かわいそうなのはぬけない   作:変わり身

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その後の日常的なやつその1。
前に掌編がどうたら言ってた気もしますが、たぶん言ってないスね。


舞のおまけ

『社子ちゃん夜遊びをする』

 

 

その日、幸若舞しおりは暇であった。

 

学校はサボり、補講はぶん投げ。妖魔怪異の討伐任務も無く、葛と心白は実家で何やら用事があるそうな。

正真正銘完全フリー。何も気にせず、一人で好き放題が出来る日であった。学校の教師は激怒しているだろうが。

 

そんな訳で、しおりはその日一日遊び惚けて……と行きたいところであったが、そうはならず。反対に、丸一日全てを鍛錬に当てる事とした。

 

つい先日に遭遇したアフロの淫魔――葛と心白の調査によれば相当な大物であった可能性が高いようだが、彼に手も足も出なかった事実が彼女の中で尾を引いていたためだ。

 

一応は討伐したとはいえ、天成社の力があってこそのもの。完全に偶然と幸運の産物でしかなく、周囲は勿論しおり自身もそう判断していた。

二度とあんな無様は晒さない。そう決意したしおりは、今までよりも更に力を入れて鍛錬に臨むようになっていたのだ。

 

そうして今日は朝から実家の書室で資料を漁り舞踊への理解を深め、昼は瞑想し霊力を練り上げ、夕方は相変わらずモーションをかけてくる親族共をボコボコにした後、街の行きつけのトレーニングジムで身体を鍛えるという一日を過ごした。

学校をサボった身にしては極めて健全かつ勤勉な一日だったと言えよう。

 

たった一日を捧げた所で大きな変化がある訳では無いが、それでも積み重なっていくものはある。

しおりもこの一日にごく僅かな、それでいて確かな手応えを感じながら、充足感と共に今日という日を締めようとして――面倒事に出くわしたのは、その一歩手前の事だった。

 

 

「――それで、どうかな。これから一緒に食事でも……」

 

(勘弁してくれーい)

 

 

ジムでのトレーニングを終え、汗を流して退館したその直後。一人の男がしおりを呼び止め、食事の誘いをかけたのだ。

 

先程まで共にジムでトレーニングをしていた男の一人だ。

顔見知りという訳では無かったが、ジムに通う最中何度か顔を合わせた事があった。

 

とりわけ会話をした事も無く、しおりとしては特に気に留めた事も無い相手だったが……どうやら、男にとってはそうではなかったようだ。

熱心に己を口説く彼の様子に、しおりはこっそりと溜息を吐いた。

 

 

(あー……悪い奴じゃないっぽいんだけどなぁ……)

 

 

しおりも容姿柄この手のナンパは慣れており、また親族の関係でそういった感情にも敏感だ。

その目利きによれば、目の前の男は下心こそ感じるものの、親族の連中や裏路地のチンピラ共と比べればまだマシな人間と見えた。

 

とはいえ、誘いに乗るかどうかはまた別の話である。

しおりは無意識の内に腹部に手を当てながら、脳内のナンパ断り文句リストからこの場に適したものを浮かべ――。

 

 

「まぁ突然で驚いたかもしれないけど、もっと君となか……よ、く……、……」

 

「……?」

 

「……ああ、でもやっぱりいきなりは困るよね。今日はとりあえず自己紹介って事でさ、食事は次回以降に会った時に考えてくれると嬉しいんだけど……どう?」

 

「は? お、おう……?」

 

 

しかしそれを口に出す前に、男の方から身を引いた。

 

視線に含まれていた下心も綺麗さっぱり失われ、ただの友愛を湛えた綺麗な瞳となっている。

その唐突な変わりように困惑している内に、男は軽い自己紹介を残すとしおりに背を向けジムの中へと帰って行った。

 

 

(これ何か逆にウチがフラれた感じになってね……?)

 

 

熱心に口説かれていたのが嘘のよう。

ぽつんとしおり一人が残される中、ひゅるりと虚しい風が吹き抜ける。

 

 

「……いや待て、おかしいなこりゃ」

 

 

しかししおりはすぐ我に返ると、咄嗟に周囲を警戒する。

 

男の様子は明らかに異常なものだった。

ひょっとすると妖魔か何かに精神に作用する術を使われた可能性もあり、しおりはポケットのスマホを握りつつ怪しい気配が無いかを探り、

 

 

「…………」

 

(あいつか)

 

 

見つけた。

少し離れた電柱の裏。街の光から隠れるようにそこに潜み、ひっそりとしおりの様子を窺う人影があった。

 

