IS 義肢の少女   作:陸奥九十九

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プロローグ

義肢の少女

 

 

転入生として紹介されたその少女をはじめに紹介されたとき、織斑一夏は目を疑った。そんな人間を見たことがなかったからだ。

機械的な3本指の義手、ジュラルミンで成形された、細く長い脛、むき出しの金属感。

その少女の四肢は、すべてが機械に代替されていた。真っ白な髪の毛に、色素を失った真っ赤な目。兎のような、吸血鬼のようなグロテスクな眼と、その機械化された四肢はアンバランスで、この世のものではないような雰囲気さえあった。

 

「ジェーン・D・ミッチャムです。よろしくお願いします」

 

小さな体、小さく、しかしよく通る高い声。彼女の外見からは想像できないほどに、あまりにもイノセンスだった。

 

「出国管理の兼ね合いで、入学式にこそ間に合わなかったが、これから一年を共にする学友だ。皆、仲良くするように」

 

千冬姉の言葉に、クラスのみんなが歯切れの悪い返答をする。歓迎していない、わけではない。あまりにも異質な存在感が、彼女から発せられ、それを必要以上に感じている、とも思う。

この美しい少女は、この世のものでないような、そういった世界観を内包しているように感じてしまったからだ。

 

 

 

「お久しぶりですわね、ジェーンさん」

 

授業の後、彼女に話しかけたのはセシリア・オルコットだった。

 

「お久しぶりですね、セシリアさん。イギリスでの合同試験以来ですか?」

「そのくらいですわね。それにしても、あなたがここに来るとは思いませんでしたわ」

「私もそう思います。実証実験のデータが少ないのはわかっていましたけど、きっと内内で済ますだろうと考えていたので」

「内内で済ますには、あなたの技能が高すぎて、他のパイロットが付いてこないのでしょう。それに、リユース・P・デバイスの被験者は、まだあなたしかいないと伺いましたし」

 

リユース・P・デバイス。

その言葉を聞いて、クラス中がどよめく。わかっていなかったのは、織斑一夏と篠ノ之箒ぐらいだろう。

 

リユース・P・デバイスって……、じゃああの子が……。ざわめく教室の中で、二人は何事もないように和やかに話している。

「そういえば、日本で観光などはされまして?」

「いえ、日本に着いたのも一昨日でしたし、最低限の支度とテストのみ行ったら、現地入りでした」

「それは残念ですわね、今度のお休みにでも、外出許可を申請しましょう。おいしい和菓子のお店があるそうですわ」

「和菓子、聞いたことあります。あんこっていう、豆を甘く煮たものを使うんですよね」

 

あまりにも和やかな会話を盗み聞くように耳をそばだて、視界に映るこの世ならざる義肢を見て、目をそらす。

ジェーンは気にしていないようだが、セシリアはその様子に、憤慨するような表情を見せ、それをジェーンがなだめるようだった。

 

「それでは、クラス代表を決める。クラス代表とはその名の通り、クラスの代表となり、模範となるものだ。教師のサポート、クラスのまとめ役、さらにはクラス対抗戦での出場など、役割は多岐にわたる。我こそは、というものにこそ、立候補してもらいたい。もちろん、他薦でもありだ」

 

クラス代表の選出に際し、千冬姉の言葉を皮切りに、多くのものが挙手する。

「はい! 織斑君がいいと思います‼」

「私も織斑君を推薦します」

「やっぱりクラスの特徴をアピールしていかないとね!」

 

多くの生徒が一夏を選出し、それに状況が分かっていなかった本人は「お、俺⁉」と驚きを隠せずに立ち上げっていた。

 

「他に立候補者、推薦者はいないのか」

「いや、千冬姉! 俺は……」

「織斑先生だ。他にいないようならば」

 

千冬が言葉をつづけようとして、はい、と少女然とした声が響く。

「自薦します」

と続けたのは、ジェーンだった。

 

「私も、自薦いたしますわ」

 

その言葉に、セシリアも続いた。

 

「立候補者は、ミッチャム、オルコットだな。では、選出者は後日模擬戦闘を行い、その結果によってクラス代表を……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ⁉」

 

そこに異議を唱えたのは一夏だった。

 

「なんだ織斑、他薦であっても推薦は推薦だ。色眼鏡があるにしろ、お前はほかの人間から代表にふさわしいと選出された。ならば相応の覚悟を持って……」

「そうじゃない! いや、確かにそれもあるんだけれども……」

 

言葉に詰まり、一夏はジェーンへ視線を向ける。

 

