」
トレーナーとしては優秀な彼だが、負けず嫌いな所は玉に瑕であった。ケベックタンゴの苦し紛れの挑発にもやすやすと乗ってしまう。
「行きますよ!じゃん、けん、ぽん!」
────────
「トレーナーさん、じゃんけん弱……」
「うるせぇ、あんなん運だろうが! なんだもっかいやるか? 今度は絶対負けねえ!」
「はいはい負け惜しみ〜。諦めてカレンチャンのライブ見ましょうよ、ほらもう始まりますから」
照明が徐々に明るくなると同時に、カレンチャンが歌い始める。
カレンチャンのウイニングライブは圧巻であった。歌う曲は『Make debut!』。時々「課題曲」と比喩され、実際トゥインクル・シリーズに臨むウマ娘のほぼ全てが歌う曲である。そのため、ファンにとっては何度も聴く曲ではあるが……カレンチャンのそれは、決して他のすべてのように記憶に埋もれるようなものではなかった。
もちろん、歌詞はそのまま。踊りも大きく変えているわけではない。しかし、それでもその曲には頭に「カレンチャンの歌う」が付くであろう。同じ曲であっても、カレンチャンはその振り付け、歌い方を自分の中に取り込み、最高に「カワイイ」ものとして再構築する。結果、オンリーワンでナンバーワンなものとして観客の心に刻まれるのだ。
「カ、カワ……って、違う違う! 私の方がかわいく踊れますけど!?」
「まあ確かに、あまり詳しくない俺からしてもとんでもなく高度なんだろうというのはわかるな」
「む、むぐ……自分だけ目立ちやがって……」
「お前に言われたくはないと思うぞ……」
センターなんだからカレンチャンはいいだろ、とトレーナーは吐き捨てる。隣にいるケベックタンゴへの非難の意味を多量に込めて。
「お前のメイクデビューの時のウイニングライブ、あの後俺いろんなところに謝って回ったんだからな……?」
「ふふ、過ぎたことなどどうでもいいじゃないですか。そんなことより、私は今最高に燃え上がっています」
「そんなこと……? え、俺の苦労ってそんなことで片付けられるの?」
「ライブ終わった後ちょっとだけ付き合ってください。寄りたいところができたので」
「お前本当に人の話聞かねえな……」
────────
「で、なんだってこんなところに?」
ライブの後、ケベックタンゴが訪れたのはステージの裏、関係者出口のすぐ近く。もうこの時期の夜はすっかり暗く、かなり冷え込んでいる。
「何するつもりだ? 寒いし早く帰りたいんだけど……」
「出待ちですよ出待ち。本当はこんな迷惑ファンみたいなことしたくないんですけど……っと、来ましたよ……!」
出口から現れたのはライブを終え会場を離れようとするカレンチャン。ケベックタンゴは自分がいる位置に近づいてくるタイミングを見計らい、その進行方向に立ち塞がるようにカレンチャンの目の前へと躍り出た。
「ちょっと待てぇい! あなたがカレンチャンですね!」
「え、えっと……カレンのファン、かな?」
「いいえ違います! あえて言うならば! あなたの敵です!」
「て、敵?」
ズビシ、と勢いよく指を指しそう宣言するケベックタンゴと、いきなり現れたよくわからないウマ娘に困惑するしかないカレンチャン。初の対面には微妙な雰囲気が流れていた。
「単刀直入に言います! カレンチャン! 私と勝負してください!」
「うーん? どういう意味、かな?」
「あなたよりも私の方がかわいいことを証明するためです! えっと、レース直後なのであなたのコンディション次第ですけど……再来週くらい? に、私とレースしてもらいたい!」
微妙に相手を気遣った条件で締まらない宣戦布告を行うケベックタンゴ。しかし、それを聞いた途端、カレンチャンの目の色が変わった。
「──いいよ。勝負を挑まれておいて逃げるなんて、カワイくないから。あなた、トレセン学園の生徒さんだよね? 再来週……ううん、来週の日曜日。その勝負、受けてあげる」
「ふふん、そうでなくては。私の名前はケベックタンゴ。世界一『かわいい』ウマ娘です!」
「私は知ってるよね? 『カワイイ』カレンチャン、です! よろしくね、ケベックタンゴちゃん?」
こうして──これから幾度となく行われる、『かわいい』VS『カワイイ』の熾烈な戦いが幕を開けることになったのだった。