それは遠目からでもはっきりと分かる、とても美しい少女であった。

しおりと同年代ほどであろうか。艶やかに煌めく長い御髪に、あどけなさと妖艶さの混在する甘い顔立ち。美少女など鏡と友人で見慣れている筈のしおりも、ほんの数瞬見惚れてしまう程の美貌――。

 

……だがそれも、今この状況では警戒を引き上げる要素にすぎない。しおりはつい最近、美貌のアフロによって痛い目を見ているのだ。

決して油断しないまま、しおりはじっくりと少女を観察し――やがて完全に彼女の姿を認めると、思い切り目を丸くした。

 

 

「……え? いや、お前――……あ、天成?」

 

「え、えぇ……? 何で分かんのコワ……」

 

 

――そうして電柱の影よりおずおずと現れた彼女は、確かに天成社であった。

 

 

否、外見的にはまるで違う。

容姿、体つき、声、性別。何もかもがよく知る彼とは別物である。

だがしおりの腹部に宿る社の紋が、目の前の少女を彼であると示すのだ。それこそ、疑いようの無い程に。

 

そしてそんな目に映る情報と認識の差異に、しおりの脳は瞬時にバグった。

 

 

「は? はあぁ!? なっ、おま、おんっ、え? なあああああああああ!?」

 

「あいや、分かる、分かるよ言いたい事は。でもほら、俺、淫魔だもん。TSもやったらいけたっていうか、」

 

「ティーエスが何か分かんねぇしよしんば女体化って意味だったとしてガチでなってる事実に慄いてんだよこっちはッ!!」

 

 

言動こそ社そのものだが、それですんなり納得できる訳も無く。

しおりは乱暴に髪を掻き毟りつつ、改めて社子ちゃん(仮)を見る。

 

見れば見る程美少女だ。そこにはやはり男の社の面影は無く――否、よくよく見れば顔立ちに若干の雰囲気を残した部分が無くも無い。

自信なさげに震える目元と口の端。

しおりはそこに元の社の姿を強引に見出し、ひとまず無理矢理飲み下す事にした。

 

 

「天成だ。こいつは天成……天成……うん、お前は天成だな。そうだな? ほんとか? そうなんだよ、いいな? おう、わかった。よし」

 

「一人で会話してんのこっわ」

 

「ぶちのめすぞテメ……あぁクソ。とりあえずアレだ、まず最初に、さっきあの男に何かやったのお前で合ってんだよな?」

 

「え? あ、あぁうん。何か迷惑そうな感じだったから……」

 

 

未だ動揺は残っていたが、だからこそ一つずつ処理していく事と決め。

まず発端である先の男の一件を問いかければ、社子ちゃん(仮)は気まずげな様子で頷いた。

 

 

「街ぶらぶらしてたら、何か困ってるっぽいの見えてさ……余計かなとは思ったけど……」

 

「あーいや、それに関しては正直ありがたかったわ。てかお前こそ良かったのかよ。淫魔の力使いたくねーんじゃなかったのか」

 

「や、別にだって洗脳とかじゃなくて、単にあの人の性欲ゲージ的なの下げただけだし……」

 

「……それで引き下がったならモロそういう事じゃねぇか。あんにゃろ」

 

 

あの男との食事なんぞ絶対に行かん。

疼く青筋を親指でぐりぐり潰しつつ、本題に移行する。

 

 

「で……そもそもお前は何してたんだ。その、女になって夜の街を徘徊とか……いやマジで何してんだ……?」

 

「あー、うーん、そのー……」

 

 

社子ちゃん(仮)は言い難そうに口籠るも、誤魔化し切れるものでないとも分かっているのだろう。やがて気まずげに目を逸らしつつ、ぽつぽつと呟き始めた。

 

 

「……今日みたいな、穏やかな夜。ふと思い出す人がいるんだ」

 

「あ? ああ」

 

「なんやかんやあって、合わないってなった人なんだけどさ……でも、今も色々と考えちゃうんだよね。『いや、未練だな』ってやつ?」

 

「知らんが」

 

「何がダメだったんだろうとか、もっと合わせられたんじゃないかとか。ぐるぐるしちゃう時が割とあって……今日はそんな日。で、夜散歩」

 

「……いやぁ? それでなんで女……」

 

「まぁ、女の子の気持ちも分かった方が良かったのかなってさ。メススイッチとか、俺には分からなかったから……」

 

「メス……? まぁ、つまりあれか。誰かを理解したくて試しに女になってみたと。正気か?」

 