「その、彼女は、ジェーンさんは戦える体なのか⁉ おれは、戦うにしても、そんな卑怯な真似までして戦いたいとは……」

 

「? 卑怯な真似、とは一体何でしょうか、織斑さん」

 

心底わからない、といった表情で、ジェーンは一夏を見つめた。

 

「あ、来日早々で武装転換やアリーナでの演習を行えていない点でしょうか? それに関しては、1週間程度時間をいただければ問題なくフィッティング可能ですので……」

「そうじゃない! その……」

 

その体で、いったいどうやって戦うのだ、そう言葉を発そうとして、ある人物が遮る。

 

「織斑さん、彼女は誰よりも気高い戦士ですわ。その身一つで戦場を闊歩し、そして生き残った。あなたが無知から何かを発することは自由であっても、その言葉が彼女を侮辱する類のものであれば、私はあなたを決し許さない」

 

凛然と放つセシリアの言葉に対し、自言葉に詰まる一夏だが、逡巡し、それでも、と続ける。

 

「それでも、手足のない女の子と戦うなんて、そんなの、戦いですらないだろう……」

 

正義感からか、その言葉には芯があり、彼はその言葉に間違いがないと本当に信じているようだった。

クラスの多くも、一夏の言葉に同意するように、ざわざわと言葉が漏れる。

 

それらの一切をかき消すように、千冬は続ける。

 

「ジェーンが模擬戦を行うにふさわしいか、それらはすべて模擬戦で決めればいい。クラス代表選出の模擬戦は9日後。午後の授業時間を使い行う。それまでに選出者は各自準備を進めること、以上だ」

 

それでは授業を始める、と一切を断ち切り、その場は収まった。

 

 

ジェーンの義肢は、思考制御されている。肉体から発せられる脳波や電磁波を、手首から肘までの義肢、足首から腿までの義肢で増幅させ、それによって指先を細かく操作することができる。ジェーンが両足を失ったのは幼少のころだったが、両手を失ったのはつい最近の様なものだ。指の動かし方はよく覚えている。

あとはそれを、しっかりと思考制御すれば、だれでも簡単に義肢を操作することができる。

 

ちなみに、この思考制御、マンマシーンインターフェースは、IS によってもたらされた技術の一つだ。自分以上に長い手足、重厚な手足を、肉体同様に操作し、卵を優しくつまむ動作と、鉄パイプを握りつぶす動作を、全く同じモーション、かつ全く同じOS で行うことが可能になった。

 

複雑怪奇な機械人形を、思った通りに動かすことが可能なコントローラーを、すべて思考で制御する、ロボット工学において、人馬一体を目指すことは一つの究極点だが、その一つをISは達成したともいえる。

 

その恩恵を、むろんジェーンも受け取っている。

 

 

クラス代表選出戦は、ジェーン対セシリアから幕が落とされた。

その理由は明快で、一夏の機体の準備に時間がかかる、というものでもあった。機体準備の間で一回戦を行い、その後に一夏がジェーン、セシリアと連戦する、という流れになった。

 

2機のISがアリーナに降りる、1機は青を基調とし、大型のライフルを装備した機体、ブルーティアーズ。セシリア・オルコットの専用機。最大6機の自立稼働兵器、ティアーズビットを装備し、高機動かつ、高く攻撃を可能とする機体。

 

もう1期は、ISとしても異様な佇まいだった。

全身装甲。浮遊外装や完全防御によってパイロットを保護可能なISは、競技用の多くが顔や関節などを意図して露出させ、パイロット誰なのかわかるように設計されている。

あくまでもISを用いての兵器開発は行わない。条約にて禁止されているためだ。

 

しかし、ジェーンの機体は、そのすべてが装甲によっておおわれていた。オレンジを基調としたカラーリング、曲線的なデザインだが、それは女性的な美しさではなく、空気抵抗のためにそぎ落とした機能美ようにさえ感じる。PICのため重力を無視できるISにもかかわらず、安定性を重視したような太い脚部。極めつけは、その一つ目。戦車を人型にしたような武骨なマシーンが、鳥のようなティアーズと対照的だった。

 

「なんだあれ……」

 

思わずこぼれた言葉を、一夏は気づかない。

腰に装備したマシンガンに、手に持った大型の斧。さながら山賊のような外見は、その搭乗員たる少女とは似ても似つかない。

暴力を体現したような機体のパイロットが、あの少女なのか、一夏は信じられずにいた。

 

「一夏、よく見ておけ」

 

あれが、ISによって生まれた、最大の戦争の被害者だ。

 

