「見えた」
小さく呟いて目的の扉を目指す。
汚染区画を通らざる得なかったとはいえ、この体の不調は重すぎる。
走っているのに歩いているかのような遅さを感じてしまう。
実際にはそんなことないのだが、一分一秒を争うような事態で気持ちだけが先行しすぎているだけだ。
そう言い聞かせても、自分の大事なものがいま穢されようとしている、それだけは避けなければならない。
反対側の通路から汚染された同型が現れた。
扉が開く、かまえられてる。
私の方からは、鬼畜君が見えてる。
つまり向こう側にいるのは、
(不味い不味い不味い!!)
慌ててミサンガを引きちぎる。
瞬間、全身に力がみなぎる。
しかしそれは自らの破壊と引き換えの一度きりの力。
けれど躊躇はしなかった。
右脚が砕けんばかりの勢いで踏み出し、百メートルを1秒で駆け抜け、その全ての勢いを左脚を犠牲にしながら殺す。
目の前の女性をそっと押し、部屋の中へ。
扉閉まる寸前目が合った。
驚いたような、ありえないとでも言いたい顔をしていた。
音は五回、被弾は四カ所。思考する暇はなかった。
勢いのまま、吹っ飛ばされ床を滑る。
痛みと自分が何かに穢されてゆくそんな感覚を感じながら、声を聞いた。
「脅威、この個体は汚染以上にならない。研究の必要性あり」
壊れた左脚を無遠慮につかまれ、しかし痛みに悲鳴を上げることもできず、引き摺られて行く。
薄れゆく意識の中、ねぇ様の事だけが気がかりだった。
********
マスター
「大丈夫か?!」
二人の方を向く、特に不安だったのはナビィの方だ。
先に部屋に入ったのはスフィアの方だ。
ナビィは俺を引き込む時に顔をしかめた。
もしもそれが、銃弾に当たった痛みによるものだったとしたら。
ナビィ
「すみません主様」
観念して静かに隠していた手の甲を見せる。
スフィア
「そんな……」
右手の甲には蠢く黒があった。
少しずつ、広がっているようだ。
ナビィ
「申し訳ありません、直ぐに別の個体と交代してーー」
その右手を掴む。
無くした記憶が叫ぶ、これ以上失いたくない。
たくさんいる個体の一人?だからなんだ。
ナビィ
「主様、離して下さい。私達は主様の為に、それにーー」
俺はこの子を失いたくない!!
そう心で強く叫んだ。
彼女の右手が光に包まれる。
スフィア
「これは、浄化の光?」
光がやんだ時、そこにはきれいな白い手があった。
汚染されていた痕跡はみじんも無い。
ナビィ
「驚きました。いえ、ここまで強力な浄化ができるほど力があったわけでは無かったはずです」
手の甲をじっと見ながら、感嘆の言葉を漏らす。
スフィア
「浄化の力を男性が?」
ナビィ
「はい、主様は唯一の浄化能力を持った男性です」
マスター
「その浄化能力ってなんだ?さっきの黒いのと関係あるみたいだけど」
二人に聞くと、知らないことを驚いたような顔をしたが記憶喪失に思い至ったのだろう。
ナビィ
「すみません主様、後ほど詳細な資料を提供します。今は簡潔に、汚染と呼ばれる正体不明の現象により世界が危機に瀕しています」
ナビィ
「それに対抗できる能力の事を浄化と呼んでいます」
ナビィ
「そしてその能力の持ち主は主様を除いて女性しかいないのです」
ナビィ
「更に、主様には女性に浄化能力を授ける事ができる可能性があるのです」
その言葉で自分の重要性がわかった。
だからと言って、
マスター
「君が犠牲になるようなことはして欲しくない」
ナビィ
「主様……」
嬉しいようなしかし、それだけではないような顔をされた。
ナビィ
「それはそれとして、浄化能力の付与のための実験が必要なのですが」
なぜか少し言いよどむ。
マスター
「何か問題が?」
ナビィ
「いえ、どちらかと言えば私の覚悟の問題ですので」
ナビィ
「とりあえず、マスター、スフィア様の手を両手で包んで下さい」
マスター
「えっ?!」
スフィア
「は?」
ナビィ
「時間が惜しいのでさっさとして下さい」
ジト目になる。
スフィア
「………」
なにか言いようのない、恥ずかしさを感じながら無言で差し出された右手を両手で包む。
スフィア
「んっ……」
右手から全身へ光が広がる。
思わずと漏れた声ば、艶を含んでいた。
光が静まった頃やや赤く染まった頬を自覚せずに右手を見つめ、
スフィア
「輝きを」
右手の中に光が生まれる。
それは、浄化の光と呼ばれるものなのだろう。
スフィア
「こんな簡単に……」
ナビィ
「それがマスターの力です、そして私にも……」
といった所で、言葉に詰まる。
マスター
「ナビィ?」
何かを察したように、スフィアが
スフィア
「仮眠室はこっちですか?」
ナビィ
「はい、そうです」
元々赤かった頬を更に赤くしながら慌てたように、部屋へ入っていった。
ナビィ
「マスター……」
少し顔を赤らめながら、
ナビィ
「優しくして……ください」
そっと服を摘まんで言った。
*********
マスター
「あ、あーその」
ナビィ
「何か用でしょうか
マスター
「すみません!!」
土下座したが、笑顔が何一つ崩れない。
ナビィ
「大丈夫です変態、とにかくこれで反撃の準備は整いました」
顔を笑顔から真面目な顔に戻すと、
ナビィ
「浄化開始です」