「えぇ……だ、だって出来るっぽかったらやってみるでしょ実際」

 

「しねーよ。で、あー、あの……その相手って元カノとか……か?」

 

「いや違うけど……前世から居た事無いよ彼女なんて」

 

「だ、だよなゾンビだったんだもんな! そりゃ――」

 

「どっちかといえば元カ……違うか、ダメだった訳だしな……同じ淫魔なのに……くそ、俺のが先に……」

 

「――やめっかこの話!! な!!!」

 

 

これ以上深掘りするとガチで妙なモンを発掘する。

それを敏感に察したしおりは強引に話を切り上げ、そして全力で逸らす事にした。

 

見えた気がしたのだ。社子ちゃん(仮)の瞳の奥に、アフロを持った男の影が――。

 

 

「えーと、なんだ。その……あ、それ、それどうしたんだ? その服」

 

「服……?」

 

 

それは苦し紛れの指摘ではあったが、多少気になっていた事でもあった。

 

誰の目にも明らかな美少女である社子ちゃん(仮)であるが、その服装は男物を適当に着込んだ随分と野暮ったいものだった。

男の時の衣服をそのまま流用しているのだろう。サイズもデザインも何一つ合っておらず、本人の美貌との差が悪い意味で際立っている。

 

 

「ああ……いや女物の服とか持ってないしさ。今回のTSも突発的な思い付きだったし」

 

「まぁそうか。ならしゃーねぇのかもしれんが……」

 

 

ふと言葉を切り、じっと社子ちゃん(仮)の胸部を見る。

大きすぎず、小さすぎもしない、形のいい膨らみ。流石にそこを注視されれば社子ちゃん(仮)も羞恥を覚える様で、頬を赤らめその視線を遮った。

 

 

「え、な、なんスか。えっち」

 

「ブリっ子すんなや。いやそれ、下着とか付けてねぇだろ」

 

「そ、そらまぁ……」

 

 

ただの男子高校生であった社が、女性用下着など持っている筈が無い。

それに気が付いたしおりは、小さく唸りながら金髪を掻き、

 

 

「んー……そのティーエス? っての、これからも続けんのか?」

 

「……どうだろ。今日みたいな気分になったら、またやる……かも」

 

 

その返答を聞いた瞬間、しおりは何とも複雑な表情で大きな溜息を吐いた。

 

 

「……ま、恩も借りも溜まってるしな。正直どうかと思うけど、手伝ってやるよ」

 

「エちょ、何をスか」

 

 

しおりは社子ちゃん(仮)の手を取ると、未だ騒がしい街中へと引っ張っていく。

そして突然の事に混乱している社子ちゃん(仮)に振り返ると、やがて見えてきたショッピングモールを指差した。

正確には、そこに入っているレディスファッションの看板を。

 

 

「――形から女に入ったんなら、ちゃんとしてやるって言ってんだ」

 

 

下着の付け方くらいはマスターしようぜ、社子ちゃんよぉ。

そういってニヤリと笑うしおりに、情けない悲鳴が小さく返った。

 

 

 

 

――下着。

 

 

「えぇ……マジで買わなきゃダメ……? つか幸若舞さん的には何も感じんの? 俺が女物の下着とかさぁ……」

 

「こうやって女になれる身体なんだからしゃーねーだろ。これから先、女になったら下着なしで過ごせとか言えねぇよウチ」

 

「うぅ……や、まぁ、じゃ、じゃあ上だけ……下は別にトランクスで良いし……」

 

「良い訳ねーだろ。つか男だからこそ拘んじゃねぇのかこういうの」

 

「んな事言われても自分の身体だってまだ直で見らんないのに……なら参考までに幸若舞さんはどんなの――いやダメだこれセクハラだ男忘れて線引きバグってるそんなつもりじゃないんスごめんほんと二度と顔見せませんさよなら」

 

「あっこら謝るフリして逃げんじゃねぇ! おいコラ!!」

 

 

――服。

 

 

「先に言っとくが、ウチは荒れてた時に雑誌で齧ったギャルコーデしか引き出しが無い。よってお前は必然的にギャルになる。わり」

 

「勘弁してくださいよォ! 陰キャ美少女のギャル化とか地雷近いんスよ俺ぇ!!」

 

「いや自分だろうが。そんな言うなら自分で服選ぶか? ウチはそれでもいいけどよ」

 

「助けて通りすがりのオシャライダー! 助けて華み……、……、……いや酒視さん!」

 

(あとで葛にチクッたろ)

 

 

――靴。

 

 