そう千冬はこぼし、どういうことか、と詰め寄る前に、試合開始のブザーが鳴った。

 

 

セシリアから放たれたレーザーを、ジェーンは余裕をもって回避する。光ファイバーによって可視可能な状態にまで速度を落とされたレーザーは、速度と引き換えにその軌道を屈折可能にし、汎用性を得た。

しかし、究極の一を体現するジェーンにとって、それはもはやテレフォンパンチにしかならない。レーザーの雨の中を闊歩する。フィギュアスケーターのように、全身のスラスターとブースターを駆使し、ジェーンは地を滑る。

セシリアもそれを理解しているのか、レーザーをジェーンの先へ置く。それでもレーザーが当たることはない。

 

セシリアのスカートから4基のビットが射出される。ビットが四方へ散り、それぞれからレーザーが射出される。

ジェーンはさらに加速し、レーザーをよける。

 

ふっ、とジェーンが肉薄する。

「‼ っく!」

サイドステップで迫りくるヒートホークを何とか避け、ライフルを構える、がかなわず。

振り返りざまにライフルをはじき、勢いそのままに後ろ回し蹴りをセシリアへお見舞いする。

 

後方へ吹き飛ぶセシリアへさらに接近し、その最中に腰のマシンガンを取り出し弾幕を張る。

一足一刀、ヒートホークの距離へ詰めるが、ジェーンは飛行機の旋回運動よろしく、セシリアから墜ちるように距離をとる。

消えたその場へ、4本のレーザーが通過する。レーザーが格子模様を描きながら追撃の弾幕を張るが、速力で振り切られる。

足を抑えるために、頭を押さえようとセシリア自身レーザーを放つが、当たらない。

鳥が雲を切るように、ここぞという場所への攻撃が当たらない。牽制弾幕さえ意味をなさない。

 

歯を食いしばり、飛散させていたビットを自らの背後へ呼び戻し、ジェーンのもとへ吶喊する。より弾幕を。一撃を。水鉄砲がその軌跡を描くように、レーザーが対峙するジェーンへ襲い掛かる。ドッグファイトだ。

 

ISは最高速度で優に音速を超える、そんな物体同士が正面衝突すれば、その後の惨劇は想像に難くない。

ドッグファイトの危険性を、知らぬ二人ではない。それでも、二人は高速で向き合う。

ジェット戦闘機がくるくると回るように、致命傷になる攻撃のみを回避し、そのほかは肩に装備された物理盾でしのぎ切る。

一足一刀、ヒートホークがセシリアへ襲い掛かる。

 

「インターセプター!」

 

戦闘用にしてはいささか小ぶりなナイフで、つばぜり合いへ持ち込む。一瞬の均衡の後、ジェーンはインターセプターを受け流し、横なぎの一撃を放つ。

 

「ぐう‼」

 

苦悶を上げながら墜落するセシリアへ、マシンガンで削りきる。

残りシールドエネルギーはわずか。セシリアは決断する。

 

「ティアーズ!!」

 

ビットミサイルを射出し、ジェーンの弾幕へ、意図して誘爆させる。

視界が爆風で覆われ、センサーがセシリアをロストする。

爆風をノイズと判定し、再度セシリアをとらえるまでの数舜、それをセシリアは待っていた。

 

推進剤を使い切る勢いで、ジェーンへ迫る、加速Gで内臓が、ふわっ、と浮く感覚。生理的嫌悪感全てを噛み殺し、死神へ迫る。

 

「これで‼」

 

インターセプターを、ジェーンへ放つ。

 

「な‼」

 

ジェーンは迫りくるインターセプターを、正確にはそれを握った手首をつかみ、セシリアの首をはねるように、ヒートホークをふるう。

 

残存シールドエネルギー、0。セシリアの敗北でもって、勝負は決した。

 

 

 

「なんなんだ、あいつ……」

一夏の抱いた感想は、そんなものだった。虫も殺せぬような可憐な少女、しかし、両の手足を失った不遇な少女。同情すべき余地しかなく、いうなれば自分が守るべき存在。ジェーン・D・ミッチャムへ抱いた感情は、保護すべき、というような、傲慢にも下位者を見守る心境だった。

 

