雨のち晴れ~女神様がほほえむのは不屈のウマ娘~   作:相馬眼:S

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書いたら出る


1998年 1月

「くっ…!」

切り裂くような足の痛みに否が応でも目が覚める。

枕元に置かれた鎮痛剤を乱暴に飲み目を閉じる。もう寝られない。そうわかっていても何か行動するだけの力はもう自分には残っていないのだ。

風の音が。

機の揺れる音が。

嫌というほど耳にこびりついて頭の中をぐるぐるぐるぐる。

最近嫌に音に敏感になった気がする。

ぐるぐるぐるぐる。

ああ、嫌だ。いやだ。

はしりたい。はしれない。

ぐるぐるぐるぐる。

 

 

「昨晩はよく眠れましたか~?」

看護師の形式的な質問に適当に首を振る。はあ、これで何日目だろう。もう何年も続いているような気がするし始まったのが昨日のような気がする。

 

ぐるぐるぐるぐる。

病院の雑踏が頭に響く。

ぐるぐるぐるぐる。

手術直前の光景が頭に浮かぶ。

ああ、嫌だ。痛い。痛い。

 

結局朝食にはほとんど手を付けられなかった。ああ、この後医者に小言を言われるのか。憂鬱だ。

外は憎たらしいほど晴れている。ああ、走りたい。走りたい。

 

 

聞きなれた足音に息が付く。トレーナーの足音だ。いや、聞きなれているだろうか?トレーナーと話したのが遠い昔にも感じる。そもそも、彼がここに来たのは手術前の一回きりだ。あれ、あれ。

ぐるぐるぐるぐる。

 

軽いノックとともに扉が開く。

「コジーン…!よかった…!本当に…!」

「トレーナー、来てくれたんだ。ありがと。」

「ジーン、その…大丈夫?」

「あ、アドベちゃん…!来てくれたんですね…!」

「…当り前よ。パジャマと充電器とその他諸々、ここに置いていくわね。」

「あ、ありがとうございます!。」

「気にしないで。それよりトレーナー、話すことがあるんでしょ。」

「ああ、アヤベ、ありがとうな。」

「リンゴ持ってきたから剝いておくわね。なにかリクエストは?」

「あ、ウサギさんにしてほしいです!」

「ふふ、元気みたいでよかった。」

 

「それでなコジーン、お前も聞いてると思うんだが…。」

「全治半年。リハビリも考えるとクラシックは絶望的、でしょ。」

「っ…。それで…。どうなんだ。で、お前はどうしたい?」

「目指すよ。もちろん。3000m…長いかもしれないけど、無理じゃない。」

「お前にその気持ちがあるならよかった。まあ、気持ちだけが前に出ないようにな。」

「もちろん。アドベちゃん、最後の1冠が取れなかったからって泣かないでよね。」

「…言うじゃない。負けないから。あなたこそ泣きべそかいても知らないわよ?」

 

「それで、コジーン。今後のことなんだが、しばらく温泉のほうで治療してきてもらおうと思ってる。」

「…そう。」

「まあお医者さんにも相談してからだけど、術後の諸々がクリアになったらかな。」

「わかった。」

「…まあこんなところだ。ほかに何か言っておくことはあるか?」

「ううん。迷惑かけてごめんね、トレーナー。」

「気にするな。じゃあまた来るから。病院の人に迷惑かけるんじゃないぞ~。」

「しませんよそんな。ね、アドベちゃん。」

「…?」

「私、あきらめないからさ。絶対。」

「…待ってるわね。」

 

 

誰もいなくなった部屋。やけに広く感じる。

ぐるぐるぐるぐる。

雲が動く音が聞こえる。

雲が動くときに音はしない気がする。

アドベちゃんに切ってもらったリンゴを口に運ぶ。

ああ、甘い。

ああ、おいしい。

 

アドベちゃんがおいていった荷物を手に取って中身を確認する。パジャマに、充電器に、尻尾の手入れ用品と…、あ、お手紙。アドベちゃん、不器用なんだから~。

 

 

スマホと充電器をつないでラインを確認する。目を疑うほどのメッセージの数に一瞬手が止まってしまうが、きちんとみんなに返信をする。

ああ、やることがあるって幸せだ。頭の中の雑念から解放される感じがする。ああ、走りたいな…。

 

リハビリ、がんばらなくちゃ。

 

 

『朝日杯3歳S覇者 アドマイヤコジーン骨折』

『トレーニング後のけが メニューに問題は?』

 

 

週刊誌の嫌にカラフルな見出しを見て、ため息をつく。今一番つらいのはかのじゃなはずだ。それでも落ち込んでしまう自分に落ち込んでしまう。

「トレーナーさん、今お時間大丈夫ですか?」

「あ、たづなさん。どうぞ。」

「報道各社からの取材は全部お断りでよろしかったですよね?」

「ああ、すみません。お手間をかけさせてしまって。」

「いえ、これくらいは…。昔より幾分かマシになりましたから。それで、各社に一言コメントをお願いしたいのですが…。」

「えーっと、何社にです?」

「あ、いえ。各社同じもので大丈夫ですので。」

「わかりました。今日の夜までにはメールします。」

「ありがとうございます。ご無理はなさらないでくださいね?」

「ええ、ありがとうございます。」

たづなさんは忙しそうに部屋を出て行った。きっと自分以外のトレセン学園の関係者にもいろいろと迷惑をかけているのだろう。

ため息をつきながら病院から持ち帰ってきた資料をもう一度見る。

『右脚第一指骨を骨折』

ウマ娘にとって骨折は残念ながらよくあることだ。それによって最悪の結果になってしまったウマ娘も少なからずいる。文面だけでみると軽く見えてしまう。しかし実際は見るに堪えないものだった。骨に入った亀裂は5㎝に迫るほどであった。彼女がした手術は折れた骨をボルトで固定するという大規模なもの。彼女のつらさは想像できない…。

 

「トレーナー、入るわよ。」

「ああ、アヤベ。すまん、数日はオフで…」

「…わかってるわよ。トレーナー、あなたも大丈夫なの…?あまり無理は…」

「僕は…僕は大丈夫。コジーンがつらい思いをしてるんだ。僕が折れてられないよ。」

「お見舞いとか…行かなくていいの?」

「ああ、明日にでも行こうと思ってるよ。今日までは面会できなくてな…。」

「…私も行くわ。あなたひとりだと心配だもの。」

「…ありがとう。助かるよ。」

 

机の上の書類を片付けメールソフトを起動する。報道へのコメントを考えなくては…。結局深夜までうなりにうなって、短いコメントを送信する。すぐにたづなさんから返事が来る。ああ、あの人にも無理をさせてしまったな…。

 

『アドマイヤコジーンは骨折で休養。手術も順調に終了。秋ごろの復帰を視野にリハビリ、』

 

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