「ウチは霊能柄ずっと実用性重視のスニーカーだから何も言えねぇ。好きに選べや」

 

「だったら別にいらんて……っていうかホントに良かったの、色々お金払って貰ってさ……」

 

「礼だしな。つかこの前のアフロ討伐したの実質お前なんだから、本当ならその褒賞金とか全部お前のもんなんだぞ」

 

「や、それはちょっと……お腹さすっただけでお金貰えるとか、何か変なプレイみたいだし」

 

「え……そ、そうか? ……いやセーフじゃね? 良いと思うぜハラ撫でるのとか、名前書きくらい……」

 

「いや名前書きて……そんなハンカチとかじゃないんだから……」

 

「ハンカチ……ど、どこで何を拭きたいんだ……?」

 

「何がスか????」

 

 

――お化粧。

 

 

「今だと懐古スタイル人気なんだって? やってみっか、ガングロとかよ」

 

「あれって日サロとかじゃないの……? ていうかお化粧なんて必要ないでしょ俺」

 

「まぁ睫毛やら肌ツヤとかは天然で良いにしろ、口紅くらいは要るだろ。ああそうだ、髪も弄んなきゃな。ウチがやるか、それともどっか店行くか」

 

「それもいいって、ワックスとか付けた事無いしさ……床屋もいつも1000円ちょいのやつだし」

 

「うーわ……」

 

「な、何よ。何でそんな目で見るの。エだって普通でしょそれみんなそうでしょ違うの俺前世からずっとそれで通してき、」

 

 

――で。

 

 

「うし、中々サマにはなったろ」

 

「お、おぉぉ……」

 

 

何だかんだと全ての工程を終え、試着スペースの大鏡前。

そこに映し出された己の姿に、社子ちゃん(真)は思わず目を奪われた。

 

 

「こ、これが俺――いや、あーし!?」

 

「順応はえーなお前」

 

 

ノリノリで一人称すら変えた社子ちゃん(真)の姿は、元の野暮ったい服装から見事なギャル系女子高生となっていた。

 

しおりの趣味かどことなくアウトロー系の雰囲気も入っていたが、それがむしろ社子ちゃん(真)の浮世離れした美貌とマッチしており、独特の魅力を醸し出している。

しおりも相応の手応えを感じているらしく、うんうんと満足げに頷き――しかし突然社子ちゃん(真)が顔を覆ってしゃがみ込み、絞り出すような呻きを上げ始めた。

 

 

「お、おい、どうした?」

 

 

やはり地雷はダメだったか。

そんな慌てた呼びかけに、社子ちゃん(真)は顔を覆ったままフルフルと首を振り、

 

 

「っあ~……疲れたおっさん手玉に取ろうとして絆されてガチ惚れしてェ~……」

 

「秒で拗らせてんじゃねぇよバカタレ」

 

 

ずびし。

うっとりととんでもない事を呟くその頭に、鋭いチョップが突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

そして幾つかの服を買い足した後、ショップの閉店時間を機にその日はそこでお開きとなった。

 

社も何だかんだと愚痴りつつそれなりに満足したらしく、どことなく嬉しそうにペコペコと何度も礼を告げ。

若干複雑な気分になったしおりを他所に、社は服とメイク道具の入った紙袋を手にいそいそと去っていった。

 

 

(……あれ? そういやあいつの住んでるとこ男子寮じゃなかったか?)

 

 

流石に帰宅の際は男の姿に戻るのだろうが……服の隠し場所はどうするつもりなのだろう。

何も言わなかったのなら問題は無いとは思うも、社の事だ。どうにも安心して見ていられない。

 

 

(見つかって騒ぎにとか……いやそれなったらウチのせいか?)

 

 

女装癖があるだのなんだの、彼がまた遠巻きにされるような事態になるのも面白く無い。

なんとなく心配になったしおりだったが、スマホはアフロ淫魔の一件で壊れて以降、連絡先の交換を忘れていた。故にしおりの方から呼び出す事も出来ず、翌日の登校中に彼の姿を探してきょろきょろ歩いた。

 

 

「……おす。なぁ、だいじょぶだったか?」

 

「あ、はよござまス……エ何が?」

 

 

そうして見つけた彼には、特段おかしな様子も沈んだ様子も見当たらず。

どうやら何事も無かったようだと、しおりはようやく安堵の息を吐いた。

 

 

「いや、別れた後お前が寮住みって思い出してさ。女物の服とかヤバくねって……」

 

「あぁ……まぁ俺、一人部屋だから。それに昨日もバレないよう抜け出したし、戻る時もそんな感じだったから全然平気スわ」

 