「千冬姉、なんなんだよ、あいつ」

「織斑先生、だ」

「誤魔化すなよ。なんで、なんであんな体で、ああも戦えるんだ。ISってのは、そんなにも万能なものなのか」

「……無論そうではない。そうではないが、。それを話すには、時間が足りない」

「それは、ジェーンさんが戦争の被害者、っていう言葉につながるのか?」

「そうだ。だからこそ、本当に理解するためには時間がいる。今は、気にせずに先頭に集中しろ」

「俺に彼女と戦えっていうのかよ」

「あいつはお前よりも実力は上だ」

「そういう話じゃない。そうじゃねえだろ……」

「……そうだ。相手が強いから何をしてもいい、なんていうのは理由にならない。だが、お前にはこの場でなすべきことがあり、彼女にも同じくなすべきことがある。まずはなすべきをなせ。すべてはそれからだ」

 

 

 

純白の機体がアリーナへ降りる。

穢れなく、美しく、機械的でありながら、どこか懐かしさを感じさせ、そう、騎士様の甲冑のような、そんな美しさを纏った機体だ。

ジェーンとは、真逆の。

 

「フィッティングは終わりましたか?」

「……ああ、おかげさまでな」

「まだ稼働時間も少ないでしょう。まずは簡単なモーションから……」

「あんたは」

「……はい?」

「あんたは、どうして戦うんだ。そんな体で、そんな身なりで」

 

一夏にとって、この少女がこの場にいること自体がアンバランスだった。奇麗に着飾って、料理を覚えて、幸せな普通を送る。

一夏は家長制度を肯定しているわけではないが、女子が争いごとにかかわることに否定的ではあった。それは、他でもない彼の姉が、誰よりも争いごとに近く、その姉を、自分ま見守ることしかできないから、その無力感を否定するために、彼を男の論理を振りかざした。

 

「……そうですね。私自身、争いごとが好きなわけではありません」

「! だったら!」

「織斑君は、寝ている間に、自分の家に爆弾が落とされて死んでしまう恐怖を知っていますか?」

「……え」

「家の中は隙間風がひどくて、鍵なんかなくて、いくらでも虫が入ってきて、寝苦しいんですよ」

 

懐かしむような声で、ジェーンは語る。

 

「それでも、家族がいれば幸福だった。今は苦しい現実があっても、いつかハッピーな未来が待っている。毎日お腹一杯ご飯を食べられて、ふかふかのベッドで眠れて、弟たちを学校へ行かせてやって……、そんな未来を、夢に見た」

「何を……」

「でもそうじゃなかった。生き残るためには戦う必要があって、そのために、私は命を使うと決めた。その結果が私の四肢で、その結果が、今ここにいる私なので……」

 

何も知らないあなたに、否定される謂れは、無い。

ジェーンはそう言い切った。

 

「じゃあ、さっさと始めましょうか」

 

試合開始のブザーが鳴った瞬間に、一夏は意識を失った。

 

 

目が覚めると、夕日が窓から染みていた。

「こ、こは……」

「目が覚めたか」

 

ベッドの傍でPCを見ていた千冬が、一夏に話しかける。

 

「千冬姉……」

「どこまで覚えている」

「……ジェーンさんと、試合をして……」

「そうだ、ミッチャムと試合をし、貴様は負け、その時に気を失った。そこからずっと、ベッドで眠っていた。意識の混濁はないな」

「俺、負けたのか……」

「元より勝ち目などなかった。その結果が、今日現れただけだ」

 

千冬がPCのモニターを一夏へ向ける。試合開始のブザーとともに、ジェーンが一夏へ接敵し、ヒートホークの一撃で一夏は吹き飛ばされ、そのまま試合は終わっていた。

 

「……見えなかった」

「そうだろうな。あれはそういう機体だ」

「千冬姉は、ジェーンさんのことをよく知っているのか……?」

「これでも担任だ。それ相応のことは知っているさ」

「教えてほしい……彼女の……」

「悪いが、個人情報の観点もある。彼女を出生から何から何まで、話すことは難しい」

 

その言葉に、一夏は黙ってしまう。

 

「まあ、奴の乗る機体について、公開情報をお前に伝えるくらいは問題なかろう。どうやら、お前は全くの無策で試合に臨んだようだしな」

 

茶目っ気たっぷりに皮肉を利かせば、一夏も苦笑いする他なかった。

 

「ミッチャムの機体の名は知っているか?」

「いや……」

「奴の機体の名前はザク。イスラエル主導で開発された、工事用人型建機の名前だ」

「工事用? 建機?」

「奴の機体は特殊だ。それはお前のように、特別な機体、というわけではない。奴の機体は、もともとISなどではなかったのだ」

「ど、どういうことだよ」

「お前、試合前ミッチャムと何を話していた」

「それは……」

「お前のことだ、大方、何故そんな体で戦うのだ、似合わない、そんな類だろう」

 