「そ、そうか? ならいんだけどよ」

 

 

ホッとした様子で笑うしおりに、社も愛想笑いをヘラリと返し。改めて昨夜の礼を口にした。

 

 

「あの……改めて、昨日は女の子教えてくれてありがとね。おかげでまたやる時、もっと深くいけると思う」

 

「……………………、おう」

 

 

一晩置くとやっぱり思う所は多々あったが、如何せん社にとってデリケートな話題のようで触れ辛いのが困りもの。

まぁ、昨夜に止めなかったのだから今更だろう。しおりはモヤモヤしたもの全てを溜息として吐き出し、疲れた顔で苦笑した。

 

 

「……とりあえず、調子乗って変な事すんなよ。深夜にラブホに入ってくお前なんて見たくねぇからな、ウチ」

 

「だ、だから昨日のはちょっと入り過ぎただけだって。夜の街で声かけるなんて無理だよ俺」

 

「ヘタレがよ。……まぁそんなんで良いと思うぜお前は」

 

 

呆れるしおりだったが、パパ活を始める気は無いようでもう一安心。

ならば深くは干渉すまいと決め、それきりその話には触れず軽い雑談へと移行した。

 

 

「……あ、そんじゃ俺こっちだから。また後で」

 

「そん時までウチが学校居りゃな」

 

 

社の所属するC組としおりの所属するE組は、教室のある校舎が渡り廊下を挟んで分かたれている。

当然昇降口も別々にあり、しおりは挨拶もそこそこに小走りで去る社の背を見送った。

 

 

(うし、抜けっか)

 

 

先程の言葉も忘れ、当然のようにそう決めた。

 

登校の主目的である社の様子を確かめた以上、もう学校に用は無い。

しおりは口うるさい教師や葛に見つからない内に抜け出すべく、にこやかに踵を返し、

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「――おわっ!?」

 

 

――背後。

少し離れた場所からじっとしおりを見つめる葛と心白の姿に気付き、思わず肩を跳ねさせた。

 

 

「い、居たのかお前ら!? 声かけろやビックリさせんなよ……!」

 

「……んーと……」

 

「あう、あうあう……」

 

「……どした?」

 

 

だが、どうも様子がおかしかった。

心白は形容しがたい表情でそわそわとし、葛は真っ白になった顔でおろおろとする。

 

そんな彼女達にしおりが首を傾げていると、心白がおずおずと一歩前に出た。

 

 

「やー、あのねー。さっきヤシロちゃんと話してたの聞こえちゃったんだけどさー……その――シオちゃん、女の子になっちゃった……?」

 

「あぁ? なに意味分かんねぇ事――」

 

 

そこまで言って、電撃が走った。

 

 

――昨日は女の子教えてくれてありがとね。

 

――おかげでまたやる時、もっと深くいけると思う

 

――深夜にラブホに入ってくお前なんて見たくねぇからな、ウチ。

 

 

「――待て。違うぞ。お前らは何か勘違いをしている」

 

 

しおりの背筋に滝のような冷や汗が流れ、頬が引き攣る。

しかしその態度こそ逆に何かしらの疑惑を深めたらしく、葛ががくりと膝をついた。

 

 

「そ、そんな……あのぽくぽくとした天成くんがチャラチャラと鳴り響くように……!」

 

「楽器の話か?」

 

 

そして心白はそんな彼女の肩を抱きつつ、やはりそわそわしたまましおりを見つめる。

 

 

「あのね、分かってると思うけど。物事は今、とても面倒臭くなろうとしているよ」

 

「分かってんなら落ち着いて話聞いてくれや」

 

「――シオちゃんに許されるのは、たったの一言。たったの一言じゃないと、ぼくらのドキドキとハラハラは暴走を始めてしまうよ」

 

 

なんだこいつ。

そう思ったが、心白も心白なりに混乱しているという事だろうか。

 

 

(いや、でも、どうすりゃ――)

 

 

とはいえ、しおりも次に発する一言が分水嶺であろうとはひしひしと感じていた。

冷や汗の他に脂汗をも流しつつ、必死に脳を働かせ。そして見つけた一言に、ハッと目を見開いた。

 

天啓。即ち、

 

 

 

「――女になったのはウチじゃない、天成だッ――!!」

 

 

 

――その日。

幸若舞しおりは、とっても面倒な事になった。

 

 

 

 




やはりハーメルンの民としてTS要素は入れたかった。

こんな緩い感じのが3話分で終わります。
あくまで後日談のおまけという事で、生暖かく見て頂けると助かります。

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