一夏は目を背け、千冬はため息をついた。

 

「お前の正義感は一丁前だが、世界には、お前の常識では測れないものもある。いや、測れないもののほうが多いだろう。それをよく知っておけ。あと、ミッチャムへの謝罪もな」

「どうして」

「そのどうしての理由を、今から話す」

 

 

「EOS、を知っているな?」

「ISみたいな、工業機械だろ。人型で、汎用性が高いから、人間の延長線上で使える、重機だって」

「そうだ。奴の機体、ザクとは、もともとEOSだったんだ」

「待ってくれよ。それじゃあ、ジェーンさんは今まで、EOSでISと戦っていたのか⁉」

「そうではない。現在が使っている機体にはISコアが使用されているし、コアネットワークにも接続されている。今使っているマシーンは、間違いなくISだ」

「今、っていうのは、じゃあ、そうじゃない時もあったのか?」

「そうだ。奴の手足がどうしてないか知っているか?」

「そりゃ……事故とか病気なんじゃ……」

「そうではない。いや、足に限って言えばそうだ。奴は紛争地帯だった中央アジアに生まれ、幼くして少女兵として戦争に参加した。最初は従軍看護師のような役割をしていたが、戦況が悪化し、兵士として駆り出されるようになった。突撃兵として参加した奴の小隊は、奴以外誰も帰らなかった。そしてミッチャムは、効力射で両足を失った」

 

あまりにも淡々と話す千冬と相反して、一夏はその話をまだ呑み込めずにいた。理解はしているかもしれないが、あまりにも遠い話が、耳の近くで通り過ぎるような感覚だった。

 

「両足を失っても、奴は狙撃兵として戦場へ駆り出された。両足から突撃銃の銃床を足代わりに括り付けて、ひたすらに座して、敵を撃ち殺す殺戮マシーンに、奴はなった。なれてしまった」

 

千冬の声に、色が滲む。黒く赤く、重々しい色だ。

 

「ミッチャムは望外の戦果を挙げたが、それでも戦況は悪化し続けた。もはや敗戦は確実。問題は、どうやって戦争を終わらせるか、そんな末期だった。とある科学者が、かねてより構想していた研究の試験場として、その末期の戦場を選んだ。研究者の名は、アルフレド・ミッチャム」

「ミッチャムって、ジェーンさんの……」

「いや、血縁関係はない。ミッチャムの姓は、奴が望んでアルフレド・ミッチャム氏からとったものだ。それほどまでに、二人の仲は親密だったらしい」

「二人は……以前から知り合いだったのか?」

「いや、この時が初対面だ。アルフレド・ミッチャム氏、博士は、四肢の欠損した兵士をかき集めて、被検体として用いた」

「被検体って……‼」

「研究の目的は、四肢が欠損した患者であっても、脳波によって機械の義肢を、失った手足のように扱うための手術、及びそのシステム。『リユース・P・デバイス』の完成だ。ミッチャムは、その唯一の成功例となった」

 

「なんだよ……それ」

「研究内容について、私も詳しく知ることはできなかった。IS委員会でさえ、その内容を知るものはわずかという。だが結果として、奴は敗戦必死の祖国を、勝利に導いた」

「……は?」

「30倍の戦力、押し戻された戦線、首都の眼前まで敵国の兵士が押し寄せる中、ミッチャムはそのすべてを蹂躙し、祖国を勝利へ導いた。『救国の英雄』『赤い死神』、奴が戦場でつけられた異名だ」

「待ってくれよ千冬姉、ISは、戦争で使っちゃいけないんだろう⁉ なんでジェーンさんは、戦争でISを使え……」

「ISは用いられていない。奴が用いたのはEOS、工業用のパワードスーツ、それを兵器に転用したものだ。それを用いて、奴はISを撃退した。だからこそ、奴はIS学園へ入学しているんだ」

 

一夏は言葉も出なかった。意味が理解できていなかったのだ。

 

「奴の存在は、これからの世界の在り方を再び変えるやもしれん。その最中に、お前もいる。男がISを使えるか否かの試金石、そしてミッチャムは、既存兵器でISと同等の兵器を代用できるか、の試金石だ。どちらに転んでも世界は荒れる。一夏、よく見極めるんだ。お前は、その争いの渦中から、決して抜け出せない位置にいる。それをゆめ忘れるな」

 

傾いていた夕日が、地平に沈む。夜が来る。

 

 

 

物語の幕は、ここに切って落とされた。

 

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